解決編 ~盗みの真実~
「洋太くんだよね」
箱島くんが口にした名前は、洋太であった……。
「ちょっと待ってくれよ。なんで俺なんだよ」
「僕は見たんだ。1時間目が始まる前の休み時間に。花澤さんのカバンからプレゼントを盗んだところを」
洋太が、盗んだ?
そんな……。
森山くんが右手を拳にしてテーブルを思いっきり殴った。
「なんだよ、散々俺に責任を押し付けやがって。お前が盗んだんじゃねえか」
「違う。人違いだよ。そうだ、そうに違いない」
洋太は必死にごまかすが、動揺していて笑顔が不自然だ。
森山くんはさらに言う。
「よくよく考えるとおかしかったよな。お前、あの時作ったプレゼントって言ってたよな。なんでそんなこと知ってるんだよ」
あっ!そういえば……。
洋太が森山くんに詰め寄ったときに言ってたセリフ。
『お前が春香の作ったプレゼント、盗んだんじゃないのか』
なぜ、洋太は『作った』プレゼントだと分かったのだろう。
手作りか、市販で買ったものか、プレゼントの中身を見ないと分からない。
そう、実際に箱を開けて、わたしのマフラーを見なければ理解できないはずだ。
「そうなんだよ、春香」
美雪がわたしに声をかけた。
「えっ」
「あたし、洋太からマフラーだって教えられたの。春香がプレゼントのマフラーをなくしたから何か知らないかって、聞かれたんだよ。それで心配になって春香に声をかけたの」
そうだったんだ……。
わたしは全然理解していなかった。
そういえば、理科室に移動しているときも変だった。
わたしと美雪が話しながら階段を上っているとき、洋太は後ろから現れた。
わたしたちよりも、先に教室を出たはずなのに。
もしかすると、教室から人がいなくなるを見計らっていたのではないか。
教室に誰もいないのを確認して、わたしのカバンからマフラーを盗んだ……。
そして、急いで理科室に向かいわたしたちと遭遇した。
これでつじつまが合ってしまった。
「洋太、お前が盗んだのか」
岡野先生が詰め寄る。
「……お、おい。俺が盗んだ証拠はないはずだ。だいたい、俺はカバンの中身を出して見せただろ。なかったじゃないか、マフラーは」
確かに洋太のカバンには何もなかった。
美雪の確認も正しかったら、机の中にもないはずだし……。
「そこもちゃんと見ていたよ」
箱島くんが立ち上がる。
それを聞いた洋太は顔を下に向けた。
「いったい、どこに隠したというんだ」
岡野先生が催促する。
すると、洋太は観念したのか、
「俺が盗みました……」
ついに白状した。
「ラケットケースの中に春香のマフラーが入っています……」
ラケットケース……。
あの中に入れていたんだ。
そういえば、昼休みの時にテニスラケットを貸さないと断固していた。
あれはラケットケースの中を見られると、マフラーを盗んだことがばれてしまうからだったんだ。
箱島くんがわたしに顔を向けると、
「ごめん、もっと早く言えばよかった。あの時の休み時間に」
これで分かった。
理科室に移動しているとき、チャイムが鳴った。そのとき、人影を見たような気がした。
その人影の正体は、箱島くんだったのだ。
洋太がマフラーを盗んだところを目撃してしまい、戸惑ったのだろう。
それでわたしにそのことを伝えようか迷っていたのだ。
「どうして……」
わたしは自然と口に出していた。
「どうして、盗んだの?」
わたしはただ、ショックだった。
なんで幼なじみの彼が、そんなことをしたのか。
洋太は盗みなんてしない、優しい心を持っている男のはずなのに。
「……」
洋太は黙ったままだ。
「僕はショックだったよ。まさか、君が盗むなんて……」
箱島くんも驚いていたらしい。
「洋太、なんで?」
わたしはただ、問いかけることしかできなかった。
まさか、こんなことになるなんて。
「……プレゼントするのを、阻止したかったんだ」
洋太がぼそっと呟いた。
「えっ、どういうこと」
「だから、春香が誰かにあげるのが嫌だったんだ」
「嫌だった?」
「どうせ、箱島にあげるんだろうけど」
それは勘違いだ。プレゼントを渡す相手は箱島くんじゃない。
「洋太は春香のこと、好きだったんだね」
美雪がそっと言った。
「えっ」
わたしの思考がストップした。
洋太がわたしのことが、好きだった?
「そうなんでしょ、洋太。いつも放課後、春香と箱島くんが一緒に帰ってるから、春香は箱島くんのことが好きだと思ったんでしょ」
「……そう、だ」
そんな……。
箱島くんは手伝いをしてくれただけなのに。
「違うよ。僕は花澤さんに頼まれて、マフラーの作り方を指導していただけだ」
箱島くんが誤解を解こうと、必死で伝えている。
「そうなの。箱島くんはただ、マフラーを作るのに手伝ってもらっただけだよ」
箱島くんは放課後、わたしと一緒にマフラーを作る手伝いをしてくれた。
そう、好きだったわけではない。
箱島くんの家庭はとても大変だ。
父親は会社をリストラされて、母親は毎日夜遅くまで仕事をしていた。
その後、二人は離婚。箱島くんは母親に引き取られた。
ひとりっ子の箱島くんはいつも自分で家事をしていた。
自分で料理を作り、ベランダに干してある洗濯物を入れ、部屋の掃除をしていた。
そして、母親の帰りを待つ。
その経験もあってか、彼はとても器用なのだ。
忙しいのにわたしのわがままに付き合ってもらい、本当に感謝している。
「そんな……。じゃあ、誰にあげるつもりだったんだよ」
洋太が戸惑いを顔に浮かべながら、言った。
わたしは、思いきって伝える。
「洋太だよ。洋太にあげるつもりだったの」
「そんなバカな……」
洋太が目を大きく見開いた。
「わたしは洋太のことが好きだったの!」
言ってしまった……。
場に静寂が訪れる。
マフラーをプレゼントする相手は洋太だった。
でも、まさか、あげる相手に盗まれるなんて夢にも思わなかった。
「おい、森山、生徒指導室に来い」
今まで黙って聴いていた岡野先生が言った。
「ああ……」
気をつかったのだろう。岡野先生と森山くんは学年室を出ていった。
彼らに続いて、箱島くんも去っていく。
「あたしもいない方がいいよね……」
美雪も自分に言い聞かせてから、去っていった。
こうして、わたしと洋太だけが残った。
……。
「……俺が悪かった」
洋太はうなだれたまま、謝った。
「いいよ、別に……」
なんだか、ぎこちない会話。
「本当にすまなかった。春香がせっかく作ってくれたマフラーを、こんな形で盗むなんて……」
「正直言って、ショックだった」
わたしは、心に決めた。
「でも、両思いだったのは嬉しかった」
洋太がはっとなり、顔を上げた。
「春香……」
わたしはそっと笑うと、静かに学年室から出ていった……。




