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出題編  ~盗んだのは誰だ~

 肌寒い十二月の朝。

 中学三年生のわたしは、いつものように通学路を歩き学校へと向かっていた。


 今日は特別な日だ。

 持っているカバンに目を落とす。中には教科書やノートなどが入っているが、それ以外の物も入っている。

 そう、寝るのを惜しんで作ったマフラーだ。編み目が変な風になっていて手作り感満載だけど。

 プレゼントするので、家にあった花柄の箱の中に入れて持ってきている。


 今日の放課後、彼にこのマフラーをプレゼントするんだ。

 喜んでくれるかな……。


「花澤さん、おはよう」

 いきなり声をかけられて、びくっと震える。

「ごめん、驚かせちゃったかな」

「大丈夫だよ、おはよう」

 箱島くんだ。歩いているわたしとは違い、自転車に乗っている。


 わたしのクラスは3年1組で、彼は隣の3年2組であるが、小学生からの付き合いであるため仲は良い。


「どうしたの。なんだか緊張してるね」

「いや、そんな……」

「そっか。じゃあ、僕はここで。頑張ってね」

「うん」

 そう言って、箱島くんは去っていった。


 そうだ、このマフラーをプレゼントしなきゃいけない。

 頑張らなきゃ!


「よう、春香」

 いきなり自分の名前が呼ばれたものだから、思わず背筋がぶるっと震えた。

 隣を見ると、幼なじみの洋太がニヤニヤして、わたしの顔を覗き込んでいた。

「おはよう」

 当たりさわりのない挨拶をする。

「お前、なんか今、恋する乙女みたいな顔してたぞ」

「そ、そんなことないよ」

「俺の目はごまかせないからな」

「もう、うるさいな」


 彼はいつも、おちょくってくる。

 家が近いこともあって、小さい頃はいつも一緒に遊んでいたから、洋太のことはよく知っていた。

 本当に昔から変わらない。でも、なぜかホッとしている。


「テニスしか取り柄のないくせに」

 洋太はテニス部に入っていて、しかもエースだ。

 悔しいことに運動が上手い。そのこともあってか女子からはけっこう人気である。

「まあ、テニスラケットは俺の相棒だからな」

 そう言って、彼は肩にかけているラケットケースをなでる。

「でも、勉強はできないよね」

「それを言ったら、おしまいだ」


「おはよー。春香」

 聞きなれている、可愛らしい声。

「おはよ、美雪」

 わたしの隣に現れたのはポニーテールの美雪だ。

 活発的で誰にでも温かく接する。

 ピアノが上手くて、音楽部の部長を務めているのだ。


「ねえ、シャーペン借りたいんだけど、いいかな?」

「えっ、忘れたの」

「寝坊しちゃってさ。あわてていたから筆記用具をカバンに入れるの忘れたの」

「もう、しょうがないな」

「ありがと」

 持っているカバンを開けて、筆記用具を取り出そうとする。


「あれ、何それ」

 美雪がわたしのカバンの中を覗き込んだ。


 プレゼントする箱が見られた……。


「もしかして、誰かにプレゼントするの」

「ちょ、ちょっと」

「まさか、箱島くんにあげるのかな」

「えっ……」

「だって、いつも放課後になると箱島くんと春香、一緒に帰っているよね」


 どうしよう。彼女は一度気になると、止まらないタイプだ。

「おい、困ってるだろ。その辺にしてやれよ」

 洋太が助け船を出してくれた。

「えー、気になるんだけど」

 美雪は口を尖らせた。


「早くしないと遅刻するぜ。あと、十分もないぞ」

「それ、やばくない」

「やばいぞ」


 洋太と美雪は走り出した。


「おい、春香も走れよ」

 彼に促されて、わたしも走る。


 ひとまず、話が終わってよかった……。



 教室に踏み込むと同時にチャイムが鳴った。


「ギリギリセーフだったな」

「洋太、セーフじゃないぞ」

 担任の岡野先生がわたしたちを見て注意した。

「いいじゃんか。少しくらい」

「……仕方ないな。今日だけだぞ」

 美雪が嬉しそうに、

「さすが先生」

「早く席に着きなさい」


 わたしたちは急いで席へと着いた。


「遅刻するなんて、甘いな」

 窓際の席にいる森山が吐き捨てた。

 彼は問題児として有名だ。この前、トイレでタバコを吸ったのがバレて先生たちにそうとう怒られたらしい。

 噂によれば、悪い奴らとつるんでいるみたいだ。


 美雪は森山の発言が気に食わなかったのか、

「森山に言われたくないね」

 と挑発した。

「なんだと」

 森山が美雪をにらみつける。

「おい、二人とも。ケンカは厳禁だ」

 岡野先生が低い声で言った。

「でも……」

「分かったな」


 美雪はため息をついて、うなずいた。


「森山もだそ」

「うるせーな」

 森山は口ではそう言うが、これ以上何も言わなかった。


 こうして、無事に朝のショートホームルームが終わり、休み時間になった。


「春香、さっきのプレゼント誰にあげるの?」

 美雪が嬉しそうにわたしのところに来ると、ひそひそ声で言った。

 ついさっきのケンカについては、もう気にしてないようだ。

「え、秘密」

「ケチ。教えてよ」

「無理だよ」

「お願いだよ。あたしたち、友達でしょ」

「それでも、ダメ」

「えー」

 美雪は嘆く。


「いいじゃない。少しくらい」

「少しの意味が分からないよ」

 そんなことを話し合っていると、

「早く出なさい。次の授業が始まるぞ」

 岡野先生がわたしたちを見て、言った。

 気がつけば、教室にいるのはわたしたちだけだった。

「はーい。春香、行こっか」

「うん、分かった」


 わたしと美雪は1階にある教室から出ると、階段を上がり始めた。

 4階にある理科室を目指すために。


「ねえ、あのプレゼントってさ、箱島くんにあげるの?」

「いや、その……」

「もしそうだったら、やめておいた方がいいよ」

 隣を歩く美雪を横目で見た。

 真顔だった。

「どうして?」


 箱島くんはわたしと同じ小学校だった。だから、分かる。

 いつも優しくて、とても頼りになる人だ。

 困ったときは色々と手伝ってくれた。感謝している。

 けど、美雪はそう思ってないようだった。

「ほら、わたしはあいつと同じ音楽部だから、よく分かるんだよ。確かにあいつは器用で優しいけど、何て言うのかな。影があるんだよ」


 影……。


 それは違うよ、美雪。

 彼はただ、家庭の事情があって……。


 そのことを言おうとしたら、

「おい、なに話してるんだ」

 背中を叩かれて振り向くと洋太がいた。

「あ、違うの。何でもない」

「そうそう、春香の言う通り。ちょっと雑談していただけ」

 あはは、と美雪は笑う。

「本当かよ。何だか怪しいな」

 洋太は眉をひそめて、わたしたちのことをじっと見つめる。


 と、そのときだった。


 キーンコーンカーンコーン……。


「やばいぞ。俺たち、遅刻だ」

 洋太があわてて理科室へとダッシュした。

「わたしたちを置いてかないでよ」

 美雪も走り出す。

「待ってよ」

 わたしも走ろうとした。

 けど、何かの気配を感じて後ろを向く。


 ……おかしいな。

 今、人影が見えたような気がした。


「春香、どうしたの。遅れるよ」

「あ、ごめん。すぐ行く」


 気のせいかな。

 わたしは急いで理科室へと向かった……。



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