泡ときえても第三話
その日の夜…
源三は小夜を浜辺に誘った。
小夜は源三が何を切り出して来るのかが不安だった。
源三はそんな小夜の心を知ってか知らずか…
無言で海を見詰めていた。
普段から寡黙な男ではあるが小夜にかける言葉は
ぶっきらぼうではあるが
何時も優しい。
波の打ち寄せては返すその音に掻き消される程の声で
『小夜…有難う…
母もお前を随分と気に入っている。
出来ればこのままずっと俺の側に居て欲しい』
小夜は感激のあまり
その場に泣き崩れた。
決して真珠の涙を源三に見られない様に源三には背を向けて。
『小夜や…今の言葉が苦しいのか?』
源三は尋ねた
声を無くした小夜は
ただ…首を横に振るばかりだった。
『そうが…小夜…
有難う』
水面に映り込む月を眺めながら小夜は
海の中から源三が漁を
していたところを眺めているだけで、
胸が一杯に成っていた
あの頃を思い出していた。
櫓を巧みに漕ぐ姿の凛々しさ
網を引き上げる時の筋肉の躍動
良く日に焼けた肌…
全てが小夜の心を踊らせる。
ある日小夜が歌を歌っていると
源三が手を休め聞き入ってくれている。
あまりに嬉しく
源三との繋がりを感じた事が出来る一時だった。
小夜は決心をする。
人間になって源三の側で暮らしていきたい。
その為ならば
今の海での生活を捨てても良い
そうして小夜は
母の乙姫の所へ向かった。
竜宮へ向かう小夜の跡を慌てて追いかけてくる海亀…
『姫…姫…お待ちください。
どうされたのですか?
その様な深刻なお顔をされて…』
『私は決心したのです…
あの方の側に
あの方の側で…
あの方の為に生きて行きたいの』
『姫!それは人間になると言うことですか?』
『そう…
私は人になりあの方の側で暮らしたいのです。』
それっきり
姫は口を閉ざし竜宮の中へ入った。
『母上…私は人間になりとうございます。』
『なんと…どうして人間になど…』
驚きの顔を見せる乙姫…
『人間など、ごく短い時間しか生きて行けないでは無いか?
我ら人魚は永遠に近い人生を送るのに…
なぜ…争いいがみ合う事ばかりの人間になると言うの?』
『それでも構わないのです。
例え短い人生でもあの方に寄り添い生きて行けるならば海の中より幾倍もの濃さを持つと私は信じています。』
『姫や…もし…
人魚が人になる
と言うことは海を捨てること貴女は泳ぐ事が出来なくなるのですよ?
』
『それも覚悟の上です。
あの方ならば全てを受け入れて頂けると思います。』
『それほどまでに思い詰めているのであれば…
致し方無いでしょう
望みを叶えましょう。
人間界に行っても貴女は私の娘です。
くれぐれも体には気を遣うのですよ。』
小夜はこうして…
人間になり源三の元に現れた。
全てを捨ててもこの方の側に来たかった。
これからも側に寄り添い限りある人生の全てを捧げてゆきたいと誓った。