出発
「やはり、何も言わずに行ってしまうのじゃな。」
ダンが暴れて滅茶苦茶になってしまった宴の翌日。
僕達3人は早朝に村を出ていくことにした。
何故ならばこのままここにいても、ダンと村人の関係がギクシャクしてしまうと思ったからだ。
ダンには親がいない。
村長や他にも分かってくれる大人達もいるだろうが、本人の意思もあって出発に踏み切ったのだった。
準備も早々に出てきてしまったことを少し気にかけているとき、村の入り口で待ち構えている者がいた。
その人を見て、ダンは前に出る。
「ああ。爺さん、俺…」
「何、止めにきたのではない。忘れ物じゃ。持ってお行き。」
そう言うと村長さんは足下の大きな包みを指差した。
「長旅になるじゃろう、大したことはしてやれんが、旅に必要なものが入っておる。」
「爺さん、すまねえ。」
「忘れる事無かれ。ここはお前さんの故郷じゃ。いつでも帰ってきて良いからの。」
「でも、爺さん、皆が…。」
「誰にも文句は言わせん。この老いぼれにまた孫の顔を見せておくれ。」
「ぐ、爺さん、…ありがどうっ…!!」
ダンの顔がぐしゃぐしゃになっていく。
あ、ちなみにダンは本当は村長さんの孫じゃないよ。
孫だと思ってるよってことだと思う。
「ほっほ、この老いぼれにもまだ流す涙があったとはのう。カイト君、シュリちゃん、また世話をかけると思うがこの子を頼む。」
「はい、任せてください。」
「はい!お爺ざま!ひっく、…ひっく。」
なんでシュリが泣いてるんだか。
その後は出発しても村長さんが見えなくなるまでダンの元気でなーを聞くことになった。
「なーカイト。これあんまり意味無いと思うぞ?」
「何言ってんの。また暴れたくなったら大変だろ?いつでも疲れとけば暴れたいとか思わなくなると思うんだ。」
「とか言って、本当は歩くの嫌になっただけでしょう?」
あれ?
シュリにはバレてる。
ジャングルの中を進む。
左手に見える山脈に沿って海寄りを進んでいるから、方向を間違えることはない。
長旅にはなるだろうけど、気長に行こ…あ痛!
「ちょっと!上に気を付けてよ!」
「肩車とかしたことねえから高さがわかんねえんだよ。」
「じゃあ、今度からぶつかりそうになったら屈んで!」
「こうか?」
「あわわわ!あほ!落ちるわ!」
「お前が屈めって言うから…」
「ホント、仲が良いわ。この二人。」
夜にむけて食料を確保する。
今日の獲物は魚である。
「ほら!そこいるわよ!あーもう!へたくそね!」
「うるせーな!口出すなよ!」
「あら、レディに向かって何て口聞くのかしら。」
「ほらよ!」
「きゃ!ちょっと!服が濡れたらどうすんのよ!」
あいつら仲いいなー。
食に関してはなかなか充実している。
肉はうさぎさんだし、魚はダンが捕る。
野菜はダンが食べられる野草を見つける度に収納してるし、糖質はココの実ジュースだ。
あーでも卵食べてない。
生きた心地しないわー。
やっぱ卵いるわー。
それはさておき、この大商人の手袋が便利なんです。
なんてったって収納してるものが腐らない!
死んでればうさぎさんだって入る。
あ、でも収納限界が一応あるみたいなんです。
なんとなくわかるんです。
3分の2くらいかな?
食料の他にも村長さんがくれた寝袋とか鍋とかが容量を圧迫している。
まあ、今のところそんなに困ってはおりません。
「カイトー。こんなもんでいいかー?」
「おお!大漁だね!でも捕りすぎかなー。しばらくは魚三昧だねー。」
「えーお肉がいい!!」
はっ!
これが噂の肉食女子!
しかも年上!
やだ、僕恐~い。
「ダン、カイトがクネクネしてるわ。」
「時々あるんだ。諦めろ。女。」
「シュリ様と呼べ。」
「いだだだだ。」
今日もダンの頭上からお送りします。
ジャングル探険隊、隊長のカイトです。
おお!
早速うさぎさん発見です!
今日は誰が担当してくれるのか。
はい。
今日はシュリ隊員が担当するそうです。
おっと!
シュリ隊員が杖を構えたー。
今回も催眠の魔法が炸裂するのかー!
やや!
今回は違うようです!
うさぎさんが宙に浮いてジタバタと暴れております。
念動力です!!
これは隊長の私も初めて見ました!
これぞまさしく魔法使い!
これは今後も期待できそうだぁ!
いやぁー今回も見事でしたね、現場のダン君?
はい。
はい。
ええ。
その通りですね!
私もそう思いま…あ痛!
「ちょっと!上!」
「ああ、すまん。わざとだ。」
「んなっ!?」
「シュリ隊員、周囲異常無しであります。」
「誰が隊員よ。私は隊長よ。」
「シュリ隊員、場所代わるでありますか?」
「え?そこに?乙女の私はそんな、肩車みたいなはしたないことしないわ。」
「この席は隊長の席であります。この席に座れない限りシュリ隊員はシュリ隊員のままなのであります。」
「はぁ?何勝手に決めてるのよ!」
「僕が隊長だからであります。」
「………もういいわ。あ」
「どうしたでありますか?シュリ隊員。」
「……暴れたい。」
「え?」
「カイト!速く降りて!速く!」
「え?え?ちょっと待とうか、現場のダン君!僕を降ろしてから…」
「ひーーはーーー!!!」
「いーやー…あ痛!あだっ、いだっ、ほげっ…」
「ホントバカね、あの二人。」
そんなこんなで(どんなこんなだ。)村を出てから1週間が経った。
朝食を済ませ、疲れたを連呼するシュリを鼓舞しながら今日も南西に進む。
「ちょっと止まって!」
「どうしたの?シュリ?」
「何か感じるわ。…魔物…?」
「そんなの分かるのか!」
「しっ!静かに!まだ分かんないのよ!」
姿勢を低くしたシュリにつられて、姿勢を低くする。
「距離は?」
「近いわ。」
それを聞いて二人の武器を出す。
勿論自分の剣も。
「方向は?」
「進行方向よ。来た!」
「構えろ!」
現れたのはうさぎさんだった。
なんだうさぎさんか。
いや、よく見たら頭に角がはえている。
体も一回り大きい気がする。
【角うさぎ】
うさぎに角が生えたうさぎ。角を活かした突進攻撃に注意。
そのまんまかよ。
気づいたら角うさぎさんは宙に浮かびあがり、矢が貫通して息絶えていた。
あれ?
僕の出番は?
「ん!!このうさぎうめえぞ!!」
「本当ね。いつも食べてるのとは一味も二味も違うわ。」
「魔物化するとなんで美味しいんだろう…。」
角うさぎさんはお昼に美味しく頂かれましたとさ。
さあ、進め。
南西に待つ、漁師達の元へ!
港町で暖かい布団が我らを待っている。
そんな時、ダンが急に止まり顔を上げた。
暴れたい…わけじゃなさそうだ。
「どしたの?ダン?」
「分かる…。」
「何が?」
「何か来る!」
ダンはすぐに弓を持って身構えた。
「また来るの?」
「何が来るのよ。私、何も感じないけど。」
「来たぞ!」
そうして現れたのは大きなトラだった。
わーお。
【イエロータイガー】
樹海に分布するトラ。普通のトラよりも素早い。
普通のトラって何だよ!
え、何?
違う地域には普通のトラがいるわけ?
「ほらな!」
「ドヤ顔してる場合か!」
とりあえず距離をとる。
50メートルくらいは離れたかな?
でも近くに二人の気配を感じないことに気付いた。
振り返ると誰もいない。
「ちょっと!何で誰もついてきてないの!」
まさか、殺られた?
そんなあほな。
走って元居た所まで戻る。
そこで衝撃の光景を目の当たりにすることになった。
殺られてました。
トラが。
「カイト、どこ行ってたんだ?」
「早く仕舞って!鮮度が落ちちゃうわ!」
あれ、この人たちおかしくない?
僕がおかしいの?
いやいやいや、だってトラだよ?
森の王者だっけ?
なんかそんなやつでしょ?
森のバターはアボカドで…。
森のミルクが大豆でしょ?
違った!
畑の肉だ!
何の話やねん!!
「トラって美味しいのかしら?」
「俺も喰ったことねえなあ。」
「そうだ!海のミルクが牡蠣だよ!」
「何の話?」
トラを倒してから二日経った。
あのトラさんは人が食べる物では無いね。
うさぎさんのお肉に比べたら臭すぎて食べられたもんじゃない。
海水に付けておくと幾分か臭みが取れて食べれなくはない程になったからなんとか食べたけど、もっと簡単に捕まえられるうさぎさんを食べた方が効率的だ。
問題は馴れない獣の解体で毛皮がズタボロになってしまったことかな。
きっとあの毛皮には価値がありそうだけど、あれじゃ駄目だろうな。
まあでもそのうち上手になるでしょう。
二人が。
僕はしませんよ。
いや、出来ません。
それとあんな獣がいるなら危ないということで、あれ以来僕が作った即席の岩の家で寝泊まりしている。
ちょっと元に戻すのが面倒臭いけど、安全な睡眠には代えられない。
そんなある日の昼下がり、シュリが叫んだ。
「うわ!大変!凄いのが近付いて来てるわ!」
「俺も感じる!」
「僕だけ分からないの寂しい。」
そんなこと言ってる場合じゃないのかな。
二人に無視された。
真剣になるほどの魔物ってこと?
現れたのは赤と黒の縞模様を持つトラだった。
うぉぅ、カッチョいい。
【レッドタイガー】
イエロータイガーの亜種。魔法抵抗を持つ。
いつもの事ながら説明文短っ!
「なっ!効かない!?」
「ちっ、外したか…。」
トラは軽い身のこなしでダンの放った矢を避ける。
どうやらシュリの念動力が効かなかったみたいだ。
魔法抵抗を持つだけはある。
カッチョいいとか言ってる場合じゃないな。
「きゃっ!!」
「ぐっ…っ。コイツ速いぞ!」
トラさんが反撃に出た。
シュリに体当たりしたあと、その勢いでダンに噛み付く。
ダンの左腕が真っ赤に染まった。
ここは僕の出番ですね。
トラさんがダンの腕に夢中な、今が好機!
トラにファイアボールをお見舞いする。
ファイアボールが効かなくてもこっちに注意をむける事は出来るだろう。
あ、避けられた。
トラに解放されたダンにシュリが近づく。
そこで回復しておれ。
後は儂がこやつを倒す。
ふっ、決まった。
トラさんと見つめ合う。
そんな熱視線で見つめてくるなんて、僕に気があるのね。
でも、僕には心から慕っている人がいるの!
嘘です。
てことで石の礫を飛ばす。
手加減したつもりはないのに高速で打ち出したはずの礫がペイーンと弾かれる。
もっと速く。
ペイーン
もっと固く。
ペイーン
もっと大きく
ペイーン
むむむ。
こやつ、やりおる。
まったく微動だにせずその場で澄ました顔をするトラさん。
腹立つな。
さっきはファイアボール避けたくせに!
あ、ファイアボールは避けるのね。
もしかして火が苦手?
ファイアボールを連発する。
喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ。
まだまだ。
喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰ら…っしゃ!
トラさんに当たった。
ちょっとやりすぎたかも。
1発で気絶してしまった。
トラさん、君もまだまだだね。
「カイト。カッコつけるのは許すけど、ジャングルが大変なことになってるわよ。」
「山火事だなこりゃ。」
ひゃー!
真昼の様な明るさだ。
真昼だけど。
急いで水魔法を広範囲に展開する。
ゲリラ豪雨のような水が辺り一面に降り注いだ後、そこにはビッチャビチャになったレッドタイガーの死骸と三人の姿があったとさ。
その後、シュリに服が濡れたと大騒ぎされたのは言うまでもない。
カ「この手袋、ダンのおかげで見つけたんだけどさ、どっちがいい?」
ダ「ちょっと見せてくれ、俺にはキツいな。暑いし、いらねえ。」
カ「そう?凄い手袋なんだよ?」
シ「白い方はアイテム袋になってるのよ!このあいだ見せてもらったわ!」
ダ「なんだそれ!すげえな!でもいらね。俺のじゃない気がする。」