ダン、豹変する
なるほど。
ダンはラザンの民っていう民族の末裔だったんだね。
「暴れたい…。」
「え?ダン?」
ダンが何か物騒な事を言い出した。
「ダン?」
「あーダメだ。くそっ!」
ん?
んん?
どゆことだ?
ダンは何もない壁に向かって歩き出す。
壁の前で構えたかと思うと拳で壁を殴り始めた。
壁にヒビが入っていく。
「あのー、ダンさん?」
「あぁあ!?」
ちょ、恐っ。
どうした、ダン。
「壁を壊すのは良くないかなー、なんて。ここ地下みたいだし…。」
「…黙れ。」
恐い恐い恐い。
なんだコイツ。
これってあれじゃね?
戦闘民族の血が騒いできた的な…。
はっ!
そういえば汝等に在るべき力を与えるって言ってたよね。
封印が解かれた?
そういうことかも…。
「うりゃぁぁぁ!!」
とうとうダンが試練の間の壁を破壊する。
そこには宝箱があった。
あるのかよ!
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
「ダン?」
肩で息をするダンの後ろ姿に声を掛ける。
振り向いたダンはいつものダンじゃなかった。
髪は逆立ち、目は釣り上がり、涎を垂らした表情には笑顔が張り付いている。
もう、なんかいっちゃってるよね?
「はぁっはっはっはっは!楽しいぜぇっ!なあ!カイトぉ!」
「そ、そう?」
「次はお前の番だぁ!」
「ひっ!」
次の標的は僕らしい。
もうひとつ壁あるのになー、なんでかなー。
猛スピードで迫ってくるダンの拳を避ける。
ブン!という音が耳を掠めた。
こりゃ、当たったら気絶じゃ済まなさそうだ。
「避けてばぁかりかぁ!カイトォ!」
「もうやだー。」
「シュリちゃんキーック!!」
あ、シュリの飛び蹴りがダンに炸裂した。
僕に殴りかかるのに夢中だったダンは体勢を崩して倒れる。
シュリがいいタイミングで試練から帰ってきたみたいだ。
「ぐっ…お、女ぁ…。」
「何蹴られてニヤついてんのよ、気持ち悪いわね。カイト!大丈夫?」
「うん、とりあえず無傷だよ。あれ、そういえばなんで避けられるんだろう?」
「知らないわよ。それよりここは私に任せて!」
そう言うとシュリは涎を滴らせニヤニヤしているダンに立ちはだかる。
そして喋りだした。
「ふぅ…、いくよ!『大海の、臨みし丘に我は在り、深き闇間に汝在り。荒ぶる魂よナリスの下へ!鎮魂歌!!』」
シュリがそう叫ぶとダンを中心に光が舞う。
半透明の人魚の様な物体が数匹踊り合唱する。
心の落ち着く、心地よい音色だった。
「お、おん…なぁ…。」
ダンはガクガクとしながら倒れていく。
しばらく見つめていると寝息が聞こえてきた。
というかイビキだ。
「これで一安心ね。」
「凄いねシュリ。今の魔法でしょ?綺麗だった。」
「ありがとう。ナリスが教えてくれたのよ。」
シュリは肩の辺りに目線をやると目を細めた。
そこに何かいるんだろうか?
「…ナリスって?」
「海神ナリスよ。」
「…じゃあそこにいるのは?」
「海神ナリスの分体よ。」
なんとまあ。
海神様を手懐けおったわい。
「ねえ!あれ宝箱でしょ?中はもう見たの?」
「え?ううん、まだ!」
すっかり忘れてた。
あれを発見してくれたダンは眠っているけど、勝手に開けちゃおう。
キィーーィィィッ
そんな音を立てて宝箱が開く。
中にあったのは手袋だった。
【賢者の左手袋】
賢者オルトロスが死の間際に、自らの生涯を写し取った手袋。適性の無い者でもあらゆる魔法が使いこなせるようになる。但し、攻撃魔法のみ。
なんだかシックな黒い革製の手袋だ。
【大商人の右手袋】
大商人マルタが使っていたとされるマジックアイテム。装備した者のレベルに合わせてあらゆる者を異次元空間にしまうことができる。但し、生き物は無理。
今度は白い手袋だ。
白い以外は賢者の手袋とそっくりだ。
片手ずつ装着しても違和感はあまり無いかな?
「なんだか、普通の手袋ね。」
「え?」
「どっちもザンクトラノリアでは一般に出回っている男性用の手袋よ。」
「そうなの。」
「あっちの壁には宝箱あるのかしら?」
シュリは試練の間の最後に残った壁に近寄りながら言った。
入り口から見て、赤白の球があった向かい側の壁画の壁、暴走したダンが破壊した右側の壁、最後に残った左側の壁だ。
「うーん、特に変な所は無さそうね!あら?これは何?」
腕組みをしながら壁を見つめていたシュリが足下を見て言う。
「それはさっき倒した魔物の魔石だよ。それを倒した報酬でダンが暴れだしちゃったんだ。」
「ふーん。こんな真っ黒になったのは初めて見たわ。貴重かもしれないから持って帰りましょ!」
僕に渡してくる。
持てってことね。
ダンのことも僕が運ぶんだよね?
無理じゃない?
手が足りないわ。
あ。
この大商人の手袋使えそう。
さっそく右手にはめてみた。
なんでか知らないけどピッタリだ。
一抱えぐらいある魔石に触れてみる。
触れただけでは何も起こらなかった。
試しに収納したいと考えるとパッと消えた。
シュリの顔が唖然としている。
逆に出そうと思ったら現れた。
便利だ。
ついでに残った魔物の骨の破片も貰っておこう。
特に頭の骨とかは価値がつくかもしれない。
今にも喋りだしそうで不気味だけど。
勇者の剣も今は邪魔だから納しておく。
そういえばこの剣のことをまだ鑑定てないからしてみることにした。
【勇者の神器(剣)】
勇者の神器シリーズの1つ。全部集めると良いことがある。かも?
なんだか最後が気になる。
なんだよかも?って。
しかも説明短すぎやしませんか?
適当かコラ。
一通り突っ込んでおいて剣も仕舞っておく。
「その手袋マジックアイテムだったのね。」
ガゴン
「きゃっ!?」
シュリが話ながら台座に凭れると最後の壁が崩れ落ちた。
やっぱり宝箱だ。
シュリが足早に宝箱へと走り寄る。
「びっくりした!でもこの中身は私ので決定ね!はっ!!ふおぉぉぉ~ぉ!!」
ルンルン気分で宝箱を開けたシュリからうれしい悲鳴が聞こえる。
どうやらお気に召したようだ。
「見て!カイト!私にピッタリ!」
【聖女のローブ】
世界に安寧をもたらした聖女が身に付けていたとされるローブ。人々に安らぎと慈悲を与える。
具体的にどんな効果があるのか説明無いわけ?
つまりただのローブ?
装飾はすっごく厳かで綺麗だけどさ。
【シュライエン・モルトレイト】
女性 17歳 Lv12
種族 ヒューマン
職業 聖女
見るつもりは無かったのに、シュリの鑑定が発動してしまった。
本名長いね。
前も思ったけど。
それと職業が聖女になってる。
今回そうなったのか前からなのかは定かでない。
てか、シュリ17歳だったの!?
僕と同じ15歳だと勝手に思いこんでいた。
僕は今年で16歳になるにしても学年が違うのは確実だ。
なんだかショックだ…。
人の事はあまり鑑定しないようにしよう。
「もうやり残したことはないわね!帰りましょう!」
シュリったら。
人の苦労も知らないで。
ダンを背負う前にダンの弓を収納することにする。
ダンの弓の鑑定結果はこうだった。
【雷獣の小弓】
雷を司る魔物の尻尾と骨を用いて作られた小型の弓。矢を帯電させることが可能。持ち運びに便利。
あれ、勇者の神器シリーズかと思ったらそうじゃなかった。
てことはシュリが手に入れた杖も違うのかな?
となると集めるの結構大変そうだなぁ。
うわぁ。
めんどくさくなってきた。
そんなことを考えながら帰路につく。
ダンは長身で男らしい体つきに似合わず思いの外軽かった。
ゴゴゴゴゴ
試練の間へと続く階段を出ると、例のごとく石板は沈んでいく。
祠だけがそこに残った。
「村長さんいないわね。」
「結構中にいたからね。ほらもう夕焼けみたいだよ。」
洞窟といっても入り口からここまで30メートルくらいだ。
入り口から紅く染まった景色が覗いている。
洞窟からの帰り道、ダンを背負いながら歩く。
シュリが気を紛らわしたかったのか話しかけてきた。
「ナリスって本当はすっごくデカイ白クジラなのよ。」
「海神ナリス?」
「ええ。クジラなんだけど毛でフワフワしてたわ。口元は髭みたいに長いの。」
なんじゃそりゃ。
怪物じゃないか。
人が勝手に神として崇めてただけで元はクジラだったのかな?
実は魔物だったりして。
「海底に神殿があってね。そこから祈りを捧げたの。きっとあそこが聖ゼヒュゴー神殿だったんだわ。」
「聖なんたら神殿っていくつかあるの?」
「ええ、カイトと初めて会った戦場の近くにあったのが聖ノートス神殿。そういえばカイトはなんであの場所にいたの?」
「え?ああ、なんて言えばいいのかな…。」
「私としては今更だけど巻き込んでしまったことを申し訳なく思ってる。親御さんは大丈夫なの?」
転移してしまった時はそれどころじゃなかったし、連絡の取りようが無かったからとシュリは言う。
シュリはあの戦場近くに住んでいた少年Aとでも思っているようだ。
僕としては日本に帰ることを目標にするべきなんだろうけど、特に思い入れとかないんだよなー。
日本に。
「とにかく、今は速くザンクトラノリアに帰ることが必要ね!!村が見えてきた!お腹空いたー!」
シュリは考え込む僕を見て何か感じたのか、元気よく走っていった。
助かった。
助かったけど、ダンを背負っている僕を置いていくとは。
酷くない?
「ん?…んん、カイト?」
ダンが起きた。
もう元のダンに戻ってるよね?
戻ってなかったら、首を千切られてユーアーデッドを宣告されること間違いなし。
「お、起きた?」
「ん、起きた。自分で歩ける。」
よかった。
元のダンに戻ってる。
「なんかすまん。」
「何が?」
「気を、つかわなくてもいい。全部覚えてる。カイトを殺そうとしたことも、それにあの女のことも。」
まじか。
「俺、なんであんなことを…。」
「そう落ち込むなって。」
「お前…、なんでそんなに落ち着いてられんだよ!お前はこの俺に殺されそうになったんだぞ!」
まあ、そうだけど。
なんとかなったじゃん。
「くそ!しばらく一人にしてくれ。」
ダンはそう言うと近くの木にひとっ飛びで掴まった。
それを見た僕も驚いたけど、ダン自身も驚いた表情をしている。
僕の視線に気付いたダンは「くそ。」と呟いて森の中に消えていった。