そこは異世界でした。
これからがんばります。
よろしくお願いします。
目が覚めるとそこは戦場だった。
自分でも何を言っているのか分からないが、実際に目の前で血飛沫が舞っている。
どういうことだ?
何があった?
「我が隊は優勢だぁ!進めー!」
「魔法師団との連携を崩すな!」
「治療班は負傷者を運べ!」
どうしようどうしよう。
なんか、魔法とか聞こえた気がする。
ここはどこ?
地面に倒れたまま思案していると声をかけてくる者がいた。
「大丈夫ですか?おや?見慣れない方ですね?とにかくここを離れましょう。」
声の主はゲームとかに出てきそうな聖職者のようなコスプレをした美人だった。
年のころは僕と同じ15歳くらいかな?
その美人は肩を借してくれる。
あ、いえ、大丈夫です。自分で歩けます。
という言葉は心の中にしまって。
素直に肩を借りることにした。
だっていいにおいがしたんだもん。
連れられて来た所には負傷した人達がたくさんいた。
寝転がる人達の間を聖職者コスプレイヤーが忙がしく駆け回っている。
「おや?あなたはどこも怪我をしていませんね?それよりも装備はどうしたんです?」
「わかりません。気づいたらあそこにいたんです。」
「……戦場は初めてですか?」
「え?あ、はい。」
「なるほど。とりあえずここに座っていてください。」
示された場所はテントみたいに布で隔離されたところだった。
血が…血が…とか呟いている人や、何が面白いのかヒヒッヒッと変な笑い方で肩を揺すっている人がいる。
なんだかさっきの美人に勘違いをされたようだが大人しくここで待つことにした。
肩を叩く感覚で目が覚めた。
いつの間にか寝ていたようだ。
辺りは既に夜の帳が降りている。
回りに先ほどの変な人達はいない。
目の前にいるのはさっき助けてもらった?美人さんだった。
「遅くなってすみません。お腹は空いていませんか?」
「えっ、お金持ってないけど、いいの?」
「えっ?ええ。どうぞ。」
「では遠慮なく。ありがとうございます。」
美人さんは不思議に思ったのか首を傾げつつも、持っていた食べ物を渡してくれた。
履いているジーパンのポケットには財布も携帯も無いから所持金は全く無い。
これからどうしよう。
それよりなんだこのスープ。
まずっ。
味薄。
「お口にあいませんでしたか?」
「う、ううん。空腹だったからおいしいよ。」
食べなれた即席麺とかに比べたら味が薄くて美味しくない。
でも良く言えば、素材の味が引き立っていて……もういいや、食べれなくはない程度の味です。
「自己紹介がまだでしたね。私は治療班に所属しているシュリと言います。あなたは?」
「僕はカイト。高校1年生だよ。」
「コウコウイチネンセイ?なんですかそれは?」
「え?学校だよ。」
「学園のことですか?私の魔術師養成学園にはそのような科はありませんが…、騎士養成学園にはそんな科があるのですか?」
「は?」
「え?」
このコスプレイヤーは本気だ。
シュリっていう名前もそうだけど、凄く設定が凝っている。
これはとにかく現実に戻してあげないと。
「シュリ…さん?」
「シュリでいいです。」
「しゃあ、シュリ。君の2次元に掛ける思いには僕も脱帽だよ。だから真面目に話し合おう。」
「なんだか認められたようですけど、私は至って真面目です。私にはあなたがふざけているとしか思えません。」
ふむ、気分を害してしまったみたいだ。
それによくよく考えると目の前にいる彼女以外にもコスプレイヤーがたくさんいたことを考えると、ここは僕がおかしいのかもしれない。
いやいや、まさか異世界じゃあるまいし。
……異世界?
「ねえ、シュリ、ここって何県?」
「ここ?ここは聖ノートス神殿に程近いノタ草原の戦場にある、ザンクトラノリア国第八兵団の陣営です。」
「へ、へえー。」
どう考えても日本じゃない。
知らない単語が多すぎてどこから質問していいのか分からん。
その時テントの外から大きな音とそれに続く大声が聞こえた。
「敵襲ー!!」
「え!!」
何か大変な事が起きたっぽい。
これは生命の危機かもしれない。
「シュリはいるかー!」
「はい!今行きます!カイトさん、あなたはここでじっとしていてください。」
誰かに呼ばれたシュリはテントから出ていった。
テントの外、少し遠くから兵士たちの悲鳴や爆発音が聞こえる。
これってここにいるのも危険じゃない?
そう思って外に出る。
僕がいたテントは、他の同じようなテントと共に林に囲まれるように建っている。
その林の向こう側の空がやけに明るい。
林が燃えているみたいだ。
やばいよね?
逃げた方がいいよね?
てことでその方向とは逆方向に駆け出した。
ドッゴォォーーン
へ?
何が起きたのか確認する間も無く、背後からの衝撃波で前方に吹き飛ばされる。
「あだだだだだ。いってー。」
反射的にそう言ったが、あんまり痛くないような気がする。
ん?
そんなことを言っている場合じゃなかった。
振り返ると僕がいたテント達が吹き飛んで、残った残骸が燃え盛っている。
唖然としているとテントの方向からシュリが走ってきた。
「カイトさん!よかった。どこも怪我は無いですか?」
息を切らしながらそう言う。
あなたの言うとおりにしていたら死んでるところでしたとは言わないでおく。
「第八兵団は壊滅です。こっちへ!」
手を引かれて走り出す。
木々の向こうに大きな山脈が見える。
そっちの方向に何かあるんだろうか?
と走りながら考えていると。
「この先は聖ノートスの加護領域です。そこまでいけば…。」
「まだ生き残りがいたか。」
「っ!!」
誰かが追いついてきた。
振り返り様にシュリが僕を庇うように前に立つ。
そいつを見て僕は驚いた。
暗くてよく見えないけど、どう見ても人間じゃない。
だってそいつは上空にいたからだ。
「カイトさん、逃げて!」
「シュリ一人で何とかできる奴なの!?」
「オレも舐められたもんだな。」
そう言いながら奴は地面に降り立つ。
その姿は異様だった。
獣人。
骨格はヒトそのもの。
しかし狼のような頭と獰猛な眼差し。
鋭い牙と爪が暗闇なのに怪しげに光っている。
どうやって浮いていたんだろう?
「まさかあなたが出てくるなんてね。」
シュリが奴に話しかける。
「まあな。」
二人は知り合いなのか?
仲がいいわけでは全くなさそうだ。
奴がこちらに手を翳すと火の玉が飛んできた。
「リフレクト!」
すかさずシュリが叫ぶとシュリの目前で火の玉が弾かれる。
ちょっと待って。
おかしいなー。
君たち何してるの。
何の演出?
「やるな、これならどうだ。」
奴が両手を天に翳すとドでかい火の玉が現れる。
なんてでかさだ。
現れただけで、皮膚が焼けるように熱い。
「くっ…。」
「フハハハハ、死ね。」
でかい火球が放たれる。
死の間際、スローモーションのように火球が近づいてくる。
そこに一人の老人が現れた。
シュリのように白い聖職者の姿だ。
髪も髭も白いから全体的に真っ白だ。
いったいどこから現れたの??
老人が火の玉に手を翳すと僕たちを包むように光の壁が形成される。
「ろ、老師様!」
「儂に任せろ。」
「で、ですがっ!」
次の瞬間僕とシュリの足元に魔方陣が現れる。
それは地面から浮き上がり僕らの回りで回りだす。
その回転する魔方陣の中に老人は含まれていない。
「い、いやです!老師様!」
「これしか方法が無かったのじゃ。」
「い、いや…。」
シュリが泣き崩れる。
そのシュリの体が光りだした。
僕の手も光っている。
何だ。
何が起きるんだ。
「シュリ。さらばじゃ。」
「いや!お爺ちゃん!!!」
老人の形成した壁が壊れていく。
辺りが熱に覆われていく。
視界が光に包まれた時、気づいたら僕とシュリは夜の森の中にいた。
この日、ザンクトラノリア国第八兵団は壊滅し、聖ノートス神殿は包囲され崩壊した。
そしてザンクトラノリア国は偉大なる老師を一人失うことになる。
それがザンクトラノリア国に伝わる数日前の話である。