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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第1章 タイムスリップのはじまり。
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第7話 約束して

 魔人の中にも、人間に近い肉体を持つものは居る。

 そうしたものたちは、人間に捕まり、性奴隷にされることもある。


 しかし、ハーフバグズは人間離れしたものが多い。

 アラクネもまた上半身はそれなりに人間に近いが、下半身はほぼ蜘蛛である。

 生殖器もまた、下半身の蜘蛛の体の方にあり、普段は外皮に隠され、交尾の際にのみ外皮から露出される。

 外皮から露出すれば人間の生殖器と大差ないが、それでも蜘蛛の体を好んで抱こうというものはそうはいない。

 寧ろ有栖は奴隷になってからは気色が悪いと罵られながら、蹴り飛ばされることの方が日常茶飯事だった。

 これらの理由から、有栖は性行為を強要されたことなど一度もなかった。


 だが。


「アンタ……、正気なわけ?」

「うん? 僕は正気だよ。君の体は華奢、いやまあちょっと細すぎるけどさ。それに胸もないけど、僕貧乳派やし。つうか褐色肌金髪ロングとか超好み。いえーい!」

「……知らないわよそんなの!!」

「まあ、良いじゃん。で、君はどうすんの?」

「杉原、お前は人として最低じゃぞ!!」


 黒渡が再度、杉原を怒鳴りつけた。黒渡の怒りは頂点に達していた。

 彼にとって、助ける代わりに体を求めるなど言語道断であった。


 だが、しかし。


「人として? ははは、何言ってるんですか? 人間なんてこんなものですよ。期待するほどの価値なんてないですよ。そんなことも知らずに良く恥ずかしげもなく生きてきたもんですね……。今まで、何を見て生きてきたんですか?」

「杉原!! お前!」


 やはり、杉原はその程度のことを気にするような性格はしていなかった。

 ニヤニヤとした笑みを顔に貼り付けたまま、平然と答えた。


「まあ、いいや。で、ヤらせてくれんの? 駄目なの? ほら、どーすんの?」

「……フ、フン!! まあ良いわ!! 寧ろ一度抱かれるくらいで奴隷から解放されるくらいなら安いものよ。別に初めてじゃないし!!」


 そう言うと有栖は髪をさらりと掻き上げた。表情は平静を保っていたが、髪の隙間から覗く耳が真っ赤に染まっていることを杉原は見逃さなかった。

 一歩、杉原が近づくと、合わせて有栖も下がる。もう一歩杉原が進むと有栖がまた下がった。


「うーん。そういうことされるとヤりたいことも出来なくなるんだけど?」

「ハ、ハァ? 寧ろ何がっついてんの? アンタ童貞なワケ?」

「うん、そうだよ。初エッチだわ。というわけやり方とか良くわかんないし面倒だし勝手にさせてもらうわ」

「え――ちょっと!?」


 杉原はいきなり魔法で有栖の足元の地面を隆起させ、バランスを崩すとそのまま押し倒し、馬乗りになった。

 仰向けになった有栖は腹をさらけ出す姿勢になっていた。

 この姿勢になると、体型上アラクネの動きは制限されてしまう。

 ひっくり返った蜘蛛が起き上がるには時間が掛かる。

 アラクネもまた然りである。


「さてさてさーて。初めてじゃないんだろ? じゃあ色々気にしなくていいや。ああ、でもアレだな。奴隷生活が長かった所為か多少臭うね。ちょっと位ならいいけど、これは流石にやだな。うーん。じゃあ、こうしよう」


 と言うと、杉原は魔法で両手に水を纏い、有栖の髪を洗い清め、体も簡単に洗った。有栖が体に巻きつけていたぼろ布が濡れ、有栖の体に張り付く。


「まあ、こんなものかな。いやあ、でも布が濡れてなんかいやらしい感じになってきたね。アハハハハ!!」

「杉原!! お主いい加減に――」

「はあ? じゃあ自分で助けてあげてくださいよ。……自分で出来ないことを他人に押し付けんなや」


 黒渡の怒声は、やはり杉原には響かない。

 寧ろ杉原の正論に、マジックディスターブを使えない黒渡は言い返せなかった。


「まあ、いいや。で、アラクネの生殖器ってどこにあんの? 人間とは違うからわかんないんだけど」

「え? あ、その……」


 杉原の言葉に有栖は表情を崩し、泣きそうな顔のまま返事も碌に返せなくなっていた。


「やれやれ。初めてじゃないんだろ。しっかりしろよ。じゃあ、いいや。そうだなァ」


 そして、杉原は有栖の体を腰の辺りから蜘蛛の体のほうへと撫で回しだした。


「ッ……」


 有栖は唇をかみ締め、叫び声を上げることを我慢していた。

 だが、杉原の手が蜘蛛の体の中心部辺りをさすっているときに、


「い、嫌!!」


 と、声を発してしまった。


「ああ、この辺りか。何か感触違うし。お、ここの外皮はどうやら剥けるみたいだね。じゃあ無理矢理剥けばいいのかな?」

「ま、待って。その、まだ……」

「えー? 何、心の準備とか? 僕童貞だからそんな気遣い知らないし、……ああ、もしかして実は処女だったの?」


 杉原は心底楽しそうにそう言った。


「ち、違うわよ!! そんなわけないでしょ!? でも……その……」


 有栖は虚勢を張っていた。見て分かるとおり彼女は処女だ。下手にその事が人間にばれると舐められると考えていた彼女の、精一杯の虚勢だった。

 だが、そんなものは大した意味はなかった。


「べええ」


 と言う声と共に、杉原は有栖の首筋を舐めた。


「………ッあ!! な、何を……」

「この程度で騒ぐなよ。まだ本番でもなんでもないし」

「い、嫌……。待って、お願い。待って。私……、私は……」

「残念、待たない」


 と言うと、杉原はベルトに手を掛けた。


「い、嫌だ……。おかあさ――」


 とうとう、有栖の表情が恐怖と涙で染まったとき、黒渡は怒りに任せて杉原に魔法を行使するため詠唱を始めた。


「風は天を穿ち、空を――」

 

 しかし、詠唱を終えるその前に。



「駄目!!」


 と叫びながら、ひとみが杉原に体当たりして突き飛ばした。


「お姉さん、大丈夫!?」

「ひ、ひとみ?」


 そしてそのまま、ひとみは有栖を抱きしめた。

 その光景に驚いた黒渡は詠唱を中断し、突き飛ばされた杉原は何故かニヤニヤと笑いながら地面に寝転がっている。


「ごめんね。お姉さん。本当はね、もっと早く動きたかったけど、怖かったんだよぅ。お姉さんも怖かったのに。怖いよね。何だか、何も出来ずに蹂躙されるように感じて、怖いんだよねー。私もその恐怖を感じたばかりだったのに……。お姉さんに助けてもらったのに……。だからね、お姉さん。今度は私がお姉さんを助ける番なんだよー!!」

「ひとみ……。でも、奴隷魔法を解くにはこいつの力を借りないと……」

「うん。でも、お姉さんがそんなことしなくていいよ。そんな辛い思い、しなくていい。だから……戦おう」

「……え?」


 ひとみの言葉に有栖は目を丸くした。


「戦うって、あの男と? でもアイツはマジックディスターブと無詠唱魔法が使えるのよ? いくら低レベルとは言え、錬度が高すぎるわ」

「大丈夫。あの人は代わりにすごく魔力量が少ないの!!」

「へえ、気付かれたか。その眼の力かな」


 杉原は立ち上がり、楽しそうに答えた。


「確かに、あの人は強いけど二人で攻めれば押し勝てる!! それに黒渡さん!!」

「む? なんじゃ?」

「今、あの人に攻撃しようとしたんだよね?」

「ああ、まあそうじゃが。ついかっとなって……」

「なら、私達に協力して」


 ひとみはそう言い放った。

 杉原は楽しそうに口笛を吹き、黒渡と有栖は口をぽかんと開けていた。


「あなたも加われば、確実に勝てる。だから――」

「いい判断だ。だが、甘いな」


 杉原はひとみの言葉を遮り、言った。


「確かに、黒渡さんの力量は細かくは知らないけど、レベルはかなり高い。黒渡さんも敵に回れば、僕は勝てない。でも、弥蜘蛛か秘留かのどちらかなら殺せるぜ? 弥蜘蛛の糸を除けば無詠唱が使えるのは僕だけみたいだし」


 その言葉は正しい。ひとみはそもそも戦闘用の魔法はまだほとんど使えない。有栖は固有魔法の糸生成のみ無詠唱で使えるが、攻撃力そのものは低い。黒渡も上級魔法を使えるが、無詠唱は無理だ。

 つまり最も早く、攻撃できるのは杉原なのだ。その一手に集中すれば、有栖かひとみのそのどちらかを殺せる。杉原はそう言っているのだ。

 そして、実力から言って、殺されるとしたらひとみの方だろう。

 それはその場の人間全員が気付いていた。


「で、それでもやるか? ああ?」


 杉原は右目を異様に大きく見開き、左目は逆に針のように細めて笑った。

 その表情は、見る人間に恐怖を感じさせるものだった。


「……うん。やる。戦うんだよー!! 例え死んでも、私は戦って死ぬんだよー!!」


 それでも、ひとみはそう言った。拳を握り固め、震える足で踏ん張って、歯を食いしばって、そう言った。


 そんなひとみを見て、有栖は小さく笑った。

 そして立ち上がり、言った。


「……人間」

「杉原だよ。杉原千華。シーイングでわかるだろ? 杉原でいいよ」

「杉原、いいわ。覚悟した。私の体、好きにしなさい」

「お、お姉さん!?」


 今度はひとみが眼を丸くしていた。


「アンタが怪我で済まなかったら、私は一生後悔するわ。だからね、ひとみ。私も覚悟を決めたわ。いいじゃない。二人で一緒に生きようよ。ね?」

「お姉さん、でも……」


 涙ながらに言葉を続けるひとみを、有栖は優しく撫でた。


「いいのよ。最後に二人で笑えれば。それで、いいじゃない」


 ひとみはその大きな眼から涙をぽろぽろと流していた。


「杉原、約束して」

「ああ、何をだよ?」


 そして、有栖は杉原のほうへ向き直した。


「私の体なんて、どうにでもしていい。でもその代わり、ひとみと私の弟は解放して。……それだけは、約束して」


 有栖は覚悟を決めた表情でそう言った。


「ああ、いいだろう。約束しよう。神にでも、お天道様にでも誓ってやる」


 杉原も真面目な表情でそう応えた。


「なら――」

「だが一つ、言わせてもらおう」

「……なによ?」


 いぶかしむ有栖に、杉原は優しく微笑んで言った。




「自分のことが抜けているよ」


 そして杉原は歩み寄り有栖の頭を、くしゃくしゃと撫でた・


「え?」


 杉原の行動に驚いて、有栖は動きを止めた。


「マジックディスターブ」


 そして、杉原は有栖の首輪に触れ、そのまま奴隷魔法の首輪を破壊した。

 その後、同じようにひとみの首輪も破壊した。


「いいよ。十分及第点だ。さて、じゃあ弟君を助けに行くかぁ」


 そう言うと、杉原は首をまわしてコキコキと音を鳴らした。


「……え!? ちょっと、どういうことよ!!」

「え? 何が? ああ、僕のこのイケメンフェイスがあまりにもイケメン過ぎて信じられないと。いやはや参ったね」

「殺すぞ。そうじゃなくて、アンタは私の体が欲しかったんじゃないの!?」

「さらっと君、殺すぞって言ったね」


 有栖が杉原に詰め寄ってきた。

 だが、杉原の雰囲気は先ほどまでとは異なり、単純にふざけているような様子だ。

 笑みも先ほどまでのニヤニヤとした、張り付いたような笑みではなく、優しい笑みだ。


「その、私は他人の嘘を見抜けるんだよー。だから、あなたがさっき嘘を言ったわけではないことには気付いてるけど……、それなら今までの行動に矛盾があるんだよー」


 ひとみもまた、疑問符を浮かべた。


「あー、まあ弥蜘蛛ちゃんのことをいやらしい目で見ていたのはあっているよ。きわどい格好だしね。そう言う意味では嘘をついてたわけじゃない。君の目は多分、相手の言葉と意志に食い違いがないかどうかが分かる程度なんじゃないのかな。脳内ではアラクネたんクンカクンカとか考えてたしね、僕は」

「ちょっと!? なによその変態発言は!!」

「まあ、僕は実際問題、変態なもんでね。でも僕は童貞だから。そんながっついてないし」

「いやなんでそんなに童貞ってはっきり言えるの!? 羞恥心はどこ行ったのよ!?」

「つーか。寧ろ僕の純潔が欲しいなら金でも払ってほしいね」

「アンタの純潔に需要なんてないわ!!」

「いやあでもこの世界はいいね。リアルにモンスター娘に会える世界とか、我々の業界ではご褒美ですよ」

「どこの業界よ!! 何、あんた私達みたいな魔人を本気で好んでるわけ!?」

「そうだよ。下半身が蜘蛛とか単眼とかを、旧時代じゃあ萌え要素って言うんだぜ。人外たんprpr(ぺろぺろ)

「……今まで全く嘘をついていないのが本当に恐ろしいんだよー」


 呆れた表情で、ひとみは呟いた。

 この全ての変態発言もまた、全て杉原は本気である。

 この男は伊達にモンスター娘系エロゲに手を出してはいないのだ。

 ちなみに彼はモンスター娘系エロゲを5本所持している。

 

「待て。……杉原、お前の先ほどまでの発言はなんじゃ?」

「あー、あれッスよ。冗談っすよ」

「そうは思えん。それにただの嘘ならそこの一つ目鬼の少女が見抜いておろう」


 黒渡の言葉にひとみが首肯を返した。


「お主は何を考えているのじゃ? 冬木様からお前がひねくれた性格であるとは聞いておるが、それでも……お前のこれまでの態度は腑に落ちん」

「……」


 黒渡の言葉に、杉原はニヤニヤと笑って誤魔化そうとした。

 だが。


「……」

「……」

「……」


 杉原は、周囲の視線で、流せない話だと判断し嘆息すると口を開いた。

 ただし、周囲から視線は逸らして、話を始めた。



「……試したんだよ」

「試した? 私達を? それは、助ける価値があるかどうかということ?」

「いいや。僕が。君達を。助けることが出来るかどうかさ」

「……どういうことよ?」


 杉原の言葉に、有栖は首を傾げた。

 逆ではないか? と思ったからだ。


「確かに僕は初級魔法なら無詠唱発動、および魔法破壊が出来る。……でもそれだけだ。逆に言えばね。秘留ちゃんの言うように、僕魔力ないし。正直、弥蜘蛛ちゃん一人でも僕に勝てる可能性は十分にあるんだぜ? 僕は特殊な技術が使えるが、使いこなせるほどじゃないんだ。今までのはハッタリだよ」

「「「……」」」


 他の2人と1羽は黙って杉原の声を聞き続けていた。


「そして僕はね、自分に手伝える程度のことはする人間だ。自分にデメリットがないならね。でもこの状況だと、僕に『助けきれる』のかがわからなかった」

「……『助けきれる』ってなんだよー?」


 だが、よくわからない表現の仕方に、ひとみが疑問をはさんだ。


「別に、そのままの意味さ。そのままに、今ここで君達の首輪である奴隷魔法を解除しても。その後君達がどうなるかはわからない。もしかしたら弟くんを取り返しに言っても君達を奴隷にした男たちに返り討ちに遭うかもしれない。弟くんを助けても、その後また人間に捕まるかも。犯されるかも。殺されるかも

「それは、そうじゃが……」

「黒渡さんもそう思うでしょ? ……そんな可能性は十二分にある。漫画のヒーローは良いタイミングでやってきて、そして敵を倒して、みんなが幸せになって帰っていく。でもこの世の中ってのはそう上手くいかない。助けるなら、最後の最後まで助けなきゃ駄目なんだよ」

「「「……」」」


 有栖達にもそのことは理解できた。

 有栖の両親は死んでいる。ひとみの両親もまた殺された。

 どこにも身寄りはいない。今ここから逃げ切れたとしても、助けを求める相手はいない。寧ろ周囲の人間達は自分達のことを狙ってくるだろう。

 正直なところ、彼女達はどちらにせよ切れるカードはほとんどなかったのだ。彼女達にできることはほとんどなかった。

 今ここで逃げても、どうにもならないことは彼女達も理解していた。


「だから、助けるのなら最後まで助けようと思った。でも、僕にそんな覚悟が出来るのかわからなかった。そう思ったから、君達を試した。君達がどんな『人間』なのか知ろうと思った。そして……、もしも今ここで助けられなかったら僕は後悔するだろうと、そう思える人なら助けようって決めた。助けきろうって、決めた。……まあ秘留ちゃんが嘘見抜けるとか言い出してびびったけどね。嘘を使わずに誤魔化さないといけなかったからな。まあ、弥蜘蛛ちゃんが美少女でよかったぜ。ブス相手にエッチさせてとかいえねーもん。秘留ちゃんはもう少し成長してたら逆にまずかったけど。秘留ちゃんも中々可愛いもんねー」


 そう言って、杉原はヘラヘラと笑っている。

 人間から慣れないことを言われた魔人の二人は微妙な表情だった。


「……ふん。ならもう少しマシな方法もあったろうに」


 と、黙っていた黒渡が口を挟んできた。

 杉原の言い分は分かったが、あまり好まれることではなかったからだ。


「そのもう少しマシな方法ってのが、僕は嫌いなんですよ。ひねくれてるので」


 だがそんな黒渡の発言も、杉原は容易く切り返した。

 

「さて、じゃあいい加減に弥蜘蛛ちゃんとこの弟君助け行きますかね。さっさとしないと、夜が明けてしまう。場所は分かってんの?」


 眼鏡の位置を直しながら、杉原は有栖に尋ねた。


「……いや、この森の中だとは思うけど。有耶(ゆうや)――弟とはくらい離れ離れになっていたから。奴らの会話を聞いていた限り、この森の中には奴らの隠れ家は3ヶ所、そのうちの一つに私とひとみ、もう一つに有耶、もう一つは奴らのねぐらよ」

「は? そいつらも隠れ家にいるの?」

「ええ。彼らは奴隷の所有を隠して、私の布なんかは闇取引していたみたいよ。正規ルートで商品を通すと税金かかったりするらしいから」

「脱税かよ。人間のやることが変わらなさ過ぎて泣けてくるね。まあいいや。じゃあどうやって探すかな。ひとみちゃん、千里眼とか使えないの?」

「えと、そう言う能力は私の一族は持ってるけど、私はまだ上手く使いこなせないんだよー。……ごめんなさいなんだよー」

「いいよ、そんなもん。秘留ちゃんはまだ子どもだしね。仕方ないさ。じゃあ、疲れるけど僕が探すかな」

「え? 出来るの?」


 杉原の回答に有栖が目を丸くする。


「そりゃあ、僕はそもそも魔力の探知能力が高いのが取り柄だからね。じゃあ、ちょっと待ってて」


 と、それだけ言うと杉原は眼を閉じて、ポケットに手を突っ込むと、そのままぼんやりと立ったまま、動かない。

 そして、数秒間そのままだったかと思うと、ゆっくり眼を開き、


「見つけたァ……」


 と、引き裂けるような笑みを浮かべつつ言い放った。


「ここから1キロほど先だな。人間二人分の魔力を感じた。弟君……、有耶君だったかな? そっちは分からんが、まあ連中に聞けば分かるだろう」

「……早いわね。分かったわ。案内して」

「ああ、分かってる。つってもどうやって有耶君取り返すつもりなんだ? まともにやって勝てんの?」

「当然よ」

「うわ! さらっと言った」


 杉原の言葉に、有栖は当然のように返した。


「いやでも、君もひとみちゃんもあいつらに捕まっていたんだろ? 勝てるのか?」

「私は勇者に捕まったのよ。それ以外の多少強い程度の奴になら勝てるわよ。アンタに多少は回復もさせてもらったもの。アンタみたいに無詠唱魔法やマジックディスターブなんてそうそう使い手がいるものでもないし。奴隷でなくなった今、何の問題もないわ」

「うわー。そんなの言ってみてえもんだね。……黒渡さん。黒渡さんって戦えますか?」

「風と闇の魔法なら上級までじゃな」

「普通に僕より強いじゃないですか。じゃあ、弥蜘蛛ちゃんが攻撃、黒渡さんがサポート、僕とひとみちゃんは待機で」

「いやアンタもなんかしなさいよ!」

「何言ってんの。僕は正直もう既に魔力の減りを感じつつあるんだ。ということで僕は秘留ちゃんと遊んでるわ。弥蜘蛛ちゃんも後でおいで」

「嫌よ!! あと今更だけど、なんで『ちゃん』付けてるのよ!!」

「僕は初対面の女の子を呼び捨てするのは無理だ。正直『ちゃん』もきつい。『さん』付けか、あだ名がいい。弥蜘蛛ちゃんのあだ名、あーちゃんってどう? 有栖からとって」

「いい加減殺すわよ? もう、締まらないわね」

「へいへいほー。……じゃあいい加減行くか」


 杉原は乱れかけていたオールバックを整えなおし、歩き出し、その後に他のメンバーが続いた。




「あそこだ。あの、木の小屋だ。二人分の魔力を感じる。……動きはない。この時間だし、寝てるんじゃねえのかな」

「なら寝込みを襲いましょう」

「即決で卑怯な方法を選んだね。だが気に入った」


 そこから10分程度で、杉原達は森のなかで木の小屋を見つけていた。

 その小屋から数メートルのところで歩みを止め、小屋の様子を伺っている。


「つっても、具体的にはどうやって? 君の糸で小屋を壊せたりするわけ?」

「無理よ。そんなことは出来ないわ。……というか、私達の一族は糸だけが取り柄じゃないわ。で、あいつらはどのあたりの部屋にいるわけ?」

「えーと、右の角に窓があんだろ? あそこの部屋に二人分の魔力を感じる」

「分かったわ」


 と言うと、有栖は両手を合わせた。

 そして、ゆっくり両手を広げると、白い糸が爪先から伸びていた。すると、その糸で綾取りを始めたかと思うと、一瞬で魔法陣を作り上げた。


「無詠唱ほどじゃないけど、こいつも中々早いでしょ」

「へえ、やるね」


 その次に、そうやって出来た魔法陣の糸が光を放ち、


「中級地魔法 ノーム……」

「マズい!! 全員下がれ!!」


 有栖が魔法を発動しかけた瞬間、杉原が声を上げた。

 黒渡が空に飛び上がり、かつ風魔法でひとみを後ろに飛ばした。

 だが、黒渡も咄嗟のことで有栖までは手が回らず、魔法を使いかけていた有栖もまた反応できなかった。


「え――」

「クソ!!」


 咄嗟に杉原は有栖の前に飛び出した。

 その瞬間、地面から大量の石の槍が出現した。


「うおおおおおおおおおッ!!!!」


 中級土魔法ノームランス・カンパニーであった。

 それは有栖が発動しようとした魔法だった。

 初級魔法ノームランスの上位攻撃であり、複数の土の槍を出現させる効果を持つ。

 一本ずつなら杉原も破壊できるが、同時に複数は無理だ。

 捌ききれないと判断した杉原は、自分の正中線への攻撃を出来る限り弱体化させる。

 もろくなった石の槍は体を貫くことはなかったが額の皮膚が裂け、肋骨を折った。

 そして弱体化さえままならなかった土の槍が、杉原の肩に風穴を開けた。

 赤く染まった土槍が杉原の肩を貫いた。


「ぐあああああ!!」

「私の魔法がコピーして返された!? す、杉原!!」

「僕は、構わない!! それより今ので奴らに気付かれた。敵が逃げないか注意するんだ!!」


 杉原は肩の石槍を破壊し、全身に回復魔法を掛けた。肩の穴は多少の肉と骨は再生したが、完治はしない。肋骨も全快には至らない。

 完全に治ったのは顔の傷だけだ。

 初級回復魔法ではこれが限度なのだ。


「クソ!! 今ので魔力が大分逝()った。まずいな」

 

 荒く呼吸しながら、杉原はそう呟いた。

 マジックディスターブの全力発動、初級回復魔法の全身への行使、それは杉原から多量の魔力を奪った。

 それでも並みの魔法使いなら、杉原と同じような低レベルでももう少し魔力を残している。彼の魔力が少なすぎるのだ。

 もはや杉原の魔力は2割を切っていた。魔力の枯渇は肉体にも作用する。

 足の力が抜け、立っているのがやっと、というほどに彼の肉体は疲労していた。


「す、杉原さん!!」


 杉原の体調の悪化に気付いたひとみが駆け寄ってきた。


「大丈夫?」

「少し休めばね。黒渡さん、弥蜘蛛ちゃんのサポートを」

「わかった」


 黒渡は音もなく空を舞った。


「弥蜘蛛ちゃん、この罠は一度きりみたいだ。もう周囲に魔力は流れていない。だが、部屋の中の連中も動き出した。慎重に、確実に捕らえろ」

「……あ、ああ」


 自分の身を庇った杉原に戸惑いを覚えつつも、有栖は駆け出した。


「何だ!? 騎士団の連中か!!」

「佐藤の奴がいねえ!! 裏切りやがったか!!」

「……真っ先に仲間を疑うアンタも、疑われる仲間も、碌なもんじゃないわね」


 窓を蹴破って現れ、騒ぎ立てる男達に有栖はしかめ面で言葉を発した。

 有栖の存在に気付いた男達は驚愕を顔に浮かべた。


「何故……、お前が逃げてやがるんだ?」

「おい!! 一つ目もいるぞ!!」


 そしてひとみの存在に、そしてその隣の杉原にも気付いた。


「クソ!! テメエが余計なことをしやがったのか!! クソみてえにレベルが低いくせに(いき)りやがって!!」

「粋ってんのはお前らだろうがよ。脱税インポ野郎が」


 額に付着していた血を拭いながら、杉原はそうはき捨てた。


「ああ? 脱税はともかく、何がインポだ。ぶち殺すぞ!! テメエ!!」

「あんな露出の多い格好したアラクネ美少女を見て勃起しない奴は、最早ホモかインポですぜ!!」

「はあ!? なんだテメエいかれてんのか!? 蜘蛛なんぞ犯してどうすんだよ!? おちょくってんのか!? ああん!?」

「ああ、そうか。お前らとは一生相容れんな。昔、貧乳派な僕と巨乳派な友人で、おっぱいの話で揉めたことを思い出すぜ。おっぱいなだけに」


 男達が怒鳴り散らす。杉原は魔力の枯渇を悟られぬよう、なんとか足に力を入れて踏ん張り、ひとみもまた密かに杉原の腰に手を回して彼を支える。

 だが、杉原の視界は霞み、シーイングの発動さえままならない。


「何をぼさっとしてる時間があるわけ?」


 そこへ、有栖の声が響いた。

 気付けば彼女の両手には、綾取りで描かれた魔法陣が存在していた。単なる糸ではなく、粘着性のある糸は有栖の爪で紡がれ、糸同士でくっつけ合わせることで複雑な模様を描いていた。


「て、テメエ、なにしやが――」

「固有魔法三式、宿(との)()(ぐさ)


 一瞬で男達の周囲に糸が張り巡らされた。

 一歩でも動けば糸が絡みつき、暴れれば暴れるほど捕らえたものを放さない。

 アラクネの固有魔法である。


「あんた達はもう逃がさないわ。正直に答えなさい。私の弟はどこ? 正直に答えたら、私達の受けた苦痛を万倍にして返すだけで許してあげるけど?」

「この!! こんなもんで!!」

「バカ!! この糸に触るな!!」


 男の一人がナイフを引き抜き、糸を切ろうとした。

 しかしその前に、糸が肩に張り付いた。


「なんだよ! 動きづらい!!」


 そして、暴れ、もがくうちに全身に糸が絡む。そうしてやがて糸が動いたことでもう一人の男の方にも糸が絡み、二人の動きは封じられた。


「クッソ!! だから言ったろうが!!」

「うるせえんだよ!!」


 この二人の職業は暗殺者。隠密行動、敏捷性、攻撃力の上昇に加護がある。しかしこうなってしまえば意味はない。

 もとより、アラクネはスピードタイプには相性がいい。この程度の相手には、不意を突かれなければ負けない。


 だが、逆に言えば先ほどのように不意を突かれれば負ける可能性もある。

 こんな風に。


「ならこうすりゃいんだよ!!」

「な!?」


 

 先に捕まっていたほうの男が手に握りこんでいた小さな球体を指で弾き飛ばした。

 それは魔力を込めることで炸裂する魔道具、魔力炸裂弾であった。


 しかし。


「ぬるいのう。こんなもの」


 と言う声と共に、その炸裂弾は風で空高くに打ち上げられ、爆発した。


「やれやれ、お主は詰めが甘いのう。今までに二度死んでおるぞ?」

「……うるさいわね」


 声の主は当然のように、黒渡だった。

 黒渡は男達に気付かれないように、隠れ家の屋根で待機していたのだ。そして、炸裂弾が爆発する前に風で空に打ち上げたのだった。


「つ、使い魔だと!? あの男じゃあ……レベルが低すぎだ。使い魔の主が、もう一人の仲間が居るのか?」

「おいおい、もう一人だけ、とか思ったのかよ?」


 そこへ、なんとか杉原も歩いてやってきた。

 薄気味悪い笑みを貼り付け、脅しながら、かつ弱っていることがばれないようにひとみがバレないようになんとか体を支えて歩く。


「僕らがたったこれだけだと言う保障がどこにある? さてさて、あと一人かな? 二人か、三人か、四人か? いやあ、僕にもわかんないぜ。カカカッ!!」


 実際には、使い魔を出した冬木もこの場にはいないが、ブラフは張れるだけだっておけという程度の気持ちで杉原は話を進める。


「ぐ、ぐうッ!!」

「畜生!!」


 男達もどうにもならないと悟ったのか、うめき声を上げて俯く。


「もう一度聞くわ。私の弟は、どこ?」

「分かった。だからまず――」

「言っておくが、秘留ちゃんは嘘を見抜くぜ。嘘を吐いたら、そのたびに一本ずつ指を折る」

「ぐ……」


 舌先で誤魔化そうとした男達の言葉を、杉原は切り落とした。舌の周りがいいのは杉原も変わらない。

 故に先に封じられるものは封じておく。


「ああ、あとお前らの仲間のロリコンの風上に置けんクソ野郎だがな。アイツはぶっ殺したから」

「ロリコン? クソ、佐藤の奴か!! あの野郎、やっぱりロリコンだったか。挙句下手こきやがって、糞ッ垂れの変態野郎だぜ!!」


 続けられた言葉に男の一人が悪態を吐く。

 ひとみを襲った男は、幼女嗜好(ロリコン)を隠そうとしていたようだ。

 他の二人に隠していたかったから、一人でひとみを襲いに来ていたのだろう。


「まあ、どうでもいんだよ。そんなものは。それよりこっちの質問に答えろ」

「――早くしなさいよ!! 弟は!! 有耶はどこ!!」

「ああ、いや、そのお前の弟は……」

「答えろ!!」


 歯切れの悪い男の言葉に、有栖が苛立って問い詰める。

 男達は青ざめた様子だった。


 その光景を見て、杉原は悟った。疲労で鈍くなった頭でも、悟ってしまった。

 そもそも、その可能性も十分にあるとは思っていたが、利用価値のある彼女達姉弟ならば、無事に生きている可能性もあった。

 だから、言わなかった。


だが。


「答えて!! 答えてよ!! 有耶はッ……」


 そして、そのことは有栖もうすうす気付いていた。

 黒渡も、ひとみも、沈痛な面持ちだった。


「有耶はどこかって聞いてんのよ!!」


 それでも、有栖は認めたくなかった。どうしても認めたくなかった。

 だから、代わりに杉原が言った。




「なあ、お前ら。有耶君を殺したな?」



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