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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第1章 タイムスリップのはじまり。
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第5話 面白おかしく生きてみたら?

 Earth(アース) of(オブ) Fantasia(ファンタジア)

 通称アース、もしくはEoFと呼ばれるMMORPGである。

 杉原がタイムスリップする3年ほど前に、正式サービスが開始された。


 未来の地球は天変地異により環境を大きく変え、人類は一度衰退した。しかし地球環境が変化したことで、人類は魔法という新たな力を手にした。

 しかし、人類と敵対する魔族が誕生し、人類は魔族と戦いを続けていた。

 そして人類は魔族を打ち倒すため、過去の世界から魔法の才能を持つ人間をかき集め、勇者として戦わせることになった。


 それがこのゲームの世界観だ。


「確かに、この状況とよく似ているな。そんなゲームがあったら、それはゲームの世界だと思う……かもな」


 知名の説明に杉原はそう返した。

 つまり、知名は、と言うより他の勇者達は、未来の地球ではなくゲームの世界に来たと思っているのだ。


「服部さん、そう考えるっていうことは、君や他の勇者達は皆そのゲームのプレイヤーだったりするわけ?」

「は、はい。この世界の勇者は全員、アースのプレイヤーだそうです。私はそんなにレベル高くはなかったんですけど……」

「ふうん、僕はなんか名前聞いたことあるなって程度だけどね……。まあ僕は正規の勇者じゃねえしな。そういえば職業に勇者って入っているけれど。勇者は普通そうなのかな?」

「は、はい」

「うあー。職業も勇者じゃないぜ。というかまだ神殿行っていないから、まだ無職だわ。これが就職氷河期ってやつか」

「い、いえ。違うかと……」


 そこまで話して、杉原は顎に手を当てて思考する。

 勇者の成長が早いのはそのゲームをやっていたからじゃないのか?

 まるで元々知っていたかのように、と冬木は言っていたが勇者はゲームとしてこの世界を知っていたのだとしたら、まさしくその通りだ。


「服部さん、この世界とゲームの世界ってどれくらいよく似ているのかな? 魔法とか含めて」

「えと、私が知る限りこの世界に存在する魔法は全て、ゲームにもありました」

「うわー、クリソツじゃないすか」


 そこまで似ているなら、ここは未来ではなくゲームの中かもしれないな、と杉原は呟いた。

 魔法の使える未来もゲームの中の世界も、荒唐無稽具合で言えば大差ない。

 というより、杉原としてはどちらにせよ今自分がここにいる時点でここは現実である。これほどにリアルな夢や幻はないだろう。

 痛みもあるのだ。

 しかし、そのゲームを知らない杉原としてはタイムスリップしたと考える方が、やはり実感が湧きやすい。

 ただし、そうなると一つの疑問が湧く。

 つまり、未来の世界とゲーム、この二つがこれほどまでに似ていることは偶然なのかどうかということである。

 これほどまでに似ていれば偶然とは考えにくい。

 事実は小説よりも奇なり、どころの騒ぎではない。

 もし、この状況が偶然でないなら。


「……この世界は人為的に作られたのか?」


 杉原はそう呟いた。

 しかし、そんなことを考えていても答えは出ない。

 情報が足りなすぎるのだ。

 それでもこの世界に対する疑問は強く抱くようになった。

 元々ファンタジーのような世界だと思ってはいたが、この世界には何かがあるのではないだろうか?

 ウイルスの発生原因を調べるべきか?

 少しでもこの世界について詳しくなるべきじゃないのか?

 それなら、もっと強くなるべきじゃないのか?


「うーん、考えることが多すぎだ。……でもアレだ。色々知れたことは良かったよ。ありがとうね、服部さん」


 杉原はできるだけ優しい笑顔で、知名に微笑んだ。


「い、いえ。私なんかでお役に立てたらよかったです……。あ! でもでも、本田さんのほうが詳しいとおもいます」

「え? 誰ソイツ?」

「男の人の勇者で、杉原さんと同じ年の人です」

「ああ、あの癇に障る感じの奴?」

「え、えと、まあ、その、ちょっとプライドの高い方です」


 知名は何とか言葉を濁した。

 本田というのは杉原が最初に話しかけた少年だ。

 プライドの高い自信家で、元の時代ではその性格でトラブルを起こし、周囲の環境を好ましく思っていなかった。

 この世界に来たこともそうした考えから、自分にはもっとふさわしい世界があると思っていたからだ。


「ふうん、そういやあいつ高レベルプレイヤー(笑)とか言ってたような」

「ちょ! そういうのはやめた方がいいですよ! あの人、本当にプライド高いんですから! それにあの人、私達と同期の中ではゲーム時代のレベルも、この世界での能力も一番高いんですよ?」

「ふうん、どうでもいいや。強い奴が強い、なんてことはないんだぜ?」


 そして杉原は意味深な笑みを浮かべる。

 知名はよくわからないような顔をしていた。


「ところでさ、これは余計なお世話かもしれないけど。もしかして君、その本田って奴になんか言われた?」

「え!? な、何で、分かったんですか!?」


 杉原の言葉に、知名は狼狽した。

 まさか気付かれるとは思っていなかったからだ。


「いやあ、なんかさっき自分で自分のこと弱いとかなんとか言ってたし。その本田って奴ならそんなこと言いそうだなって」

「……うう、そうです。私、元の時代というか、元の世界でも要領悪くて。親は一流大出て大手企業に就職したので、私もいい学校に進学するように言われていたのですが、高校受験に失敗して、そんなにいい高校入れなくて……。親にはお前の心が弱かったからだ、とか言われて。それが嫌で、すごく嫌で、兄に教えてもらったゲームをしていたらここに来て、何か変わるかと思ったけど、……私は結局弱い私のままでした」

「いいじゃん、そんくらい。高校は僕も第一志望落ちたし。つーか、よく考えると僕は同じ高校を推薦で先に合格した奴に『僕も行くから待ってろよ!』とか言っちゃったり、自信がないって言う友達に『何言ってんの。お前頑張ってんじゃん。努力が実るかはわかんないけど、努力していることに対しては自信を持っていいと思うぜ』とか、極めつけは試験の後に『うは! 完璧受かったわ!!』とか言っていたからね。今考えると完璧フラグだったわ。思い出すと死にてえ」

「そ、それはすごいですね」

「この世界でも、勇者じゃない僕はたかが知れてるからね。ほら、大丈夫。上には上が居るけど、同じように下には下が居るんだぜ」

「い、いえ。そんなことはないですよ」


 嬉しそうに自虐ネタを放り込む杉原に知名は何とも言えない表情を浮かべた。

 ただ彼女は、最初は杉原を恐そうな人だ、と思っていたが思いのほか話しやすい人だという印象を受けた。


「というか、服部さんは勇者なんだから、この世界では強いんじゃないの?」

「……その、殺せないんです」

「殺す? 何を?」

「……この世界の生き物を、です」


 杉原の言葉に、知名は俯いて答えた。

 そのため杉原としては余計なこと聞いたかな、とは思ったがやはり話は聞いておくことにした。

 自分も彼女もここで話を切っては消化不良だと思ったからだ。


「うーん。僕もこの世界では一匹蛇を殺したけど、そんなに殺す必要ってあるかな?」

「えと、この世界では生物を殺したらレベルが上がるじゃないですか?」

「ああ、レベル上げか」

「……はい、レベルが上がれば体も強く、魔力も増えていきます。そのため強くなるにはレベルを上げるために、命を奪う必要があります」

「まあ、そこは慣れなんでないの? 他の勇者だって抵抗はあるんじゃないの?」

「……いえ、そうでもないです」

「え? そうなの? 僕は田舎育ちだからさ、多少腹をくくれば野うさぎくらい捌ける気はするけど、皆が皆そうじゃないでしょ?」

「その……ほかの勇者曰く、『再出現(リポップ)するから、そんなの気にするほうがおかしい』って」

「……は? 訳分かんねえんだけど?」

「いえ、その、周りの勇者達にはこの世界はゲームなんだから死んだキャラぐらい復活するって言われるんです」

「……いや、この世界でも死んだ生き物は当たり前のように死ぬぞ。僕はそう師匠に教えてもらったし、実際にリポップなんて見たことないぜ。ここ最近はずっと山に登ってたけど。……ああ、そう言う風に考えて欲しくなくて、師匠はあんなに強く僕に色々言い聞かせたのかもな」


 その考えはあっている。

 冬木は2年前の最初期の勇者召喚から現在に至るまで、ずっとアドバイザーとして勇者召喚に関わり、このヒガシミヤコ王国にやってきた勇者をずっと見てきたが、その勇者に共通して言えることは、魔族の命を軽視するということである。

 それは魔族を憎むこの時代の人間にも言えることだが、勇者は魔族を憎んでいるわけではない。

 単純に魔族の命を軽視するのだ。

 この時代の国家や人間にとっては、そちらの方が、都合がいいためそのままにされているが、冬木としては不用意な殺しを好まないため、そうした勇者の態度は嫌悪している。殺す相手は選ぶというのが冬木の主義だ。

 ただし、所詮は外部のアドバイザーである冬木は、直接的な権限はないため何も言えないのが現状だ。

 勇者の弟子を取らなかったこともそう言う意味が大きい。


「やっぱり……そうなんですか? この世界はリアルじゃないんだッて、自分に言い聞かせても、生き物に矢を放てば血が出るし、殺せば死ぬし……。だから、自分で止めを刺すことは出来なかったんです。レベルが上がったのは、他の勇者と一緒に戦っていたら直接殺さなくても一緒に戦っていたらレベルが上がっただけなんです。でも、そのせいで弱いとか言われて……」

「ふうん。そっか……。でも、そうやって命を見つめる君の姿勢は嫌いじゃあ、ないぜ」

「……私、杉原さんが羨ましいです」

「え!? 何で!? あ、僕イケメンだしね」

「それは違います。だって、勇者として呼ばれたわけじゃないのに、辛そうな顔を見せないで、冬木さんに弟子にしてもらえて、とても強くて、羨ましいです……」

「イケメンネタに厳しいね、君。……うーん、辛そうに見えないってのは、僕がお気楽なだけだし、師匠の弟子になれたのはたまたまだよ。というか師匠って、もしかしてすごい人?」

「え!? 知らないんですか? 冬木柊さんは、全国に存在する流派の中でも最強といわれる流派の一つ、四木々流の四人しか居ない師範の一人で、『夜の導き手』の異名を取るほどなんですよ!!」

「よく分かんねえけど、あの人すごい人だったんだな!!」


 夜の導き手って何だよ、というのが杉原の率直な意見ではあるが。


「王国の魔法使いのなかでも最強クラスと謳われる人ですから。ゲームの時にはあの人自身は居ませんでしたが、NPC(ノンプレイヤーキャラ)として四木々流の師範は居たんです。彼らはかなりの強さを誇っていました。イベントによっては味方になったり敵対して戦ったりしましたけど、味方になれば心強くて、敵対したら私じゃ太刀打ちできませんでした」


 そもそも、召喚勇者教育所の職員は高い能力を持っていることはすでに説明したが、冬木柊はその中でもずば抜けている。

 四木々流派は門弟の数は少ないが、質は非常に高い。

 また4人の師範は全て、代々名前を受け継いでいる。

 流派の開祖は、四木々(しき)という女性だった。そして彼女の拾った四人の孤児が弟子になり、更に彼らがそれぞれ弟子を取って技術を継承している。

 最初の弟子から始まった師範は、春木(はるき)椿(つばき)夏木(なつき)(えのき)(あき)()(ひさぎ)、そして冬木(ふゆき)(ひいらぎ)である。

 この4人は日本列島全国でも名が通るほどの強者であり、高レベルの勇者ですら太刀打ちできるかどうかという存在である。

 その中に名を連ねる冬木柊の力を最も理解しきれていないのは、恐らく他ならぬ杉原千華だろう。


「うーん。強いだろうとは思ってたんだけど、そんなにかぁ。正直明るいおばあちゃんってイメージが強かったんだけど」

「ちょっと!!」

「いや、だってよく知らんし」

「知っときましょうよ!!」

「まあ、いいじゃん。もっと緩く行こうよ。……たしかに僕らは良くわかんない境遇で、正直右も左もわかんないけどさ。右も左もわかんないなら、取り敢えず座って休めばいいんだよ」

「……そんなものですか?」

「そんなものです」


 杉原はヘラヘラ笑って答えた。

 そうして軽い調子のままに続けた。


「人間ってさ、いや、生物ってどう足掻いても死ぬじゃんか。何したって死ぬ。死にたくなくても死ぬ。生きたくても死ぬ。それは仕方ないぜ。仕様がないぜ。死ぬもんは死ぬんだ。だからさ、笑って生きて、笑って死ねればそれ以上のことはないって、僕は思うのさ」

「……」

「だからさ、もう少し面白おかしく生きてみたら? 少なくとも、死ぬ瞬間に『ああ、生まれてきたことって、悪くはなかったな』って思えるくらいにさ。強さも弱さも知ったこっちゃあ無いさ。もちろん、君次第だけどね」

「……なんだか、真面目な話になりましたね」

「ハッハー!! そういやそうだ。じゃあ、テキトーにアホな話でもしようか。僕犬飼ってたんだけどさ、知ってる? 犬って自分のう○こ食うんだわ」

「よりによってそう言う話題なんですか!? と、というか食べちゃうんですか、犬って?」

「食べちゃう、食べちゃう。う○こ食った口で舐めてこられるとスゲー微妙な気分になるわ」


 こうして、最後には馬鹿な話をして二人は笑いあった。これ以降、二人は会えば挨拶するくらい仲になった。

 この出来事が、後に勇者達の人間関係に大きな影響を与えることに、杉原はまだ気付いていなかった。




「……まさか本当に一ヶ月で無詠唱の初級魔法、対初級魔法クラスのマジックディスターブ、そして四木々流の基礎、更にはあの技まで覚えてしまうとは。いやあ、驚きです」


 杉原が知名と知り合った三週間後、杉原は四木々流の基礎となる技術を習得しきっていた。

 やはり魔力の扱いに長けていたこと、そして杉原が思いのほか真面目に訓練を続けていたことが大きい。

 お調子ものではあるが、根は真面目な性格ではあるのだ。

 それでも絶対にやりたくないことは絶対にやらないが。


「師匠の教え方と、僕の努力の賜物ですね。ところで賜物って、玉ものって言うと何だか卑猥じゃないですか?」

「あなたは、慣れれば慣れるほど適当なことを言うようになりましたね」


 冬木は頭に手を当てて、ため息をついた。


「なに言ってるんですか。師匠も人のこと言えないですよ」

「それこそ何言っているのか分かりませんね。私は自分の発言には責任を持つ主義です。そこらへんの雑草に誓っていえます」

「そこらへんが適当なんですよ」

「やれやれ、あなたには困ったものです」

「いやお互い様ですよ」

「では、今日は山を降りて街に向かいましょう」

「すごい勢いで話ぶった切りましたね。ギロチンがガッチャーンっていうくらいの勢いですよ」

「さて。これで、あなたは四木々流の正統な門弟を名乗れます。といってもまだまだ四木々流『()(かん)』ですけどね」


 四木々流での序列は、最高師範、師範、師範代、そして一果(ひとか)双花(そうか)三蓉(さんよう)四枝(しし)()(かん)という序列で変化していく。

 それで言えば杉原はまだ四木々流のなかでは最弱なのだ。


「というわけで、あなたのための衣装と神殿で職業の登録、そして冒険者ギルドにも加入してしまいましょう」

「うわ、やっとですか。いやあ、しんどかった。他の勇者より大分かかりましたわ」

「それでもかなり早いほうですよ。私でも五幹に至るまで2ヶ月近くかかりましたよ。ライジングは掛けていませんでしたが」

「はあ、そうなんですか。ところで衣装って?」

「四木々流には専用の衣装があるんですよ。私はマジックバッグに放り込んでますが。さて、善は急げといいますので、今から山を降りましょうか」

「え? 今からですか?」


 今、二人は山頂にいる。時間は昼ごろである。

 今日はライジング無しで、軽く魔法や四木々流の技の反復をしただけである。

 そのため、時間も体力も多少は余っている。

 しかし、山頂から降りて街に行くには多少きついのではないだろうか、と杉原は思ったのだ。


「大丈夫です。足はあるので」

「足?」

「足というか羽ですかね」


 そう言うと、冬木は詠唱を始めた。


「地を裂き、天を割り、呼び声に答えよ。空を羽ばたき、黄昏を舞え――」


 ちなみに、冬木は上級属性魔法、上級回復魔法、中級結界魔法は無詠唱で行える。以前、杉原の前でノームランスを発動していたのは、単に杉原の指導のためである。

 

 つまり、今詠唱しているのはそれ以外の魔法である。


 この世界の魔法は属性魔法、更に氷や雷などの派生属性魔法、回復魔法、文字通り結界を張ったり、対象を拘束する結界魔法、装甲と異なり他者を強化できる強化魔法、離れた場所に存在するものを転移させるもので、勇者召喚にも使われる召喚魔法、固有魔法がある。

 今回、冬木が使うものは召喚魔法のようだ。


「かしがましき声を打ち砕き、舞い降りろ。刻天(こくてん)(ふくろう)!!」


 その声と共に、黒い羽根が舞い散り、あたりの陽の光が吸われたかのように、影が踊る。


「うわ、これは何だ?」


 思わずこぼれた杉原の言葉に。


「やれやれ。昼間は眠いから呼ぶなと言ったでしょうに」


 という言葉が返ってきた。

 見れば、冬木の肩に一羽の黒い梟が止まっていた。


 黒渡 種族 刻天梟 21歳 雄

 Lv 68 職業 使い魔 

 

 という表示が杉原の視界に出現した。


「お久しぶりです、柊様。そしてお主は初めて会ったな。なるほど、いい素質じゃ。柊様が弟子にとるのもわかる」

「えーと、あなたは?」

「ワシは刻天梟の黒渡(こくと)じゃ。柊様の使い魔である。普段は北の方の森に住んで居るが、柊様の呼び声に応じて推参する」

「黒渡は頭が良いんですよ。人語を理解するので普通の人間と会話できますし、巨大化すれば人間二人くらい軽く運べちゃいますからね。わーい、黒渡はいつ触ってももこもこですね。えーい、デュクシ!」

「ちょ、効果音を叫びながら私の腹をつつくのはおやめなさい!」

「うわー! 本当だ。もこもこじゃないですか。デュクシ!」

「ああ、もう面倒くさいのが増えたわ!! 柊様、さっさと用件を言ってください!!」

「街まで連れて行ってください。今から」

「やれやれ、相変わらず鳥遣いが荒いですな。まあ、行きますが」


 黒渡はそう言うと、音を立てずに飛び上がる。

 すると、影が黒渡の身を包み、高さ5メートルほどの大きさに成長した。


「で、これでどうするんですか? 背中にしがみつくとかですか?」

「いえ、これを使いますよ」


 そういうと冬木は2本のロープを取り出した。長さは2メートル半と言ったところだ。片方の端には金属の輪が一つ、もう片方の端には半円の金属の輪が二つついている。


「金属の輪を黒渡の足にはめ、ロープを垂らし、足を半円の金属の輪に突っ込み、手でロープを持ってぶら下がって移動します」

「怖!! レスキュー隊かなんかか!!」

「良いじゃないですか。早いんだから。あなたも鍛えてますから大丈夫ですよ。つべこべ言わずにさっさと行きますよ」

「ちょ、せめて命綱とか――」


 こうして、二人と一羽は飛び立った。




「うおお! 人多いすね!!」


 一時間ほど飛んだところで、目的のヒガシミヤコ王国王都、アラタヤドという街に着いた。

 緊張感で疲れはしたが、杉原としては耐えられなくもない程度だったため、街にやってきて寧ろテンションが上がっているようだ。

 アラタヤドは人の喧騒に包まれた活気のある街だ。

 石と木造を組み合わせた建物が多く、街並みは綺麗である。

 往来には商人、剣士、騎士、町民など様々な人々が闊歩している。


「それはまあ、王都ですし。お疲れ様です、黒渡」

「これくらいなら構いませんよ。ただ多少寝ますので、肩をお借りしますぞ」

「ええ、どうぞ」


 黒渡は冬木の肩で一旦眠るようだ。

 夜行性なので当然といえば当然だが。


「うーん、教育所の職員の人達を見てても思いましたけれど、この時代って普通の人間でも髪や瞳の色が鮮やかなのはウイルスの所為ですか?」

「ええ、そうですよ」

 

 杉原があたりを見渡すと、普通の人間でも髪が金髪や茶髪はおろか、赤や青、ピンクに紫など地毛からカラフルだ。

 瞳もまた同様だ。

 これもまたウイルスの影響で、人体に変化が起こったためだ。


「さて私、実は今晩王宮に用事があるんですよ」

「え? そうなんですか?」

「ええ、なので今日は街を適当に見て回りましょう。具体的な用事はまた明日です。今日の夜は黒渡を置いていきますので、何かあったらこの子に」

「はーい、分かりました」


 そうして二人は歩き出した。

 この時代の地球は、一見中世ヨーロッパごろの文明だが、衰退したとはいえ元々人間の科学の栄えた場所だ。

 見た目ほど文明のレベルは低くない。

 街には魔道具の灯り、コンロ、洗濯機、冷蔵庫もまた魔道具が使われ、各家庭に一台ずつはある。

 そのため、それなりの文明はあるのだ。特に、この世界は見た目と違い、衛生に気を使う程度の知識はあるため、食中毒や感染症も少なく、実際の中世の世界より生活ははるかに楽だ。

 その代わり、危険な魔物なども居るが。

 そんな街並みを杉原は冬木と歩き回った。

 雑貨屋や鍛冶屋を見て回ったり、屋台を見て回りながら、杉原はこの時代の日本の文化を見て回った。

 街は初めてみるものが多く、杉原は色んなものに目を引かれながら街を歩いた。

 




「いやあ、この時代の地球は、珍しいものが多いですね」


 日が落ち、あたりが暗くなったあたりで、杉原は宿で黒渡と話をしていた。

 宿屋は町外れの森の近くにある、一般的なレベルの宿で、部屋は二階だ。

 冬木はすでに王宮に向かっていた。

「ふむ、まあお主のいたころとは色々変わって居るだろう」

「ええ、中々退屈しそうにないです」

「……いいこと尽くめでもないぞ」

「え? それはそうでしょ。世の中のたいていのものは長所と短所を兼ねているものでしょ? この時代にも、ウォシュレットはないですからね。マジでケツが死にそうになるときがあるんですよね」

「いや、そう言う話でもないんじゃが」

「ははは、分かっていますよ」


 そんな他愛もない話をしつつ、杉原は窓を開けた。

 ちなみに、黒渡が冬木に敬語を使うのは彼が冬木の使い魔だからであり、杉原には仕えているわけではないので敬語は使わない。むしろ鳥相手ではあるが、杉原のほうが年下であるため丁寧な程度をとっている。

 夜風を浴び、今なお聞こえてくる街の喧騒に耳を傾けていた。

 気分良く風を浴びていると。



「――て――」

「うん? 黒渡さん、なんか聞こえませんでした? 切羽詰った感じの女の子のみたいな」

「む? ワシは何も」

「えー? そうですか。気のせいかな」


 そう思い、杉原は窓を閉めようかとも思ったが、なんとなく気になり魔力を耳に集中した。

 普段から四木々流の修行として耳と目には多少魔力を集め、強化しているが、それを更に強化したのだ。


「――早く!! 走って逃げるのよ!!」

「う、うん。でも、お姉さんまで――」

「いいから、早く――」


 そこから杉原の判断は早かった。


「黒渡さん。よくわかりませんが、何かトラブルのようです。ついてきてください」


 そういうと、杉原は躊躇いなく窓から飛び降りた。

 杉原は魔力を僅かに体に纏い、そして地面に降りた瞬間に受身を取ってダメージを回避し、声の聞こえた方、つまり森の中に駆け出した。


「ま、待たんか!!」


 黒渡は慌てて杉原を追った。

 杉原は森を走り、声の主を探した。

 果たして、その声の主は――居た。

 杉原は誰かがトラブルに巻き込まれたのだと思っていた。

 しかし、杉原の考えていた状況とは異なっていた。

 トラブルではあるようだが、その方向性が違っていたのだ。


「……こんなところで人間に会うなんて、ついてないわね」

「うう、ど、どうしよう?」

「大丈夫、あなたは私が守ってあげるから」


 杉原の前でそんな会話をしているのは、人間であって人間でない存在、つまり。


 魔人だったのだ。


 しかし、様子がおかしい。

 片方は半蟲族(ハーフバグズ)の一種、蜘蛛人間(アラクネ)だった。基本的な顔立ちは美しいのだが、くせのある金髪は痛み、褐色の肌は薄汚れ、そして顔に紫色の瞳が美しい二つの目とは別に、額に四つの目を持っている。そして、ひじから先は黒く、不揃いの長さの爪は鋭い。極めつけはへその下、下腹部辺りから皮膚が黒い外皮に変化し、下半身はまさしく蜘蛛である。

 上半身にぼろ布を纏い、全身は傷だらけだ。体は痩せこけており、かなり細い。

 もう一人は、体は小柄な人間だ。まだ小さな子どもだ。おなじくぼろ布を纏っているが、アラクネのそれより破れ方が荒々しい。まるで誰かに意図的に破かれたようだ。

セミロングの透き通る青空のような青い髪が美しい。

 しかし、額から小さな2本の角が生え、何より髪と同じく美しく青い眼は一つしかなかったのだ。

  可愛らしい顔立ちではあるのだが、目は単眼で、そしてその単眼からは大粒の涙を流している。

 一つ目鬼族である。


 杉原が彼女達を見つめていると、シーイングが発動した。


 ()蜘蛛(くも) 有栖(ありす) 半蟲族(ハーフバグズ) 蜘蛛人間(アラクネ)種 17歳 女性 

 Lv 22 職業 奴隷


 秘留(ひとめ) ひとみ 一つ目鬼族 11歳 女性

 Lv 11 職業 奴隷


「待ってくれ。君達は、どういうことだ? 奴隷ってどういうことだ?」


 杉原の額から汗が流れる。

 そして気付いた。彼女達は黒い金属の首輪をしているということに。


「……どうもこうもないわよ!! 全部、全部あんたら人間の所為でしょ!!」


 アラクネの有栖が怒りを露にして叫んだ。

 杉原は狼狽した。

 この状況の意味を察しつつあったからだ。


「言ったろう? いいこと尽くめではないと」


 そして、音もなく黒渡が杉原の肩に舞い降りた。


「……そうか。そうかよ。大体、察したけどよォ、黒渡さん。説明してください」

「……よかろう」


 そんな杉原達の様子を、有栖とひとみは少し戸惑った様子で見ていた。

 そして、黒渡が口を、否。嘴を開いて言葉をつむいだ。




「今、この世界において、魔人は全て人間の奴隷にされつつある」


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