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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第1章 タイムスリップのはじまり。
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第3話 私の弟子になりませんか?

「あー。頭が痛い。二日酔いのときに怒鳴り散らすワイフの方がまだマシだぜ」


 杉原はいつの間にか寝かせられていたベッドの中で起きると、洋画調の喋り方を使って遊んでいた。声は野沢○智のイメージである。

 似てはいないが。


「起きましたか? 良かった。心配したのですよ」


 話しかけられるまで気付かなかったが、ベッドサイドのチェアには冬木が腰掛けていた。


「冬木さん……。僕は、どうなっていたんですか?」

「魔力暴走が起きてしまったんです。……ああ。魔力暴走とは、その名の通り体内の魔力が暴走し肉体を破壊する現象です。下手に強力な魔法を使おうとしたり、他者から体内の魔力をかき乱されたときに起こる現象です」

「……なんでそのようなことが?」

「杉原さんには、まだ旧時代のウイルスに感染した際の詳しい症状を説明していませんでしたね」

「ええ、そうですけど……。ああ、そういうこと」


 杉原にはなんとなく、冬木の言いたいことがわかった。


「お気づきになりましたか。ウイルスは生物の体内に魔力を生み出し、さらに魔力暴走を引き起こすものだったのです。というより、そのウイルスが感染することで魔力が体内に発生し、魔力をコントロールする術を持たない人類はウイルスを暴走させてしまったんです」

「ほう、なるほど」

「つまり生き残った人類がいたのは、潜在的に魔力をコントロールする術を持っていた人もいたからだとされています。そして、先ほどの開花の儀は、魔力暴走は起きないように魔力だけを作り出すものだったのですが、杉原さんは体の相性が良くなかったようです」

「なるほど。あー、じゃあやっぱり僕は勇者よりも才能に乏しいんですか。彼らは魔力と相性がいいんですよね?」


 というより、勇者は潜在的に魔力を扱うことに長けた連中なのだろう。杉原は死にはしなかったが、自分は魔力に対する適応力が低かったのだろうと判断した。

 しかし冬木の回答は異なった。


「いえ、相性そのものは悪くないと思いますよ。正直、あのレベルの魔力暴走なら命に関わると思いましたが、あなたの体が魔力に上手く適合して最悪の事態は免れたようです。魔力との相性と言うより、魔力の量があなたのキャパシティを超えていたみたいです」

「へぇ、そうなんですか」

「開花の儀であなたの体内で魔力を生み出したのですが、量を許容できなかったようで。魔力は力の源ですが、量が多すぎても魔力暴走につながることがあるんです」

「うーん、魔力扱うのって大変ですね」

「はい。なので魔力を操作する能力は、むしろそれなりかと。ただし測定しないとわかりませんが、保有できる魔力量は正直、かなり少ないかもしれませんが……」

「そっすか。まあ仕方ないですね。ああ、ええと。僕はどのくらい眠っていましたか?」

「丸一日くらいですね。もう翌日の昼です」


 それなりの時間寝ていたようである。タイムスリップの時差ボケの影響もあるにはあるのだろうが、それでも杉原は今まで丸一日も寝ていたことはない。


「適正試験って、もう出来ますか?」

「昨日のうちに他の勇者は済ませていますから、すぐにやろうと思えば出来ますが……。お体は大丈夫なんですか? 命に別状は無いと思いますが」

「うーん。大丈夫そうですよ」

 杉原はベッドから降りて、軽く体操する。

 そこでやっと着替えていたことに気付いた。病院の入院着のような服である。

 昨日血溜まりに倒れこんだため、着替えさせられたのだろう。


「うん。体の具合は平気です。ところでここは保健室か何かですか?」


 今杉原達がいる部屋は、ベッドに薬棚、その他医療設備らしきものが整っていた。そのため何らかの医療行為のための部屋であることはわかった。


「はい、診療室です。怪我をしたらここで治療されます。容態が落ち着いていたので、今は席を外していますが、本来は回復魔法に長けた魔法使いが治療してくれるはずです。では消化に良さそうな食事を用意しますので、食後に適正試験をしましょう」

「はい、よろしくおねが――」


 と、そこまで話しかけたところで、杉原の視界にいる冬木の頭の上に


 冬木 柊 種族 長耳(エルフ)族 162歳 女性

 Lv 107 職業 魔法使い


 というステータス画面が現れた。


「うわ!? 何だこれ!?」

「え? ああ、『視数値(シーイング)』が発動しましたか?」

「えーと、何ですかそれ?」

「人間やそれに近い種の持つ固有魔法で、人間達にとっては最も基本的な魔法の一つです。対象に集中してみることで対象を解析することの出来る魔法です。生物を見れば相手の名前、種族、年齢、性別、レベル、職業を解析できます。そうした情報から、状況を有利に進めるための策を練ることも出来ます。また、非生物に使えば、それがどう素材なのかを解析できます」

「固有魔法というのは何ですか?」

「特定の種族のみが先天的に持つ能力ですね。シーイングは、人間、亜人、魔人の固有魔法です」


 固有魔法は種類も性質も様々だが、シーイングは特に扱いやすい分類に入る。消費魔力は極端に少なく、相手の名前やレベルなどのデータを、魔法の発動を意識して顔を見るだけで判別できる。人だけでなく、やろうと思えば道具や植物など様々なものに適用できる。

 しかし、逆に言えば顔が見えない相手、もしくは写真や映像では発動できない。


「なるほど。では、職業ってどういうものなんですか? 僕の知っている職業という言葉の定義と大分異なる気がするんですが」

「ええ、この世界における職業というものは、旧時代とは大きく異なります。そうですね、職業とは神殿で与えられる加護のようなものだと思ってください」

「加護?」

「ええ、神殿という施設では本人の希望や適正にあわせて職業を選択できます。この職業を与えられると、レベルが成長した際に職業にあわせて能力が成長するんです。つまり、自分のスタイルに合う能力を伸ばすために職業は必要なんです」


 そのため、実際の職業としての職業とはそこまでのかかわりは無い。剣士が料理屋で働いても、職業は剣士なのだ。

 社会的な肩書きは料理人だが。


「ありがとうございます。そういうのもあるんですか。……でも取り敢えず、僕も魔法そのものは使えるんですね。いやあ良かったですわ」

「ええ、そうですね。ひとまずスタートラインには立てました」

「あんな痛い思いしてスタートライン、ってきついですね」

「すみません……。流石にあのようなことを訓練ですることはありませんので」

「いえ、気にしてないですよ。さて、じゃあもう少し頑張りましょうかね」


 杉原としては、魔法で死にかけた身であるため、もちろん魔法は恐い。しかし、この時代には自分を守ってくれる家族も、助けてくれる友達も居ない。

 そんな状況で生きるには、魔法の習得は必須だ。この世界の基本的な技術である魔法を習得しないわけにはいかない。

 それに、もう魔力暴走はごめんである。そうならないよう自分の手札はきちんと使いこなせるようになるべきだ。

 

「そうですね。私もできることならなんでも手伝いますから」


 冬木さんが笑顔で告げる。人の良さがにじみ出るような笑顔だった。杉原はお調子者だがひねくれた男でもある。そのため、仲良くなるまでは人を簡単には信じない。

 そんな杉原でも、無条件で信用できるような笑顔だった。


「あ、でもその前に一つ」


 杉原には、重大な問題があった。

 杉原の真面目な雰囲気に、冬木も気圧される。


「はい。……なんでしょう?」



「お腹痛くなってきたんですが、トイレってどこですか?」

 杉原は、お腹が弱いのだ。




「では、魔力適正試験を始めます」

 召喚勇者教育所の本館、つまり僕がこれまでいた建物の横にある一般的な高校の体育館ほどの建物、訓練所に杉原はいた。

 ここで適正を図るためだ。

 

「ではまず、こちらの机の上の水晶に両手をかざしてください」

 一人の女性の職員が話しかけてきた。


 彼女の前の机には、6つの水晶が乗っていた

 赤、青、茶、緑、黒、黄、の6色だった。

 どのようなことを測定するのかは知らないが、杉原はいわれたとおりに手をかざす。

 すると、水晶が光りだした。

 青、茶、緑の3色はかなり明るい。ほかの3色は言うほどではないが、それなりには明るい。


「なるほど。水、地、風とはかなり相性が良さそうですね。ほかの3つも相性は悪くないですが」

「すみません。これは何を測定しているんですか?」


 杉原は、何をしているのかよくわからないままに進んでいたので確認を取った。職員は、ああ説明し忘れた、と言わんばかりの表情を浮かべ、説明を始めた。


「これは属性ごとの精霊との相性を調べています。精霊は人間の目に見えないだけで色んなところに居ますが、周りの環境に合わせて特性が変化し、大まかに6種類に分けられます」

「なるほど、具体的には?」

「はい。気温の高い地域や火山帯に居る火精霊、水中や水辺に居る水精霊、地面や岩場に居る地精霊、大気中に存在する風精霊、日の当たるところに居る光精霊、闇や影の中にいる闇精霊の6種です。この精霊との相性によって、使う属性魔法の効果が増減します。また、複数の精霊の力を混ぜて、他の属性魔法を使うことも出来ます」

「なるほど。僕のはそんなに悪くないですか?」

「むしろかなりいい部類ですね。正規の召喚ではなかったので心配していましたが、精霊との相性は良さそうです」

「そうですか。ありがとうございます」


 魔法を発動する際、周囲に居る精霊、その精霊の属性、そして精霊との相性で使う魔法の威力や効果、消費する魔力の量は増減する。そのため精霊との相性は魔法を使う際には重要な要素となる。

 例えば、火の魔法を使おうとした際に周囲に火精霊がいれば同じ魔力でも、より強力な火の魔法に、そして火精霊との相性が良ければ更に強力な魔法になるのだ。

 そのため自分の磨く技術や選ぶ職業にも精霊との相性は密接に関わる。


「では、次はこちらにお願いします」

 と、今度は男性の職員に呼ばれた。


 そこにあったものは巨大な鉢植えだった。その真ん中には5cmほどの小さな双子葉類の苗が植えられている。

 葉の形は杉原が見たことが無いような歪なものだったため、恐らくパンデミックによる突然変異で生まれたものだろうと彼は考えた。


「これは魔力の量を測るためのものです。鉢植えの側面に手形があるのでそこに手を当ててください。そうしたら鉢植えが魔力を吸い取り、植物を急成長させます。その成長具合で魔力量の多寡を判断します。一般人の平均であればこの植物は90センチほど、勇者なら2メートルほど伸びます」

「なるほど、分かりました」


 実際にやってみる。両手を広げ、手形に合わせて、両手を押し当てた。

 すると、体力を吸われるような感覚に陥る。

 

 そしてその代わりに、苗が成長し始める。まるで早送りしている動画でも見ているようだ。

 しかし、体力の消費は尋常ではない。植物の成長に合わせて、腕が痺れ、足の力が抜けていく。

 杉原は30センチほどのところで、立っていることすらきつくなってきた。


(ああ、らめえッ。そんなッ、そんなに攻められたら私、おかしくなっちゃうううううう!! とか考えている場合じゃないな。もう、もたないわコレ。割と洒落になんねえ!)


 という声に出したら限りなくアウトに近いアウトなことも考えつつ、杉原はどうにか耐えていたが、ぱちッ!! という静電気のような痛みで手を離してしまった。


「いてっ!!」


 生長した植物は、どう見ても40センチにも満たなかった。


「「「「「「……」」」」」」


 周囲を沈黙が包む。期待はずれを通り越して、憐れみの視線が、杉原に向けられる。


「すみません。一応聞きます。どうですか?」


「申し訳ありませんが……、あなたの魔力総量はかなり少ないですね」

「えーと、魔力の量って増えないんですか?」

「もちろん努力次第で増えますが……、ただ増加量も元々の魔力量が多ければ多いほど、大きくなりますし、逆に元々の魔力量が少なくければ少ないほど、のびしろも小さいです」

「えーと、じゃあ、魔法使いとかでなくて、魔力をそんなに使わなくていい職業にすれば……」

「いえ、たとえ格闘家や剣士でも『装甲』という自分の肉体や装備に魔力を纏わせる技術があり、戦闘には必須です。魔法使いほどでもないですが、装甲でもそれなりに魔力を消費します」

「……マジすか?」

「マジです。なので、魔力量は全ての戦闘の根幹となるものなのです。先天的な才能としての割合が大きく、後天的な成長が少ないため、正直なところ勇者が時代を超えてまで集められた理由の最たるものの一つは、魔力量の大きな者を用意するためだったんです」


 杉原は苦笑した。

 才能の要素が大きいと言うのに、それが常人の半分以下である。正直、戦闘能力は期待できない。


「なるほど、僕は正規の勇者ではありませんからね。あー、泣きそうだ」


 杉原は大きく後ろに仰け反り、更に体の関節を鳴らして体をほぐし、どうにか気分を立て直そうとする。


「まあ、落ち着いてください。あと一つ、ありますので」


 そこに冬木が声を掛けてきた。


「はい、えーと何をするんでしょうか?」


 と言っても、正直なところ杉原の落胆と言うものは大したものではない。彼は正規の勇者ではなく、言ってしまえば巻き込まれただけの被害者だ。戦わなくてはならない理由はない。それに杉原としては戦闘能力が無い方が、魔王などという化け物を相手にしないですむ理由になりラッキー、と思うほどだ。彼は余計な責任を負うくらいなら、一人で世を捨てて生きることを選択するような男なのである。

 かつて「僕は社会的動物をやめるぞー!!」と叫んだ際、クラス中がポカンとし、現代社会の教諭のみ笑っていたこともあるのだ。


「こちらの魔法陣の上に立ってください」

「……また魔法陣ですか。正直魔法陣にいい思い出無いんですけど」

「すいません。ですが、今回のものは大したものじゃないですから、大丈夫です」


 確かに、魔法陣の見た目は大分シンプルだ。

 召喚時と、開花の儀の魔方陣はそれなりに複雑なデザインだったが、今回のものは素人でも描けそうなデザインだ。

 そんなに強力な魔法が発動できるようには思えないようなものだ。


 うだうだ考えても仕方が無いので、杉原は取り敢えず魔法陣の上に乗った。

 先ほどの魔力量測定で多少体力を消費したが、息を整えるとだんだん落ち着いてきた。

 別に体のだるさも感じない。

 よし、いけるだろう、と杉原は判断し、指を鳴らしながら冬木に尋ねる。


「さて、今度は何ですか?」

「最後は魔力の感知能力の試験です。魔力の感知能力が高いと、周囲の精霊との相性を高め、周りの状況を魔力で探れるようになります。また、魔力の感知能力の高さは魔力の操作性の高さにも通じます。つまり、感知能力が高ければ高いほど、無駄な魔力消費も抑えることができます」

「なるほど。では具体的にどうやって測るんですか?」

「これを使います」


 そう言って冬木が出したのは一枚の葉だった。

 何の変哲も無い、ただの平たい葉だった。


 冬木がその葉を無造作に放り投げた。すると、杉原の足元の魔方陣から上に向かって風が吹き始めた。

 葉は地に落ちることなく、宙を舞う。


「では、目隠しを装着してもらいます」


 そして、目隠しをさせられる。

 視界が完璧に封じられた。杉原は困惑したように頭をかいた。


「なんですか? 僕、そう言うプレイも興味なくは無いですけど」

「いえいえ、そんなに大層なことはしません。ただ、目隠しした状態で葉っぱを掴みとってもらうだけです」

「先生、童貞にはハードルが高いです!」

「大丈夫ですよ」

「いや何も大丈夫じゃないですよ!」


 至極簡単に言う冬木の言葉に杉原が突っ込みを入れる。

 当然と言えば当然である。風に舞う葉など、目を開けていてもそう簡単につかめるものではない。

 童貞だろうが非童貞だろうが、目隠しして宙を舞う葉を掴みとるなどそう簡単に出来るものではない。

 ちなみに杉原は自分が童貞であると公言することを憚るような羞恥心はとっくの昔になくしている。


「ふふふ、今のあなたは魔力をその身に宿しています。そしてその葉にも魔力を宿しています。やろうと思えばフィーリングで葉を感じ取り、動きを読み、掴み取れるはずですよ」


 そうは言われても出来る気はしない。

 杉原は頬を掻いた。


「私が合図をしてから、葉っぱを掴み取ってください。掴み取るまでにかかった時間で計測します。平均で一般人なら8分、勇者なら4分半くらいですね」

「はー、分かりました。頑張りますよ」


 両手首を回して、軽い準備運動をする。

 そして両手の力を抜いて、できる限り素早く動けるようにし、なんとなくではあるが周りに気を払う。

 そして皮膚で空気の流れを感じ取る。


「準備はいいですか?」

「いいですよー」

「では。用意、始め!!」


 杉原は空気の流れに意識を集中すると、なにか空気の乱れのようなものを感じ取った。何の気なしに、右手を下から救い上げるようにして。


 葉を掴み取った。



「あり?」


 という間の抜けた声が出た。右手の中で葉がこすれるのを感じる。


「嘘……」


 という誰かの呟きが杉原の耳に届いた。

 目隠しを外して確認すると、杉原は右手に葉を持っていた。


「ふうん。こんなこともあるもんですね。冬木さん、これ何秒でした?」


 懐中時計で時間を計測していた冬木に尋ねた。この世界には、ストップウォッチはもう存在しないようである。


「7秒、です」


 冬木もまた、唖然としていた。


「ば、馬鹿な!? 10秒以下なんて聞いたことも無い!! な、なにかの不正だ!!」


 と魔力量を測定したときの男性試験官が騒ぎ立てた。


「うーん。そう言われましても、これ自分だとどんくらいすごいのか分からないんですけど」

「杉原さん。……念のため何度か試してもらっていいですか?」

「いいですよ」


 男性試験官にしっかりと目隠しをしてもらい、もう一度試した。


 さらにもう一度。

 もう一度。

 もう一度。


 その結果は、


「合計5回試して、7秒、6秒、8秒、8秒、7秒。不正の様子も無い。なるほど、間違いありませんね。杉原さんの魔力感知能力は桁外れに高いようですね」

「……実感湧かないんですけどね」


 杉原にとってはどれくらいすごいのかはよくわからない。確かに目隠しして宙を舞う葉をキャッチ、ということがすごいとは自分でも思っているが、そこに魔法などというものが関わると彼には実感が湧かないのである。

 しかし、この施設でもっとも魔力感知に長けた冬木でも、この試験を初めて行ったときには15秒以上かかった。

 杉原はその半分程度である。

 この施設の職員は皆、勇者を育てるための人材であり、現役は退いていてもそれなりに名の売れた剣士や魔法使いが多い。

 杉原は魔力感知の素質だけなら、その職員の誰よりも優れているのだ。

 本人はよくわかっていないままだが。


「そんな、それほどの魔力探知能力があるのに、魔力量があんなに少ないなんて。せめて並みの勇者に匹敵する魔力量があれば、大魔法使いになれたかもしれんというのに……」


 一人の男性職員が悔しそうな表情で言う。

 そんなにもったいないことだったのかな、と杉原は首をかしげた。


「まあ仕方ないですよ。天は二物(にぶつ)を与えず、ですよ。僕が持つものは一物(イチモツ)だけです。男なだけに」

「上手くねえよ!!」


 怒られてしまった。

しかし杉原は気にすることなく笑った。


「杉原さん。あなた、小さいころから野山で遊んでいましたか?」


 と、冬木がそこで話しかけてきた。


「ええ、田舎育ちなもんで。昔は山やら川やらを駆け回っていましたよ」

「なるほど。そう言う環境が魔力探知にも影響したかもしれませんね。……それで、杉原さん。あなたは、どれくらい強くなりたいですか?」


 唐突に、冬木はそんなことを言い出した。

 少々困惑しながらも、杉原は答えた。


「……この世界で普通に生きていくのに困らない程度に、ですかね。この世界だと僕は何も持ってませんから、多少は強くなりたいですけど」

「ならば、私の弟子になりませんか?」


 冬木の発言に周囲がざわつく。

 当事者である杉原のみがこの状況を理解できない。そのことを冬木も理解しているのか、説明を入れる。


「私は、この施設では外部アドバイザーが本来の役目です。召喚勇者の儀式の方法、勇者の訓練方法のアドバイスが主な仕事で、直接指導は本来の仕事ではありません。しかし、あなたの持つ能力はアンバランスですが、育て上げれば非常に高い能力を発揮できるでしょう。その力はこの世界でも非常に希少なものです。私に育てさせてはいただけませんか?」

「んー、そうですね。僕は就きたい職業とかありませんしねえ……。冬木さんの弟子になるということは、僕も魔法使いになるんですか?」

「ええ、そのつもりです。一応は」


 一応、と言う言葉に若干首を傾げつつ、杉原は話を進める。


「勇者の中における魔法使いの割合はどれくらいでしょうか?」

「魔法使いは2割くらいでしょうか。単一で力を発揮できる職業ではないですし、少数派(マイノリティ)ではありますがその分希少価値もあると思いますよ」


 その言葉を聞いて、杉原は思案する。杉原は、大きな力など要らないと考えている。というより、彼は分不相応だと思うものを持つことに興味が無い。余計なものを求めれば身を崩す、それが彼の持論だ。

 しかし、家族も友人も属する国家も無いこの時代では、最低限身を守る力は必要だ。

 そう考えれば後は早かった。


「なるほど……。分かりました。ではお願いします。冬木さんには色々お世話になりましたし、話しやすいですから。あなたの話に乗りましょう」

「そうですか。それは嬉しいですね」


 そうして二人はもう一度、握手した。


「これからよろしくお願いします。師匠」

「こちらこそ、我が弟子」


 この日、杉原千華は冬木柊の弟子になった。




「で、魔法使いなのにいきなりの特訓が山登りって、イメージが違うんですけど」


 冬木に弟子入りした杉原は、「では早速特訓です!」と言われ何故か今山登りをしている。


「体力づくりと精霊との親和性を更に高めるためです。精霊は基本たいていのところに居ますが、人工建造物の周囲には居ません。逆にこのような山には大抵の精霊は豊富に居ますから、精霊に慣れるには山登りが手っ取り早いんです。精霊に慣れれば、周囲の精霊はより力を貸してくれますから」

「そう、ですか」


 会話していると、多少息が乱れる。

 杉原は田舎育ちで、小中学校で7年野球をしていたが、高校からは自転車を漕ぐか、草野球をする程度しか運動していない。正直、疲れを感じ始めていた。

 この山、つまり召喚勇者教育所のある山は別に登山道があるわけでもない。

 そのため獣道を闊歩しなくてはならない。

 時折、手をつかないと登れないようなところもある。


 先を行く冬木は、手も使わずに急勾配の斜面を登っていく。

 (すごいな。……エルフという種族性もあるかもしれないが)と素直に杉原は感心した。


 しかも、この女性の年齢は一世紀半を超えている。

 未来とは恐ろしい時代になったものである。

 なお、この世界のエルフも御伽噺の例に漏れず、長命なようだ。


「なんでそんなにさくさく登れるんですか? 足場がこんなに悪いのに」

「ふふふ、精霊と仲良く慣れれば歩き方は精霊が教えてくれます」


 精霊って微生物なんじゃねえのかよ、苦笑しながら彼はそんな言葉を落とす。

 この世界は杉原達旧時代の人間の想像を容易く超えるようだ。


「ニンゲン? 知らないの居るヨオオオオ! エルフはッ、わかるけど知らないのいるウウ!! グワ!! グワ!!」


「はあ?」


 山の中で、馬鹿丸出しな声が響いてきた。

 二人がそちらに目を向けると、頭が二つある(さぎ)が居た。頭はそれぞれに異なった動きをするようだ。


「うわ!! 何だアイツ!!」


 見たことも無い生物の出現に杉原は声を上げた。


「アレは双頭青鷺(ソウトウアオサギ)ですね。文字通り、頭が二つある鷺です。パンデミック以降はああいう旧時代の常識から外れた存在が多いんですよ」

「へえ、しかし動物も人語を喋るんですね。本当にファンタジーみたいです」

「いえ、一部の例外を除けば、動物は人語を喋りませんよ」

「え? でもアイツさっきものすごい喋って――」

「ニンゲン!! ニンゲンだー!! 食われる!!」

「ウルセーばか!! 飛んで逃げればいいダロ!!」

「バカっていうなバカー!!」

「お前の方がバーカ!!」

「でもそんなバカのお前のことを!!」

「馬鹿な俺は」

「「愛してる!!」」

「何この茶番!?」


 二つの頭でコントのようなことをし始めた。変わった生物に杉原が驚いていると、冬木が声をかけてきた。


「ふふふ、やっぱり動物の言葉が理解できるんですね」

「あれ? その言い方だと、僕のほうがおかしいんですか?」

「ええ、動物のなかでも魔力を利用してコミュニケーションをとり、なおかつ一定の知能を持つ生物が対象の場合に限りますが、動物の言葉を理解できる人はいます。ここでは私とあなたと、職員に一人だけですが」

「どういう理屈なんですか?」

「鳴き声やフェロモンを魔法で発する生物など、それなりに高度なコミュニケーションをとることの出来る生物がこの時代には存在します。魔力探知能力が高ければ、込められた魔力を感じ取って相手の言いたいことを知ることが出来るんです」

「はあ、なるほど」


 魔力探知というものは地味な力ではあるが有効なスキルではあるのだ。

 そんな会話をしつつ、鷺を見ていると

 双頭青鷺 4歳 雄 Lv 13 

 という表示が出た。



 そこで杉原は聞こうと思って忘れていたことを口に出した。


「師匠、この世界でのレベルって何ですか?」

「強さの基準みたいなものですね。もっと具体的に言うなら……。ああ、丁度いいところに目当てのものが!」

「え? どうしたんですか?」


 そのとき、僕の視界にある生物が飛び込んできた。


 視界の端でソウトウアオサギが慌てて飛び立った。


 その生物は体長6メートルほどの、巨大な蛇だった。


 青総大将(アオソウダイショウ) 5歳 雄 Lv 15


 桁外れに大きなアオダイショウである。


「杉原さん、アレ倒してください」

「師匠、今日は生理がひどいので帰ります」

「あなた男でしょうが」


 うわあ、超帰りてえ、杉原は呟いた。


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