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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
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第34話 約束するから

「ん、んん。んー!!」


 突如現れ、杉原の(はらわた)を引き抜いた(めい)は、楽しげに鼻歌を歌っていた。

 両腕だけなく、顔や首筋に至るまでツギハギだらけで、ぼろぼろの白衣を着、白い長髪を後ろに流し、神経質そうな細いフレームの眼鏡をかけた男。

 それが名の外見だった。

 しかし有栖達にはその程度のことは気にもならなかった。

 ただ腸を引きずり出され、目の前で寝転がる杉原を見ていた。


「……杉原。ねえ、しっかりしてよ。杉原。……杉原ァアアアアア!!」


 しかし涙ながらの有栖の叫びが、仲間達の意識を覚醒させた。

 真っ先に動いたのは青華であった。

 全力で地面を蹴りぬき、殴りかかった。

 だがその拳は、名の肩口から生えた三本目の腕によって防がれた。


「……は?」

「お、驚いたか? こ、これ便利なんだぞ? 背中が楽に掻ける。アハハ!! イヒヒ!!」


 そして今度は名のわき腹から4本目の腕が生え、アッパーが青華の拳を的確に打ち抜いた。

 ――ゴキキッ!! と鈍い衝撃が骨を通って青華の顎から頭蓋までを貫いた。

 殴り飛ばされながら下顎が砕け、口から血をぶち撒けた。


「がはァ!?」

「あ、ああ。残念だったなあ。格闘技じゃ、お、俺には勝てないぞ?」


 青華もまた地面に倒れた。

 白目をむき、全身の筋肉がぴくぴくと痙攣している。

 脳震盪を起こし、完全にダウンしていた。

 青華が一撃で倒されたことで、元親達は迂闊に飛び込めなくなった。

 名の力量を文字通り痛感したからだ。

 柊にも認められるほどに青華は強い。

 彼のボクシング経験と勇者の力の相性が良かったからだ。

 とは言え勿論、彼はボクサーであり喧嘩屋でも軍人でもなく、ルールの無い戦いには不慣れであるといえる。

 だがそれを差し引いても青華は強いはずだった。

 その青華がパンチをかわしきれず、先ほどのダメージも残っているとは言え、一撃でダウンさせられた。

 (かばね)(めい)は脅威である、元親達はそう判断した。

 だが。


(……マズいんだよー!! 洲岡さんもだけど、お兄さんはもっとマズいんだよー!!)

(腸が引きずり出されているんだぜッ!! 即死ではないだろうが、それでも洒落にならないレベルだぜッ!!)

(は、早く治さないと!! 本当に死ぬのでございますよ!!)


 有栖もギリギリと歯軋りした。

 しかし、杉原に近寄ろうとすると名に隙を見せてしまう。

 冷や汗を掻きつつ、名の不意を突き杉原を助けるチャンスをうかがっていた。

 だがそこで名のわき腹から生えた腕が動いた。

 杉原のこぼれ落ちていた小腸を無造作に引っ張り、持ち上げる。


「なッ!! アンタ、これ以上杉原に何をするつもりなのよ!?」

「こ、こうする」


 そのままブツリと小腸を引きちぎった。

 小腸が2メートルと少し、杉原の腹から奪われた。

 その光景に有栖達は唖然とした。

 ワケが分からなかった。

 生きている人間から小腸を引きずり出すという名の行動が理解できなかった。

 衝撃のあまり呼吸すら止まった。

 だが名は有栖達の衝撃など意に介さず、小腸の両端を持つと、にこりと微笑んだ。




「あ、そーれ。ぴょーん!! ぴょーん!! ぴょぴょーんのぴょーん!! ぴょんぴょん!! ぴょーん!! ぴょーん!! ぴょーんぴょーんぴょーん!!」


 そんなわけの分からないことを口ずさみながら、名は小腸で縄跳びを始めた。

 理解が追いつかない。

 状況が把握できない。

 目の前の男が何を考えているかが分からない。

 有栖も、ひとみも、元親も、縁も、ただただ呆気に取られていた。

 それでも有栖が両手の爪を鋭く伸ばし、駆けた。


「――お前ッ!! 良い加減にしなさいよッ!!」

「お、お姉さん!!」


 ひとみの制止も間に合わず、名は有栖を目だけで捉えた。

 そして縄跳びに使っていた小腸を短く持ち直し、有栖の攻撃を避けるとその首に小腸を巻きつけた。

 小腸は装甲を纏っており、荒縄のロープのような強度を持っていた。

 有栖の細い首を絞める程度、造作もなかった。


「か、かはぁ!?」

「お姉さん!!」

「な!? お前、止めるんだぜ!!」

「ん? な、何で止めるんだ? い、良いじゃないか。まだ温かい小腸で首を絞められる。中々出来ない体験だぞ?」

「……狂っているのも大概にするのでございますよ!!」


 元親が剣を上段に構え、ひとみが棒手裏剣を引き抜き、縁が盾を掲げる。

 そして有栖を助けるべく、動き出そうとしたところで鼓膜を僅かに震わせる音に気付いた。

 名もまた気付き、首を絞めていた有栖を離した。


「が、がはっ!」


 有栖はむせつつも八本の脚で地面に着地し、名から離れた。

 同時に杉原を抱きかかえ、青華も糸で縛って引っ張り、2人を確保することに成功した。

 だが名はその程度のことは最早気にしてはいなかった。

 音はやがて大きくなり、びりびりと響いてきた。

 その音はまるで何かを砕いているかのような重低音だった。


「お、おいおい。ま、まさか。じょ、冗談だろ……?」


 名の呂律が回っていないのはおそらくは吃音の所為だけではないだろう。

 そしてその音が近付き――ドオォンッ!! と、大きな音を立てて壁に風穴が開き、大きな影がやって来た。

 土煙を纏ったその影は、乗り物に乗った一人の女性であった。

 近未来的なフォルムで前輪が2輪ある黒い3輪バイクに跨り、銀髪をなびかせ、長い耳が特徴的な女性。

 冬木柊その人であった。

 だが、普段纏っているにこやかな雰囲気は息を潜めてしまっている。

 乱れた髪も、汚れたい服も、身に纏う近付くもの全てを切り裂くような殺気も、有栖達が初めて見る冬木の姿であった。


「……どうも、ウチの弟子達が大変お世話になったらしいですねえ」

「チッ!! ……『蟲毒部隊』の連中、つ、使えないなァ。せ、折角俺が改造してやったのに」

「はぁ。なるほど。余計なことをしたのはあなたでしたか。実に鬱陶しかったですよ。手足を落としたくらいでは駄目でしたからね。散々時間を食ってしまいました」

「イヒヒ!! ウフフ!! ま、まさか今まで戦い続けていたのかな?」

「まさか。蟲毒部隊の後に騎士団の連中が来てですね。あの手この手で私の妨害をしようとしたので、実力行使に出てしまいました。全く、参ったものです」

「お、恐ろしいなあ。冬木柊ってのは」

「……貴方が恐れるのはこれからですよ。クソ野郎」


 吐き捨てるように冬木はそう言った。

 そしてバイクから降りると、そのまま名に歩み寄ってくる。

 その途中で、有栖に抱かれた杉原と地面に落ちた彼の小腸に目を向けた。

 誰が見ても分かるほどに怒りを露にしつつ、冬木の眼光が名を射抜いた。

 しかし名は平然とした様子で両手を広げた。


「アハハ!! イヒヒ!! ど、どうしたんですかァ? お、怒った顔をして」

「……『観測者』ですか。聞いたことの無い職業ですねえ。まあ構いません。叩き潰すことに変わりはありませんからねえ」

「エヘヘ!! オホホ!! や、やってみると良いですよォ」

「ふ、冬木さん!! 気をつけるんだよー!! この男、かなり強いんだよー!!」

「私達も助太刀するのでござますよ!!」

「ああ、俺達も――」

「いえ、問題ありません」


 ひとみ達の言葉に、冬木は短くそう返した。

 そしてどこからか出したのか、右手には杖を握り、言葉を続けた。


「……寧ろ離れておきなさい。今の私は機嫌が悪い。周りに配慮するほどの余裕はないんですよ」

「――全員離れるわよッ!!」


 冬木の眼光に仲間である有栖達のほうが怯えた。

 有栖が杉原を抱え、元親が青華を担ぎ、名から距離を取った。

 だが名はニヤニヤと笑ったまま立っており、肩とわき腹から生えた手で指をぱちんと鳴らした。

 すると、地面から新たなスケルトン達が湧いて出てきた。

 だがそれはただのスケルトンではない。

 銀色に光る、冬木ですら見たことのないスケルトンであった。


「こ、これは俺の新作だ。ダンジョンで作ったものじゃない。お、俺の私物だ」

「……そのガラクタを退けなさい。2秒以内に。でないとあなたの腕を切り落としますよ?」

「ウフフ!! エヘヘ!! やれるもん――」

「はい、2秒たった」


 そう小さく呟き、冬木は杖を構えた。

 上端を右手で、左手で杖の半ばを持つ。

 そして全身から黒い靄が立ち上る。

 靄は軽く揺らめくと、一瞬で周囲に拡がり、スケルトン達を飲み込んでいく。

 

「それじゃあ、まあ。行きますか」


 ポツリと冬木が言葉を落とすのと、彼女の姿が消えるのは同時だった。


「き、消えた!? ……いや、イヒヒッ!! ウフフッ!! お前の手口は知っているぞ!! や、闇に紛れて敵を討つ、闇討ちの奇襲しか出来ないんだろうがッ!!」

「そこまで分かっていて、何故腕を4本も切り落とされるんでしょうねぇ?」


 背後から声が聞こえると同時に、地面に4本の肉塊が落ちた。

 それはつい数秒前まで、名から生えていた両腕と肩とわき腹から生えていた2本の腕であった。

 自分の4本もあった腕が切り落とされた。

 切られた感触はなく、落ちた腕を見て名は腕を切り落とされたことに気付いた。


「う、うおおおおお!!」


 雄叫びを上げ、名は跳躍し冬木から離れた。

 いつの間にか背後を取られ、全ての腕を落とされた。

 視覚でも聴覚でも魔力探知でも追いきれなかった。


(ど、どういうことだ!? な、何でだ!? 一体何時の間に!?)


 名は必死で思考を加速させる。

 だが答えは出ない。

 ただひたすらに声を張り上げ、命じた。


「いけえええええ!! スケルトン共!! そ、ソイツを、潰せぇええええ!!」


 靄に囚われ、冬木を見失っていてスケルトン達が指示を受け、雪崩れのように彼女に迫った。

 対する冬木は、先ほどと同じように杖を構えた。

 その姿に名は冷や汗を流す。

 『夜の導き手』というのが今代の冬木柊につけられた二つ名である。

 その二つ名がつけられた時の話は、名も知っていた。

 今から百年以上も前の話であり、今では知るものも少なくはなったが、当時は冬木柊の()を知らしめることになるエピソードであったため、今でも伝聞として知っているものもいる。

 さて、そのエピソードを端的に言うと、まだ冬木が50歳の手前、長命な種族であるエルフであればまだ十分に若いと言える年齢であったころに、大きな盗賊団を壊滅させたのだ。

 その盗賊団は旧時代で言う山梨県の辺りを根城にしており、周囲の村々を襲っては金品を奪い、人を殺し、子どもを攫っていた。

 事態を重く見たヒガシミヤコ王国とギルドは、騎士団と高ランク冒険者から構成された討伐隊を派遣、当時冬木柊の名前を襲名したばかりであった彼女もまた、そこに参戦した。

 盗賊団の構成人数は三桁を超えており、討伐隊も十分な準備をして向かったのだが、そこで問題が起きた。

 内通者がいたのだ。

 内通者の手引きにより、盗賊団は夜の闇に紛れて討伐隊を奇襲、あわや壊滅という事態に陥った。

 しかしそこで冬木柊と少数の部隊が別行動を取り、自分達もまた闇に紛れ背後から奇襲し盗賊の頭領を討ち取った。

 その武勲がたたえられ、冬木柊には『夜の導き手』という名がついたのだ。


(や、闇魔法で姿を隠し襲撃、卑怯な流派の四木々流を象徴するような戦い方だ。そ、そんなものはもう効かない!!)


 名はそう考え、笑った。

 だが、その考えは甘かった。

 このエピソードには、嘘が含まれている。

 その討伐隊の中には身分の高い騎士団員も含まれていたため、彼らの面子のために話を意図的に変えたのだ。

 襲撃を受けた時に冬木は食料調達に出ていたため、戦闘に出遅れ既に多大な被害を被っていた。

 今すぐにでも戦況を変えなければ敗北は必至。

 故に、冬木の取った策はシンプル。

 真正面から突っ込んで、敵の頭領を討ち取った。

 こんな風に。


「――シッ!!」


 冬木は軽く声をあげ、真っ直ぐ名に向かって突っ込んだ。

 その先を大量のスケルトン達が塞ぐ。

 無茶な特攻に名は唇を歪めて笑った。

 いくら冬木でも多勢に無勢だと、笑って彼女の死に様を見ようとした。

 だがそのとき、視界が闇に覆われた。

 暗い、という次元ではない。

 自分の手元も見えない完全な闇に、名は囚われた。


(……!? 見えない!? 何が起きた? い、一体何が!?)


 動揺した名の視界に、一筋の光りが煌いた。

 その光景に、名は不思議な魅力を覚えた。

 真っ暗な闇の中の輝きは美しく、温かく思えた。

 だがその光りが名の首筋をなでた。

 するとそこで、彼は何か違和感を覚えた。

 足の裏が地面に触れている感覚はあったのに、視界が下がっていき、やがて頭が地面にたたきつけられた。


(な、何故?)


 そう言おうとして、声がでないことに気付いた。

 何が起きたのか検討もつかなかったが、やがて闇が晴れ、気づいた。

 彼の眼前に広がる細切れにされた大量のスケルトン、そして首のなくなった自分の体が崩れ落ちているのが見えたからだった。

 それをしたのは、間違いなく自分を見下ろしている女性、冬木柊であった。

 そして彼女の手には、細身の日本刀が握られていた。


(……な、なるほど。そうか、し、仕込み杖だったか)


 仕込み杖。

 武器を携帯できない場所でも武器を持つために作られた、仕込み刀の一種である。

 魔法使いと言えば杖、と言うイメージがあり、実際に杖を持つ魔法使いは多い。

 寧ろ大抵はそうである。

 だが、冬木にとっての杖とは決して魔法の補助具ではない。

 ただ効率よく敵を倒すためのものでしかなかったのである。


洒落(しゃら)臭いのは嫌いなものでしてね。とりあえず切らせてもらいましたよ」

「……」


 生首と化した名に冬木はそう言った。

 だが首だけでは話すことなど出来ない。

 その程度は冬木も理解しているために、構わず話し続けた。


「あなたのその『観測者』という職業は気になりますが……、あなたには尋問も拷問も効く気がしないんですよね。多分、その体も『本体』ではないでしょう? ですので、面倒なことはしません。代わりにあなたには言伝を頼みます」

「……」

「次に余計なことをしたときは……容赦なく片っ端から殺します。覚悟しておいでなさい」


 冬木の言葉に、名は薄く笑った。

 その彼の顔面に、冬木は刀を突き刺した。

 止めの一撃で、彼の次第はグズグズと液状に溶けていき、周囲のスケルトン達の残骸も全て消え去った。


「……冬木さん。終わったの?」

「ええ、弥蜘蛛さん。終わりましたよ。取り敢えずはね。何はともあれ、皆さんお疲れ様です。杉原達を治してさっさとここを出ることにしましょう」

「そ、そうだ!! お兄さん!!」

「皆さんも、急いで逃げる支度をしておいて下さい。このダンジョン、崩れますよ。ダンジョンマスターがやられてしまいましたから」

「そうか!! 急いで支度するんだぜ!!」

「何はともあれ、ここからでるのでございますよー!!」


 冬木は杉原の治療に向かい、他の仲間達もその手伝いや、既に天井から砂が振りおり落ちつつあるダンジョンからの逃走の準備を始めた。

 だがしかし、有栖にはどうしても捨て置けないものがあった。


「……有君」


 有耶の遺骨であった。

 肉は完全に溶けてなくなっていたが、白骨化した骨は残されていたのだ。

 しかし、名の死霊魔法と戦闘の所為か、全身の骨はあちこちが砕けており、綺麗に残っているのは頭蓋骨だけであった。

 有栖は、その頭蓋骨を抱きかかえた。


「……ごめんね。安らかに眠ってもらおうと思ってたのに。でも、もうこんなこと無いから。……今度こそ、お休み」


 有栖はそう呟き、頭蓋骨だけを抱えて歩き出した。

 その先には、治療した杉原を背負った冬木、同じく青華を背負う元親、そしてひとみと縁がいた。


「……よいのですか? それだけで」

「いいのよ。ここに置いていけば、また誰かに荒らされることも無いでしょ。でも……」


 冬木の言葉に、有栖は歯切れ悪く応えた。

 そして、有耶の頭蓋骨を強く抱きしめながら、いまだ目を開ける様子の無い杉原に目を向けた。


「……こんなことをしでかした奴らを、許しはしないわ」

「そうですか……。何はともあれ、行きましょう」


 冬木が先導し、崩れ落ちるダンジョンを抜け出した。

 彼女がここに来るまでに開けた穴は、ダンジョンマスターがいなくなったため、修復されることはなかった。

 そのため、そのまま穴を突っ切って素早くダンジョンを脱出した。

 ――こうして、杉原達のダンジョンでの死闘が、終わった。




「……ん? どこだここ?」


 杉原が目覚めた時、見知らぬ部屋にいた。

 全体的に白っぽい部屋の、同じく真っ白なベッドに寝そべっていた。

 全く見覚えの無い部屋である。

 だが、見覚えのある人物もいた。

 ベッドサイドの呆けた顔をした有栖だった。


「……弥蜘蛛ちゃん? ここどこ?」

「――アンタねえ!!」

「え!? 何で!?」


 突如として、有栖は怒気を露にして杉原の胸倉を掴んだ。

 狼狽する杉原だが、そのようなことをされる覚えはない。

 何故こんなことになったか、必死に考えていると、嗚咽が聞こえてきた。

 杉原が顔を上げると、有栖はぼろぼろと泣いていた。


「なんで……。あの時、私だけを庇ったのよ。あんただけ逃げてれば、あんな思い……しなくて済んだじゃない」

「……ああ、あのときのか」


 つまり、杉原が名に腹を貫かれた時のことである。

 杉原が自分の腹をさすってみても、今はもう痕もなく完治しているらしいが、ひどい怪我であったことは覚えていた。

 当然ながら、あれほどの大怪我は生まれてはじめてであった。

 しかし、杉原は気にしていなかった。


「まあ、しょうがないでしょ」

「し、しょうがないって何よ!! アンタ、ハラワタ引きずり出されてたのよ!?」

「マジで!? グロ!? それは覚えてないわ。いやでもさ、やっぱアレはしょうがないさ」

「な、何でよ!? あんたが逃げようと思えば――」

「うん。僕だけ助かることも、もしかしたら君を抱きかかえて跳べば、2人とも軽傷くらいで済んだかもね」

「だったら――」

「でも、あの時はあれしか思いつかなかったんだ。君を助けるってことしか」

「……ッ!!」

「だから、しょうがないさ。僕も油断してたし、結局僕生きてるし」

「……」


 杉原の言葉に、有栖は俯いた。

 心配して、杉原がその顔を覗き込もうとしていたところで、有栖の目から大粒の涙が垂れた。


「う、うああ。うわああああ!!」


 嗚咽どころではなく、有栖は大声で泣き出した。


「ごめんね!! わ、私がもっと強かったら、あなたを助けられたのに……。ごめんね!! ごめんねえ!!」


 子どものように泣きじゃくる有栖を、杉原は抱き寄せた。

 そのまま、優しく髪を撫でた。

 柔らかな髪の感触が実に心地良い。


「……うん、そっか。じゃあ、僕も今度は2人とも助かれるように、強くなるからさ。お互いに強くなろうな。弥蜘蛛ちゃん。……いや、有栖」

「ひっく……。うん、約束するから。……千華」


 泣きじゃくる有栖を、杉原は抱きしめながら、彼女が泣き止むまで頭をなで続けていた。


「……やれやれ、俺の家でイチャイチャするんじゃねえぜ」

「よかやん。広い家やし。つうか王子様の家って、やっぱでかいっちゃな。これで別館っちゃろ?」

「そうでございますよ。王城はまた別にあります。この屋敷は、元親様の普段遣いのためのものですから」

「屋敷丸々一個って。バリ凄いな。さすが王子様やね」

「……というか、何でこんな覗きみたいなことしてるんだよー?」

「みたいというか、覗きですけどね。ま、楽しいから良いじゃないですか」


 と、こんな会話をしながら、冬木たちがドアの隙間から杉原達の様子をのぞき、それがばれるのはこれから数分後のことであった。




「やれやれ、失敗したのかね」

「す、すみません。社長」

「いいさ。別に良いさ。これからまた手を打とう。我々が何百年この世界を守ってきたと思っている。まだ立て直せるさ。まだまだ、我々がこの世界の観測を続けるのだよ」


 そして、こんな会話をしている『観測者』達と杉原達が再度出会うのは、そう遠くない未来のことであった。


師匠はクッソ強いです。

杉原君は所詮強めの雑魚なので、100人掛かりでも瞬殺されます。

さて、今回は色々詰め込んですみません。

これにて第3章本編は終わりです。

ちなみに、有耶と戦う時に「最後の敵」と言ったのに、名が出て来ましたが、アレは有耶の中身は名なので、同じ敵ということになります。

一応補足でした。

では閑話と、それとしばらく前に言っていたおまけ回を挟んで、新章に進みますので。

乞うご期待!!

そんなところで、三章まで読んでいただきありがとうございました。

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