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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
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第33話 許すものか!!

その視界にはもう動くものはいなかった。

 岩の下で動かない杉原達を見て、有耶はほくそ笑んだ。

 

「や、やれやれ。手間取らせやがって。さ、最初にあの村山ってのが、王子を殺しておけば良かったんだ。あの屑が。し、死んで正解だったな。アハハ!! イヒヒ!!」


 そしてゴーレムの肩に乗ったまま、ぶつぶつと詠唱し火球を生み出すと、元親に向けた。

 元親は頭部から血を流し、意識を失っていた。


「これで、お、俺の仕事は終わり――」

「……待てよ」


 だがそれを杉原の言葉が止めた。

 首を大きく傾け、苛立ちを隠そうともせずに、有耶は怒気を含んだ声で言った。


「邪魔だな、本当に。た、ただの卑怯な雑魚のクセに。……そう言えば、お前が元凶だったな。な、何もかもお前が邪魔だったんだったな。『社長』もお前はイレギュラーだと言っていたし……。よし、お前から殺そう」


 有耶は眼を爛々(らんらん)と輝かせ、そう言った。

 対する杉原は眼鏡が割れ、髪は崩れ、額から血を流し、左腕はへし折られ左手のエンジェルは取り落としてしまっていた。

 それでも、その目から意思は失われていなかった。


「元凶? はッ!! なにを言いやがる。ふざけるなよ。そりゃあこっちのセリフだ。つうか村山さんの言っていた『アイツ』ってお前かよ。まあ、それ以外に考えられる奴いないけどさ。……そしてお前今、『社長』と言ったな? それは何だ? お前は、……いやお前らは、なにを知っているどんな連中だ?」

「おっと、口が滑ったか。ま、まあいい。どうせ――死ぬんだからな!!」


 有耶は火球をそのまま杉原に放った。

 しかし杉原はむしろそのまま火球に突っ込んだ。

 右手で魔法崩し(マジックディスターブ)を発動し、火球を弾いた。

 だがその火球の威力は強く、完全には消し飛ばし切れなかった。

 爆炎に身を包まれながらも、それでも杉原は雄叫びを上げながら、駆けた。


「あああああああ!!」


 正直なところ、元親のことを杉原は好きではない。

 周りが見えないほどに真っ直ぐなあの少年は、杉原の苦手なタイプだ。

 だが、それは幼さゆえであることもわかっている。

 彼はまだ成長しようとしている。大きくなれば、王族として立派に育つであろうと感じている。

 そしてそれを支えようとする縁の姿勢もまた評価していた。

 出合ったばかりで強い仲間意識などはないが、少なくとも2人ともこんなところで殺されて良い人物だとは、杉原には思えなかった。

 鏡感覚でその人柄を知った青華もそうだ。

 また、それほど長い付き合いでもないが、ひとみの優しさも知っていた。

 彼女達を守るためなら、この程度は杉原にとって当然の行為だった。

 そして、何よりも。


(僕の友達を!! 家族思いのあの少女を!! 弟を思って泣いていた彼女を!! 弥蜘蛛ちゃんの気持ちを冒涜したお前を許せるものか!!)


 その気持ちが杉原を突き動かしていた。

 全身の痛みを堪え、杉原は駆ける。


「何もかも邪魔なのはお前だ!! ぶっ飛ばしてやるッ!!」

「や、やってみろよぉおおおおお!!」


 有耶は両手を広げ、高らかに詠唱した。

 中空にいくつもの炎の槍が出現し、杉原に狙いを定めた。


(……クソ!! どうやって潜り抜ける!? 考えろ!! 考えるんだ!!)


「杉原ァあああ!!」


 脳内の思考回路を全力で稼動させていた杉原の耳に、聞き覚えのある声が響いた。

 まだ短い付き合いのはずなのに、とっくに慣れてしまった有栖の声であった。


「弥蜘蛛ちゃん!!」

「私が足場を作る!! 私が支える!! だからアンタは――跳べ!!」


 ただそれだけの言葉で、杉原は理解した。

 それと同時に、杉原の足元に一本の糸が煌いた。

 躊躇うことなく、杉原はそれを踏みつけ、跳んだ。

 そしてその先にも糸が張られた。

 その先にも、その先にも。

 次々と糸が張られ、杉原は跳躍した。

 青華との戦闘のために、跳躍しながら戦う訓練はしていた。

 そのときは木々を飛び移っていたが、今はそのような足場がなかった。

 なら、その足場を作れば良い。

 杉原の訓練相手をし、更にアラクネである有栖だからこそ出来たことであった。

 

「うおおおおお!! 行くぞッ!!」

「行けッ!! 行って思い切りかましなさい!!」


 杉原も有栖も声を出して自らを奮い立たせる。

 杉原も傷だらけだが、有栖もそうだった。

 右腕が動かず、左手一本で糸を操っていた。

 指先一つでも動きを誤れば、杉原は足を滑らせる。

 細心の注意を払って糸を張り巡らせた。


「このォ!! いい加減にしろよォオオオオ!!」


 有耶の炎の槍が次々と放たれる。

 その攻撃を、身を捻り、跳躍し、かわし切れなければマジックディスターブで被害を最小限に抑え、杉原は有耶に迫る。

 そして全ての槍を、杉原は避けた。

 有耶が再度詠唱をしようとしたとき、――ドッ!! と、そのわき腹に一本の棒手裏剣が突き刺さった。


「なッ!?」

「私だけ全然活躍できないのは、嫌なんだよー!!」


 それを投げつけたのは勿論ひとみであった。

 岩が降ってきた際、ひとみはその視力を活かし、自分の矮躯を岩と岩の間に滑り込ませ、ダメージを最小限に抑えていたのだった。

 そして隙を伺い、棒手裏剣を投擲したのだ。


「この!! メスガキ風情が――」

「……残念だったな。また出直して来い」


 ひとみに気を取られているうちに、杉原は有耶に肉薄していた。

 咄嗟に有耶は右手を突き出したが、杉原は躊躇うことなくその掌に銃剣を突き刺し、その上で引き金を引いた。

 ――ズドン!! 

 銃声が響き、銃口から放たれた火炎弾が有耶の右手と顔の左半分を吹き飛ばした。

 その衝撃で有耶はゴーレムの肩から落ち、そして――ぐちゃッ!! と地面に叩きつけられた。

 こうして決着が、ついた。




「やれやれ、面倒くさい奴だったな」


 捕縛された有耶を見下ろしながら、杉原はそう呟いた。

 有耶を倒すと、ゴーレムも自然に砕け、新たにスケルトンが出てくる気配もなかった。

 そのため、杉原は元親、青華、縁に初級回復魔法を掛け、応急処置をしていた。

 3人とも全快は無理だが、意識を取り戻し、歩くくらいのことは出来るようになっていた。

 杉原もまた、左腕を治しエンジェルを握っていた。


「申し訳ないのでございます。……大してお役にも立てず」

「よかよか。オイもそげん大したことはしとらんしな」

「ああ。それよりも……、こいつはどうするんだぜ?」


 元親が話を促し、有耶に全員の視線が向いた。

 左腕は溶け、右手と顔は焼かれ、全身打撲。

 捕縛されていなくても、満足に動けない状態だった。

 しかしそれでも、有耶は笑っていた。


「アハハ!! イヒヒ!! ど、どうもこうも無いだろ? 何も出来ねえよ。お、俺はお前らの知りたい情報を片っ端から知っているが、何も言うつもりはない。拷問しても無駄だぞ? こ、この体に痛覚なんて無いんだからな。俺は、た、ただこの体を操作しているだけさ」

「……ふざけるなよ!! コレだけ好き勝手しておいて!! お前は第一王子の関係者か!? なにが目的でこんなことをした!? 社長ってのは誰だ!?」

「アハハ!! イヒヒ!! エヘヘ!! オホホ!! そんなこと言うわけねえだろ!! ……だが、一つ教えてやろう。お、俺は別に第一王子の部下ってワケじゃない。――もっと大きなところにいる」

「な!! それはどういうことだぜ!?」

「これ以上は教えられないなァ。……それじゃ、ま、またな」


 それだけ言い残して、有耶の首はがくりと落ちた。

 そしてシュウシュウと煙を上げ、体は溶けていく。

 やがて、その骨がむき出しになって行き、ひどく不気味な有様であった。

 有栖はその光景を血が(にじ)む程に唇をかみ締め、耐えていた。

 杉原達は何も言えず、有栖の側に立っていた。

 そのときのことだった。




「……お姉ちゃん?」


 顔を上げ、有耶がそう呟いた。

 その声音は、これまでとは打って変わって落ち着いた優しいものだった。

 有栖には、どこか懐かしい声音だった。

 

「……有君?」

「お、……お姉ちゃん」

「オイオイ……マジかよ。こんなことが」


 有栖だけでなく、杉原もまた驚愕の言葉を吐き、他の全員も驚きのあまり口が開いていた。

 肉と皮が溶け、有耶の顔と体の半分は骨がむき出しになっていた。

 だからだろうか。

 奇跡的に、有耶の意思が戻ってきたのだった。

 有栖は、眼からぼろぼろと大粒の涙を流し、有耶のうつろな目を見ていた。


「……ごめんね、お姉ちゃん。俺、先に……死んじゃって」

「ううん……。お姉ちゃんこそ、ごめんね。私、お姉ちゃんなのに、有君を護れなくてごめんね」


 涙を流しながら、それでも有栖は微笑んだ。

 有耶ともう一度会えたのだから。

 自らもまた家族を亡くしたひとみは、その大きな目から大粒の涙をぼろぼろと零し、青華も元親も縁も、涙を押し留めながら有耶と有栖を見ていた。

 杉原は有耶と有栖の会話を邪魔しないよう、一歩退いて見ていた。


「お姉ちゃん。ごめんね。……俺はもう死んだから、一緒にいられないけど。お姉ちゃんだけでも、立派に生きて」

「……うん、うん。分かってるよ」

「じゃあ、……最期に一つだけ」

「何? ……なんでも言って」


 有栖は涙を拭くこともせず、ただ有耶に微笑んだ。

 そして有耶もまた、薄く微笑んで、言った。





「嘘に決まってんだろうがバァァァァァカ!! こんな都合の良い展開あるわけねえだろ!! アハハ――」


 ――ズドンッ!!

 躊躇い無く撃たれた魔崩弾が、有耶に残っていた偽りの肉と皮を溶かした。

 その光景を、有栖は呆けたように見ていた。

 有栖だけでなく、杉原以外の全員が目を見開いていた。

 杉原だけは、もしかしたらと思っていた。

 それでも、そうであって欲しくなかった。

 奇跡があって欲しかった。

 奇跡であって欲しかった。

 だが、現実はそれほど優しいものではなかった。


「クソがぁあああ!! 人を舐めるのも良い加減にせんか!! ぶっ殺されたいとか!! あの野郎!!」


 青華が怒りをぶち撒けた。

 それ以外の全員は何も言えない。

 杉原は有栖の正面に回ると、そのまま黙って抱きしめた。

 これくらいしかできることが思いつかなかった。


「……大丈夫よ。杉原。こんな、たかだか有耶の顔と声で、こんなことを言われたくらいで――」

「お姉さん。私達がいるから、我慢しなくて良いんだよー」


 ひとみが優しくそう言い、杉原は有栖の頭を優しく撫でた。

 有栖が我慢できたのは、そこまでだった。


「……あああああッ!! なんで!? 何でよ!? 何で私と有君がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ!? ふざけないでよ!! ふぜけ……、ないでよ。う、うあああ。うあああああ!!」


 有栖は只管に泣き、杉原は彼女の涙をその胸で受け止めた。

 ひとみはうなだれ、元親と縁はただ歯をかみ締め、青華は拳を握り締めていた。

 ただ、有栖の悲痛な叫びが鼓膜を震わせていた。

 そのときのことだった。

 突如。

 杉原が有栖を横に払うように突き飛ばした。

 完全に予想外のことで、有栖は地面に倒れこんだ。


「きゃあッ!!」

「お、お兄さん!? いきなり何を――」


 ひとみの言葉は続かなかった。

 なぜならば、杉原の背から一本の腕が生えていたからであった。

 いや、正確に言えば杉原は腹から背中にかけて、いくつも縫合のあとが残る腕に貫かれていたのであった。


「ま、またねって言ったろ? だから、ま、また来たよ」


 (かばね) (めい) 種族 人類 ??歳 男性

 Lv 0 職業 観測者


 そこに立っているのは、特徴的な吃音気味の喋り方をする男だった。

 間違いなく、有耶をつい先ほどまで操っていた男であった。

 その男、名は杉原から腕を引き抜き、同時に彼のハラワタを引きずり出した。

 ボタボタボタ!! と、血とハラワタが地面に零れた。


「……さ、さあ。第2ラウンドだ。アハハ!! イヒヒ!! エヘヘ!! オホホ!!」

「す……。杉原ァあああああ!!」


 名の異質な笑い声が響き、杉原は地に倒れこんだ。

 有栖の叫びに、杉原の言葉は返ってこなかった。


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