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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
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第31話 許さない!!

「はいはーい、皆さんに重大発表がありまーす」


 と、杉原が片手を挙げて言った。

 元親とひとみを救ってから一晩、食事と水浴びを終えた杉原一行は一度睡眠を取っていた。

 泉のある場所は通路から脇に外れているので、周囲からは見つかりにくい。

 また、有栖がいれば糸によるセンサーと防衛用の網を張れる。

 その上で人数も増えたため、見張り役にも事欠かない。

 安全に睡眠をとるくらいなら、十分に可能であったため、一晩休むことにしていたのだ。

 

「何よ? 重大発表って?」


 その言葉に有栖が乾パンを齧りながら応えた。

 他のメンバーも乾パンを齧るなり、角砂糖をそのまま食べるなりして、手っ取り早くカロリーを摂取していた。

 許容量の少ないマジックポーチでは、食料も心許ない。

 少しでも食料を節約するためであった。

 粗末なものを食べる有栖達に、自らも乾パンを齧りながら杉原は言った。


「多分ここらへん、ダンジョンマスターにめっちゃ近いよ」

「「「「「はあああああ!?」」」」」


 事も無げに言った杉原に、仲間達の驚愕の声が上がった。

 それもそのはずだ。

 ダンジョンマスターとは、迷宮(ダンジョン)最強の生物だ。

 ダンジョン踏破が目的であれば兎も角、そうでなければわざわざ戦う必要など無い。

 もっと言うなら、近づく意味すらも無いのだ。


「な、何でだよー!! ダンジョンマスターとは逆方向に進んでいたんじゃなかったのー!?」

「それがなあ、君と元親君を追っかけていたら、どんどんでかい魔力に近づいていってさ。このあたりは何か嫌な感じするんだよね」

「どうするのよ!! だったらさっさと離れなきゃ駄目でしょ!!」

「まあ、変なとこはいらなきゃ大丈夫じゃね?」

「そ、そうでございますね。迂闊な事をしなければ大丈夫でございますよ」

「そ、そうやぞ、アワアワアワ。と、とりあえず落ち着かんばアワアワアワ」

「お前が落ち着くんだぜ!! 何をアワアワ言ってるんだぜ」


 この状況下でもノリの軽い杉原とふざける青華。

 縁は冷静に状況を判断し、元親、有栖、ひとみはツッコミと全員の立ち位置が徐々に固まってきたらしい。

 別にボケとツッコミを決めても仕方ないといえば仕方ないが。


「まあ、何はともあれ過ぎたことを気に病んでも仕方ない。多分奥のほうに進んでいったら、ダンジョンマスターがいるからね。逆に進んでいきゃ取り敢えずは大丈夫でしょ」

「確かに……それもそうね。慌てるほどのことでもないか。でも準備はさっさとしていきましょ」


 有栖に促され、各々で手早く荷物をまとめる。

 といっても荷物など元々ほとんど無いため、さっさと支度を終える。

 

「よし、じゃあ行こうか」


 杉原が声をかけ、全員が立ち上がり歩き出した。

 ひとみが先頭を行き、その後ろを一列になってついていく。

 隊列を組み、そのままダンジョンマスターから離れていく予定だった。

 しかし、――気付くべきだった。

 罠に掛かった元親とひとみ、彼女達を襲った統制の取れすぎたスケルトン達、そしてダンジョンマスターの方向に引き寄せられたこと。

 考えれば分かるはずであった。

 ダンジョンマスターが、明らかに意思を持って干渉しているということに。


「待って!! 全員止まるんだよー!!」


 ひとみの鋭い声に、隊列が止まる。

 まだ数十メートルしか進んでいないというのに、どうしたことかと杉原達は首を傾げた。

 ひとみの頬からは冷や汗が流れており、明らかに何かまずいことが起こっていた。

 その様子から事態を察した元親が、ひとみに言葉をかける。

 

「なあ、一体何が――」

「全員退避!! 早く向こうに走るんだよー!!」


 しかしその前に、ひとみが声を張り上げた。

 叫びながらひとみは踵を返して走り出した。

 他のメンバーで最も反応が早かったのは杉原だった。

 最後尾にいた彼は両手に銃を構え、駆け出した。


「オイ!! お前らも早く来い!! よく分からんがやばい気がする!!」


 この中でも特に危機察知能力の高い2人の行動に、他のメンバーも動いた。

 これまでの進行方向とは逆向き――つまりはダンジョンマスターの方向に駆け出した。

 すると同時に、ダンジョンの天井が音を立てて崩落を始めた。

 まるで杉原達をダンジョンマスターの方へ追い立てるように、砕けた瓦礫が彼らに迫る。


「な、何よ!! これ!! 何でダンジョンが崩れてるのよ!!」

「知らねえよ!! 僕に言われても!!」

「オイオイ!! こっちにはダンジョンマスターがおるっちゃろ!? こんまま行ってどげんすっとか!?」

「背に腹はかえられないんだよー!! 生き埋めになりたいのー!?」

「クッソ!! 行くしかないんだぜ!!」

「全く!! 次から次へとなんなのでございますか!!」


 悪態をつきながらも、崩落から逃れるために全力で走る。

 やがて通路の先には、不気味な雰囲気を漂わせる門があった。

 どう見てもラスボスの間への扉にしか見えない。

 舌打ちしながらも、杉原は大声を張る。

 

「しゃあねえ!! このまま死ぬより一か八かあの扉の中に入るぞ!! 全員腹括れよ!!」

「あーもう、面倒臭かなあ!!」

「じゃ、立ち止まって生き埋めになるわけ?」

「それも御免だぜ」

「では、行くしかないでございますね!!」

「お兄さん!! 行くんだよー!!」

「オッケー!! じゃあ行くぜ!!」


 杉原は走って勢いをつけたまま跳躍し、思い切り扉をドロップキックで蹴破った。

 崩落も部屋の中では起きず、間一髪で全員が部屋に滑り込み、何とか無事に逃げ延びることが出来た。


「いって、全員無事か?」


 ドロップキックの着地に失敗し、腰をさすりながら杉原はそう仲間達に尋ねた。

 そして全員の無事を確認した際に、気付いた。

 有栖が呆然と部屋の奥を見つめていることに。

 杉原は、有栖の視線の先を辿り――見つけた。

 張り巡らされた糸の中で、褐色の肌に紫の計六つの目、クセのある金髪を短く切り、両手の爪は長く、極め付けに下半身は蜘蛛のようになっている少年が立っていた。

 それは、杉原達のよく知る人物に似ていた。


「珍しい。というか、初めてかな。お客さんが来るのは」


 その声に、有栖がポトリと落とすように呟いた。


「……有耶」


弥蜘蛛(やくも) 有耶(ゆうや) 半蟲族(ハーフバグズ) 蜘蛛人間(アラクネ)種 ??歳 男性 

Lv ?? 職業 ダンジョンマスター


 有栖に似ているのも当然であった。

 なぜならば、彼は弥蜘蛛有栖の弟、弥蜘蛛有耶であったからだ。

 だが、ありえないはずだった。

 彼の顔は杉原もひとみも見たことがあるため、2人もここにいる少年が有耶であることは見て分かった。

 しかし、彼は死んだのだ。

 杉原達が助けようとした時には時既に遅く、有耶たちを奴隷にした男達に殺されていたのだ。

 その亡骸は、杉原もひとみも有栖も、ここにはいない黒渡もまた確認しており、更には墓を作って埋葬までしたのだ。

 弥蜘蛛有耶はもう死んだ。

 それはゆるぎない事実であった。

 だが、弥蜘蛛有耶は生きてここにいた。

 その事実に有栖だけでなく杉原とひとみも、思考が止まる。


「……オイ。オイっち!! 何ばしよる!?」


 青華にそう呼びかけられるまで杉原の思考は停止していたが、そこでやっと我に帰った。


「え? あ、何だ?」

「何だ? じゃなかぞ!! あの少年は誰なんね!? 弥蜘蛛さんにようにちょうばってん(よく似てはいるけれど)」

「……彼は、弥蜘蛛有耶。人間に殺された、弥蜘蛛ちゃんの弟だ」

「殺された!? ですが、あそこにいるではございませんか!?」

「だから悩んでるんだよ!! おかしいんだ!! 死んだはずなんだ!! 彼が亡くなったのは、僕もひとみちゃんも弥蜘蛛ちゃんも、皆で確認しているんだ!! 墓を作って焼いてお骨にまでして弔った!! こんなところで生きているはずが無いんだ!!」

「じゃ、じゃあアイツは誰なんだぜ!!」

「分からないんだよー!! そんなの!!」


 この場で事情を知った青華たちにも動揺が広がる。

 死んだ人間が蘇る。

 それはありえないことであった。

 この世界では、病気に関する医療技術に関しては旧時代に劣るが、怪我に関しては寧ろ高い医療技術を誇る。

 回復魔法のお陰である。

 しかし、それでも死者を治すことはできない。

 それは最早医療ではないからだ。

 死者を治すなど、ましてや骨にまでして埋めた少年を蘇らせることなど、できるはずも無かった。

 それが何故か、生きていた。

 普段は飄々としている杉原も、額に汗を浮かべつつ、有耶の事を見ていた。


「……有耶。あなた、有君なの?」


 そう言ったのは、顔面を蒼白させ、荒く息をする有栖であった。

 この中で最も動揺しているのは有栖だった。

 当然だった。

 死んだはずの自分の愛する弟が、生きていた。

 動揺しないはずが無かった。

 自分に呼びかけた有栖を見て、有耶は眼を丸くした。

 

「……そんな、まさか。あなたは……」

「そう、そうだよ。分かる? 私……、有栖だよ。あなたの姉の、有栖だよ」

「……姉さん!!」

「有耶!!」


 涙ながらの有栖の言葉に、有耶もまたその眼にうっすらと涙を浮かべて応えた。

 喜びのあまりに両手を広げ、駆け出そうとした。

 有耶もまた両手を広げ、有栖を抱きとめようとした。


「――待てよ」


 だがその感動の姉弟の再会は、杉原によって止められた。

 ガシッと有栖の肩を掴み、彼女を止めた。

 当然、有栖は苛立ち、言った。


「何するのよ!! 有耶に――弟に会えたのよ!!」

「ああ、彼が本物だったら抱きしめて来いよ。でもその前に確認させろ。君の弟の有耶君は、君の事を『姉さん』と呼んだか?」

「……え? 何言ってるのよ!! 姉弟なんだから当然じゃない!!」

「本当かい? もしかしたら、『姉ちゃん』とかじゃなかったか? いや確か有耶君は、君の事を『お姉ちゃん』と呼んでいなかったか?」

「――ッ!!」


 その言葉で、有栖は察した。

 有耶が有栖のことを呼ぶ時は、『お姉ちゃん』と呼んでいた。

 小さい時からずっとそうで、亡くなる前に残していた手紙でも、『お姉ちゃん』と表記していた。

 その手紙を読んだ杉原は、おぼろげながらも有耶の姉の呼び方を覚えていた。

 故に、有耶が先ほど言った言葉にも疑問を持ったのだった。


「……そうだ。有君はずっと私のことを、『お姉ちゃん』と呼んでいた」

「でも、さっきは『姉さん』って呼んでいたんだよー!!」

「ああ、そうだ。その場の状況や成長次第では家族の呼び名も変わるだろうけれど、それでも親しい人の呼び名は基本的に固定される。急には変わらないはずだ。でも今の呼び方は、これまでとは違った」

「それに、死人が蘇るはずもねえんだぜ!!」

「つまり、やっぱりこの有耶君は偽者っちことでよかと?」

「そうでございましょうね」


 杉原達はそう結論付け、武器を構える。

 しかし、それでも有栖は納得できない。

 自分の死んだはずの弟、何よりも護りたくて、護れなかったはずの弟。

 その彼を目の前にして、有栖は動揺していた。

 動揺し、狼狽し、頭をかきむしる。


「ま、待ってよ。じゃあ、あの子は誰なの? 私の弟じゃないなら、有君じゃないならアイツは誰なのよ!?」


 喉を引き裂かんばかりに声をあげる有栖を、有耶は何故かにこやかに見ていた。

 そんな有耶を睨みつけながら、杉原は声のトーンを落として言った。


「……もしかしたら、このあたりに有耶君の墓があったのかもしれない」

「え……?」

「前に彼の墓参りに言った際に気付いたんだ。洲岡との決闘の場所と、有耶君を埋葬したあの湖畔はそう離れてはいなかった」


 杉原達の現在の拠点にして、ヒガシミヤコ王国王都アラタヤド。

 その東側には豊かな森が広がっている。

 お陰で材木や薪などには困らず、重宝されている。

 有耶を埋葬したのはその奥にある湖の湖畔、杉原が洲岡と決闘したのはそこから大して離れていない森の中であった。

 具体的な距離は分からないが、迷宮(ダンジョン)化に巻き込まれた地点と有耶を埋めた場所がダンジョンを通して繋がっていたということは十分に考えられる。

 そしてその有耶が、ダンジョンマスターとなっている。


「なあ、緑川さん。元親君。生物の遺骨から元の肉体を復元する、なんてできると思う?」

「……少なくとも俺は聞いたことねえぜ」

「そうでございますね。私もよくは知りません。……しかし、禁術となっている魔法にそうしたものはあったかもしれません。――死霊魔法と言い、150年ほど前に『死者への冒涜である』として禁止されたものです。今では使えるものはほぼいないとは思いますが……」

「なるほどね、可能性としてなくはないか。ありがとうございます。で、……ここから考えられることは、弥蜘蛛ちゃん」

「……誰かが、有耶の死を弄んだ」

「ってことだろうね」


 憎憎しげに有栖は呟き、杉原もこめかみに青筋を立てる。

 その様子を見ていた有耶は、浮かべていたにこやかな笑みを、ぐちゃぁと潰し、汚らしい笑みを浮かべた。

 

「イヒヒ。アハハハ!! アハハ!! イヒヒ!! エヘヘ!! オホホ!! ああ、ばれた? ばればればればれ、ばれちゃった? つまらないなあ。うん、そうだよ。いい死体があったから、お、俺の人形にしたんだ。い、いいだろ?」


 と、それまでとは明らかに違った口調で有耶は――否。

 有耶の形をした何かは、そう言った。

 その言葉に、有栖の中で何かがブチリと音を立てた。


「……アンタが、何をしたい誰なのかは知らないわ。でもそんなのはどうでも言い。私は、有耶の死を冒涜するアンタを許さない!! やっと安らかに眠ったのに、死んでまであの子を不幸にするな!! それが理解できないのなら……、私がアンタを叩き潰す!!」


 有栖は泣きながら声を張り上げる。

 そして両手の爪の先から輝く糸を伸ばす。

 弟を呪縛から解き放つために、有栖は全霊を賭して戦うと誓った。

 それに呼応するように、杉原は銃を構え、青華は拳を握り固め、ひとみは棒手裏剣を握りこみ、元親は剣を抜き、縁は盾を掲げる。

 彼らの付き合いは、浅い。

 一番旧い杉原と有栖、ひとみ達でさえ結局のところまだ一ヶ月ほどの付き合いだ。

 それでもその中で、命をかけて共に戦ってきた。

 であれば、それだけで胸を張って仲間だといえる。

 その仲間の家族が侮辱された。

 有栖以外の全員にとっても、戦う理由は十分すぎるほどに存在していた。


「弥蜘蛛ちゃん。僕らも力を貸すよ」

「……ありがとう。さぁ、行くわよ!!」

「アハハ!! イヒヒ!! エヘヘ!! オホホ!! 来いよおぉおお!!」


 迷宮での、最後の敵との戦いが始まった。


こんなタイミングでなんですが、キャラが増えたのでそれぞれの喋り方まとめです。

杉原→一人称僕。ノリ軽め。

有栖→一人称私。「~だわ。~よ。~ね」とか。割りと普通。

ひとみ→一人称私。「~だよー」とか、語尾を伸ばす。

青華→一人称オイ。博多弁。

元親→一人称俺。「~だぜ」

縁→一人称私。「~でございます」とか。冬木柊は「です、ます」の単なんなる丁寧語なので、ちょっと違います。

そんな感じで区別してくださると大丈夫です。よろしくお願いします。

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