第30話 こいつ……、馬鹿なんだぜ
今回は軽い感じにしております。
「ああー。もう疲れたバイ!! なんもしたくなか!! うま○っちゃんば食って残ったスープにご飯入れて、体に悪かもんば片っ端から胃に入れて、そのままだらだらゲームしていたか!!」
「お前、ちょっと前まで責任感の強いお兄ちゃんだったのに、どうした?」
偶然見つけた水場の側で、全員が座って体を休める中で、青華が帽子を振り回しながらそう主張した。
杉原は縁のマジックポーチにあった食材を即席で作った鍋で煮込んでいた。
乾燥させた肉やきのこなどを水でそのまま煮込み、軽く塩を入れた程度だが、それでも腹は膨らむものだ。
そのため杉原がコトコトと鍋を煮込んでいたのだが、どうやら青華はこの閉塞空間のストレスにやられたらしい。
「だってえ、何か真面目な顔しすぎて顔疲れたし、風呂も入れんし、オイもう飽きたとよ。うま○っちゃん食いたか」
「うま○っちゃんはねえよ。いや確かにあれ安くてうまいけどさ」
「さっきから出てるうま○っちゃんって何よ?」
「とんこつ味の袋ラーメンやね。九州を中心とした一大勢力を持っちょるよ。特に福岡県民あたりの支持はパネえ」
「大体皆食ってるよな、あれ」
「旧時代のとか。知らないわよ、そんなの……」
有栖が呆れたように頭を抱えた。
しかし青華はストレスでやられたのではなく、どうもこの状況に飽きたらしい。
いや、飽きるも何も無いのだが。
だが彼は本当に何がしたいのか、「ごろごろー」と言いながら地面に寝ると、そのまま転がって遊んでいた。
幼児のようだ。
「……洲岡ってそんなキャラだったけ?」
「元々こんなもんよ。初登場はテンション高かったろうもん」
「ああ。そういやそうだったなあ」
「もう飽きたばーい」
「子どもか!!」
青華は有栖のツッコミにもめげずに、転がり続けていた。
仕方なく、転がり続ける青華を放置し、元親が口を開いた。
「ところでお前ら……、一体どうやってあんなにタイミングよく助けに来れたんだぜ? それにひとみの棒手裏剣も……あんな武器どこで使い方覚えたんだぜ?」
「ん? ああ、そうだね。ま、大した話じゃないよ。僕らが君達を見つけられたのは、緑川さんと、弥蜘蛛ちゃんのお陰さ」
「そうでございますね。私の持っていたブラウンスライムで、元親様の大体の位置は分かっていたのでございます」
「あ、やべえぜ。俺もそれ持ってるの忘れてたんだぜ……」
「いや、もうちょっとしっかりして欲しいんだよー」
「ご、ごめんだぜ……」
こめかみに青筋を浮かべたひとみの視線に、元親は謝罪を口にした。
その様子に杉原、有栖、縁は苦笑を浮かべた。
やはりどうも元親とゆかりの間には何かあったらしい、と確信したからである。
「で、あとはまあ、弥蜘蛛ちゃんの糸だな」
「糸……だぜ?」
「ええ、そうよ。蜘蛛はね、巣に獲物が掛かったかどうかを、糸の振動で探知できる。単に雨や飛んできた枯葉と、囚われた虫なのかを振動だけで判断できるくらいの精度でね。私がやったのもそういうのよ」
有栖はそう言うと、糸を壁に向かって飛ばした。
それはまるで糸電話の糸のように、ピンと張られていた。
「こんな感じでね。壁や地面に糸を張っておけば、普通は感知できない微弱も感知できる。これで私はアンタ達が暴れまわってる際に発生した、微弱な振動を感知していたの」
「……なるほどな。そんな能力があるとは、驚きなんだぜ」
「わぁい!! お姉さんのお陰だったんだねー!! ありがとうお姉さん!! だいすきっ!!」
「こ、こら!! ひとみ!!」
自慢げに解説するひとみの胸に、ひとみが満面の笑みで飛び込んだ。
有栖は何とかその薄い胸で、ひとみを抱きとめた。
受け止めた有栖は照れで顔を赤らめている。
口では拒んでいるが、体は正直なようだ。
「いやあ、好きですねぇ」
「そげんですねえ。年上お姉さんと年下少年のおねショタは増えて来とりますが、オイとしてはお姉さんとロリっ娘のおねロリも増えてよかですね」
「いやあ、好きですねえ」
「番外編として、ニューハーフお姉さんと男の娘ショタもよかですねえ」
「いやあ、好きですねえ」
「あの……、子どももいるのでそう言うのは控えて欲しいのでございますが……」
まあもっと正直な男2人も居たが。
因みに、温室育ちの元親は、性に興味のある年頃ではあるのだが、これほどマニアックな会話を理解することはできていなかった。
ピュアな少年なのだった。
童貞をこじらせてしまった連中とは違うのだ。
「……で、ひとみの棒手裏剣は結局どこで覚えたんだ?」
「んー? アレはねぇー、冬木さんに教わったんだよー」
有栖に頭を撫でられ、にこにこと機嫌の良いひとみがそう返した。
因みに頭を撫でている有栖の方も、まんざらではない表情である。
「冬木さん? 冬木柊さんか。一応俺も面識はあるが……、棒手裏剣まで使えるのか、あの人。魔法使いだったよな、……一体どこに行きたいんだぜ」
「師匠はまあ、世の中の大抵の武器は使えるんじゃねえの? 僕に拳銃の使い方教えてくれたのも師匠だしな。というか四木々流はあるものは片っ端から使うからな」
「そうやって、考えると、四木々流って本当に特殊よね」
何の気無しに言う杉原に有栖が苦笑した。
四木々流はよく言えば確かに万能であり、オールラウンダーなのだが、悪く言えば節操も無いのだ。
杉原はその程度のことは気にしないが。
「まあ、そこらへんはなんでも良いんじゃね。……よし、ご飯できたよー」
「お、腹減ったバイ。ありがとう母ちゃん!!」
「誰が母ちゃんだボケ。お母様と呼べ」
「いや、お母様でもないわよ」
仕様も無い漫才のような会話を挟みながらも、やっと杉原達はしばらくぶりにまともな食事にありついたのだった。
「はあ、美味しかったのでございます」
縁がほっこりした笑顔でそう言った。
他のメンバーも満足そうに頷いていた。
ほんの2、3日程度ではあるが、閉塞空間で戦い続けていた疲労は生半なものではなかった。
しかし、空腹が収まれば他の欲求も出るものだ。
「……ただ、体とか洗えたら、洗いたいのでございますが」
と、控えめに縁が主張した。
地中であるため、時間の流れは分かりにくいが、それでも2、3日は経過しているだろう。
その間戦い続け、汗と土にまみれた体は、流石に不快だ。
汚れを落とせるものなら落としたいところである。
「え? じゃあ、そこに水場あるんだから入ってくれば?」
「いや、だから離れててって言いたいんだよー……」
「あ、そういや性別違ったんだったね」
「普通忘れないでしょそんなもん!!」
どうでもいいジョークを挟みつつも、女性陣の主張も理解できる。
仕方なく、杉原、青華、元親の3人は水場から離れた。
この水場は、ダンジョンの通路から伸びる細い横道を通ったところにある、20畳ほどのスペースに出来た泉のようなものだ。
恐らくこのあたりにあった地下水が、ダンジョン発生に伴い僅かに漏れて溜まっているのだろう。
もしこのまま水が溢れるようなことがあれば、ダンジョンマスターが何とかするだろうが、現状では何の問題も無いため、放置されているらしい。
杉原達は横道を通り、外の通路に一旦出た。
そして見張りも兼ねて、そこに腰を落ち着けた。
「じゃ、悪いけどよろしくね。終わったら交代するわ」
「ほいほい、オッケー」
「……一応言っとくけど、覗いたら頭に爪刺すからね」
「いや、お前のはよか」
「死ね」
「ぎゃあああああ!! 超いてええええええ!!」
「こいつ……、馬鹿なんだぜ」
その過程で青華が有栖に爪で刺されたが、それ以外どうと言うことは無かった。
悶える青華を放置し、有栖、ひとみ、縁は泉に向かい、杉原達は外に待機していた。
「……いやマジでさ。本当に短い時間だったのに、君とひとみちゃん仲良くなったね。俺あの子と仲良くなれたの割と最近なんだけど」
胡坐を掻き、背中を壁に委ねていた杉原は、元親にそう言った。
その言葉に、元親は軽く唇をもごもごと動かし、やがて言った。
「別に……大したことはねえぜ」
そっけない言葉ではあったが、自然な笑みを浮かべる元親に、「ふぅん、そっか」とだけ杉原は返した。
「覗きに行くバイ!!」
「お前……わりと真面目な雰囲気だったのにさ、この状況でよくぶっ込んで来るよね」
起き上がるなり、青華はそんなことを言い放った。
流石の杉原もこれには呆れたような顔で言葉を返した。
しかし、青華は親指で泉のほうを指差し、更に耳をすませるジェスチャーをした。
よくは分からないが、言われたとおりにする杉原と元親。
「……お前、何してえの?」
「シッ! ……静かに」
「なんなんだぜ……全く」
「――うわあ!! 緑川さんって胸大きいんだねー!! 着痩せするんだー!!」
「い、いえ。それほどでもないのでございますよっ!」
杉原達の耳に届いたのははしゃいだ様子のひとみ達の声であった。
鼓膜に届く少女達の声に集中する杉原と青華、顔を真っ赤にしながらも身じろぎ一つせず聞き耳を立てる元親、ここには馬鹿共を止める人間は居なかった。
「ええー!! でも大きいよー。ウチのお母さんも胸大きかったけど、緑川さんも大きいねー。肌も白いしー」
「ほ、本当にそんなことはないのでございますよ!! 私なんて、筋肉ばっかりの騎士ですから!!」
「んー? でもその分締まって良い体してるんだよー」
「ほ、本当でございますか!? てっ、照れるのでございますよぅ!」
杉原はその声を聞くと、拳を握り固め、更に親指だけをグッと立てた。
青華もまた同じように親指を立てると、そのまま杉原と青華は拳と拳を叩き付け合った。
馬鹿な友情が一瞬で築かれた瞬間であった。
一方、元親は慣れない刺激に対して、頭から湯気でも出ているのではないかというほどに顔を赤らめていた。
それでも元親は聞き耳を立てる。
青華と杉原は言わずもがなである。
「ほら、わき腹のラインとか凄く良いんだよー」
「ひゃあん!? そ、そんなとこ触ったら駄目でございますよ!!」
「あれ? 緑川さんってわき腹が苦手なんだねー。じゃあ、ていやー!」
「んっ! あっ、ちょ、だ、駄目でございま――ひゃん!!」
「――ひとみィ!! お前そこ変われェ!!」
「落ち着け!! 聞こえたらまずかぞ!!」
「……アバーッ!!」
エキサイトする青華と杉原だったが、更に元親は興奮しすぎたらしい。
のぼせて地面に倒れこんでしまった。
「も、元親君!! しっかりしろ!!」
「お、……俺はもう駄目だぜ。先に……逝くんだぜ」
「クッ! お前の死は無駄にせんけんな(しないからな)!! ……よし、杉原。俺達だけでも何とかして覗くバイ!!」
普段なら「いや、いくらなんでも覗きはまずいだろ」、と杉原は言っていたろう。
しかし杉原もまた童貞であった。
色々こじらせているとは言え、女性陣がすぐ近くで着替えており、しかもその話し声まで聞こえる。
興奮しないはずが無かった。
「……よし!! やるしかねえな!! 逝くぞ!!」
「オウ!! 赤信号みんなで渡れば怖くない!! 童貞も、2人で除けば怖くない!!」
童貞であるということを自分からカミングアウトした青華。
それでよいのだろうか。
本人は気にしていない様子だが。
しかし細かいことは委細構わず、杉原と青華は覗こうとしていた。
「――巨乳に火をつけたら、よく燃えるんじゃないかしら?」
無駄に五七五で揃えたスローガンを掲げ、こっそり泉を覗こうとしていた杉原と青華、はしゃいでいたひとみと縁。
全員の心を凍てつかせるような、まるで魔女の鍋の底で煮詰まったどす黒い何かのような、そんな声が響いた。
それは当然のように、有栖の言い放った言葉だった。
「……あ、あはは。や、弥蜘蛛さん? じょ、冗談がブラック過ぎるのではないのでございませんか?」
「あなた……、私の眼を見てそんなこと言える?」
「あ。あ、いえ、なんでもないのでございます」
「……オイ、ソッチの馬鹿野郎共」
「「は、はい!!」」
「……覗いたら殺すって言ったろ? もう忘れたのかよ、クソ共が」
「あ、いや、そう言うわけじゃないんですけど……」
「だったらすっこんでろ。手前らみたいな粋がったのがなァ、自分達も碌なスペックじゃねえ癖に女をディスるんだよ。死んでろ、カス共が。……ペッ!!」
びちゃ!! という音で、その光景を直接見ていない杉原達にも、有栖が地面に唾を吐き捨てたのだと察することが出来た。
およそメインヒロインとは思えぬ暴挙であった。
「お姉さん……。ほら、もう気にしなくて良いよー。ごめんねー」
「べ、……別に気にしてないし」
「あ、あの、ほら自分で揉んだりとか、豆乳飲んだりすると良いって聞くのでござ――」
「その程度、私が試してねーとでも思ったか? この牛乳がァ」
「……すみません」
「緑川さん、謝られるとお姉さんがもっと悲しくなるから止めてあげてねー」
「は、はいでございます……」
「……お姉さん、お姉さんも大変だったもんねー」
「わ、私だって……。好きでこんなのじゃないもん……。う、ヒック……。何でたかだか水浴びで、こんな精神攻撃喰らわなきゃいけないのよ……」
「そうだねー。しょうがないもんねー。今日は私がお姉さんの髪の毛を洗ってあげるからねー」
「……ありがと」
「それは言わない約束だよー」
有栖がひとみに慰められている間、杉原と青華も覗きをやめ、そのまま引き返した。
そして、倒れる元親を放置して、二人は背中を壁に預けて、腰を下ろした。
しばらく二人は口を利かなかったが、やがて杉原が口を開いた。
「……漫画とかじゃさ。こういう水浴びとか風呂場って、ラッキースケベのポイントだよなあ」
「そげんやな……」
「現実って、……世知辛えなあ」
「そげんやな……」
こうして、誰も得をしない水浴びが静かに終わった。
いや、良いところで倒れた元親だけは幸せだったのかもしれないが。
しかしそれ以外の者は疲れきっていた。
現実とは、無情なのだ。
あの有栖のノリは、昔僕がとあるホラーアニメを見ている際に、一緒にいた母と姉が「何でこんなに腰が細いのに胸まであるの?」とか、剣呑な眼で言っていたときの事を思い出しながら書いていました。
女性って大変ですね。
なお、覗きは犯罪行為ですので、皆さん止めましょう。
覗き、駄目絶対。




