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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
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28話 流石に……、きついんだぜ

 ズドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! と、銃声が響き、無骨な土製のゴーレムの頭部を破壊するが、頭を壊されてもゴーレムの動きは止まらない。

 高く拳を振り上げ、目の前の人間達を肉塊にすべく、全力の殺意を持って振り下ろそうとした。

 しかし、その腕を煌く糸が絡めとり、動きを封じる。

 その隙に一閃の刃と、一撃の拳がゴーレムに叩き込まれ、胴体が木っ端微塵に砕けた。


「あがあああああああッ!!」


 重低音の断末魔とともに、ゴーレムは灰と化して消えた。

 その様を確認して、杉原達は軽く息を吐いた。

 

「ああ、やたらとタフだったな。疲れちゃったぜ、僕ァ」

「無駄口叩く暇があったら、先に行くわよ」


 ひとみと元親が、杉原達と別れてから既に6時間近くが経過していた。

 疲労もかなりたまっている。

 しかし、杉原達は迷宮(ダンジョン)の擬似生物達に阻まれ、更に入り組んだ地形もあり、思うように進めず未だにひとみ達と合流できずにいた。

 そのことに対し、有栖は苛立ちを隠しきれていない。

 汗を拭いながら杉原の放った軽口に、不快感を隠そうともしない様子で応えた。

 洲岡は有栖の様子に、帽子を外して頭を軽く掻きながら言った。


「弥蜘蛛さん、そげん慌てんと一先(ひとま)ず落ち着かんと。とりあえず居場所は分かるけん、追えるやろ」

「……追いつく前に死んだらどうするのよ?」

「その前にこっちが死んだら元も子もなかろう。戦い続けてそろそろ疲れてきたやろ。休まんば」

「そんな時間はないわよッ!!」

「弥蜘蛛ちゃん、熱くなるなってば。ホラー映画なら死んでるぞ?」

「五月蝿いわよ!! 何が映画よ!! 知らないわよそんなの!!」


 杉原が軽い笑みとともに言ったジョークに有栖は怒鳴り返した。

 流石にこの状況で、大して面白くもないジョークを言い放つ杉原もどうしたものかと思うが、それでも平時の有栖なら呆れ顔で流していただろう。

 それが出来ない有栖は、やはり焦っていた。

 これほど焦ってはいるが、有栖はひとみとも決して付き合いが長いわけではない。

 有栖とひとみの出会いは、奴隷として入れられた牢の中であり、そこからそう時を経ずに杉原と冬木、そして黒渡に出会っているため、杉原達と比べひとみとの付き合いの長さに極端な差はないのだ。

 それでも、ひとみは有栖にとって最も身近な同じ魔人であり、奴隷という境遇を乗り越えてきた唯一の仲間だ。

 決して同じ境遇というわけではないが、近しい境遇を乗り越えてきたのだ。

 今でこそ杉原に対してもかなりの信頼感を抱くようにはなったが、それでも有栖にとって最も信じられる特別な存在は、ひとみだ。

 そのひとみと危険なダンジョンという状況下で離れ離れ、ということは有栖にとっては大きなストレスになっていた。

 杉原も青華も、それくらいのことは分かっているものの、それでも焦ったところで仕方がないと寧ろ軽い調子でいるように努めているのだが、有栖にはそこまでの余裕はない。


「オッケー。分かったさ。だけど弥蜘蛛ちゃん、先走りすぎだ。また罠があったらどうするんだ? 落とし穴じゃ済まないかもしれないぞ?」

「分かってるわよ!!」

「……あの、仲違いはしないほうがよろしいのでございますよ」

「五月蝿いわね!! 元はといえばアンタの馬鹿な王子がッ――」

「――はい、その点については本当に申し開きようもないのでございます」


 有栖と杉原の会話に口を挟んだ縁に、有栖が激昂した。

 杉原と青華は、元親を馬鹿にした有栖の言葉に縁が怒りだすかと思ったが、対して返ってきたのは謝罪の言葉と深く頭を下げる縁の姿であった。

 杉原も青華も、そして怒鳴った有栖も、その縁の姿に面食らってしまっていた。

 ずれた眼鏡を直しつつ、杉原が口を開いた。


「君は……、盲目的に元親君に入れ込んでいるのかと、そう思っていたんだけれど?」

「ふふ、私は元親様のためにならいつでも死ねるのでございます。でもだからと言って、元親様の全てを信じているわけではございません。元親様は一本気な方ですが、その分どうにも……視野が狭いですから」

「そこらへんはまあ、認めているのね。でも、それならなぜ、あの王子に何も言わないの?」


 眉根に皺を寄せる有栖に、縁は苦笑した。

 構えていた剣を一度鞘に収め、盾だけ手に持ったまま軽く腰を下ろした。

 自然に休むような形になり、杉原も青華も腰を下ろした。有栖は逡巡していたが、結局嘆息とともに腰を下ろした。

 縁は他の三人の顔を見渡しながら、口を開いた。


「今のほかの王位継承者は、元親様とその2人の兄様、一親様と春親様ですが、あのお方たちはよくも悪くも(まつりごと)に秀でております。頭の回転は速いのでございますが、その分打算的でして。使えないものや興味のないものは切り捨てる冷酷な方達です。それを表向きに多少は隠しているので、為政者として間違ってはいないのでございましょうが……」

「ま、そりゃ僕なら好んで仕えたくはないわな」

「ええ、単に人格で比べれば、元親様が最も立派です。青く幼くとも、いつかは立派に育つと私は信じているのでございます」

「……やったら、今からきちんと言うべきことは言うべきではなかか?」

「そうでしょうね。そうなのでございましょうね。……でも、そう簡単に元親様の行動に口を挟みたくないのでございます。もし……もしも、あの方が私の余計の一言のせいで、真っ直ぐな気持ちをなくしては、兄様方のように心でなく計算で動くようになってはと思うと……、元親様の行動を軽々には否定できないのでございます」

「そりゃそうなんだろうけどねー。僕としちゃあ、あの子を適度にリードできる子は必要だと思うぜ」

「一応、執事の洗馬須(せばす)様と元親様の乳母の女性が、元親様の頭が上がらない数少ない人物ではあるのですが、お二方とも戦える人物ではありませんので……。こうした場には居られないのです」

「うーん、そうなのか。元親君の青臭さは、確かに冷徹な王位継承争いの中では美しく見えるかもしれないけど、マジで気をつけないと部下を殺すよ。あの少年は。そしてそうなったら、それこそあの少年は折れるんじゃねえのか?」

「……ええ、そうでございますね。でも、それでも……私にはどうしたら良いのか、分からないでございますよ。だから、だからせめて……、私はあの方の剣となり、盾となりたいのでございますよ」


 縁は、そう吐露した。

 真っ直ぐな元親の心を慕う一方で、同時に元親の危うさも分かる。

 太陽に向かって、硬く伸びた木は、しなることを知らない。

 それゆえにボキリと折れる。

 今の元親はそれなのだ。

 自分の望む太陽に向かって伸びていってはいるが、それゆえに他が見えない。

 王となるにはそれでは駄目だと、縁も理解している。

 しかし、剪定を違えれば木は傷む。

 もし下手なことをして、成長が止まれば元も子もない。

 縁はそれが怖かった。

 何かをどこかで間違えて、元親が立ち枯れてしまったなら、王を継ぐのは2人の兄のどちらかだったが、縁は一親と春親の狡猾さを嫌っていた。

 2人に仕える気にはなれなかった。

 元親を王にするためになんでもするつもりだったが、具体的にどうしたらいいのかも分からない。

 縁の家系は武人の家系であり、そんな家に生まれた縁もまたその態度に反して不器用な武人なのである。


「本当に、……私は一体どうしたら良いのでございましょうかね?」


 自嘲気味に微笑みながら、そう縁は呟いた。





「ああ、もう! だからそっちは罠があるから駄目だってばー! 足元の地中にトラバサミか何かがあるから、危ないんだってばー!!」

「え、あっ、ごめん……なさいだぜ」


 一方で、そんな縁の思いを知らないひとみは元親を平気で叱り付けていた。

 もちろんそれは必要なことではあり、ひとみはそうする必要があるため叱るようなことを言っているのだが、一国の王子を魔人の奴隷が怒鳴りつけるというのは、下手をすればその場で打ち首、切捨て御免となってもおかしくない。

 江戸時代の切捨て御免というのは、存外に基準が厳しく、場合によっては切り捨てた武士の方が処罰されることもあったが、ただしそれは武士がやりすぎた場合だ。

今のひとみの態度は罰されてもおかしくない。

 不敬罪である。立派なものだ。

 ひとみもそれは理解しているが、命懸けのこの状況下で接待プレイなどできるものか。

 そのため、もう遠慮せずにものを言っているのである。


「この辺りはどうも罠が多いから、本当に下手すると死ぬんだよー。私もあなたも回復魔法は使えないんだから、気をつけるんだよー」

「あ、ああ。分かってるよ」


 そして何度も言うが、元親は怒られることに慣れていない。

 叱るのは洗馬須と乳母しかいなかったためだ。

 元親は確かに自分の意思を強く持っており、敵対する相手がいようとも、自分の信念を曲げようとはしない。

 それが杉原達の思う危うさであり、縁にとっての希望なのだが、しかし人間は不慣れな状況では後手に回りがちになる。

 敵対ではなく、正しい理屈で攻められ、叱られ、それが年下の魔人の少女、経験したことのない状況に、元親は戸惑いを隠しきれなかった。


(うぐッ! どうなっているんだぜ!! 部下に裏切られ、縁とも離れ離れ、初対面の卑怯者に馬鹿にされ、年下の女の子に叱られ、先導される。この状況は何なんだぜ!!)


 頭を捻って考えるが、どうにもよく分からない。

 初めて尽くしでどうしたらいいのか分からないのだ。

 これまでの人生において、考える暇があるなら自分を信じて突っ走れ、と自らに言い聞かせて進んできた元親にとって、深く考えることは苦手だったのだ。

 珍しく考え込んでいるために、足元が疎かになり、その度にひとみに叱られた。

 ハァ、と珍しく元親が溜息をついたときだった。


「敵襲!! ゴーレム!!」


 鋭いひとみの声が響いた。

 言葉通り、目の前で地面が隆起しゴーレムが現れた。

 体長は3メートルもないほどか。

 ゴーレムとしては小さい部類だが、今までひとみと元親は狭い通路を歩いてきていた。

 3メートルのゴーレムが立ち塞がれば、通り抜けられるほどの隙間はないのだ。

 戦いは避けられない。

 そう判断し、元親は剣を抜き、構える。

 しかし、ゴーレムは頑丈であり、剣戟よりも打撃の方が効く。

 剣では刃こぼれする可能性もあるのだ。

 いくらこのゴーレムが小さいといっても、元親一人では相性が悪い。

 そこで元親の前で構えたのは、ひとみだ。

 立ったままの軽い前傾姿勢、つまりはスタンディングスタートを取り、ひとみは軽く深呼吸した。


「お前、何してるんだぜ!?」

「流石にこの状況で、あなたに戦闘の丸投げはないんだよー。私が最初ひき付けるから、その後であのゴーレムを倒して欲しいんだよー。出来れば大技で仕留めてくれると助かるんだよー」

「な、何を言ってるんだぜ!! お前、闘える奴じゃないだろ!?」

「多少なら、戦えるんだよー。まあ、安心してみていて欲しいんだよー!」


 そう言うと、ひとみは不敵に笑った。

 そしてキッと目の前のゴーレムを睨みつけると、いきおいよく駆け出した。

 仕方なく、元親は舌打ちとともに剣を大上段に構えた。

 剣に魔力を纏わせ、一撃でゴーレムを屠るべく力を集中させる。

 ゴーレム相手の戦闘では、刃こぼれが起きることもある上、下手をすれば剣が折れることもある。そうならないようにオーバーキルといっても過言ではないほどに力を込める。

 全力の一撃必殺、それが最適解だと元親は判断したのだ。

 一方でゴーレムは、駆け寄るひとみに焦点を合わせ、拳を構えた。


「――フッ!!」


 しかしそこで、ひとみは自分の着ているポンチョの下から輝く一本の太い釘のような、細い杭のようなものを取り出した。

 棒手裏剣と呼ばれる投擲用の武器である。

 助走の勢いを込めて、ひとみは軽く息を吐くと同時に棒手裏剣を投擲した。

 ゴーレムの顔の中心に、棒手裏剣が突き刺さった。

 ゴーレムは擬似生物であり、実際の生物とは構造が異なる。

 そのため、顔はモアイのようにそれらしい形があるだけで、目も口もないのだが、それでも顔を攻撃されると怯む。

 突き刺さった棒手裏剣に気を取られ、構えを解いた。

 その代わりに、大きく前に踏み込むと同時に足を振り上げ、迫り来るひとみに前蹴りを放った。

 しかし、それがひとみの狙いだった。

 ゴーレムとしては小さいとは言え、小柄なひとみが身を屈めればその股をくぐるくらいはできる。

 ひとみは棒手裏剣を投げた勢いを利用して、そのまま体を屈め前転の要領で転がり込んだ。

 ゴーレムの蹴りがわき腹を掠めたが、直撃はせず、何とかひとみはゴーレムの背後に回ることに成功した。

 しかし、慌てていたせいで受身も取れずに無様にゴーレムの背後に倒れこんだ。


「ううッ!!」

「ぐおおおおお!!」


 その隙を逃さず、ゴーレムが雄たけびとともにひとみに攻撃を加えようとした。

 しかし、それは敵わなかった。

 二兎追うものは一途も得ずというように。

 そしてもっと言うのであれば、誰かの背後を狙うものは、自らの背後にも心せねばならなかったということだ。

 

「一社流剣術ッ!! 舞秘(まいひめ)ッ!!」


 業火とともに、剣閃がゴーレムを切り砕いた。

 末期の叫びを上げ、ゴーレムは塵芥と化した。

 溜めの時間がかかるが、舞秘は元親の持つ特に強力な攻撃である。

 一撃でも、小型のゴーレム程度は破壊できた。

 安堵の息をつき、元親は剣を鞘に収めた。


「ふぅ。何とか勝てたぜ。しかし、お前思った以上に度胸があるんだぜ。正直見縊って――。オイ!! どうしたんだぜ!!」


 そこまで話しかけたところで、ひとみが動いていないことに元親は気付いた。

 慌てて元親はひとみに駆け寄った。

 ひとみは軽いうめき声をあげ、なんとか上体を起こした。

 青い顔をしつつ、脇腹に手を当てると、「痛ッ!!」と声をあげた。

 しかし、ひとみはできる限り平静を保って立ち上がった。


「だ、大丈夫……だよー」

「大丈夫じゃねえぜ!! お前、もしかして……肋骨が折れたのか?」

「……ッ!!」


 ひとみは歯を食いしばり、無言で応えた。

 しかし、それは何よりの返答であった。

 ゴーレムの蹴りがわき腹を掠めた際に、肋骨が折れていたのだ。

 だが、悪いことは重なるものである。

 ひとみ達の前に、ぞろぞろと骨の兵士であるスケルトンが現れたのだ。

 総勢は25体ほど、しかもそのうち5体は巨大な骨の突撃槍(ランス)と盾を持つスケルトン上位種、スケルトンナイトであった。

 

「ちょっと、まずいんだよー」


 ひとみは苦笑し、呟いた。

 その顔からは冷や汗が流れていた。

 スケルトンナイトはスケルトンと比べ、防御、攻撃ともに高い能力を持つ。

 スケルトンナイト5体だけなら、元親にも一人で対処できるが、更にスケルトン20体、加えて怪我人のひとみもいる。


「流石に……、きついんだぜ」


 ひとみと元親は、追い込まれつつあった。


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