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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
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28話 この馬鹿!!

「――追わなきゃ!! ひとみが!!」

「待て。ひとまず落ち着いてくれ、弥蜘蛛ちゃん。洲岡、ここの地面を殴ってぶち抜いてくれ」

「オウ」


 動揺する有栖を杉原が宥め、洲岡に指示を出す。

 洲岡は拳を握り、先ほど元親が踏み抜いてしまった地面の辺りを打ち抜いた。

 轟音と共に、地面に穴が開く。

 かなり暗いが、よく見れば穴は徐々にカーブしながら掘られていることが見て取れる。


「ありがとう、洲岡。さて、一応確認するか。だれか、ちり紙とか持ってないかな?」

「えっと、私のものでよければございますが、どうするのでございますか?」

「杉原!! 何してるのよ!! もうひとみは落ちてしまってるのよ!! 急がなきゃ!!」

「気持ちは分かるけど落ち着けってば。気を急いたら、ひとみちゃんも僕らも全滅だ」


 狼狽する有栖を宥めながら、杉原はちり紙に魔法で火をつけ、穴の中に落とした。

 ちり紙は燃えながら落ちていき、途中でカーブに引っ掛かって止まったが、そこでもしばらくは燃えていた。


「何ばしよると?」

「昔小説で呼んだ。洞窟の中とかだと、酸素濃度が少ないこともあるらしいからさ、こうやって物を燃やして酸素濃度を確認するんだ。でもまあ、火が消えるレベルで酸素が少ないと、わりと本気で危ないからさ。正直危ない穴には入らないのが一番なんだけどな。だがまあ、今は非常時だ。そんなことも言ってられない」

「ふうん、なるほどなあ。そげなんすっとか」

「もしこれで火が消えていたら、風魔法で酸素を送り込むなりなんなりしていたけど、多分いいだろう」

「じゃあ、早速ひとみ達を追いましょうよ!!」

「弥蜘蛛ちゃん、……この穴に入らなくね?」

「……え?」


 意気揚々と乗り込もうとした有栖に、杉原が困った顔でそう言った。

 この穴は決して大きくはない。

 子どもならともかく、背が高く肩幅も広い杉原では、通れなくはないが狭いのだ。

 そう考えると、この落とし穴にかかったのが体躯の小さい元親とひとみであったことが悔やまれる。

 そして有栖にいたっては、下半身の蜘蛛の体の部分が詰まるであろうことは明白だ。

 無理矢理入れば、足が千切れかねない。

 そのことに気付いた有栖は「うっ!」と呟き、冷や汗を流す。


「で、でも。じゃあ、どうしたらいいのよ!?」

「どーすっかなあ。緑川さん、何か連絡用の通信機とかはないんですかね?」

「いえ、魔道無線機とかは城にはありますが、何分高価なものですので。今は持っていないのでございます」

「ううん、そうか。じゃあ、やっぱり穴に入って追うか?」

「いや、ダンジョンのこういう罠は多少変化するとよ。例え同じとこに入ったち言うても、同じとこに行き着くかは分からんバイ」

「そりゃまずいな。どうしたもんかな? うーん、よし。――ひとみちゃあああん!! 聞こえるかあああッ!!」


 杉原は穴に向かって怒鳴った。

 しばらく音が反響していたが、音が響かなくなっても返答はなかった。

 どうも声は届いていないらしい。

 杉原は口元に手を当てて思案するが、元はただの高校生だ。

 迷宮(ダンジョン)で遭難した際の対応など分かるはずもない。

 しかし、そこで縁がハッとしたように、腰のマジックポーチからビンに入った琥珀を取り出した。

 いや、琥珀ではない。むしろスライムか何かのように、プルプルと小さく動いている。

 緑川はそのスライムらしきものを掲げ、満面の笑みを浮かべた。


「これがあったのでございます!!」

「……それはなんですかね、緑川さん?」

「これはスライムの中でも特殊な種類である、ブラウンスライムと言うのでございます!! こいつは生命力が強く、切り離されてもくっついて治ってしまうほどでございます。そしてたとえ、離れていてもよほどの距離でなければ、お互いがお互いを引き合うという性質を持っておりまして」

「なるほど、これの片割れを元親君も持っているのか」

「ハイ、誘拐にでもあったときのためにと持っておりましたが、こんなところで役に立つとは。これがあれば元親様たちを追えるのでございます」

「ほう。そげな便利なものがあるとか。で、今はどっち行けば良いと?」

「そうでございますね……。ふむ。とりあえず、斜め前の方にいるようでございますから、このまま進んでいきましょう!! よし、これで行けるのでございます!!」

「分かったわ!! 行きましょう!!」

「いやいやいや、待ってよ」


 そのまま勇んで歩き出そうとした有栖の手を杉原が引いた。

 そして、代わりに一番前にまで出ると、軽くしゃがみ地面の様子を確認しつつ、口を開いた。


「……多分、こういう穴は一個だけじゃない。弥蜘蛛ちゃん、それに緑川さんも、心配だとは思うけれど、二次災害には気をつけないと駄目だろ。見た感じ、元親君は弱くはないと思うし。まあ、頭は若干弱そうだが。でも、そこらへんはひとみちゃんがリードすればいいだろう。あの子はしっかり者だからね」

「確かに、元親様は丈夫な方ではありますが……」

「でも、ひとみはまだ子どもなのよ!?」

「安心しろ。僕らだって児童福祉法上は児童だ。あ、緑川さんは成人しているか。まあそこはいいか。何はともあれ、子どもでもひとみちゃんはしっかりしている。慌てなくて良い。確実に行こう」

「……そうね。分かったわ」

「……はい、分かったのでございます」

「よし。じゃ、杉原。頼んだバイ」

「オッケー。行こうか」


 杉原が最前列に立ち、道を確保しながら歩みを進める。

 確実に、着実に、ひとみ達を追って、進みだした。

 有栖はすぐに助けに行けないことをもどかしく思いながらも、杉原の後を追った。


(待っててね。ひとみ。私がすぐ助けにいくからね!!)




 ――一方でそのころ、ひとみと元親は2人でどこか見知らぬ場所にまで滑り落ちていた。


「クッソ!! あんな罠があるなんて、ミスったぜ」

「……だから待てって言ったんだよー」


 7畳ほどのスペースに、砂まみれになった2人は転がっていた。

 幸い、怪我は軽い打撲程度であった。

 元親の苛立った様子の呟きに、ひとみは苛立ちを含んだ半目――所謂(いわゆる)ジト目で返した。

 だが元親は、そんなことは気にも留めずに立ち上がり、剣に刃こぼれや損傷がないかを確認し、何もなかったことを確かめるとそのまま歩き出した。

 その様子にひとみは慌てた。


「ちょ!! 何やってるんだよー!!」

「決まっているぜ!! 進むんだぜ!!」

「待つんだよー!! ここがどこかも分からないのに、どこに進むんだよー!!」

「しばらくは道なりに進むしかないみたいだぜ!! なら迷ってる暇はないんだぜ!!」

「迷うとか迷わないとかじゃないんだよー!! 考えてから進めって言ってるんだよー!! さっきの穴からでも、頑張ったら戻れたかもしれないんだよー!!」

「あ、それは確かにそうだが……。だが、戻れるかも分からないんだぜ!! なら兎に角前に進んで、縁達と合流するべきだぜ!!」

「なら私が前に立つんだよー!! 罠があるか、あなたじゃ見抜けないんだよー!!」

「確かにそうだが、魔人だからと言って、罠を恐れて女を前に行かせられないんだぜ!! 俺はあんなに情けない眼鏡とは違うんだぜ!!」


 杉原に対する侮辱に、ひとみも流石に我慢の限界が来た。

 ぎろりと睨みつけながら、右の平手を大きく振り上げた。

 ビンタがくる、そう判断した元親は後ろに下がって回避しようとしたが、それがひとみの狙いだった。

 後ろに下げようとしていた元親の右足を引っ掛け、転ばせたのだ。

 元親は情けない声をあげて、受身も取れずに倒れた。

 ひとみとて、伊達に四木々流師範冬木柊と行動を共にしているわけではないのだ。


「ぐあ!! お前、何するんだぜ!!」

「あなたこそ、何を舐めたこと言ってるんだよー。私の前でお兄さんのことを馬鹿にしないで。大体、助けられたくせに何を偉そうなことを言っているんだよー?」

「ふ、ふざけるな!! 助けてなんて頼んでないぜ!!」

「うわあ、出たよ『頼んでない』。お兄さん達が行かなかったら死んでたんだよー? ……あの緑川さんも含めて」

「……ッ!!」

「部下の命を背負ってるんだって、言ってたよねー? だったら、きちんと部下を守れるようになるんだよー。プライドは実力と比例して意味があるんだよー。あなたは、単純に戦えばお兄さんよりも強いと思うんだよー。でも、家畜の餌にもならないプライドをぶら下げてる限り、あなたは……役に立たないんだよー」

「……言わせておけばッ!! 俺を誰だと――」

「王子様、でしょー? とっても偉い王子様なんだよー!!」

「お、お前……ッ!!」

「なあに? もしかして、怒ったんだよー? 王子様って言われたくないくせに、結局王子様で居ることに胡坐掻()いて、そうやって一体何がしたいんだよー?」

「……五月蝿(うるさ)い!! あんな卑怯な奴とつるんでいるお前に、俺の何が分かるんだぜ!!」

「――あー、もう!! アンタの方が五月蝿いんだよー!! この馬鹿!!」


 ひとみは持てる限り全力の声量でそう怒鳴った。

 迷宮(ダンジョン)の狭い通路に声が響き、元親は何も応えられずに口をパクパクと動かした。

 馬鹿、など人生で初めて言われたからだ。

 そんな元親に対し、ひとみは指を突きつけ、更に言葉を続けた。


「何が分かる!? あんたのことなんて、分かるわけないんだよー!! 会ったばかりなんだから!! でもそれはお互い様なんだよー!! そうでしょ!? 私はあんたのことは知らないし、あんただって私のことは知らないんだよー!! 私やお姉さんが、どんな思いで生きてきたかも知らないで!! お兄さんがどんな気持ちでいるかも知らないで!! なのに好き勝手言って、いい加減にするんだよー!! この馬鹿!! アホ!! すっとこどっこい!!」

「それは……、確かにそうだけど」

「とんちんかん!! 役立たず!! 間抜け!! 無能!!」

「いや、オイ……」

「ポンコツ!! ヘタレ!! 腐ったきゅうり以下!!」

「そこまで言われる筋合いはねえぜ!!」


 流石に元親も言い返した。

 あのままではそれだけ罵倒されていたか分からない。

 ひとみは大きく息を吐き、呼吸を落ち着かせた。

 しかし、その目からは苛立ちは消えていない。

 再度ジト目を元親に向けた。


「目的があるんでしょー? 部下を守るっていう大事な目的が。私だってこんなところじゃ死ねないんだよー。だったら、下らないプライドなんて捨てるんだよー」

「う、まあ。確かに……。その」

「返事は!?」

「えっ! あッ、ハイ!!」

「じゃあ、私が先導するんだよー。敵が来たらお願いするんだよー」


 こうして、ひとみが元親を引っ張り、二人は歩き出した。

 元親は責任感の強い方ではあったが、またプライドも高かった。

 それは王族であること、剣の腕が立つこと、周囲に彼を叱る大人が少なかったことが原因だ。

 両親は子ども達と関わることは少なかった。

 他の大人たちは王族よりも立場が低い。

 乳母と執事の洗馬須ぐらいしか、元親を叱れる人物が居なかったのだ。

 そのため、元親は怒られることには慣れておらず、勢いに流されてひとみの後についていくこととなったのだった。

 こうして、秘留ひとみがヒガシミヤコ王国第3王子東竜堂元親を叱れる人物に仲間入りしたのであった。

 杉原は、ひとみなら巧く元親をリードできるとは思っていたが、流石の彼もこれほどだとは全く思って居なかった。

 予想を超えた展開ではあったが、元親とひとみは協力関係を気付いたのだった。


元親君は熱くなると周りが見えなくなるので、案外尻に敷かれる位が丁度いいんですよ。

※時折以前アップした話を確認し、誤字脱字の修正、日本語として不適切な箇所があれば修正しております。

お気づきの点があればご報告いただけると幸いです。

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