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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第1章 タイムスリップのはじまり。
3/37

第2話 よろしくお願いします

 今からおよそ700年前、突如として正体不明のウイルスが誕生。


 世界規模感染爆発(パンデミック)が発生した。そのウイルスにより高熱や免疫力の弱体化が起き、人類はその数を3割ほどにまで減らすこととなった。

 更に地震、津波、火山の噴火と言った自然災害も同時に多発。


 その影響で世界中の国家は国家としての体裁を保てず、世界中の国々が滅んだ。


 また、自然災害は短期間のみであったが、ウイルスの影響はパンデミックのみにとどまらず、生き残った人間や生物には大きな変化があった。


 それは、動物、植物、微生物の一切に関わらず、生物はみな一様に、科学で説明のつかない力を持つようになったことである。更にその力は、自身の意思で様々な物質を作り出し、そして様々な現象を引き起こすことの出来る性質を持っていた。


 人々はその力を『魔力』、魔力によって引き起こされる現象を『魔法』と呼んだ。


 こうして生物は新たなる力を手に入れた。


 しかし、パンデミックによる騒乱とそこから発生した人口の大幅な減少で様々な技術が失われた。かつての高度な科学技術は失われ、人類の文明は衰退した。


 そのため、過去の人類が発展していた時代を『旧時代』、過去の技術や製造物は『旧時代の遺産』と呼ばれている。


 更に、パンデミック以降に生まれた生物には突然変異が起きたものが存在するようになった。

それは人間も例外ではなかった。もちろん普通の人間が最も多いが、突然変異を起こした人類もそれなりの数が存在するようになった。


 そうして生まれた突然変異により生まれた人類は、長耳族(エルフ)鉱人族(ドワーフ)小人族(ホビット)と言った亜人、そして獣人族(ハーフビースト)悪魔族(デビル)半蟲族(ハーフバグズ)などの魔人の2種類に大別される。


 人間以外の生物では、一角馬種(ユニコーン)竜種(ドラゴン)宝石獣(カーバンクル)獅子鳥(グリフィン)、その他もろもろファンタジーの世界のような生物達が大量に生まれた。


 そうした生物の中には人間と共存する生物も居たが、敵対するものも多かった。人間に比較的近い亜人は、人間と協力関係か中立であることが多いが、魔人族は残忍で気性の荒いものが多かった。

 また他の生物の中にも凶暴で、人の害となる生物も居る。そうした生物はまとめて魔物と呼ばれた。


 そのため、魔人や魔物は、人間と敵対していた。

 こうした魔物と魔人をまとめて魔族と呼ぶ。


 魔人は知能も身体能力も高いが、繁殖能力が弱く、魔物は、力は強いが知能は低かった。


 人間はパンデミックで一度は数を大きく減らしたものの、その後また数を増やしたため、数と知恵で魔族と戦っていた。

 こうした脅威に対抗するため、かつて滅んだ日本の変わりに、日本列島には新たな国々が誕生した。

 ここはそのうちの一つ、ヒガシミヤコ王国である。旧時代の関東地方を拠点としており、王宮は旧時代で言う新宿区のあたりにある。

 今居るこの施設は、旧時代では海だったのだが、自然災害の多発で地形が変わってしまったため、陸地になった。


 だが250年前、そこに魔王が現れた。魔王は魔族を率いて侵略を開始。

 まさしく火のように、人間の領土を侵略した。


 その事態に対抗するため、各国の王たちは協議し、時代を超えて魔王を打ち倒せる能力を持つ勇者をかき集めた。



 その結果、多くの犠牲を出しつつも勇者の一人が魔王を打ち倒した。



 そうやって、人間は平和を取り戻した。


 しかし、2世紀以上のときを経て新しい魔王が誕生し、また侵略を開始するというお告げがあったため、今度は先手を打つために早めに勇者を召喚した。

 そうして勇者召喚を行うようになって1年半ほどの時が過ぎた。




「これが今の状況です」

「信じられるかといわれるとまだなんとも言えませんが、……信じた方が早そうなので信じることにします」


 冬木の説明を聞き、杉原は自分の目と耳で理解したことを取り敢えず信じることにした。

 なかなか信じるには抵抗があったが、ただの高校生である杉原をこんな手間を掛けて騙す意味が分からないからだ。

 この話が本当ならば筋は通る。しかし、エルフが普通に日本語を話すというのも違和感があるものである。

 ちなみにこの説明はこの召喚勇者教育所という文字通り召喚された勇者の教育施設であり、初期の居住区でもあるという建物の3階の空き部屋を借りて行われている。

 この部屋には冬木と杉原だけがいる。説明くらい一人くらい居ればいいだろうという理由からである。

 

「では、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです」


 冬木はにこやかに接してくれている。詐欺師だの、ヤクザ漫画のブレーン的な奴だの、殺し屋だの言われる杉原とは、同じ笑みでもこんなにも変わるのかという優しい笑みだ。


「今はそのウイルスってどうなっているんですか? そしてそのウイルスがタイムスリップしてやってきた僕に何らかの悪影響を与えることは?」

「ウイルスそのものはもう存在していないとされていますが、近いもので言えばそこから派生して生まれた精霊が居るといわれていますね。精霊は周囲の生物が持つ魔力を食べて生きています。そのため、魔力を渡せば魔法を手助けしてくれる存在なのです」

「へえ、なるほど。それは凄い。……いや、まあ魔法って未だに馴染みはないんですけどね」

「それはそうでしょうね。あとはまあ精霊が居なくても魔法は使えますが、適した精霊が居ると居ないでは魔法の効率は雲泥の差です。ただ、精霊といっても旧時代の微生物が進化したようなものと思ってくれた方が『来訪者』の方の理解は早いでしょうね」

「……精霊が微生物ってなんか嫌ですね。来訪者は旧時代から来た人間、という解釈でよろしいですか?」

「ええ」

「わかりました。それなら、僕がこの時代の世界にいてウイルスの害は無いということでいいんですね」

「ええ、この世界ではウイルスによる変化は起きましたが、今はウイルスの悪影響はありません」

「それはよかった」


 とりあえず杉原がこの世界でウイルスに殺されることはなさそうだ。真っ先に聞いておくことは聞いたため、杉原は質問を進めた。


「では、過去から人間を呼ぶメリットは何ですか? この時代のすべて生物は魔力を使えるようですが、過去の、パンデミック前の人間に魔力が使えるとは思えないんですけど。それなら何故僕らのような過去の人類を連れてきたのですか?」

「そうですね。正直そのままでは魔力を扱うことは出来ず、そう言う意味ではあなた方はあまり役に立ちません。しかし後天的に魔力に目覚めさせる技術もあります」

「そうなんですか?」

「はい。魔力を上手く扱えない子ども達も居ますから。もともとはそうした子ども達が魔力を扱えるようにする『開花の儀』という魔法なのですが、潜在的に魔力を扱う才能を持つ来訪者である勇者の皆様に使えば、高い能力を発現させることが出来ます」

「なるほど。ただそれ、僕にもしてもらえますか?」

「……ええ、それはもちろん。ただしあなたの場合はどういう能力が発現するかは分からなくて」


 あー、やっぱりそう言うことがあるのか、と杉原はうすうす感じていた可能性を確信した。


「僕が正規の勇者ではない、という話ですか?」

「ああ、やはり気付かれていましたか」

「ええ、大沢さんの話で僕はどうも正式に呼ばれたわけではなさそうだったので」

「はい。……こちらの不手際で申し訳ないのですが、実は杉原さんのタイムスリップは偶然なのです。本来、タイムスリップする勇者は魔力の才を持つ者で、かつ自分の現状に不満を持ち、異なる世界に行くことを願っている者、という条件があります」

「……魔力の才能はともかく、現状に不満を持つということが条件に入る理由が分かりませんが」

「タイムスリップさせるのは、中々大変なんです。本人の意思があればある程度タイムスリップさせやすくなります。少なくとも異なる世界に行くことを望んでいたり、自分の現状に不満があれば、難易度は下がります。それに折角来ても帰りたいとごねられて、暴れられでもしたら大変です」

「へえ。なるほど。じゃあ僕がここに来た理由は?」

「タイムスリップを何度も行うことで、時空にゆがみが出来たのです。そうならないように注意はしていたのですが、勇者の召喚数が多かったのかもしれません。こちらの不手際で杉原さんを巻き込んでしまいました」


 やれやれ、よくわかんないことに巻き込まれたなあ、と杉原は天井を仰いだ。

 そこで一つの疑問が湧いた。

 杉原が召喚されたことが偶然なら、何故召喚時にあれほどの人が居たのかということだ。


「冬木さん、僕が召喚されたのが偶然なら、なんで僕が召喚されたときあんなに人がいたんですか?

「魔法陣のほうで特殊な魔力反応が発生したので、この施設の魔法使いが召喚の儀式の部屋に調査に向かっていたんです。そこにあなたがいきなり現れたんです。無害な人間だったようで良かったですよ」


 言われてみれば当然の理由だった。

 杉原は首肯すると最後の質問に移った。


「では最後に。もうある程度察してますけど。僕は元の時代に帰ることはできますか?」


「……申し訳ありません。不可能です」


 杉原としてはやっぱりか、という話だった。そんなことが出来るなら、不要な人間である杉原はさっさと追い返してしまえばいい。


「時間というものは過去から未来に進みます。私達はこのルールのもとタイムスリップ、時間移動魔法を使用しています。そのため過去に戻ることはできないんです。本当に申し訳ありません」


 そして冬木は沈痛な面持ちをした。

 本人が心のどこかで望んでいるならともかく、そうでない奴を連れてきてしまったことを気にしているのだ。


「まあ気にしないでくださいよ。僕は4人兄弟の末っ子でしたけど、長男は就職結婚、長女は、結婚はまだですが働いてますし、次女も大学にきちんと通ってますから、僕が欠けても家族はやっていけますよ。あと恋人も居ませんでしたし、正直そんなに元の時代にこだわる理由ってないんですよ。ドライだと思うかもしれませんが」

「あなたは、さびしくないのですか?」

「なんて言うかですね。……実感がまだ湧いてないんですよ。まるで夢か何かでも見ているようで。だからまあ、いつかはさびしく思うかもしれないですけど、今はそうでもないんですよ」

「……そう言っていただけると幸いです」


 頭をかきつつ、杉原はそう言った。

 嘘偽りない率直な感想であった。

 だがそれでも何はともあれ、自分のおかれている状況は把握した。


(――どうしたもんかな。この状況は不幸な偶然のようだ。別に僕は自分の置かれていた状況に不満は無かったからな。そんな状況から、仲の良かった家族や気の合う友人と会えなくなったことは僕にとっては不幸ではある。……と言ってもまだ実感湧かないだよなぁ)


 と、頭の中で呟いた後、これからの方向性を定める。

 顎に手を当て、熟考する。


(さてと。なら僕のやることは出来もしない過去に帰ることなどではなく、ここで生きる術を身に付けることだ。僕がどれくらい魔力を扱えるかは知らないが、取り敢えず魔力は身につけて損はないはずだ。この世界の科学力は下がっているみたいだし、身につけることのできる能力は身につけよう。話はそっからだな)


 杉原は、そう結論付けた。


「冬木さん。開花の儀っていつからできますか?」

「今日の昼からですね。昨日5人の勇者を召喚して開花の儀と、魔力適正試験の準備が出来ています。魔力適正試験は魔力の量や精霊との相性を調べる試験ですね。この二つを終えたら、その結果を元に訓練を行い、ある程度の実力を持つようになったと判断されたときにこの施設から勇者として旅立ってもらうことになっています」

「なるほど。そういうのもあるんですか。色々とありがとうございます」

「いえ、仕事ですから。それに……」

「それに?」

「……いえ。言いかけて辞めるなんてことをして申し訳ありませんが、なんでもないです」

「そうですか。まあ構いませんけれど」


 冬木が何を言おうとしたのか、杉原としては気にならなくも無かったが、聞くべきことではないと考えたため、聞かなかった。


「杉原さん。お腹は空いていませんか? そろそろお昼なのですが、いかがいたしましょう」

 

 言われて気付いたが、杉原は空腹だった。この世界に来る前は風呂に入っていたが、夕食はまだだった。

 今までは緊張していて気付かなかったが、一度気付くと空腹は度し難いものだった。


「そうですね。美少女を食べたいです」

「そこは自力で相手を見つけてください」


 当然のように一蹴された。


 まあ実際に「食べてもいいよ」なんて美少女に言われても童貞である杉原には無理だ。健全な男子高校生ならその手の動画くらいみたことはあるが、マリ○カートをしたからといって乗用車は運転できないようなものである。

 なにより杉原にそんな度胸は無い。

 こんな馬鹿なことを考えても仕方が無いので、杉原の脳は現実に帰ることにした。


「冗談です。普通にいただけると嬉しいです」

「わかりました。準備いたしましょう。では杉原さん」


 そこで冬木は杉原に右手を広げて、差し出してきた。

 そのため杉原は、右手をチョキにして差し出した。


「ふふふ。じゃんけんではありません。握手ですよ」

「あはは。分かってますよ」


 ちょっとしたジョークを挟み、そして杉原は彼女と握手した。


「これからよろしくお願いいたしますね」

「はい、こちらこそ」


 とりあえず、冬木は悪い人ではなさそうだ。杉原はそう判断した。




「と、まあ。こんな事情で新しく勇者、というか勇者候補の端くれとしてここでしばらくお世話になります。杉原千華です。よろしくお願いします」


 杉原は、食堂で昨日までに召喚された勇者と職員に挨拶をしていた。

 今ここにいる勇者は13人だ。杉原を除いて。

 そして職員は20人程度である。

 

 頭を下げた杉原におざなりな拍手が浴びせられる。

 取り敢えずは同世代の話し相手を作っておきたいところである。話し相手がいれば精神的にも色々と楽だからだ。職員は大人ばかりであり、同世代の人間は勇者の仲にちらほらいる程度だ。

 勇者も、見た目の年齢としては成人している人間のほうが多そうである。

 今のところ話し相手が冬木しかいない杉原としては高校のクラスメイトのようなバカ話が出来る人間を確保しておきたいところだ。

 そう思い、席に着き昼食を取りながら左隣の男子に声を掛けてみる。

 杉原と同じ位の年の少年だ。恐らく高校生だった。


「いやあ、飯結構美味いッすね。あ、君何歳ですかね? おんなじくらいかなーと思ったんですけど」

「……ふん。自分が勇者になれるか分からないからって、俺に取り入る気か? 悪いが俺は勝手にやらせてもらう。なんせ俺はアース・オブ・ファンタジーの高レベルプレイヤーだったからな」


 この少年の言葉に、杉原のこめかみ辺りからビキッ! という音が響いた。

 杉原としては、この世界でのんびり生きていければそれでいいのだ。他人、と言うか勇者に取り入って甘い汁を吸う、などと面倒なことを望むつもりはない。杉原は他人に合わせることが好きではないのだ。

 そんな杉原にとってこれは自意識過剰な男子の発言でしかなく、そして杉原はこうした人間が嫌いだった。杉原がこらえ性の無い性格であったなら、この男子の顔面には裏拳が叩き込まれていただろう。


「そうか。強く生きろよ」


 杉原は適当に流すことにした。ここで共同生活するというのに初っ端から暴力沙汰というのは、彼にとっては避けるべきことだった。

 そして少年は、杉原の答えが気に食わなかったのか鼻を鳴らした。

 杉原としては面倒くさい奴だ、という感想しか出てこない。

 勇者全員がこんな人間だったら杉原はボッチ確定である。

 と言っても彼は割りと好き勝手生きてきた人間であり、団体行動は正直嫌いであるためボッチなんぞ知ったことでもないだろうが。

 友人が居たのは、単純に人に恵まれていた結果だ。

 右隣はツインテールの女の子だった。ちょっと俯きがちでなんとなくびくびくしているように見える。恐らく杉原より年下、14、15歳くらいだろう。

話しかけようかと思ったが、杉原は慣れない女子には礼儀正しく接する。なんなら仲良くなっても女子相手には苗字とさん付けであることも多い。

そんな彼としては、おとなしそうな年下の少女に話しかけるというのは気を遣うため疲れるものだった。

 そのため結局、その女の子にも話しかけることなく黙って食べ終えた。




「では、これより開花の儀を始めます」


 冬木の声が部屋に響く。

 冬木はどうもそれなりの立場に居るらしい。大沢以外からは目上の人と扱われているようだからである。

 今杉原達のいる部屋は一階にあるそれなりに大きな部屋で、召喚された部屋と同じく床に魔法陣が描かれている。

 この魔方陣は開花の儀に使われ、魔法陣の上に人を乗せ、外部から魔力を流すとその人の魔力を目覚めさせることが出来る、とのことだ。

 昨日召喚された5人の勇者に加え、杉原もやってもらえることになっている。


 まず1人目、昨日の少年が行く。不快感を思い出し、杉原は咄嗟に後ろから膝カックンしてやろうかと思ったが、流石にやめた。


「では、行きます」


 冬木の掛け声と共に、彼女を含んだ魔法陣を囲む5人のローブを纏ったこの施設の職員が両手を前に構える。

 すると手の平から、雷のような光が迸り、それにあわせて魔法陣が輝く。


「へえ、これが魔法か。すごいな」

 杉原は思わず呟いた。半信半疑だった魔法というものが現実のものであると痛感させられるような、そんな光景だった。

 

 そして、魔法陣の光が少年を包んだ。


「お、おお。感じる。力を感じるぞ!!」


 もしも友達が言い出したら、迷うことなくア○パンチという名の助走をつけた右ストレートをぶっ込むであろうことを、少年は喜色満面で叫びだした。

 ……コイツはもう駄目かもしれん、杉原は真面目な顔でそう思った。


 やがて、冬木たちが魔法を止めた。


「さて、これで魔力が体内に発現したはずです。何か感じますか?」

「ああ、俺の体の中に大きな力を感じる。これが魔法の力か。フッ……」


 もしも近くに買い物帰りの親子がいれば、「ねえ、お母さん。あそこに変な人が居るよ」「シッ! 見ちゃいけません!!」などと聞こえてきそうなことを平気で言う。

 もはや痛いではすまない。激痛である。杉原はこの少年とは仲良く絶対に仲良くなれないと悟った。


「では次、行きますよ」


 そうして他の4人も開花の儀を済ませていく。

 思いの外早く進行し、やがて杉原の番が来た。

 杉原は前に一歩踏み出した。


「では、最後に杉原さん。お願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。……は、初めてだから。やさしくしてよねッ!!」

「ふふふ、いいわよ。優しく解して、ア・ゲ・ル」


 冬木が思いのほか乗ってきた。正直すべるかと思っていた杉原としては予想外の反応だった。

 話しながら魔法陣の上に立つ。


「ほう、冬木さん。中々やりますね」

「ふふふ、あなたこそ」

「すみませんが、冬木さん。お願いします」

「あ、ごめんなさい」


 冬木が他の職員からたしなめられた。この人は茶目っ気のある人のようだ。

 部屋の後ろのほうで、杉原達の会話を聞いていたツインテールの女の子がくすりと笑った。

 杉原は基本的には陽気なお調子者だ。一人とはいえ笑いを取ったことに、自然に顔がほころぶ。

 そのことに気付いたツインテールの少女は、恥ずかしそうに顔を赤らめ俯いた。

 ただ他の勇者、特にあの少年はニヤニヤしており杉原らの会話など耳に入っていないようだが。

 傍から見ると気持ち悪い光景である。


「ごほん。では気を取り直して行きます」

「来られます」


 杉原は、冬木の言葉に適当な言葉だけ返す。

 冬木たちは先ほどと同じように魔法を発動する。魔法陣から溢れ出る光が杉原を包む。

 何と言うべきか、杉原は独特の感覚を覚えた。

 腹の中から、熱を感じる。自分の体の内側で何か熱いものが蠢いているようだ。そして、それまではよかった。

 だんだんと、体の中が異常に熱くなり、指や膝の関節が痛む。

 汗も噴出してきた。呼吸が乱れ、視界がかすむ。


「あ、何だこれ? か……、体が……」


 言葉をつむいでも、口が上手く動かない。

 いや、肺も上手く動いていない。

(まずい!! よく分からないけれど、非常にまずい!!)


 咄嗟に魔法陣から出ようとするが、足が動かない。


「皆さん!! 魔法を中断です!! 杉原さんの様子がおかしい!!」


 異常に気付いた冬木の掛声で、魔法が中断した。

 よく分からない、取り敢えずは助かった、杉原は安堵した。


 体が崩れ落ち、膝立ちになる。

 ああ、何だか体が重たい、などと思った瞬間。



「ゴファ!?」


 

 杉原は口から血をぶちまけた。

 目が異様に熱い。全身の血管の中で蟲が這いずり回りながら、血肉を引っ掻き回しているかのような激痛を感じる。

 なのに、肺が上手く動かず叫び声をあげることも出来ない。


「杉原さん!!」


 冬木の声が遠くから聞こえた気がした。


 杉原は膝立ちでも体を支えることが出来ず、自分のぶちまけた血溜まりに沈んだ。


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