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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
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第26話 部下の命を預かっているんだッ!!

「そういやあ、確認すんの忘れていたんだけどさ。僕らは元親君の王位継承争いに巻き込まれちった、っていうことでいいのか?」


 装備を整えつつ、杉原は元親にそう尋ねた。

 杉原のその左手には、六つ金具の付いた黒いリストバンドを着けている。

 その金具には空の薬莢が嵌っている。これは薬莢に魔力を込め、魔力弾を作るためのものだ。

 弾丸の数はそもそも多くなかったため、既に心許ない。

 一応24発、弾倉を4度代えられるくらいの弾丸はあるのだが、それでも足りないだろう。

 そのため、こうして戦っていない時に弾丸を補充しているのである。


「多分、そうだぜ……。俺は現王東竜堂長親(ながちか)の血を引く三人の王子の一人であり、末の弟だ。一応分家もあるが、それは言ってしまえば予備なんだぜ。俺か、2人の兄のどちらかが、次の王はその三択だ。そして……兄達は邪魔な俺を消そうとしたんだろうな」


 元親は自分の持つ剣、西洋の長剣(ロングソード)の手入れをしつつそう応えた。

 他のメンバーも各々の武器や持ち物の確認をしている。

 といっても、素手の青華、肉体が武器の有栖、直接的な戦闘手段のないひとみは移動の準備をしていたが。

 杉原は元親の言葉に、更に質問を重ねた。


「なるほどな。それで自分の息のかかった奴を君の側に置き、今回の傍迷惑な迷宮(ダンジョン)発生騒動のごたごたのうちに殺そうとしたのか?」

「今回俺達が城の外に出ていたのはな、こっそり俺の実戦訓練として魔物とでも戦おうと思っていたからなんだぜ。そのために、騎士をあれだけ揃えていたんだぜ。何かあっても困るし。でも……それが裏目に出たんだぜ」

「……ふむ。ならあの黒尽(くろづ)くめの連中は、何であのタイミングで来たんだ? 黒渡さんを追っていて、偶々あんなに良いタイミングできたのか……?」

「あの、黒尽くめの連中とは何でございましょうか?」


 杉原の落とした呟きに、縁が反応した。

 眉根に皺を寄せ、怪訝な表情である。

 その言葉に、作業を終え手持ち無沙汰になった有栖が答えた。

 

「黒いぼろ布を全身に纏った……なんというか、暗殺者って言う表現のぴったり来る連中だったわね。顔が見えなくて、視数値(シーイング)が発動しなかったから細かくは分からないけど。そいつらが、このダンジョンに来る直前に襲い掛かってきたのよ」

「「――蟲毒(こどく)部隊ッ!!」」


 有栖の説明に、元親と縁が勢いよく戦慄を露にした。

 冷や汗を垂れ流す2人の様子に、杉原達もただならぬ状況であることを察した。

 杉原は眼鏡の位置を直しながら、ゆっくりと尋ねた。


「……それは、何だ?」

「王家が直接管理する武力は二つ。王族を守る近衛騎士部隊、縁や村山達の属しているところだ。そしてもう一つが……、暗殺や情報収集を役割とする蟲毒部隊だ」

「蟲毒……、聞いたことがあるバイ。たしか、同じ壺にムカデやら蜘蛛やら、毒虫ば入れて共食いをさせ、残った一匹は呪いの力を持ったバリ強力な毒虫になるっていう奴やろ?」

「ええ、そうでございます。蟲毒部隊も流石に食い合いはしません。しかし人格に難が有るため普通の部隊には属せませんが、代わりに能力はあるといった者たちをかき集め、殺し合わせ、その中で勝ち残った精鋭により組織された部隊なのでございます」

「しかし……、アレは王である父上の命でしか動かないはずなんだぜ。例え王子でも、そう簡単には動かすことは出来ぬはずなんだぜ……。いや、父上お気に入りで長男の一親兄様なら、あるいは……」

「あっ!! そう言えば黒渡さんが、蟲毒部隊が攻めて来た際に、第一王子の手勢がどうのって言ってたんだよー!!」

「ああ、言ってたな。……じゃあ、やっぱ第一王子が何か仕掛けたのか? だが、僕としては疑問も残るな。何故こんなに良いタイミングで、そんな特殊部隊を動かしてきたんだ?」

「……確かに。どうにかして蟲毒部隊を動かすにしても、何故このタイミングでございましょうか? 我らがダンジョンに潜り込むタイミングでやってくるとは。もしや、村山の言っていた『アイツ』というのは、蟲毒部隊のことではないのでございましょうか?」

「だったら『アイツら』とでも表現するんじゃない? 単数形で言い表すのはおかしいわよ」

「……待て。情報をまとめよう。僕は最初、ダンジョン化に偶々元親君たちが巻き込まれ、それを好機と見た村山が事を起こしたのだと思った。元親君、ダンジョン化に巻き込まれた時、村山はどんな様子だった?」

「ああ……。多少焦った様子だった」

「多少か……。本当に焦っただけなのか、演技か分からんな。だが、一日待ったのは不測の事態での対応の準備か? 別の狙いがあったのか? ううん。しかし、蟲毒部隊も、村山たちの本当の飼い主も第一王子だったなら、ソイツはもうダンジョン化を知ってたんじゃないのかって感じだな。そうでないとタイミングよ過ぎだ。蟲毒部隊がいなければ、師匠も僕らとダンジョンに居た可能性があるからな」

「いや、ダンジョン化するかもって程度なら分かるばってん、実際にダンジョンにするのはダンジョンマスターの意思バイ。ここのダンジョンマスターは知らんけど、こげな街に近いダンジョンば作るのは、力はあっても知能の低い魔獣とかやろ。そげなんの動きは予測しきらんめえもん(できないだろうよ)」

「むうう。僕ちゃんの脳みそには重いな」


 そう言って杉原は頭を抱えた。

 元親と縁も考え込んでいる。

 今まではそれどころではなかったため失念していたが、もしこれまでのことが第一王子である東竜堂一親の謀略であり、それがまだ終わっていないのならば元親と縁はただでは済まない。

 村山達は自爆したが、蟲毒部隊がどうなっているかは分からない。

 冬木が戦っていたのは、蟲毒の一部隊に過ぎない。

 他にも蟲毒部隊はいるのだ。

 第一王子がどれほど蟲毒部隊を動かしているかは分からない以上、蟲毒部隊にも気をつけるべきだろう。

 また、村山の言っていた『アイツ』が誰かも分からないのだ。

 思案しながら、杉原は元親に声をかけた。


「元親君……。君の味方の勢力に匿ってもらえるところって、どこ?」

「……王城が一番安全だぜ。あそこでは王位継承争いをするにしろ、剣を振るうような真似はできないぜ。可能性は低いが、毒殺の類も部下が居るから問題な――洗馬須(セバス)ッ!!」

「うお!! いきなりどうしたよ?」

「洗馬須は俺の執事だぜ。俺の身の回りの世話だけでなく、貴族や王家(うち)とのかかわりなんかもサポートしてくれているんだぜ……。まずいぜッ。俺が長く空けると、一親兄様が洗馬須や他の部下に余計なことをするかもしれないんだぜ!! 糞ッ!! 早く戻らないとッ!!」

「落ち着けよ、危険だらけのダンジョンに焦りは禁物だぞ?」

「そう言われて落ち着いていられるかだぜ!! 俺は部下の命を預かっているんだッ!! これ以上……兄様の好き勝手にはさせないんだぜッ!!」


 元親の(まぶた)には、自爆した村山達の姿が映っていた。

 あれほどのことをされるとは思っていなかった。

 そして兄があれほどのことをさせると思ってはいなかった。

 王族である東竜堂家では、基本的には男子が優先的に王位継承権を持つ。女性でも王位継承権はあるが、長女であろうと弟よりも王位継承権は劣る。

 今代の王位継承権所有者は元親を入れて、三人だ。

 男三人兄弟である為、長男の一親、次男の(はる)(ちか)、そして三男の元親だけが現王東竜堂長親の実子である。

 王族の血を引く分家はいるが、基本的には王の直系が王となるのである。

 なお、ヒガシミヤコ王国では、王族も含めて一夫一婦制である。

 元の日本にあった制度の名残である。

 旧日本列島では、通貨単位である円、日本語、加えて衣食住と言った日本文化を色濃く残しているためである。

 さて、話は王位継承権の件に戻るが、王位継承権を持つ者は王の実子、更に男子であればその優先度は上がる。

 しかし、兄弟間には差がないのだ。

 王を目指すのであれば、より実績をだせ。

 それがパンデミックを乗り越え、新たなる王となった東竜堂家のルールである。

 王となるには、王位継承権所有者に対する貴族及び有力商人という特権階級、そして民衆による二度の投票によって選ばれる必要がある。

 この投票前には、政治家のように演説や宣伝活動を行う必要がある。

 そのためには資金力もコネクションも必要であるため、投票までにはそうした力をつけなくてはいけないのだ。

 資金力やコネクションを自力で集め、民衆や他の貴族達からの支持も集める、それだけ出来て王として認められるのである。

 近現代を乗り越えて出来たこの時代は、中世の王侯貴族ほどは歪んでいないのだ。

 もし、下手に他の兄弟を謀殺すれば、民衆の中には王族に対する不信感が生まれる。

 そうなれば、民衆は不信任とすることが出来、分家から王が生まれることもあるのだ。

 そのため、いくら王子と言えども直接的な殺害をすることはない。

 ――そう、ダンジョン発生に巻き込まれると言った、予想外のことでもない限り。

 特に、元親は王族の中では珍しく、剣の才覚があり、剣術の流派である一社流に精通しており、よく出歩く。

 去年、お忍びで参加した年に一度の闘技大会年少の部では優勝したこともあるのだ。

 そうでなければ騎士の中でも高い錬度を誇る近衛騎士団である村山の部下達と一対一で切りあうことは出来ない。

 戦闘能力を持つが故に、元親は外出することが多く、何かあってはと部下をよく心配させていた。

 外出の多い元親が、またもお忍びで出かけ、その際に運悪くダンジョンの発生に巻き込まれ、死亡。

 ライバルを減らす筋書きとしては悪くない。

 民衆の反発も恐らくはない。

 ダンジョンの発生に巻き込まれるということは前例がないわけではないのだ。

 特に今回のように街が近い場合は特に顕著である。

 そのため、ダンジョンの中で元親を殺しても、不慮の事故で片付くのである。

 ここで元親を殺し、ライバルを減らす、それが出来なくとも元親のいないうちに元親の味方を削ることが出来ればそれでよいのだ。


「は、早く行かないとッ!! 俺は部下の命を握っているんだぜッ!!」

「だから待てよッ!! ダンジョンには敵も多いんだぞ」

「ダンジョンマスターの知能が高けりゃ、罠もちかっぱ(たくさん)あるけんね」

「だからきちんと隊列を組むぞ。最初はひとみちゃん斥候、洲岡前衛、弥蜘蛛ちゃん中衛、僕が後衛だったが、盾を持った騎士である緑川さんが入ってくれたからな。緑川さんが前衛でひとみちゃんを守ってやってくれないか? 洲岡は遊撃で全体のカバー。あとまあ、元親君は緑川さんと一緒に前衛ってことで、慣れたペアならやりやすいだろう?」

「……お前は、この世界に来たばかりなんだろ? どうしてお前が戦闘まで指揮してるんだぜ?」

「うん? 気に食わないなら代わるぞ。別に今までなんとなく纏めてたってだけだし。リーダーっていう柄でもないしな。ま、立場的にはやっぱ君が一番偉いし」

「そう言う理由じゃねえぜ。ただ、お前がこんな状況に慣れてるとは思えなかったんだぜ」

「まあじゃあ、君でも緑川さんでもどっちでも好きにしてくれ。ただまあ隊列としては、これが一番いいとは思うが?」

「……分かってるぜ」


 元親はどことなく憮然とした様子で、杉原は肩をすくめてそう言った。

 緑川は、元親の様子に幾ばくか焦った表情を見せていた。




「どうも、ここら辺の道はおかしいんだよー」


 しばらく歩き、時折やってくる擬似生物を倒しつつ、ひとみを先頭にした隊列は進んでいたが、今はひとみの指示で足を止めていた。

 ひとみの言葉に、元親が怪訝な様子で返した。


「おかしいって、何がだぜ? どこにも不審なところはないぜ」

「へえ、あなたウチのひとみに文句つけるわけ?」

「いや、お姉さんそういうのいいからー。何かどうも変な感じに見えるんだよー。お兄さん、どこかそこらへんの地面を――前方ッ!! 敵影なんだよッー!!」

「何!! どいつだぜ!!」


 ひとみの言葉に元親が剣を抜く。

 前方には壁を這うようにして巨大なムカデの擬似生物がいた。

 だが、多少距離は開いている。

 一匹だけであり、レベルも高くない。

 冷静に対処すれば問題ないはずだ。


「ここらへんは下手に動くと危ないんだよー!! お姉さんが糸で捕まえて、その後ゆっくり倒せばいいんだよー!!」

「分かったわ!!」

「――そんなにモタモタしていられないんだぜッ!!」


 有栖が糸を飛ばすのと、元親が駆け出すのは同時だった。

 糸が先にムカデを捕らえ、逃れようとムカデが頭をもたげた。

 そこを元親のロングソードが一閃、切り落とした。

 だが、それと同時に、元親の足元の地面が砕けた。

 底も見えないほどに深い穴に、元親は落ちていく。


「――なッ!?」

「もう、何してるんだよー!!」


 先頭のひとみが飛びつき、元親の手を掴む。

 しかし、ひとみの矮躯では元親を持ち上げることはおろか、そのまま引き摺られ落ちていく。

 

「クッ!! 間に合え!!」


 有栖は指先から伸ばしていた糸を切り落とし、ひとみ目掛けて飛ばした。

 しかし、ムカデを縛っていた糸を切り離すまでのタイムラグが仇となり、間に合わずにひとみは元親もろとも穴の中に落ちていった。


「う、うわああああああああ!!」

「――ひとみちゃんッ!!」

「ひとみッ!!」


 ひとみ達が落ちた穴に杉原達は駆け寄ったが、その穴は直ぐに元通りになり、杉原と有栖の祈りも虚しく、まるでひとみ達が落ちて言ったことさえ嘘であるかのように、元通りに直っていた。


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