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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
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第25話 面倒なことになったな

「うべっ! ぺっぺ!! 口の中に砂が入っちゃったぜ」


 砂まみれになった杉原が、口の中の砂利を吐き出しつつそう言った。

 衝撃を受け流すように作った土の壁は一枚が粉砕され、二枚目も原型を留めている程度であった。

 しかし、その二枚目もやがて砕け、崩れ落ちた。

 村山の自爆は、かなりの爆発力だったようだ。


「オイ、皆怪我はないか?」

「……私は大丈夫よ」

「……はーい、私も無事なんだよー」

「流石に死んだかと思うたバイ……」

「あ、ああ。俺も生きているぜ」

「私も……無事でございます」


 有栖、ひとみ、青華、そして王子である元親と女騎士も無事だったようだ。

 杉原の防御が何とか間に合った結果だ。

 初級魔法と言えど、衝撃を逃がすように作り、二枚重ねで壁を作り、全員寝そべっていたこと、そして杉原達の居る空間は天井がそれなりに高かったことも幸いしたらしい。


「……しかしまあ、自爆するとは。なんてことしやが――」


 杉原は念のため敵の騎士達がいた方向に目を向けたが、それと同時に口に手を当て「うぐぅッ!?」と声をあげる。

 青い顔をして冷や汗を流す杉原に有栖とひとみが駆け寄る。


「だ、大丈夫!? 杉原!?」

「ろ……ロクでもねえものを見ちまったよ。君らもあまり見ないほうが良い。折角食ったものが出てきそうだ」

「お、お兄さん。ここから離れた方がいいんだよー。ねー?」

「ああ、ありがとう」


 寄り添う有栖とひとみに、杉原は青い顔をしながらも背筋を伸ばす。

 だがそれでも杉原の鼻には焼け焦げた脂の臭いが届く。

 村山が自爆したことで、他の全ての騎士たちも巻き添えになり、焼死体と化していた。

 しかも爆発の衝撃で四肢や指が大きく損壊していた。

 これまでの人生において、親戚も長命なことが多く、人間の死体に関わることの少なかった杉原にとっては気分の悪くなる光景であった。

 喉から顔を見せようとする吐瀉物を、必死に押さえ込んだ。

 有栖とひとみは一族を滅ぼされた際に、ある程度慣れはしたがそれでも良い気分はしない。

 青華や元親、女騎士もこのような惨状には慣れてはいなかったらしい。

 

「なあ、一旦ここから離れんか? いい気分のするもんでもなかろーもん?」

「ええ、そうね……。行こう、杉原」

「ああ、そうだな……」


 杉原は有栖に付き添われながら出口の方に向かって進んでいく。

 その後ろをひとみと青華が歩いて行った。

 だが、元親は突っ立ったまま、村山や騎士達の焼死体を見つめ、歯を食いしばっていた。

 そんな元親に女騎士が手を伸ばしかけるが、その手を引っ込め、代わりに元親を不安げに見つめていた。

 元親はそのまましばらく村山達の遺体を見ていたが、踵を返して出口の方へ向かった。


「自分と部下の命を犠牲にしてまで、俺を殺したかったのか? 村山……ッ!!」


 元親の落とした独白に、女騎士は何もいえず俯いていた。

 




「……あー、面倒なことになったな」


 魔法で作り出した水を頭に被り、泥と汚れを落とした杉原がそう呟いた。

 今、杉原達はしばらく彷徨い、擬似生物の居ない空間を見つけ、休憩を取っていた。

 杉原の呟きに、青華が首を捻った。


「王子様の件か? まあ敵は何とかなったけん、あとは脱出さえすれば良かろうもん」

「オイオイ、しっかりしてくれよ。それどころじゃねえだろうよ。あー、じゃあ。一旦、皆集まってくれないかな? 話をしよう」


 手を叩き、杉原は呼びかけた。

 その言葉に、全員が集まり円状に座った。

 杉原の右側にひとみ、さらに青華、元親、女騎士、有栖の順に座っている。

 杉原の両隣の有栖とひとみが緊張した様子であることが見て取れた。

 当然である。

 そもそも有栖とひとみが青華を信用しているのは、冬木と杉原が青華を信用し、そして冬木と杉原のことを有栖達が信用しているからである。

 冬木は長い人生経験に裏打ちされた洞察力や経験則、杉原は青華の過去を見たことにより青華を信用しているが、有栖とひとみはそうではない。

 青華のことを信用は出来ても、信頼は出来ないのである。

 また元親はこの国の王子であり、女騎士はその味方、つまるところ魔人を弾圧する連中のトップである。

 信用も信頼も出来はしない。


「ひーとーみーちゃん! ほれ、僕の膝の上に乗れーい」

「うわわわ! 何するんだよー!!」


 緊張し、警戒するひとみと有栖の心を和らげるため、杉原は努めて明るい口調でそういい、胡坐を掻いた自分の足の上にひとみを座らせた。

 そのままひとみを後ろから抱きしめるようにした。

 ひとみも驚きはしたが、背中から伝わる杉原の温かさに安心し、そのまま身を委ねた。

 その光景を見て、眉に皺を寄せていた有栖だったが、杉原はその表情の変化には気付かなかった。

 ただ代わりに、杉原は隣の有栖の手を握った。


「え、な!? 何するの!?」

「……手、冷たいな。指先を冷やすと動きが鈍くなる。君みたいに繊細な戦い方をするなら、それはまずいだろう? 握り合っていたら温かくなる。だからまあ、その程度のことさ」


 照れた様子で顔を赤らめる有栖に、杉原は朗らかに笑った。

 青華はその様子にニヤニヤと笑い、元親と女騎士は疑問符を頭に浮かべていた。

 どうも杉原達の関係性が分からないようだ。

 因みに杉原は有栖の表情の変化はよく分かっていない。

 鈍い男なのだ。


「さてさてさーてッ!! ちょっとよくわかっていないやるもいるみたいだ。僕らの今後について話し合おうか」

「ちょっと待ってくれ。俺達はお前らのことをよく知らないんだぜ? 自己紹介して欲しいんだぜ」

「あー、それもそうか。じゃあ、僕からな。僕の名前は杉原千華。冬木柊の弟子にして四木々流五()(かん)。冒険者としてはまだF級だなあ。昇級できなくはないが、手続きしてないんだよね。ま、四木々流としても冒険者としても新米のぺーぺーさ。あと、弥蜘蛛ちゃんとひとみちゃんの奴隷さ」


 軽薄な調子で杉原は述べた。

 しかし、最後の言葉に元親と女騎士の視線は否応なく、ひとみと有栖に向いた。

 仕方なく、ひとみの方から自己紹介をはじめた。


「……じゃあ、次は私なんだよー。秘留ひとみ、一つ目鬼なんだよー。お兄さんとは――杉原さんとは相互に奴隷関係になることで、対等な関係を築いているんだよー」


 ひとみはそう言い、軽く俯きながらも元親の事を見てそう言った。

 しかし、ひとみの大きな瞳に見つめられた元親はそっと視線を逸らした。

 元親の態度に、ひとみは唇をきつく結んだ。

 杉原は開いた右手で、瞳の頭を優しく撫でた。

 有栖はひとみのことを見つめていたが、やがて軽く睨みつけるような視線で元親と女騎士を見ながら、


「弥蜘蛛有栖。半蟲族(ハーフバグズ)蜘蛛人(アラクネ)種よ。ひとみと同じく、杉原とは奴隷同士の関係よ」


 と、そっけなく言った。

 杉原が有栖やひとみと、相互に奴隷関係を結ぶことで対等な立場となった、と言うことに関しては個人名は分かっていなかったが、元親と女騎士も噂で知っていた。

 しかし、説明が細かくなされなかったため、元親達には細かい事情は分からなかった。

 だがそれ以上の説明は無かったため、杉原達には細かく説明する気がないのだろうと、判断し、元親達は困った顔をしながらも、青華に続きを催促した。

 青華は軽く肩をすくめ、脱いだ帽子の唾で顔を扇ぎながら、口を開いた。


「えーと、オイは洲岡青華っち言う。勇者で格闘家ばしよる。元はボクサーば目指しよったけどね。勇者はしよるばってん(しているけれど)、あんまり勇者としての活動に興味は無かね。今までは生活費稼ぎに馬鹿でかい熊やら猪やらと戦うか、人間の色んな(つよ)か奴に喧嘩売るなりなんなりしよった。ああ、因みにアラタヤドで召喚されたんでは無か。オイは生まれも育ちも九州やけん」

「ああ、そういやお前はそうだったな。僕もよく考えるとお前の口からはきちんと聞いてなかったな。お前の過去を見ていたからまあ分かってたけど。……さて、僕らは一応自己紹介を終えたよ。君らの番だぜ、王子様(プリンス)?」

「その呼び方は……止めるんだぜッ!! 小馬鹿にされている気がするんだぜ!!」

「おおっと、それはすまんな。じゃ、なんて呼べばいいんだ?」


 軽薄な態度を崩さない杉原に、元親は苛立ちながらも口を開き自己紹介を始めた。

 杉原に付き合っていても、ペースを崩されるだけだと気付いたようだ。


「俺の名は東竜堂元(とうりゅうどうもと)(ちか)だぜ。これでもこのアラタヤド王国第3王子だぜ。王子と呼ばれるのは嫌いだ。元親と呼んでくれ」


 東竜堂元親 種族 人間族 13歳 男性

 Lv 42 職業 剣士 


「私の名前は緑川(みどりかわ)(ゆかり)でございます。元親様の護衛であり、部下でございます」


 緑川縁 種族 人間族 20歳 女性

 Lv 51 職業 騎士


 視数値(シーイング)も発動し、杉原は相手のステータスを確認する。

 確かにその言葉に嘘偽りはない。

 この状況で偽名を使ってもどうしようもないとは思うが、念のためである。

 杉原は瞳の頭を撫でつつ話を続ける。


「さてと、名前はとりあえず分かったろ? じゃ話は次だ。僕らは今非常に困ったことになっているが、その問題とはなーんだ? 青華君」

「腹が空いちょうバイ」

「お前の腹具合は知らねえよッ!! 勝手になんか食ってろ!! しょうがねえなあ、もういいや。僕らが今困ってるのはね、元親君たちを助けた結果、別のでかい敵が出来たことだよ」

「あん? どげな? 敵は自爆したろうもん」

「いや、村山が言ってたろ? 俺が禁断症状蝿の幻を作った時に『アイツ、私達が処理すると言った言葉を忘れたのか!!』って言ってたろ? つまり、このダンジョン内にまだ敵がいるってことだよ」

「聞いちょらんかった」

「しっかりしろよ、僕ちゃんのお願い」

「……確かに、俺もそれは聞いたんだぜ。だが、それなら俺達とお前らは別行動を取ればいいんじゃないのか? 狙いは俺達――いや、王子である俺の命を狙っているはずだぜ」

「それじゃあ駄目だ。もう駄目だ。村山が言ってたろ、裏切りを知った奴は生かしておけねえと。つまり僕らの命も狙われているんだ。君らと離れても多分意味はない。寧ろ戦力的には一緒に活動した方がいいくらいだ」

「……そうですね、その通りでございましょう」

「僕としても不本意ではあるが、離れてもしょうがない。それにその場を凌いだからハイサヨナラってのも、僕の流儀に反する。少なくとも僕の師匠と合流するまでは、お互いに守りあおう」

「師匠……、冬木さんか? 俺も面識があるんだぜ」

「へえ、そーなの?」

「ああ、召喚勇者教育所ではアドバイザーとして重要な立場に居たからな。その関係で俺の城にも来ていたんだぜ。まあ今は時空のゆがみを抑えるために召喚は行っていないようだが。確か時空のゆがみでタイムスリップした奴を弟子にしたと聞いていたが、お前だったか」

「まあな、と言っても別に大したことでもないだろ。さて、じゃあ話はこんなもんだろ。もうしばらく体を休めておこう。怪我人は居ないが、俺も魔力使ったし、疲れた。元親君たちももうしばらく休んどけば? 行こうぜ、弥蜘蛛ちゃん。ひとみちゃん」


 一旦話を切り上げると、杉原達は少し離れたところに3人で集まった。

 そのまま地面に座り、杉原はひとみと有栖を自分の近くに座らせ、申し訳なさそうに口を開いた。


「ごめんなあ。また人間が増えちまったわ。洲岡はまだ信頼できそうな奴だとは思うんだがなあ。あの王子様たちはよく分かんねえ。どうも悪人ってワケではなさそうだが、よく言えば情熱的。悪く言えば猪突猛進で視野が狭い。銀鷹騎士団の奴らと似たタイプだな」

「それは、面倒なタイプね。銀鷹騎士団に関しては杉原から聞いたくらいのことしか知らないけど。まあ仕方ないわよ。今回のことは」

「お兄さんが謝ることはないんだよー」

「でもさ、君らはやっぱり肩身狭くないか? それに近くに人間が居ると不安じゃないか?」

「平気よ。……人間は嫌いだったけど、杉原のお陰で嫌いな人間とそうでもない人間くらいには分けられるようになったもの」

「そっか……。ごめ――」

「お兄さん、謝っちゃ駄目なんだよー」


 再度謝罪の言葉を述べようとした杉原の唇に、ひとみが人差し指を当てて止めさせた。

 そして、ひとみはニコニコと微笑みながら優しく言葉を続けた。


「私達に優しくしてくれるのは凄く嬉しいんだよー。でも……気を遣われたいわけじゃ、ないんだよー」

「私達はあなたの奴隷だから、あなたのものよ。でもね、あなただって私達の奴隷で、私達のもの。そういう対等な関係を私達は気付いたはずじゃなかったかしら? 杉原」


 ひとみに続いて有栖も微笑んでそう言った。

 頬笑む2人の表情を見て、杉原は自分もまたどうやら気を張っていたようだと気づいた。

 気を張って余計なことまで考えすぎていたようだ。

 確かに彼女達にはさまざまな障害がある。

 その障害を飛び越えるために、杉原は協力する。

 しかし、決して有栖達は守られるだけの存在ではない。

 それほどにか弱い存在ではないのだ。

 杉原はそのことを失念していた。


「ああ、そうだな。分かった、一緒に頑張ろうな」


 杉原もそう言って微笑んだ。

 そんな杉原達3人の様子を、青華は楽しげに見ていた。

 元親と縁も首をかしげながら見ており、青華に尋ねた。


「なあ、洲岡。俺にはわからないんだぜ。あいつらはどういう関係なんだ?」

「さあ? オイもそげん知らん。ついこの間知り合ったばっかりやけん。ばってん、あいつらが仲良いっちことは見よけば分かろうもん。そいでよかろ?」

「……魔人と対等になるために奴隷となる、話には聞いていましたが。まさかそんなことをする人が本当に居るとは思いませんでしたよ」

「確かに、変わっちょるとは思うバイ。そいでも……オイはアイツみたいな奴のことは好いとうよ。一緒に居って、面白か。かっかっか」


 青華は快活に笑った。

 それでも、元親と縁は不思議そうな表情で杉原を見ていた。

 彼らには杉原の行動は共感できないらしい。

 

(……ま、いつか分かる時が来るやろ)


 青華は頭の中でそう呟いた。

 




 時を同じくして。

 どこかで誰かが言った。


「や、やれやれ、失敗してしまったか。あ、あ、あ、あの連中は、つ、使えんな。まあいい。つ、次は……イヒヒ! 俺が、み、皆殺してやる。い、イヒヒヒ!!」


 気色の悪い笑い声が、響いていた。


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