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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
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第24話 ちかっぱ悪かことばするね

「オイ!! こっから抜けられる道はないのかよ!?」


 杉原は元親にそう叫んだ。

 元親は騎士と切り結ぶことをやめ、代わりに狼狽した表情で応えた。


「ないぜ!! お前らが来た道を引き返すしか退路はないんだぜ!!」

「ああ、もう。面倒なことになった。僕ちゃんマジやってらんねえわ」


 元親の言葉に杉原は頭を抱えながらも、この状況を打破する算段を立てる。

 有栖、青華、ひとみに目配せし、騎士たちから離れさせ、敵の騎士隊隊長である村山に声をかけた。


「村山さん!! アンタだって自分の部下は無闇に殺させたくはないだろ!! 僕らと協力してここから脱出しよう!!」

「……だが、どうするのだ? 禁断(きんだん)症状(しょうじょう)(ばえ)は数が多い上に、一触必死だ。協力しようとも抜けられんぞ!!」


 当然といえば当然だ。

 禁断症状蝿に遭えば、結界に篭り、蝿がどこかに去るのを待つか、火力で焼き尽くすか、有栖のように足止めするしかない。

 氷や土で道をふさいでも、ダンジョンの中では直ぐに元に戻ってしまうため、時間稼ぎだけに道を塞ぎ、なんとか蝿の領域を抜けるしかない。

 しかし、今回は一本しかない退路の向こうから来ている以上、焼き尽くして倒すしかない。

 非常に切羽詰った状況であった。

 解毒草ももうないのだ。

 であるからこそ、杉原は思い切り怒鳴る。


「この広間みたいな空間の壁に穴をぶち開ける。もしかしたら外に繋がる道もあるかもしれない!! 俺らは実際に壁を壊して這入ってきたんだ!! 可能性は確かに低い!! だがそれでも一縷の望みにかけるしかない!!」

「――ムゥ。確かに。私とて部下を容易く失くすわけにはいかない。いいだろう、一時共闘だ!!」

「ああ!! 頼んだ!!」

「俺達も手伝うぜ!!」


 村山とまだ動ける部下2人は壁に向かって走り出した。

 そして元親と女騎士も壁際に走り、手当たり次第に攻撃を加えていく。

 どこかに薄く別のルートにあれば生存、そうでなければ死ぬだけだ。

 分の悪い賭けだが、やるしかない。

 杉原達も壁を破壊するなり、叩いて音で探るなりして壁を調べる。

 しかし、そう都合よくもいかない。直ぐに羽音が部屋中に響き渡るほどに大きくなっていった。

 そして、そのときが来た。


「駄目だ!! 禁断症状蝿が来た!!」


 杉原の声と共に、全員が杉原達の通ってきた通路の入り口を注視した。

 同時に、黒い霧のような、(もや)のようなものが、羽音と共に現れた。

 だがそれは決して靄でも霧でもない。

 小さな蝿の集合体であった。


「クソ!! アイツ、私達が処理すると言った言葉を忘れたのか!!」


 村山が毒づきながらも、禁断症状蝿に視数値(シーイング)を発動しようとした時のことだった。

 ――ズドン!! ドン!!

 2発分の銃声が響き、村山の顔の装甲が魔崩弾で剥がされ、更に下顎に命中した岩石弾が、村山の顎を砕き、歯が吹き飛んだ。


「が、あはっ!?」


 そして銃の引き金を引いた男――つまり杉原千華はニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべていた。

 両手に構えた二丁の拳銃の銃口をそのまま残った2人の騎士に向け、更に片方には火炎弾、魔崩弾を打ち込む。

 その2発は盾によって防がれたものの、その隙に有栖の糸が騎士を絡め取った。

 その(ざま)に唖然としたのは撃たれた騎士たちではなく王子である元親のほうであった。


「な、何してるんだよ!? お前ら!! 禁断症状蝿が来てるのに、争ってる場合じゃないぜ!!」

「ああ、アレは僕が作った幻覚だ。初級闇魔法のシェイド・イメージだ。君らも知ってるだろ? 幻影を見せるだけのつまらん魔法さ」


 杉原がそう言って、発動していた魔法を解除すると、蝿の群れは霧散して消えた。

 しかし、今度は女騎士のほうが驚きを隠せないままに叫ぶ。

 

「ま、待っていただきたいのでございます!! 確かに、シーイングで解析しようとしましたが、何も情報が出なかったので、あの禁断症状蝿が偽者であったことは分かります。しかしシェイド・イメージはただ幻影を見せるだけで、音はしなかったはずでございます!!」

「音っていうのは振動だ。今こうして話しているときに声が届くのは空気が揺れてるからだ。だから音を誤魔化すなら空気の振動をいじれば良いんだよ。四木々流冬木ノ型『音揺らし』という技術だよ。大した効果もないくせに、矢鱈と難しくてさ、覚えているのは僕と師匠くらいじゃねえの? まあ、今回はこの二つの合わせ業で何とかなったよ。よかったわ」


 杉原はさらりと言ったが、音揺らしは魔力消費は少ないものの本来であれば高等技術であり、早々覚えられるものではない。

 かといって音揺らしを使わずに高度な幻覚を見せることも難しい。

今回のように、高度な幻術を見せようと思えば、大抵は上級闇魔法ほどの技術がいるのだ。

 しかし、闇魔法は物理的なダメージを与えることは出来ず、どれほど高度な技術を以ってしても戦闘時にはフェイントほどにしか役立たないため、一部の暗殺者のような搦め手を好んで用いる者達しか使わない。

 身につける努力と結果が割に合わないのだ。

 使い手も少なく、闇魔法による幻覚などそうそう受けないため、騎士達は杉原の幻覚にはまったのである。

 とは言え、村山ほどの手練れであればシーイングで闇魔法を見破り、そのまま杉原の銃弾を盾で受けるくらいのことは出来るはずであった。

 それが出来なかったのは、ここがまだ出来たばかりのダンジョンであるため、昨日と比べて落ち着いてはいたものの、擬似生物が突如生まれてもおかしくない環境であったこと、ダンジョンの中でも最悪の災厄である禁断症状蝿という敵に村山が動じたからだ。

 彼は騎士であり、その武器は盾と剣である。

 故に蝿に対して有効な範囲攻撃は不得手であり、禁断症状蝿に注意を向けすぎたことにより、杉原の攻撃を防げなかったのだ。

 杉原は自分の経験から禁断症状蝿の危険性を十分理解していた。

 それが今回の奇策を思いつく切っ掛けとなったのだった。

 

「……お前やったらそれぐらいするとは思ったとばってん(けれど)、ちかっぱ(とても)悪かことばするね」

「オイオイ、真正面から勝てない奴を奇策で打ち負かして何が悪いんだい? そんなこと言われたら、ウチの流派全否定じゃんよ」


 困ったような顔で帽子を被りなおす洲岡に、杉原は肩をすくめて応えた。

 有栖は慣れた様子で、顎を砕かれ脳を揺さぶられ意識が軽く飛んだ村山を糸で縛り上げた。

 ひとみも多少驚きはしたが、杉原がこの程度のことをしても彼女もまた慣れているため、溜息を一つだけ落とし、何も言わなかった。

 有栖が全員をきちんと縛り上げたところで、杉原は村山たちに歩み寄った。

 その顔には未だにニヤニヤとした笑みを浮かべたままである。


「やあ、どうも。すみませんね、こんな方法でしか勝てないもので」

「ぎ、貴様(ぎあま)……」

「んー? 何と言っているのか聞き取れませんなあ。ねえ、僕のような雑魚に不意打ちで負けて、今どんな気持ち? ねえどんな気持ち?」

「ぐう、ぐうあああ!!」

「まあ、僕は別にこれ以上面倒なこと興味ないしさ。積もる話はそっちで頼むわ」


 顎を砕かれ満足に話せない村山を煽り、満足そうな笑みを浮かべた杉原は後ろに下がり、元親のほうを見た。

 顎でしゃくり、元親と村山に話をさせようとするが、元親は顰め面で杉原のほうを見ていた。

 その視線の意味するところを察した杉原は、今度は軽薄な笑みを元親に向けた。


「オイオイ、どうしたんですか? 王子様?」

「その呼び方は止めるんだぜ。……お前らに助けてもらったことには感謝している。でも、あんな騙し討ちのようなやり方で……」

「ほう、なるほど。あなたは僕たちが助太刀に行かなくても真正面からその女騎士さんを守りながら、敵を全員倒せたんですか。そうですか、そうですか。流石は王子様。ご立派でいらっしゃる」

「……お前、俺を馬鹿にしているだろ!!」

「自分ひとりでおっ()ぬなら兎も角、部下を巻き込む奴が馬鹿でないなら、この世の馬鹿と呼ばれる奴が7割は減りますなあ」

「わ、私は元親様に自ら付き従っているのでございます!! 例え命を散らそうとも悔いはありません!!」

「他の部下はそう思わねえだろ。うーん、参ったな。村山さん、あの王子様に狡猾さが足りないとか言ってましたけど、他にも色々足りなくないですか?」

「お前……確かに、それは正論だが。俺は、卑怯なことは気に食わないんだぜッ!!」

「あらそーかね、じゃあまあ頑張ってね」

「杉原、もうよかろ。なあ、あんたら2人であとは何とかなるやろ。オイ達はもう引き返すけん」


 杉原と元親達の間に洲岡が入り、諌めた。

 どうも杉原とこの2人は相性が悪いらしい。

 杉原のようによく言えば柔軟な、悪く言えば手段を選ばない人間は、元親のようによく言えば真面目な、悪く言えば視野の狭い人間とは相容れないだろう。

 また、女騎士も元親と同調しているため、この2人にはブレーキ役がいないことが問題である。

 杉原はこれ以上関わらせない方がいいと自分も洲岡たちも判断したため、さっさとここから引き上げることにした。

 現時点で面倒なことになっているのだ。

 これ以上厄介ごとに巻き込まれたくはない。


「あんた達、見たとこ大きな怪我はなさそうやし、2人でも問題なかろ。オイ達もこれ以上王族のごたごたなんぞに巻き込まれたくはなか。ここまでは助けるばってん、あとは自力で何とかするとぞ」

「ああ、……方法は兎も角、助かったぜ。ありがとう」

「はい、本当にありがとうございました。ダンジョンを出た後には、必ずやお礼をいたします」


 感謝を述べる2人に洲岡は軽く笑みを返し、杉原はさっさと先に歩き出し、ひとみと有栖もそこに続こうとした。

 しかし、そこで有栖の糸に囚われていた騎士の一人が口を開いた。

 

「ふん、無能の王子が通りすがりの魔人(バケモノ)使いに救われていい気になるなよ!! 貴様は王となる器ではない!!」

「そうか、確かに俺は部下にも裏切られるような王子だ。それでも――」

「――黙れ」


 騎士としては自分ごと攻撃を喰らってでも、糸の拘束を解くための挑発であり、元親は王族としてそれに応えようとした。

 しかし、その全てが杉原の拳銃に着剣された銃剣の一撃に断ち切られた。

 杉原は明確な敵意を持って、魔力を纏わせた銃剣で魔法崩(マジックディスターブ)を発動し、騎士の装甲を破壊するとその頬を貫いた。

 マジックディスターブは直接叩き込む場合には装甲を全体から破壊する場合、部位破壊する場合の2択である。

 これまでは全体破壊が多かったが、銃剣付き拳銃という武器を手にしたことで、格闘術ではなく、より強力な点での破壊力を得たため、杉原は部位破壊でのマジックディスターブを多用するようになっていた。

 また、魔崩弾では部位破壊しかできないということもあるのだが。

 こうした結果として、杉原は騎士の顔の装甲のみを破壊し、その頬を貫くことが出来たのであった。


「ぎゃあああああ!!」

「その口からまた薄汚え言葉吐いてみろ。――ぶっ殺すぞ?」


 冷たさを感じる無表情さで、杉原はそう言い放った。

 仲間であるはずの有栖やひとみですらぞっとするほどに、杉原は苛立っていた。


「お、お兄さん。落ち着くんだよー。別に私達は、それくらいじゃ気にしないんだよー?」

「……気にしない、じゃないだろ。君らがそんなことを言われる道理はない!!」

「お、落ち着いてよ、杉原!! 私達がこういう扱いを受けるのは初めてじゃないでしょ? どうしたのよ、そんなに怒って」

「それでも……気に食わないんだよ。こんなこと君らが言われるのも、そして君らがこんな状況に慣れてしまっていることも」

「……杉原、ありがとう。あなたがそう思ってくれるだけで、私達はまだ救われるわ」


 杉原はまだ苛立っている様子だったが、有栖の言葉にとりあえず男の頬から銃剣を引き抜き、軽く振るって血を吹き飛ばした。

 そして、その騎士を見下したままに、言った。


「学習、しろよ?」

「……ッ!!」


 その冷たい眼に、騎士は言葉も返せずに目を逸らした。

 杉原は腰のホルスターに拳銃を仕舞い、心配そうに見つめる有栖とひとみを見て軽く笑いかけた。


「大丈夫だよ。ごめんね、もう落ち着いたからさ」

「……うん、ならいいんだよー。怒ってくれてありがとうなんだよー」

「そんなに大したことは……、してないよ」

「何言ってるのよ、大したことあるわよ。少なくとも、私やひとみにとってはね」

「やれやれ、本気で怒るとお前は怖かなあ。……じゃ今度こそオイ達は行くバイ」


 洲岡も肩をすくめてそう呟き、最後に元親達にもう一度別れを告げた。

 そんな彼らの様子を、驚きを隠さずに見ていた元親だったが、直ぐに我に帰り、村山の元に歩いた。

 村山は口からぼたぼたと血を流しつつ、元親の顔を見た。


「村山、何故こんなことをした? ……雪親兄様か、継親兄様か、どっちの命だ?」

「……おい、お(ばえ)ら、待て」

「ああん? んだよ。僕らはもう戻るって言ってるだろ」


 元親の言葉に応えず、杉原達にまたしても声をかけた村山に、苛立ったように杉原が返した。

 村山はその目元をぐにゃりと歪めて笑った。


「言っだだろ? お(ばえ)ら全員、生ぎて返ざないと」


 村山の鎧の下で、何かが――カチリ、と音を立て、村山から莫大な魔力を吸い上げ、その魔力が一点に集中し始めた。

 それを見た元親と女騎士は一気に踵を返し、出口を目指して駆け出した。

 同時に杉原達も退却しようとしたが、どうやっても逃げ切れない。


「全員僕の後ろで伏せろおおオオオオオ!!」


 杉原がそう叫び、右の掌を地面にたたきつけた。

 元親と女騎士を含む全員が、杉原の後方で地面に伏せた。

 杉原は同時にノームウォールを2枚展開し、更に衝撃を上に逃がすように斜め45度ほどの角度で、自分達の頭上を覆うように壁を作り出した。

 



 その刹那、閃光と爆音が空間を包んだ。


一話の文字数を五千文字くらいにしていこうと思います。


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