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タイムスリップは魔法の世界で。  作者: 世野口秀
第3章 兆しのはじまり。
24/37

第21話 友達以上恋人未満って奴?

「……毒虫の群れか!! 洒落になんねえなッ!!」


 杉原は舌打ちと共に言葉を吐き捨てた。

 後ろを見るとざわざわと音を立てながら大量の蝿が生まれていた。

 どうやら丁度生み出されていたところのようだ。

 禁断症状蝿が出現するダンジョンは2級危険ダンジョンとされ、Bランク以上の冒険者しか立ち入ることが出来なくなる。

 叩けば死ぬ程度の弱さだが、決して戦ってはいけない。

 もし触れようものなら、それだけで命の危機が訪れる。

 最弱でありながら、最悪の災厄。

 それが禁断症状蝿なのである。


「だが、……土壁で通路を塞げれば時間を稼げるだろッ!! ノームウォール!!」


 その言葉と同時に床から石の壁がせり上がり、通路を塞いだ。

 しかし、土壁はすぐにぼろぼろと崩れていく。

 その隙間から蝿が続々と現れ、杉原達に襲い来る。


「なんだと!?」

「駄目よ!! ダンジョンの支配権はダンジョンマスターが握っている!! ダンジョンの形を変えても、すぐに元に戻るのよ!!」


 前方の有栖がそう叫んだ。

 ダンジョンの形を変えても元に戻ってしまう。

 であれば、別の対応策が必要である。

 とりあえず、走って少しでも逃れようとしていた杉原達の前方にスケルトンたちが現れた。

 歯軋りしながら、最前列にいた青華が拳を握りスケルトンに飛び掛った。


(――畜生ッ!! よりによってこんなときに、骨野郎ッ!!)


 脳内で舌打ちしながらも、状況を打破するために杉原は頭を全力で回転させ、有栖に叫び返した。


「弥蜘蛛ちゃんッ!! 僕が炎の壁で蝿を出来る限り焼く!! 残った蝿がこっちまで来れないように網を張ってくれ!! 出来るか!?」

「――当然!!」


 有栖は爪の先から細い糸を生み出し、魔法陣を作った。

 杉原もまた、背後に手を伸ばし魔力を火炎に作り変えた。


「サラマンドラッ!! ウォール!!」


 火炎の壁が通路を塞ぎ、うごめく蝿の群れがそのまま突っ込み炎に包まれた。

 擬似生物である禁断症状蝿は、そのまま霧散して消えていく。

 しかし、纏めて大量に突っ込んできたため火炎を逃れて数十匹の蝿が抜けた。

 だが、その行く手を煌く糸が塞ぐ。


「固有魔法二式、(じょ)(ろう)


有栖の言葉が薄暗いダンジョンに響く。

 粘着力が強く、細い糸を編みこんで作られた円網の蜘蛛の巣が蝿を絡め取った。

 糸が細い分強度は下がるが、それでも蝿を捕らえるには十分すぎる強度を誇る。

 ただし蝿の量が多すぎれば、網を突き抜けどこかを無理矢理突き抜け、通り過ぎたかもしれないが、炎の壁で数の減った蝿にそこまでのことは出来ない。

 蝿はそこで完全にせき止められた。

 そのことを確認した杉原は、前方を向きなおし青華の加勢に入ろうとした。


「――お兄さん、後ろッ!!」


 だが、ひとみの言葉に意識を一瞬で切り替えた。

 反射的に振り向くと、視界の端で小さな黒い影か飛んでいた。

 咄嗟に、左手のエンジェルの銃剣で切り裂こうとしたが、蝿はそのすばやい動きで避け、杉原の手の甲に触れた。

 するとその瞬間、蝿の肉体がぼろりと砕け粉末状になり、その粉末が杉原の手の甲に潜り込み髑髏のような模様の痣を残した。


「しまった!! どうして!? ――そうか、最初の一匹のほかにも、近くに潜んでいたのか!!」

「お兄さん!! 大丈夫なのー!?」

「……ああ、今すぐにはどうということはなさそうだ。というか、これそんなにやばいのか? 別になんとも――」


 そう言いかけたところで、何故か杉原の視界が赤く染まった。

 杉原は手の甲で目を拭うと、なにかぬるりとした温かいものが手を濡らした。

 更に目から温かいものがぽたぽたと垂れていく。

 その光景を見たひとみは息を呑んだ。


「お兄さん……ッ!! 目から、血が……」

「……え?」


 杉原の眼から、血涙が激しく流れ落ちていた。

 それは留まることなく流れ、杉原の頬を赤く染めた。

 それだけでなく、鼻からも血がぽたぽたと垂れた。

 膝が笑い、腰が砕け、杉原はその場に倒れこみかけるが、何とかひとみが受け止めた


「お兄さんッ!! しっかりするんだよー!!」

「杉原ッ!!」

「どげんした!? 何があったとか!?」

「お兄さんが――被毒したんだよー!!」

「何ィ!? クソ!! コイツら倒して、安全なトコ確保せな。アラクネ!! 手ば貸せ!!」

「分かってるわよ!!」


 前方のスケルトンを叩き壊し、道を切り開く。

 そして杉原は青華が担ぎ、腰を落ち着けられる場所を探して、有栖達は駆け出した。

 暫く走ると、壁が窪んだ場所を見つけ周囲に敵影がないことを確認した後、青華達は腰を下ろした。

 杉原を慎重に寝かせる。


「杉原!! 聞こえる!?」

「お兄さん!!」

「オイ、しっかりせんか!!」


 仲間の声にも杉原は、紅く染まった虚ろな目のままで反応しない。

 だが、虚空に視線を向けたまま杉原の唇が開いた。


「……雨が」

「え? 雨って何のことよ?」

「雨が、激しい……」

「ダンジョンで、雨って……?」


 戸惑う有栖達であったが、そこで気付いた。

 杉原の耳の穴からも、血液が垂れてきているということに。

 更に、杉原の指先の筋肉がぴくぴくと痙攣し、顔面は蒼白となる。

 確実に命を削られている。


「――マズいわね!! なんとかして解毒しないと」

「でも、どうやって? 私はダンジョンの蝿に気をつけろとは教わったけど、解毒は分からないんだよー?」

「……オイが解毒方法は知っちょる」

「本当!?」


 沈んだひとみの声に、青華が応えた。

 しかし、その表情は険しい。


「ああ、ゲームの知識でよけりゃな。禁断症状蝿のいるダンジョン内だけに咲く白い花がある。その花を軽く火であぶり、湯に浸せば薬ができる。その薬を4時間以内に飲ませば助かるばってん、花がどこにあるかは分からん」

「……分かったんだよー。それなら私が探すんだよー」

「ひとみ!?」

「私の目なら薄暗いダンジョンでもよく見えるし、探し物なら私が向いているんだよー」

「まあ、……そうだけど」

「心配すんな。オイも行く」

「……待って。なら私がひとみと行く」

「ならん。お前はここで巣を作って杉原ば守れ。アラクネはよく知らんが、蜘蛛なら待ち構えて狩りするほうが得意やろ。お前一人で、この娘ば守れるとか?」

「……クッ」


 ひとみを案じる有栖に、拳を握った青華がそう言った。

 有栖は勇者とひとみを2人きりにすることに不安を覚えたが、青華のほうが判断は正しい。

 杉原を置いていくわけにも連れ歩くわけにもいかないため、誰かがここで杉原を守らねばならないが、バランスを考えれば確かに残るべきは有栖だろう。

 そのことは有栖自身よく分かっていた。


「……分かった。でも、ひとみのことは頼んだわよ」

「ああ、任しちょけ」

「大丈夫だよー。こっちのことはこっちでやるんだよー。お姉さんは、お兄さんの子と守って欲しいんだよー」

「ええ、わかったわ」

「よし、なら時間もないけん、早く行くバイ」

「気をつけなさいね」

「お互いにねー」


 元々、こんな事態になるとも思っていなかったため、手荷物は少ない。

 さっさと青華とひとみは出立した。

 その後姿を確認し、有栖もまた下半身の蜘蛛の肉体にある出糸突起から糸を生み出すと、整形し着々と巣を作っていった。

 有栖の糸は下半身の蜘蛛の腹部にある糸つぼに、糸の元となる液を溜める。

 その液は、出糸突起から分泌することで固まり糸になる。

 それは蜘蛛と同じだが、アラクネは体内の液を魔法で指定した場所に転移させ、一瞬で網を張ることが出来る。

 それがアラクネの固有魔法である。

 ただ、複雑なものを無詠唱で、かつ一瞬で作るにはそれなりの技能や経験が必要であるため、それを補うために有栖は魔法陣も併用している。

 しかし、当然魔力を消費するため、戦闘時などでなければ自力で網を編むことが多い。

 固有魔法を使うのは戦闘中がメインである。

 ただ、出糸突起も普段は見えにくくなっており、家族以外の前では出糸突起はあまり使われない。

 というのも嫁入り前の娘が出糸突起を人前で使うのははしたない、というのがアラクネの慣習であるためだ。

 それでも今は、見ている者もいないため、さっさと巣を作ろうと有栖は周囲に敵が来た際に、捕らえて動きを封じる粘着性の糸を張り、中心に球状の頑強な巣を作った。

 その中に杉原を運び、寝かせた。

 糸そのものは硬いが、糸を編みこんだ巣は弾力を持つ。

 硬い地面に寝転がるよりは、快適である。

 有栖は杉原の隣に座り込み、杉原を見つめる。

 そして、暫く逡巡したが杉原の汗ばんだ額を爪が触れないよう優しく撫でた。

 何時の間にやら、杉原は熱も出ていたようだ。

 掌からじんわりと熱さが登ってくる。


「……熱がひどい。ここまでだったなんて。ひとみ達、早く帰ってくるといいけど」


 そう呟いた有栖の目に、空を掴むように伸びた杉原の右手が映った。

 杉原が眼から涙をこぼし、焦点の定まらない様子だった。


「……杉原?」





 僕はどこにいるんだろう?

 分からない。

 全身が痛い。

 頭がぼんやりする。

 脳と眼球が蒸されているかのように熱い。

 ベッドの上で、一人で横になっているようだ。

 ああ……、僕は風邪をひいたのかな。

 だったら、そのうちお母さんか姉ちゃん達あたりが来てくれるだろう。

 僕はそう思っていたが、一向にそんな気配はない。なんでだろうか?

 お母さん、姉ちゃん。……お父さん。兄ちゃん? チワワ?

 どうしてだろう?

 誰も来ない?

 なんで? みんなどこに行ったんだ?

 どうして僕は一人なんだ?

 なぜ僕の家族はどこにもいないんだ?

 寒い。

 痛い。

 苦しい。

 いやだ。

 熱くなった眼球が痛み、涙がこぼれ落ちるのを感じた。

 誰か、助けて。


「僕を、……一人にしないで」


 喉から精一杯出した言葉に返事はない。

 なんで、皆居ないんだ?

 僕はこんなところで、一人ぼっちなのか?

 誰でもいい。触れたい。触れ合いたい。

 軋む右腕を伸ばすが、空を掴むばかりだ。


「……いやだ。寒い。こんなさびしいのは、嫌だ。こんなのは、嫌だ……。誰か……、誰か……」


 腕を伸ばし続けるだけでも苦しい。

 もう無理だ。

 あきらめて下ろそうとした僕の右手を誰かが掴んだ。


「大丈夫よ。貴方は1人じゃない。私が居るわ」


 聞き覚えのある声が、僕の耳に届いた。

 誰かが僕の手を掴んでくれた。

 更に、僕のすぐ隣にぬくもりを感じる。

 僕のすぐ隣で誰か寝ているのだろうか?

 幼いころ、添い寝してくれたお母さんを思い出す。


「――暖かい」


 僕は優しいぬくもりに包まれて眠った。





「これで……良かったのかしら?」


 有栖はそう呟くが、杉原は眠ったまま応えない。

 有栖は杉原の手を握ったまま、となりに寝そべっていた。

 

「……流石に恥ずかしい気がするわね」


 しかし、杉原に手を握られているため、離れられず、そのまま杉原の隣に寝そべったままでいるしかない。

 どうしてこんなことになったかと言えば、単純だ。

 

(……でも、泣きながらあんなこと言われたらほっとけないでしょ)


 今まで、杉原は自分の弱さを見せることはほとんどなかった。

 確かに、戦闘の中で追い込まれることはあったが、だからと言って杉原が涙を流して助けを求めてきたことなど一度もない。

 そんな杉原が、意識が朦朧としているとは言え、助けを求めるなら応えない理由はない。

 とは言え、有栖に出来ることなどたかが知れている。

 寒いというなら暖めてやる、程度のことだ。

 それでも、表情を和らげ寝息を立てる杉原の顔を見ればそれで誤りではなかったようである。

 昔、体調を崩した寒い冬の夜に、母にそうしてもらったように添い寝しているだけだ。

 アラクネは下半身が蜘蛛であるため、膝枕が出来ない。

 出来ればそうしたかもしれないが、そもそも出来ないので、そんな発想もない有栖は、添い寝という密着度の高い行為をとったのだった。

 

(アンタは昔、私に優しいと言ったわね。でも……多分、アンタのほうが優しくて、ずっと無理してたのよね)


 杉原の置かれている状況は、有栖もひとみも正しく理解している。

 自分達と同じようにいきなり家族とのつながりを絶たれたのだと。

 冬木と杉原本人がそう語っていた。

 いや寧ろ力も、この時代の知識もない分、不安は杉原のほうが大きかったかもしれない。

 しかし、杉原が不安を見せたことはない。

 一度だけ、家族を思い出し有栖の前で泣いたが、それも短い時間のことだった。

 杉原はいつも気を張っていたのだ。


「だから、今はアンタのほうが……貴方の方が休んでて。大丈夫。私がいるから」


 そう言って、有栖は杉原の眼鏡を取り、間違って壊すことがないよう、糸にくっつけて天井にぶら下げた。

 そして杉原の頭を優しく撫でた。

 




「なあ、お前はオイのこと怖くないとか?」


 青華は隣を歩くひとみにそう話しかけた。

 ひとみは注意深く、ダンジョンの中を観察しながら歩いていたが、その言葉に歩みを止め、青華のほうを見た。


「……怖くはないんだよー。信用もないけどねー」

「ハハッ!! 言うなァ。まあ言い返しきらんけど」

「あなたこそ。私たちのことが怖くはないのー? 魔人の中でも私やお姉さんは忌避感強く持たれる方だと思うんだよー?」

「ああ? まあ、正直初見はビビッたばってん(けれど)、……というか今でも慣れとらんが、そげん言ってもしょうがないやろ。第一、今は困った事態になっとるんやけん、助け合うのは重要やろ」

「助け合い、ねー。あなた、勇者のくせに良くそんなの言えたもんだねー」

「オイオイ。そげん言われてもオイは魔人と戦ったことさえ無かとぞ。……勇者がお前らにひどいことしたのは知ってはおるが、そげなんオイまで押し付けんで欲しかな」

「……お兄さんも、似たようなこと言ってたんだよー」


 そこまで言うとひとみは歩き出した。

 一度帽子を被りなおし、青華もひとみの後を追う。

 幸い、このあたりはダンジョンの擬似生物も少ないようだ。

 青華は軽い調子で、再度口を開いた。


「そげんか。アイツもそげなん言いよったか。お前らがオイを警戒しても、怖がっちょらんのは、アイツのおかげか?」

「そうなんだよー。お兄さんは、私達に人間なのに味方してくれた、唯一の人なんだよー。冬木さんは亜人だから、ちょっと違うけど。そのお兄さんがあなたを仲間に引き込んだから、怖がってないんだよー」

「ふうん、アイツは信用あるっちゃんね」

「それはちょっと違うんだよー。あの人は……自分で信用を積み上げたんだよー」

「……そっか。じゃ、助けてやらんとな」


 そこで言葉を切って、二人は解毒草を探し続けた。

 だが、当ても無く行動しているわけではない。

 ひとみは注意深く、ダンジョンの硬い地面に目を向けて歩き続けている。

 目的の白い花はダンジョンの中の、白い砂が集まっている場所に出来るためである。

 そしてその周囲には白い石が散らばっているという。

 これも青華のゲーム時代の知識によるものだが、ゲームとこの時代の地球は相当に類似しているため、恐らく問題は無いだろうと青華は考えていた。

 そこでふと、ひとみは地面に違和感を覚えた。

 地面を注視すると、ほんの小さな輝きが目に反射した。

 そこを軽く掘ると、綺麗な白い石が出てきた。一部が地面から出てきていたため、光っていたようである。


「……これは、花に近づいちょるかもしれんな。この方向で行くバイ」

「分かってるんだよー」


 そうして、二人は歩調を速めて進んだ。

 そして、更にいくつかの白石を見つけて行ったのだった。





「――誰か来た!!」


 杉原の隣に寝そべっていた有栖は、周囲に張り巡らせていた糸が揺れるのを感じ取った。

 立ち上がり、両手の爪を鋭く伸ばし、身構える。


「おねーさん!! ちょ!! こ、これめっちゃ絡まるんだよー!!」


 しかし、聞きなれたひとみの声に有栖は胸をなでおろした。

 爪を元に戻し、有栖は巣の外にでた。

 巣の外では、ひとみと青華が糸に悪戦苦闘していた。

 ひとみの手には白い花が摘まれていた。


「待ってて。糸切るから」


 そう言って有栖はひとみ達に絡まっていた糸を爪で切り裂いた。

 拘束を解かれ自由になったひとみは、満面の笑みで花を有栖に見せた。


「お姉さん!! 花あったよ!!」

「……やった!! 凄いわひとみ!! ありがとう!! さ、早く杉原に飲ませてあげましょ!!」

「うんー!! 洲岡さんもお疲れ様」

「……そうね。あなたもありがとう。お疲れさま」

「よかよか。結局また何体かスケルトンが出てきただけやったし。しかしこのダンジョン、スケルトン多過ぎやろ」


 溜息混じりに青華はそう言った。

 ダンジョンが出来たばかりであるため、まだ様々な種類の擬似生物が作られていないだけなのだが、青華はそこまで詳しくは知らなかった。

 何はともあれ敵は少なく、ひとみの目であれば常人では見逃すような手がかりも見逃さずに発見できたため、思いの外あっさりと花を見つけることが出来た。

 その後は手早く薬を作ることにした。

 有栖が土魔法で鍋の型を作り、それをひとみと共に炎魔法で焼くことで、簡易的な鍋を作った。

 杉原なら焼く工程もなしにそのまま器を作れるだろうが、有栖達はそこまで器用ではない。

 更にそこに魔法で作った水をいれ、また炎魔法で沸騰させた。

 これらは全て初級魔法の下位に位置する、生活魔法によるものである。

 たいていの人々が使える簡易的なものだが、それでも便利であることには違いない。

 戦闘に使えるほどのものではないが。

 ちなみに、青華は使えない。

 理由は本人曰く、「周りにおる大体の人が使えるっちゃけん、オイは使えんでもよかろ」という他力本願全開なものであった。

 何はともあれ、そうして沸かしたお湯に軽く火で炙った花を入れ、たぎらせる。

 これで解毒薬の完成である。

 それを土魔法で作ったマグカップに移した。

 焼き固めると熱さで杉原の唇がやけどするため、そのままだ。

 かなり脆いが、湯を入れて飲むのに不自由なほどではない。

 先程のように、火にかけるほどのことはできないだろうが。


「……これでいいのね?」

「ああ。飲ませてよかぞ。オイの知識が正しければ治るはずぞ」

「ほら、お兄さん。お薬だよー」


 有栖が杉原の体を抱き起こし、口元にカップを寄せるが杉原はまだ意識が朦朧としているらしく、飲もうとしない。

 

「……しょうがないわね」


 というと、有栖は自然な仕草でカップのお湯に「ふー、ふー」と息を吹きかけて覚ますと、杉原の唇にカップのふちを押し当てて、杉原がむせないようにゆっくりと飲ませた。

 喉が動いて、お湯を飲み込んでいることを伝えてくれる。

 時間をかけて、杉原はお湯を飲み干した。

 劇的な変化は無いが、少し呼吸が落ち着いたようである。


「……取り敢えずは効いたみたいね。後は様子見かしら?」

「あー、うん。……そうだねー」

「……? なによ? なんかひとみおかしくない?」

「い、いや。……なんと言うか」

「自然な仕草でお湯冷まして飲ましよったのが意外やったとバイ」

「洲岡さん!! ちょ、ストレートなんだよー!!」

「え? なんのこと――ああああしまった!! いや、あれは、無意識に!!」

「無意識にあんなんするげな、たらしやね。魔性の女バイ」

「うえええ!? ま、まあ。私は経験豊富な大人の女だしね!! それくらいはするわよ!!」

「うわあ。お姉さんのビッチ設定久々なんだよー」

「モテん女ほど、遊んじょうふりするっち、本当っちゃんねー」

「誰がモテない女よ!! もう、あんた達はここで休んでなさいよ!! 私が見張りしてるから!!」


 そう言って、有栖は外に飛び出した。

 残されたひとみと青華は顔を見合わせた。


「……あのアラクネ、いや弥蜘蛛さんか。杉原のことどげん思っとると?」

「うーん。よく分からないんだよー。昔は杉原さんのこと、人間だからってかなり嫌ってたけど。なんか段々慣れてきたんだよー」

「ほう、そら中々面白いことになっちょるなァ」

「今は結構、憎からず思ってるんじゃないのかなー? まあ自分のことには鈍い人だから、自分でもよく分かってないんじゃないんだろうけどねー」

「ふうん、そげんかー」


 巣の中でそんな話が行われているとは露知らず、有栖は自分の気持ちに悶々としていた。

 自分の中で渦巻く感情が自分でも分からなかった。


(いやいや、よくよく考えると本当にわかんない!! なんで、私あんなに杉原とベタベタできてるの!? 最初は私アイツ嫌いだったんだけど、なんか思いの外いい奴だなーって思って。……それからは意識的に仲良くしようと思って、あいつに髪の毛まで触らせて。さっきも添い寝はしたけど、アレは看病の一環だし、恥ずかしいのを我慢して……。でも、杉原達に出会う前の奴隷だったころは、人間相手に添い寝しろって言われたら屈辱的に思ってたんじゃないのかな? なら、恥ずかしいってことは、決してアイツの傍にいることは不快ではないってこと? ……じゃあ、そもそも)


「私にとってあいつってどういう存在なのかしら?」


 首を捻ってそう呟いた有栖だったが、ハッとした表情になるとブンブンと首を振り自分の頭の中の思考を散らした。

 雑念を振り払い、見張りに専念しようとして周囲を観察する。

 しかし敵影は欠片も見えず、結果として物事を考える余裕が出来てしまう。

(いやでもなんで、私はアイツとあんなに――)


 と、無限ループのようにもとの思考に至った。

 悶々としながら同じような思考を繰り返し、思考のループが8周目に入ろうとしていたときだった。

 

「だーれだ?」

「ひゃうあっ!?」


 有栖はいきなり後ろから目隠しされた。

 だがその声は聞きなれた声であったため、考えなくても分かる。


「何すんのよ、杉原!!」

「いやあ、有栖ちゃん。可愛い声でたね。僕ちゃんびっくりだぜ」


 当然のように杉原だった。きちんと眼鏡をかけなおしている。

 杉原はニヤニヤしながら、有栖の目隠しを解いた。

 脚を開いて有栖の下半身の蜘蛛の腹部を跨いでいた杉原は、有栖の隣に移動した。

 杉原の行動に有栖は顔を赤らめ、ややむくれていたが、杉原の顔色を見てある程度よくなっていることを確認し、ほっと溜息をついた。


「……良かったわ。案外早くよくなったのね」

「いや、結構時間経ったよ。僕、割りと前に起きたし。今はひとみちゃんと洲岡のほうがぐっすり寝てるよ。弥蜘蛛ちゃんも疲れてない?」

「……へ?」


 どうやら考え事をしているうちに、かなりの時間が経っていたらしい。

 そのことに気付くと、忘れていたように腹時計が鳴った。

 有栖のお腹からきゅるるる~、と可愛らしい音が奏でられた。


「ハッハー。お腹すいた?」

「……五月蝿い!! 大したことじゃないわよ!!」


 耳まで顔を赤らめた有栖はそっぽを向いて、杉原から表情を隠した。

 しかし、そんな有栖の頭を杉原は優しく撫でた。

 そして指を、有栖の金髪を梳くように優しく通す。


「す、杉原!! 何す――」

「ありがとね」


 狼狽した有栖の言葉を遮り、杉原は感謝を告げた。

 そのまま有栖の頭を抱き寄せるようにして、杉原は言葉を重ねた。


「ありがとね。弥蜘蛛ちゃん」

「――別に。私はなんもしてないし。寧ろひとみ達にお礼言いさないよ。助けたのはあっちよ」

「ちゃんと言ったよ。ひとみちゃんに至っては足の裏までなめた」

「誰がそこまでやれって言ったよ!!」


 真顔で繰り出される杉原のジョークに有栖が激しく突っ込む。

 最早、有栖も慣れたものである。

 そんな彼女を見て杉原は快活に笑った。


「ははッ!! ま、そうだね。確かに僕を身体的に救ったのは彼らだし、感謝してる。でも、僕を精神的に救ったのは間違いなく君だ、弥蜘蛛有栖。ありがとう、……心から感謝してる」

「……いいわよ。別に」

「いやあ、熱でたときスゲー寒くてさ。弥蜘蛛ちゃん、めっちゃ暖かかったわー」

「ちょ!? 意識あったの!?」

「えーとね、ちょっとだけ意識覚めたことあってさ。隣でうつらうつらしてる弥蜘蛛ちゃんが寝てて僕ちゃん幸せー、とか思いながらまた眠った」

「うわああああ!! 失くせえ!! その記憶失くせえええ!!」

「アブね!! こっちは病み上がりだぞ!!」


 羞恥に顔を赤らめ、目の端に涙を浮かべる有栖が鋭い爪を振り回し、逃げる杉原を追い掛け回した。


「……なんち言うとかな? 友達以上恋人未満って奴?」

「ああ、なんかそんな感じなんだねー」


 起き出していたひとみと青華は、有栖と杉原のそんな光景を見ながらそんなことを話していた。


禁断症状蝿の出現するダンジョンを、『一級危険区』としていましたが、『2級危険ダンジョン』に変更しました。

失礼いたしました。

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