第11話 幸せになるよ
そこから数日間。
杉原達は似たようなクエストを続け、金とレベルを稼いでいた。
とはいえ、F級のクエストではそこまでの利益も経験値も大したことはない。そこそこ程度の額の金を稼ぎ、有栖はレベルが23に、ひとみは12に、杉原は7に上がっていた。
そうした面から見れば順調ともいえたが、そうでない面もあった。
「ひとみ? あなた眠れていないでしょう? 今日は休んだら?」
「……ううん、大丈夫なんだよー。平気」
ひとみの調子がよくないのだ。
より正確に言うのなら、寝不足だ。不眠症気味のようで、大きな目の下にははっきりクマが出てしまっている。
今は四人で朝食を取っているが、食事を取りながらもひとみはふらふらしてしまっている。
「でも、あなた本当に調子悪そうよ?」
「ううん。大丈夫なんだよー」
「いや、どっからどう見ても大丈夫じゃねえよ。別に今はそんなに切羽詰ってないし、今日は休んで――」
「――五月蝿い!! 人間のくせに!!」
杉原が声をかけると、ひとみは怒声とともに、机に拳を叩きつけた。がしゃん!! という音が響いた。
幸い、食器などで割れたものはなかったが、これまで有栖と異なり具体的な暴力や強い怒りを示さなかったひとみの行動に、杉原や冬木はともかく有栖まで驚きを隠せないでいた。
「……ひとみ」
「……ごめんなさいなんだよ。しばらく一人にして欲しいから、今日のお仕事は手伝えないんだよ」
そのまま、ひとみはドアを開けて外に出て行ってしまった。
その様子に、残された杉原達は顔を見合わせた。
「えーと。どうしましょうか、弥蜘蛛ちゃん、師匠……」
「そうですね。下手に接触するのもよくないかもしれません。ひとまず、黒渡!」
冬木の声で別の部屋にいた黒渡が飛んできた。
羽音を立てずに冬木の方の上に乗った。
「はい。なんですかな?」
「秘留さんのことを見ていてあげてください。あの娘、まだ強くはありませんし」
「分かりましたぞ」
そして黒渡は音もなく飛び去って行った。夜行性なのに、結構昼間も駆り出されるなあ、と杉原は心の中で呟きながら、その光景を見ていた。
「で、弥蜘蛛さん。秘留さんは最近どうですか? あなたの目から見て。眠れていないみたいでしたが、大丈夫なんですか?」
「……全然眠れていないわけじゃない。最初は眠っていたの。でもなんだか、うなされて起きてしまうみたいね。最近はもう眠るのを怖がっているような節さえあるわ。……まるで悪い夢に追い掛け回されているように」
「ちょっとまずいなァ。察してはいたけどね。あんだけクマがはっきり出ていれば分かるし……」
今、四階で冬木が、三階で有栖とひとみが一緒に、二階で杉原が眠っている。
そのため、有栖はひとみのことを一番見ていた。眠れないひとみに対し、有栖も気にはかけているのだが、本人は自分のことをあまり話したがらない様子だ。
「悪夢でも見るんだろうけど、教えてくれないんだろう?」
「ええ、そうよ。ただ、魘されながら両親のことを呼んでいるから、やっぱり……」
「家族が奪われたときのことだろうな……」
「……まあそうね」
全員が沈痛な面持ちを浮かべる。有栖も被害者だが、一方冬木たちは加害者(勇者)側と関わりがある。複雑な感情だった。
「弥蜘蛛ちゃんも居るので、聞くべきではないかとも思いましたけど……。師匠なら秘留ちゃん達の村が潰されたことに対して何か知っていませんか? 僕は正直、何故勇者がそこまでするのか分かりません」
冬木は、召喚勇者教育所でそれなりのポジションに居た。そのため、何か知っているだろうと、杉原は思ったのだ。
「……以前言いかけましたが、私は元々この勇者召喚には反対でした」
冬木は最初にそう言い放った。
「え? ああ、そう言えば前に何か言いかけて、止めてましたね。それですか?」
「ええ、もうあなたは私とそれなりに慣れましたし。話してしまいますが、私は勇者召喚に反対していたんですよ。本人の意思も多少は関わっていますが、それでも他人の人生を私達未来の人間の都合でいじることもどうかと思いますし、自分達の問題は自分達で解決した方がいいでしょう」
「確かにそうですね」
「それこそ、今回は魔王が本格的な侵攻を行う前に対策を取れるんですから、勇者召喚以外にも策はありました」
「ええ、でしょうね」
「しかし、旧日本列島にある国家連合で勇者召喚を決められてしまいましたからね。ならいっそ、関わって自分なりに出来ることをしようかと思ったのですが……」
「でも、そこでも上手くいかなかったってわけかしら?」
「ええ、そうです。あなたも知るとおり、勇者はもとよりこの世界を知っている人達ばかりでしてね。前回の、第一次勇者召喚のときもそうだったとは聞いていましたが、想像以上に強い先入観がありまして」
「ふむ、なるほど」
「……なかなか上手くいかなくてですね。お恥ずかしながら先日の勇者のように、困った人もでてきまして……」
「まあ、それはそうでしょ。僕らの時代にも教師の仕事は難しいもんでしたし。勇者の教育なんて短い期間ですし、上手くいきませんよ。ましてや師匠はアドバイザーなんでしょ?」
「ええ、そういうこともありまして。そして勇者の教育は能力重視ですから。そうして、ただ能力だけ伸ばすと、どうにも勇者はその能力を振りかざす傾向にあるんです」
「フン、無責任に力を与えるからよ」
「ええ、返す言葉もありません」
「まあ彼らにはこの世界は現実感も薄いでしょうし、能力も持て余すでしょうからね。……結果、彼らは王国やギルドからのクエストで暴れすぎるんですよ」
「……不快な話ね」
他の勇者にとってこの世界はゲームだ。ゲームのような世界で、ゲームのような力を与えられ、ゲームのようなことをする。
それは彼らにとってはゲームそのものだ。
もちろん、服部知名のようにそうしたことを嫌がるものもいるが、過激なことをするものも多い。
それは特に魔人や魔物のように、旧時代の人間にとっては生物としてのイメージを持ちにくい対象に対しては、特に顕著だった。
「そうした勇者達を集め、人間の生活を豊かにするためにと、旧日本国家連合は様々な魔物のテリトリー、魔人の部族を潰すクエストを出すようになりました。秘留さんも、弥蜘蛛さんもそれに巻き込まれたんです」
「要は国側の都合ですか」
「ええ、人間の都合ですね」
「……本当に腹立つわね」
「……申し訳ありません。勿論、謝ってすむとも思いませんが」
「まあ、……僕もある程度は予想していたけどね。そう言う展開は」
「はぁ。……今、必要なことは、ひとみをどうするかでしょ?」
「あー、そうだね」
「……一応、策がないこともないですよ」
「え? そうなんスか?」
「ええ、まあまた杉原には体張ってもらいますよ」
「マジッすか……」
「取り敢えず聞いてみてくださいよ」
杉原達が話し合いをしていたころ、ひとみは今の拠点の近くの林を歩き回っていた。
何も目的はなく、ただ歩いていた。
強いて言うなら、ただ何も考えたくなくて体を動かしていた。
「う。うう、ああ……」
歯を食いしばって、必死に何も考えないようにする。
今まではそれで何とかなっていた。
それどころではなかったから。
今までは自分のことしか考える余裕しかなかったことが、逆に功を奏していた。
家族を皆殺しにされる光景を思い出さずに済むのだから。
だが、杉原達に出会い、生活にゆとりが出来始めた。
暖かい食事を取り、毎日風呂に入り、暖かいベッドがあり、これまでに負った怪我も魔法で治療してもらった。
杉原千華は人間で、ふざけた男で、何を考えているのか、嘘を見抜けるひとみにも分からない男だった。
だが、彼と出会い、ひとみは穏やかな日々に帰ってきた。
しかし、家族は帰ってこない。友達も居ない。家も灰になった。そんな何もかもは、もう戻ってこない。
「あああああああ!!」
ひとみは脳裏に焼きついた光景を振り払うかのように声をあげ、走り出した。しかし、木の根につまずいて転んでしまった。
「あうっ!」
膝を擦りむき、服が土にまみれた。
「……う。うう。お母さん。お父さん。痛い、痛いよ……」
地面に寝転んだまま、ひとみは大粒の涙をぽろぽろと落とした。
立ち上がりたくなかった。立ち上がりたくも、なかった。
「もう、死にたいんだよぉ……」
「おいおい。人が苦労して出した成果を、蹴飛ばすようなこと言うんじゃあないぜ」
ひとみの呟いた言葉に応えたのは、いつものような軽薄な笑みを浮かべた杉原千華だった。
ひとみは驚いて立ち上がった。
「な!! 一人にしてって言ったはずなんだよ!!」
「僕こそ言わなかったかな? 僕は人の話を聞かないんだ。いや、言ってなかった気もするな。まあ何にせよ、僕は他人の話を聞かないんだ。他人より自分が好きなんでね」
「五月蝿いんだよ!! どっかに行くんだよ!!」
「嫌だね。君から目を離したうちに自殺とかされてみろ。僕はストレスで、全身脱毛したんかって勢いで禿げるよ」
「……、自殺なんてしないんだよ」
「どうだろうねー。死にたいとか言われちゃうと不安にもなるぜ。僕は怖がりでさ」
「……」
「君がこれから先にどんなことするか分からなくて、すごく怖いんだ。だから僕は、ここで君を見ているんだよ」
「知らないよ。そんなの。私には関係ないんだよ」
そう言って、土ぼこりを払い、ひとみは立ち去ろうとした。
だが。
「ああ。僕だって知らねえよ」
そこに杉原が再度、声をかけた。
「え? 何の話――」
「僕は君の気持ちを知らない。前に弥蜘蛛ちゃんとも話したけどさ。君達が辛い目に遭ったことは知っているけど、それは君達の気持ちを理解できるということとはイコールじゃない。だから僕はさ、君達の気持ちを知ることは出来ない」
「それは、そうでしょ。当たり前なんだよ」
「うん、でもさ。だからと言って君達の気持ちを知ろうとしないことは別だと思う」
「……え?」
「だってそうだろ? まあ、別に僕は君達のことを友達だとはまだ思っていないよ。それでも、なんつうのかな。僕らは今、同じ釜の飯を食って、一緒に行動してる。少なくとも助け合うくらいの関係だろ。それなら、君達の気持ちを知る努力はしたい。だから話してくれないかな? 君の家族と、君の家族に何があったのか」
「……でも」
渋るひとみに対し、杉原は無言で彼女の背中と膝に手を回し、抱き上げた。
早い話、お姫様抱っこの姿勢であった。
「え!? ちょ!? ええええええ!?」
「あー、どっこいせ」
そして杉原は手ごろな石に腰掛け、ひとみを横向きの姿勢のまま自分の膝の上に乗せた。
「な、何するんだよ!!」
ひとみは顔を真っ赤にして抗議した。お姫様抱っこなど、親くらいにしかされたことはない。
だが、そんなひとみを気にすることなく、杉原はひとみの頭を優しく撫でた。
「まあ、落ち着くかなー、と」
「寧ろ落ち着かないんだよー!!」
「アハハハ。照れた秘留ちゃん超可愛い」
「絶対にバカにしてるんだよ!!」
「……してないよ」
杉原は、真面目な口調でそう答えた。その表情にはそれまでのふざけた様子は全くなかった。
ひとみの頭を優しく抱き、優しく、優しく、ひとみに触れる。
「君にとっては辛い話だと思う。でも、話して欲しい。君の気持ちを知ることは出来なくても、努力だけは惜しみたくない」
「……」
ひとみは一度黙った。
そうしてしばらく考えて、口を開いた。
「私はね、一人っ子だったんだよ―」
父はひとみが幼いころに病死していたため、ひとみは母と二人で暮らしていた。
それでも幸せだった。村のみんなで支え合い生きていたため、生活に困窮することはなかった。
一つ目鬼族の村は、二十世帯ほどが住む静かな村だった。
農業と、狩猟採取で彼らは生活していた。
ひとみは親の手伝いをしたり、友達と遊んで日々を過ごしていた。
その日も、ひとみは友達と遊んでいた。
「ひとみ! ほら、綺麗なお花の冠が出来た!!」
「ホントだ!! すごく綺麗なんだよー!!」
ひとみが遊んでいたのは、真子という一つ目鬼の少女だった。同い年で、母親同士の仲もよかったため、昔からよく遊んでいた。
幼馴染で、親友の少女だった。
手先が器用で、色んなものを作ってくれていた。
「二つ作ったから、一個はひとみにあげるね」
「いいの? ありがとう。私もお返しに何か――」
「人間が攻めてきたぞォオオオオオオ!!!」
だが、そんな日常はそんな声と共に打ち砕かれた。
物見やぐらに立っていた見張りが声をあげ、半鐘を叩き鳴らした。
「え!? 嘘? 人間?」
ひとみ達も聞かされていた。人間は、魔人を殺し、捕らえ、奴隷にする敵だと。捕まったら目をくり抜かれて殺されると。そして目は特殊な魔道具の素材にされるか、美術品にされるのだと。
故に人間からは絶対に逃げろ、そう教わっていた。
「た、大変なんだよ!! 早く、お母さん達のところへ――」
慌てるひとみ達の耳に、見張り番の声が再度響く。
「マズい!! 人間は人間でもよりによって勇者共だ!! 男は戦う準備だ!! 女は子ども達を――」
しかし、その言葉は最後まで紡がれなかった。
空から大量に降りそそいできた炎の矢が、村中で巨大な爆発を引き起こしたからだ。炎の矢は、物体にぶつかると同時に巨大な爆発を引き起こすという能力を持っていた。
物見やぐらは爆発四散、ひとみ達の近くでも矢が降り、爆発を引き起こし、ひとみは大きく飛ばされた。
「げほ!! 真子!! 大丈夫? 真子!! 返事を――」
そう叫ぶひとみの目の前に、真子の返事の代わりにぼとりと音を立て、落ちてきたものがあった。
それは、花で作られた冠を握った、焼け焦げた少女の右腕だった。
「……い」
ひとみがその意味を察するには数秒もあれば十分だった。
「嫌あああああああああああああ!!!!」
少女の絶叫は爆音と怒号の中でもかき消されなかった。
その声を聞きつけ、ひとみの母と真子の父親が駆け寄ってきた。
「ひとみ!! 大丈夫!? 怪我はない!?」
「お母さん!! 私は、私は大丈夫なんだよ。……でも、でも、真子が……」
「……え? 嘘だ? 真子? おい、それはまさか真子の……」
真子の父が地面に落ちた少女の腕に駆け寄り、抱き上げる。
一目見て、父は気付いた。それは、つい今朝まで一緒に食事を取り、散歩に行くときには、いつも繋いでいた娘の手だということに。
真子の父は娘の腕を抱きしめ、体を震わせていたが、やがてその腕は灰燼と化して風とともに吹き飛ばされた。
「……嘘だ。嫌だ。そんな。そんな、そんな、そんな。真子? ……真子ぉおおおおお!!!」
父は風に巻き上げられた灰に手を伸ばし、喉から悲しみをそのまま絞り出したような声をあげ、涙をぼろぼろと溢した。
「許さない!! 絶対に、許すものか!! 人間共め!! 一人残らず、ぶち殺してやる!!」
涙を流していた父の眼は、澄んだ青から輝く金色に変化した。一つ目鬼族の固有魔法、魔開眼である。
一つ目鬼の目の色は青、赤、金、黒の四色に変化し、更にその色に応じて様々な魔法を発動できる。
金色は直接攻撃に特化した眼である。青は平常時、遠くを見る、細かいものを見る、そのほか嘘を見抜くと言ったサポート要素が強く、赤は結界を張る防御の眼、黒は時空間転移の魔法を司るものである。
「うおおおおおお!!!」
金色の目から雷が奔り、大地を切り裂いた。
そのまま、真子の父は怒りに身を任せ仲間達とともに駆け出した。
同時に人間の勇者達も村になだれ込んできた。数は20人ほどだったが、平均レベルは80前後と、男衆でさえ平均50にも届かない一つ目鬼族よりも相当に高いものだった。
「おじさん! 危ないよ!!」
「待ちなさい!! あなたは私や他の子ども達と一緒に逃げるのよ!! ここは彼らに任せて。早く!!」
真子の父を追おうとしたひとみを止め、ひとみの母は彼女の手を握り、駆け出した。
「お、お母さん!! 待って! 皆が、皆が!!」
ひとみが振り向いた先では一つ目鬼達が、鬨の声をあげながら突き進み、村に攻め込んで来た勇者達との戦いが始まっていた。
矢が飛び、火が舞い、巨大な氷柱が降り注ぎ、雷が奔り、大地が裂ける。
轟音と閃光と共に、鮮血が降り注ぎ、肉が踊る。
高レベルの勇者の暴力に蹂躙され、仲間の一つ目鬼族たちは次々と虐殺されて言った。
そこはまさしく地獄絵図だった。
「あ。ああ。そんな。おじさん。皆。皆が死んじゃう。お母さん!!」
「見ないで!!」
ひとみの言葉を母が遮り、強く手を引く。
戸惑いながらもひとみは前を向いて駆け出した。
そんなひとみの様子を見て、母も強く駆け出した。
いつかは人間が攻めてくる日が来るとは思っていた。
いつかは平和が脅かされる日が来るとは思っていた。
しかし、それでも。
(まさか、こんな唐突に、しかも勇者が来るなんて。……恐らく勇者は魔法で姿を隠しながら来たんだわ。私達に逃げられないように。そうでもなければ私達の一族の目を誤魔化せるはずがないッ!!)
歯軋りしながらも母はひとみの手を引き続ける。
そこへ唐突に炎の矢が再度降り注いできた。
「ッ!!」
母は咄嗟に防御のため眼を赤く変色させ、結界を張った。ぎりぎりで炎の矢を結界で遮り防御する。
「ふうん。防がれたか」
そう声をかけてきたのは勇者の男だった。
「その炎の矢……。村に火をつけたのもお前かッ!?」
「だからどうした化け物め。所詮『NPC』だろうが。適当に殺してやるぜ!」
「お前が!! お前が真子を殺したんだよッー!! よくも!! よくも、よくも私の友達を!!」
「下がりなさい! ひとみ!! あなたじゃどうにもならないわ!!」
「……気持ち悪い家族ごっこだな。ただのモンスターのくせに。まあいいや。単眼の化け物なんざ気味悪いから殺してやるか」
「……お前ッ!!」
勇者の発言に逆上したひとみが、怒りに身を任せ駆け出そうとした。
だがそれは叶わなかった。
ひとみの体がふわりと持ち上がったからだ。
「え?」
気付けばひとみの母が詠唱により、風の魔法を発動させていた。
「お、お母さん!!」
「……アンタだけでも先に逃げなさい。ここはお母さんが食い止めるから。アンタは何が何でも生き延びるのよ!!」
「ま、待ってよ!! お母さん!! 私は――」
その瞬間、暴風がひとみの体を吹き飛ばした。
「……さて、忌々しい人間さん。邪魔だし、子どもの迎えがあるのよね。シングルマザーは忙しいの。ちょっと退いてくれる?」
「うるせえよ化け物がッ!!」
金の眼から迸る雷光と炎の矢がぶつかり、爆発を引き起こした。
「う……! お母さん! お母さん、どこ!?」
風に吹き飛ばされたひとみは、村から離れた山中の川に落とされていた。怪我しないようにひとみの母が狙って吹き飛ばしたようだ。
またその上でひとみの体は風に包まれ衝撃を弱められていた。
そのお陰で多少擦りむきはしたが、ひとみは大した怪我もなく戦場から離脱していた。
びしょ濡れのままに、ひとみは川から這い出した。
「お、お母さん。嫌だよ。嫌なんだよー。置いて、置いていかないでよぉ」
母に会いたい。
お母さんに、会いたい。
そんな一心でひとみは山中を歩き回った。そしてしばらく歩き回り、見晴らしのいい場所を見つけた。
そこからは燃え盛る自分の村が見えた。
このとき初めてひとみは自分の眼がいいことを後悔した。
こんなにも眼が良くなければ、玩具のように殺されていった仲間達を見ることもなかっただろうに。
仲間達は抵抗も虚しく惨殺されていった。
真子の父親も槍に貫かれて殺される様子が見えた。
「……そんなッ!! おじさん!!」
殺された仲間達は何故か灰になり、風に吹き飛ばされていった。そして偶に水晶に包まれた一つ目鬼の眼球のみが残されていた。
そうして残された眼球は勇者達が喜び勇んで拾い集めた。
「……何なの? 一体あいつらは何をしているの?」
ひとみは呆然としながらその勇者の行動を見ていた。
だがいつまでも茫然自失とはしていられない。
「……そうだ! お母さん!!」
ハッとしたように、ひとみは声をあげた。
ショックは受けたが、それでも母はきっとまだ生きている。
大丈夫。母親が生きているのなら、自分はまだ大丈夫。
そう思い、ひとみは眼を皿のようにして母を探した。
「……居た! お母さん!!」
そして母を見つけた。
全身にやけどと切り傷を受け、痛々しい姿だったが、それでも生きていた。
傷だらけのまま、なんとか歩いてひとみの居る方へ進んでいた。
(お母さん!! 生きてた!! お母さん!! せめてお母さんだけでも――)
そして母もまた、ひとみの視線を感じた。
「……ひとみ」
その声はもちろん、ひとみには届かなかった。
しかし、唇の動きとその優しい微笑みから、ひとみは母が自分を呼んだのだと気付いた。
「おかあさ――」
ひとみが声をあげようとした瞬間、母が炎に呑み込まれた。
「……え?」
ひとみの口からそんな声が漏れた。
炎が散った後、かろうじて人型であったことだけが分かる焼死体が残されていた。
しかしやがて、その焼死体も灰となり眼球のみを残して風に吹き飛ばされた。
「嘘だ……」
その直後、脱兎のごとく、ひとみは踵を返し駆け出した。
振り返らずに、ただただ走り出した。
「嘘だ。こんなの……嘘なんだよぉ。……そうだ。こんなの、こんなの悪い夢なん――」
涙で視界がぼやけ、足を木の根にひとみは勢い良く転倒した。
膝の皮膚が削げ、血が流れた。
「あうっ!」
血の流れる膝に手をやり、血を拭うと、ひとみは血の付着した手をじっと見つめた。
「……痛い」
そんな声が、唇の隙間から漏れた。
「痛い。痛いよ。なんで……? 夢じゃないの? この世界は、夢なんじゃないの? なんで、なんで……なんでなんだよぉ。……お母さん」
大粒の涙が頬を伝い、地面に染み込んだ。
「う。うああ。うああああん!!」
ひとみの網膜には頬笑む母が炎に呑み込まれる光景が焼きついていた。
何故だ? 何故自分達はこんな目に遭うのだろう?
そう考え続けながら、ひとみは歩き続けた。
行く当てもなく、目的地もなく、ただ歩いていた。
そんな日々がしばらく続いたところで、ひとみは三人の男達に出会った。
「オイオイ! マジか!! まさかこんなところで一つ目鬼のガキを見つけるなんてな」
「ハハハッ!! 俺達はついているぜ!!」
「こいつの眼を抉り出せば高値で売れるぜ!!」
ああ、そうか。とひとみはそこで気付いた。
そうだ。一つ目鬼の眼球は人間に重用されるため、高値で取引されるのだ。だから勇者達はあんなにも揚々と一つ目鬼の眼を集めていたのだ。
「……ハハ。私達の殺される理由なんてそんなものなんだねー」
自暴自棄になったひとみは、大して抵抗することもなく、男達に捕まった。
「その後は、知ってるんだよねー? これが私と、私の一族に起きたつまらない話なんだよー」
ひとみは自虐気味にそう言った。
しかし、そこで気付いた。
今までは思い出すだけでも辛かった。夢に見て魘されていた。
だと言うのに、なぜ自分はこんなにもすらすらと言葉に出来たのだろう。
その理由はすぐに分かった。
杉原は大粒の涙をぼろぼろと溢していた。
その理由は、杉原がひとみと魔力を同調させていたからだ。
「……杉原さん。あなた、私の感情と自分の感情をリンクさせたんだね?」
ひとみは眼を見開いてそう言った。
杉原は魔法崩し(マジックディスターブ)を発動する際、相手の魔力と自分の魔力を同調させ、自分の魔力と相手の魔力を融合させることで魔法を打ち消している。
だが、この方法を相手に直接使うことで新たな効果を生むことも出来る。
魔力の同調により、感情の共有が可能なのだ。
つまり、杉原は一人分の悲しみを二人で分けているのだ。
友達と居れば悲しみは半分、とは言うが、杉原はその状況を体現しているのである。
本来ならば一生のトラウマレベルである話を、ひとみがこんなにもスラスラと話すことができたのは、こうして杉原がひとみの悲しみを半分、背負っていたからであった。
「なんで、わざわざそんなことを……」
疑問を口にするひとみに対し、杉原は何も言わずに強くひとみを抱きしめた。
「す、杉原さん。痛いんだよー?」
「……ごめんね。でも、少しでいいから。ちょっとの間だけでいいんだ。……このままでいさせてくれないかな?」
「……なんで、杉原さんのほうが泣いているんだよー。……泣きたいのは私のほうなのに」
そういうとひとみの涙からもまた、涙が溢れてきた。
「……もう、涙が止まらないんだよー」
「……ああ、そうだな。僕なんかいい年してだせえけど、溢れるもんはしょうがないよ」
そうして二人は暫く涙を流し続けていた。
「「ただいまー」」
二人が帰ってきたのは夕方になってからだった。
「……! お帰り」
有栖が帰ってきた杉原達の顔を見ると、二人とも泣いた所為で眼が赤くなっていた。
だが、そんな二人の様子に気が付きつつも、有栖は何も言わず、その後にやってきた冬木もまた何も言わず、いつも通り接していた。
何かあったことは分かっていたが、わざわざそこに突っ込むようなことはしなかった。少なくともひとみは冷静さを取り戻していたため、寧ろかき乱すことはないと判断したためだ。
そうして、その日はクエストに行くことも無く、ゆったりと時間が過ぎていった。
やがて夜も更け、杉原も眠りにつくためベッドに潜り込んだ。
そんな杉原のベッドルームのドアがノックされた。乾いた音が静かな部屋に響いた。
「……鍵なんてないですよ。どうぞ」
「……失礼するんだよー」
そう言って入ってきたのはひとみだった。
「やあ。どうしたんだい? 僕はベッドルームに女の子が来るのが初めてでさ。こういう場合のマナーには疎いんだ」
「いや、そういうのは良いんだよー。別に。……ちょっと一緒に寝てもらえないかなって思っただけなんだよー」
「……へえ。まあいいけれど」
会話しながらひとみはベッドに歩み寄ってきた。
それに合わせて杉原はベッドの上に胡坐を掻いた。
「でも、またどうして僕のところへ? 僕は別にロリに手を出すほど、切羽詰ってないよ」
「いや、そんな展開ないんだよー。……そうじゃなくて、また悪夢を見るかもしれないから……」
「ああ、感情の共有か。うん。いいよ」
「……ごめん、なんだよー」
「え? なんで謝るの?」
「だって、私の気持ちを共有するってことは、味わう必要のない痛みを味わうってことなんだよ? だから……」
「ああ、そんなことか」
俯くひとみに杉原は優しい笑顔で、答えた。
「良いよ。僕は君達を助けるって決めたんだ。だから、これはそのケアのうちさ。気にするようなもんじゃあないさ」
「……なんで、そこまでしてくれるんだよー?」
「僕が、僕自身が君たちを助けたいと思って、君達を笑顔にしたいって、そう決めたからさ。それ以外に理由がいるか?」
「……杉原さん」
そこで、杉原は一度言葉を区切り、ひとみに手招きした。
ひとみは多少、逡巡したがそのままスリッパを脱いでベッドに登った。
そして、杉原はひとみに対し、右手の小指を差し出した。
「……これは?」
「秘留ちゃん。君がこれからどうなるか分からないけど、僕は君を幸せにしたい。弥蜘蛛ちゃん以外にも友達を作って欲しいし、一人でも生きられる強さを身につけて欲しい。悲しみを乗り越える辛さを身につけて欲しい。……いつかどこかで恋愛とかも、するかもね」
「……でも、私はもう何もかも、なくしたんだよー?」
「だったらこれから掴み取ればいいんだろ? 何が何でも、君に幸せになって欲しいのさ、僕は。だから約束しよう。僕は君の力になるよ。……そして君は、君自身の力になると、自分で自分を幸せにすると約束して」
「……」
ひとみは杉原と眼を合わせて、彼の言葉を聞いていた。
ややあってひとみは口を開いた。
「私はみんなを殺した、人間が嫌い」
「……ああ」
「人間が憎い」
「……ああ」
「人間を許さない」
「……ああ」
「正直、杉原さんに対しても複雑なんだよー」
「……そうだろうね」
「でもね。約束するよ。私は幸せであろうとするよ。幸せになるよ。……そしたらいつか満面の笑みで、あなたに幸せにしてくれてありがとうって、言うからね」
「……そっか」
そして二人は指切りをした。
小指と小指を絡め約束をした。
か細い指で交わされる儚い約束かもしれない。
それでも杉原もひとみも悪い気はしなかった。
やがて二人は眠りについた。
二人の小指は結ばれたままだった。
眠っていても、やがてひとみの眼からは涙が溢れ、同時に杉原もまた涙を流した。
だが二人の表情は、辛そうには見えなかった。
「……お母さん。さよなら」
ひとみは自分がどんな夢を見ていたのか、全く覚えていなかった。
自分が呟いた寝言にも気付いておらず、杉原もまた感情を共有しただけであったので、具体的にはひとみの夢がどんなものだったか分からなかった。
しかし、誰もひとみの夢がどんなものだったかは誰にも分からないが、ひとみがこんな寝言を呟いてからは、少なくとも母の死という悪夢に魘されることは、なくなったのだった。




