第9話 だから僕はここに立っているんですよ
「まさか一晩目を離した隙に三人分の死体積み上げるとは、どんな問題児ですか」
「いやこういうのは逆に考えましょうよ。一晩で三人の子どもを作っているよりはマシですよ」
翌朝、黒渡が冬木を呼びに行き、冬木にも杉原達の元にやってきてもらった。
冬木の回復魔法とアドバイスは必要だろうということからだ。
実際に今、杉原は昨日の怪我を治療してもらっている最中だ。
「まあそれも困りますけどね……。ただあなたは二人も面倒を見ることになりましたからね」
「いやまあ、そうなんスけどね。そっちはまあどうにかするしかないスよ。そう決めましたから」
「……まあ、腹は括っているようですからその点に関しては私からは何も言いませんが。……ただ、どんな理由があれ人殺しの片棒を担いだことに対してどう思っていますか?」
冬木は真剣な表情で、杉原に尋ねた。
射抜くような視線だった。
だが、杉原は特に何の表情も感じないような表情で答えた。
「正しいことをしたとは思っていませんね」
「……なら、あなたは――」
「でも間違ったことをしたとも思っていません」
それでも杉原ははっきりと答えた。
ぼんやりとした表情で、口調だけははっきりとした様子で。
答えた。
「正しくはなかったですよ、それはもちろん。もしかしたら彼らも更生したかもしれませんから。僕のいた時代でも死刑は撤廃される流れにありましたし。でも僕は、あの状況では彼らを許すことは出来なかった。なにより許したくなかった。正しくはなくとも間違いではなければ、僕は僕のやりたいことをしますね。だから僕はここに立っているんですよ」
「……そうですか。それならもう言うことはありません。あの娘達のことはあなたが責任を持ちなさい」
「ええ、分かっていますよ」
そして二人は振り向いた。
二人の背後には土のかまくらがあり、その中では有栖とひとみが抱き合うようにして眠っていた。
「ただまあ、あの男達の死体や隠れ家なんかはどうしますか? この世界では警察の代わりに騎士団とか言う連中が居るそうですが、彼らにはばれない方がいいでしょう?」
「そうですね。あの連中にはばれたくないですね。死体は隠れ家の建物ごと地中に埋めてしまいましょう。その辺りは私がしておきます」
「すみません。お手数をおかけします」
「構いませんよ。これもまた師の義務の一つです。弟子の尻拭いなんてものはね」
そして冬木は微笑んだ。
そんな師匠の様子を見て、杉原はほっとため息を吐いた。今回のことで破門でもされたらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようだ。
「さて、ではやることは済ませてしまいましょう。私は片付けに行きますから、あなたは近くの川で水浴びがてら魚でも取ってきてください」
「分かりました」
「それと黒渡」
「……む? ああ、なんですかな?」
と、冬木は近くの枝に止まり、眠そうに船を漕いでいた黒渡に話しかけた。
「弥蜘蛛さんたちのことお願いしますよ。眠いでしょうが、頑張ってください」
「ええ、もちろんですとも」
黒渡はそう答えたが黒渡は眠そうだ。
もう陽は高く昇っている。夜行性にはきつい時間のようだ。
「じゃあ、任せましたよ」
「治療ありがとうございました。こちらこそよろしくお願いします」
そして、治療を終えた冬木と杉原はそれぞれ違う方向へ歩き出した。
「う……ん」
それから更に高く日が昇ったところで、有栖は眼を覚ました。
目の前ではひとみがすやすやと寝ていた。
ひとみが起きないよう、ゆっくり起きようとしたが、すぐにひとみも起きてしまった。
「ああ、ごめん。起こした?」
「ううん。丁度起きたよ」
「良く眠れた?」
「うん。久しぶりに安心して眠れた。お姉さんは?」
「そっか。私もよ」
そして二人は起きだして、外に出た。暖かい日差しが降り注ぎ、さわやかな風が吹く気持ちの良い天気だった。
黒渡は日陰の木の枝に止まり眠っていたが、二人の気配を感じ取って目を覚ました。
「おはよう。疲れは取れたかのう?」
「ま、多少はね。地面に寝転がってたから、寝心地はよくないけどそんなのもう慣れたし、私もひとみも久しぶりにゆっくり眠れたわ」
「そうか。なら川で顔と体を洗ってくるといい。結局昨晩は風呂には入れておらんかったじゃろう。有栖は杉原が多少洗っておったが、きちんと洗った方が良かろう」
「……あー、そうね」
押し倒されたことを思い出し、若干不愉快にはなりながらも有栖はもうそのことは気にしないことにした。
結局助けられ、大きな借りが出来た。
杉原にはいつか借りを返そうとは思っているため、あまり態度の大きいことは言えない。
それでも、有栖はあまり杉原のことを好いているわけではないが。
「いいわ。ひとみ。行きましょ」
「はーい」
そして二人は連れ立って川のほうへ歩いて行った。
若干寝惚けていた黒渡が、杉原が川に居ることを伝え忘れたことに気付いたのはそれからしばらく後だった。
「あー、水浴びなんていつ振りかしら。最初のころは魔法で軽く体を洗う程度は出来たけど、ここ数ヶ月は髪を手で梳いて、余った飲み水で顔を洗えたらいいほうだったしね」
「私はそんなに大したことなかったし、まだ平気だったけど体を洗えないのはやっぱり嫌なんだよー」
ひとみと有栖がそんな会話をしながら川に近寄ると、
「ざっぱーーーーーん!!!」
と言う大声と共にパンツ一丁の杉原が水面から飛び出してきた。
その手には数匹の魚のえらに植物のツタを通したものを持っている。
「よう! おはよう。起きたんだね」
と、パンツ一丁で朗らかに話しかけてくる杉原に有栖は顔を赤く染め口をパクパクと動かし、ひとみは呆れを含んだ半目、いわゆるジト目で杉原のことを見ていた。
「え? 何ぼさっとしてんの? おいおい、確かに僕はイケメン細マッチョだけどそんなにじろじろ見られたら――」
「このド変態野郎!!」
「危ねえ!!」
へらへら笑いながら歩み寄ってきた杉原の顔面を有栖のとがった爪が襲い、杉原は咄嗟に屈んでかわした。
「ちょっと!! 何すんの!? 危ないだろ!!」
「五月蝿いわね!! な、なんでパンツだけなのよ!?」
「そりゃあ、お前。着衣水泳なんてやってらんねえだろ。というか全裸じゃないだけマシじゃん」
「な、何言ってんのよ!! びしょ濡れの下着姿とか変態じゃない!!」
「うん、まあ女子に見せる姿じゃないけどさ。良いじゃん。君、別に処女でもないんだろ?」
その設定もう消えたんだよー、とひとみは頭の中で呟いた。
「え!? ま、まあね。私モテモテだったし、そりゃあもう百戦錬磨よ!!」
「「いや、もうその設定は無理だろ!!」」
ひとみと杉原は同時に大声で突っ込んだ。
「な、何よ!? 設定って!! 私処女じゃないもん!!」
「お姉さんってさ、うろたえると語尾が『~~もん』になるよね?」
「え!? あ、いや、そういうことはないけど……」
「つうか、僕も童貞だし。処女とか気にしてどうすんの? 恥ずかしいことはなくねえ?」
「ハァ!? この年で処女とか、そうそうないわよ!! アンタみたいなモテない奴と一緒にすんじゃないわよ!!」
「君のそういう知識はどっから持って来たんだ? つうか僕は処女だろうが非処女だろうがどうでもいいよ。要は顔だろ。その次にスタイル」
「杉原さんもドストレートなんだよー」
「ま、まあいいわ!! ていうか、アンタはさっさと服着てどっか行きなさいよ!!」
「え~!! いいじゃないの~。私も混ぜなさいよッ!!」
「混ぜるか!! 気持ちの悪い喋り方するな!!」
体をくねらせ女口調を使う杉原に再度爪を振りかざし、有栖は無理矢理杉原を追い返した。
そんな二人の様子をひとみはジト目で見ながら、ため息を吐いた。
「お初にお目にかかります。冬木柊と申します。」
冬木はそう口を開いた。
ちなみに黒渡は何か冬木から頼み事を受けた後、一旦巣に戻っている。いい加減眠くてやってられないとのことだ。召喚魔法を使えば、容易くもとの巣に戻れるので一旦帰ってもらったのだ。
川からそれぞれ戻ってきた4人は焚き火を囲み、そこでは杉原が魚を焼き、米を炊いていた。
だが、鼻歌交じりに料理する杉原と、有栖達の雰囲気は大きく異なっていた。
「……まさかアンタの師匠にそんな大物が出てくるなんてね」
「……」
有栖は額から汗を流し、ひとみは大きな目を更に大きく開いて冬木を見ていた。
有栖達は冬木柊のことは詳しくは知らない。ただそれでも桁外れに強いとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。その実力は、二人とも見ただけで察した。
冬木のレベルは相当に高い。
普通の人間ではレベルのボリュームゾーンは30半ばと言ったところだ。
しかし、冬木は寿命の長いエルフの中でも更に高いレベルだ。100を超えている人間など、この旧日本列島の全国家の中でも勇者を除けば15人程度だ。
だが、冬木はレベルだけではない。
そのことに有栖もひとみも気付いていた。
この世界におけるレベルとは強さの一つの指標に過ぎない。もちろん、レベルの高さは魔力量の大きさ、肉体の強靭さを示すが、そこに技術や技量は含まれない。要は、レベルがどれだけ高くても、自分の持つ技術を使いこなせなくては意味がない。
冬木は何よりも、その技術がずば抜けている。冬木の所作を見ただけで有栖とひとみはそう判断した。
隙がない。例えどう足掻いても、自分達ではこの女性には勝てない。そのことを二人は痛感していた。
この場において、冬木柊の力量をもっとも分かっていないのは、間違いなく杉原千華だった。
運動神経はいいほうだが、平和な日本でのんびり生きてきた彼は、力量が違いすぎて冬木の力を計りきれていないのだ。
それでも、修行の日々で自分の師が相当の強者であることには気づいているが。
「まあ、そうお固くならずに。私は杉原の味方です。彼があなた方を守ると決めたなら、危害は加えません」
「だってさ。まあのんびりしようぜ」
と、杉原自身がのんびりしたことを言い出した。
肩肘張る必要もないか、と有栖は嘆息し、
「弥蜘蛛有栖。アラクネよ。よろしく」
「秘留ひとみ。一つ目鬼なんだよ。よろしくなんだよー」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
なんだかんだと言いつつ、きちんと頭を下げて挨拶する有栖達を見て「挨拶が大事なのはニンジャ○レイヤーと変わらないな」と杉原は呟いた。
実際、アイサツは大事だ。古事記にもそう書いてある。
「まあ、取り敢えずこれからどうするんですかね?」
「ええ、まあ方向性を決めましょう」
「方向性って何のことよ?」
杉原と冬木の会話に有栖が怪訝な顔で入ってきた。
「ああ、そうだね。君らにはざっくり分けて二つのルートがあるだろ? 人の社会とか言うでかいクソの上みたいなところで生きるか、社会から離れた山ん中で人に出会わないことを祈って生きるかだ」
「「……」」
有栖もひとみも押し黙った。
分かっていたことではあるが、今自由になったところで大して自分を取り巻く環境は変わらない。
自分達には変える場所も、行くあてもないのだと痛感した。
「人間の中で生きるか、外で生きるか。まあ両方とも一長一短だな。人に紛れて生きれば、まあメシ食うくらいのことは出来るだろ。それくらいのサポートはするさ。だが、君らはここでは人権がない。ここで生きるには、僕の奴隷になってもらうしかない。そうでなければ君らはいつまた誰に搾取されるか分からん。山に戻れば、君らは自由だ。だが、もう家もない。家族も居ない。何もない自由の中で、いつかまた人に見つかって、勇者にでも見つかれば元の木阿弥だ。さて、それを踏まえた上で言うぜ。君達はどうしたい? どっちでも尊重するし、手は貸すぜ」
またしてもニヤニヤしながら杉原は告げた。
どうにもならない現実と言うものを。
「……そうね、確かにどっちに転がっても碌なことはないわね。まあ、山の中に逃げれば仮初めの平和は手に入るけど」
「いつまで、平和で居られるかは分からないんだよー」
有栖の言葉に、ひとみも同調した。
「……立場が保障されるのは、ここであなたの傘下に下ることなんだろうけど……」
「まあ、奴隷に逆戻りだもんな」
杉原は何も考えていないような口調でそう言った。
そしてそのまま魚を返して、万遍なく火があたるようにした。
「……それに、私達はあなた達に恩を感じてはいるけど、……」
「信頼できるかは別なんだよ」
二人ははっきりとそう言った。
恩はもちろん感じている。自由にしてもらったのだ。
しかし、これから先奴隷として搾取されないとも限らない。
それほどに、二人の人間への不信感は大きかった。
「だろうね。そもそも旧時代の社会心理学者によれば信頼にしろ、安心にしろ『相手に自分を搾取しようとする意思を持っていないという期待』があることが前提だ。そんなものは、君らには難しい話だろうね」
「……いや、その言葉も良くわかんないんだけど」
「要は、『僕が君達を利用する気がない』と君達が思ってくれないと深い関係は築けないって話だ」
その話も尤もだ。利用されるかもしれないというのに、信頼も安心も何もない。
そして、その話を自分からすることが、杉原なりの危害を与えることがないという意思表示だった。
「では、あなた達はどうしますか? どちらも平坦な道ではありませんが、それでもどちらか選ぶしかありませんよ?」
「「……」」
冬木の言葉に二人は押し黙った。
そして、一度見つめあうと、頷きあった。
「何? どうしたの? 百合展開でもはじまんの? 僕そういうの大好物なんだけど。パンツ爆発しそう」
「……やれやれ、こんなの相手に借りを作るなんてね」
「え? 借り?」
「ええ。私とひとみは助けられ、有耶も安らかに眠ることが出来た。それはあなたのお陰よ」
「……何言ってんのさ。こんなもん、多少腕が立つなら誰にでも出来る」
「でも、誰もがしようと思うことじゃないんだよー」
軽薄な笑みを貼り付けた杉原に、有栖とひとみは畳み掛けていく。
「……少なくとも、あなたが動いてくれなかったら、ひとみは傷つけられ、もう死んでいる。私も有耶のことを隠されたまま死んでいたわ」
「だから、やっぱりお兄さんのお陰なんだよ」
有栖は言いにくそうに、ひとみは恥ずかしそうにそう言っていた。
「僕は、……君達に嫌われているんだと思っていたけどな。試すようなことをしたし、人間だし」
「それは人間は憎いし、あんたも好きではないわよ。それは。でも、感謝はしてる」
「借りは返したいって、そう思うんだよ」
「だから、さっき話していたのだけど、今はっきりと決めたわ」
「杉原さん。私達はあなたについていくんだよー。少なくとも恩を返し終わるまでは。例え奴隷にもう一度堕ちたとしても、自ら堕ちるのなら構わないんだよー」
「……そうか。じゃあ、僕はなんも言わないね」
杉原は苦笑いしていた。
嫌われるようなことを意図的に有栖にしていたからだ。杉原としては恩を売るようなことをしたくなかったからだった。
寧ろ、自分が言いたいだけの意見だったため黙っていたが、彼としては二人に山なり森なり、人里離れたところで生きていて欲しかったからだ。
仮初めの平和でも、平和は平和なのだから。
だが、彼女達が選択したのなら、杉原は何も言うつもりはなかった。
「さて、そろそろメシが炊けたか。魚も頃合だしな。気をつけて食え。師匠もどうぞ」
「ありがとう杉原。いただきますね」
「……ありがとう」
「いただきますなんだよー!!」
そして、三人は魚にかぶりつき、杉原は美味しそうに炊けた米を、冬木から借りた食器に盛っていた。
ちなみに食器はマジックバッグから出たものだ。
「美味いわねコレ」
「うん。美味しいんだよー」
「……ああ、師匠。それなら彼女達は僕の奴隷として所有登録されるんですよね?」
「ええ、まあそうですが。食事始めたタイミングで一番したくない話を突っ込まないでくださいな」
「いやあ、そうなんですけど。一つご提案がありましてね――」
しばらく後、杉原千華、冬木柊、弥蜘蛛有栖、秘留ひとみはアラタヤドの街を歩いていた。
大通りから一本逸れており、人は多いが、多すぎるというほどでもない。
その市民達の目は弥蜘蛛でも、秘留でもなく、杉原に向いていた。
魔人である有栖達ならともかく、杉原は本来注目される道理はなかった。
なら何故そんなことになっているのか。答えは単純だ。
「ククッ!! ハッハハハ!! いやあ面白い。あの連中の顔は堪らなく面白いな!! 実に、愉快だったよ」
杉原は心底楽しそうな笑顔でそう言い放った。
「いやあまあ、私達も驚きましたよ」
「あんなことを考えるなんて、ホントにアンタはよくわかんないわ」
「びっくりなんだよー」
他の三人は呆れたような顔でそう言った。
「そうかい? でも僕はこの世界のあり方を知り、弥蜘蛛ちゃん達を知って、このやり方は割とすぐ思いついたんだぜ」
そう言いながら、杉原は首元をさすった。
つられて、有栖もひとみも首元に手を当てた。
そこには、かつてつけていたものより重厚な黒い首輪が嵌められていた。
そして、それと同じものが杉原の首にも嵌められていた。
「しかし、『僕を魔人の奴隷にしてくれ』って言ったときの騎士団の連中の驚いた顔は面白かったね。鳩がショットガンぶっ放されたらあんな顔なんじゃあねえのか? ハハハハ!!」
杉原千華 種族 人間族 17歳 男性
Lv 2 職業 奴隷
弥蜘蛛 有栖 半蟲族 蜘蛛人間種 17歳 女性
Lv 22 職業 奴隷
秘留 ひとみ 一つ目鬼族 11歳 女性
Lv 11 職業 奴隷
これが三人の今のステータスだった。
「でも、あなた本当に良かったの? これで神殿での職業ステータスボーナスはパアよ」
「別に構うことはないさ。君らを助けた恩で見下すよりマシだ」
杉原の切り出した提案は、至極簡単なものだった。
「一つご提案がありましてね。僕を弥蜘蛛ちゃんと秘留ちゃんの奴隷に出来ますか?」
「は、ハアアア!? アンタ正気?」
「正気かどうかと問われると、何が正気で何が狂気かの定義によるね」
「いや、どういうことなんだよー? そんなことして、あなたに何のメリットがあるんだよー?」
「簡単だ。君達と対等な立場でいられることだ。僕は人前は平気だけど、人の上に立つのは苦手でさ。ストレスしか感じないんだ。だからこっちの方が楽なんだわ」
「ふふふ。いやあ、あなたを弟子に取った私の眼に狂いはありませんでしたね。面白いものです。……ああ、それと人間でも本人が騎士団の前で直接誓約書に証明すれば奴隷になれますよ。奴隷魔法も奴隷の所有登録も騎士団の詰め所でされますので。基本的には、絶対の忠誠を誓う一部の狂信的な騎士などがするものですがね」
「十分に十全です。ありがとうございます。師匠。じゃあ、それで行きます」
そんな会話の後、本当に杉原は有栖とひとみの奴隷になってしまったのだ。
男達がやっていたように、複数の人間で一人の奴隷を持つことも、一人で複数の奴隷も持つことも可能だ。
そのため、現状の有栖、ひとみ、そして杉原の関係は、有栖とひとみが杉原の奴隷であり、また同時に杉原は有栖とひとみの奴隷であるという奇妙な主従関係が出来ているのだ。
お互いがお互いの主であり、奴隷。
それが杉原の選んだ『平等』だった。
「まあ、命は平等だ。なんて言うけど実際そうじゃないよな。少なくとも有耶君の命は弄ばれた。命って本当は軽いし、脆いのさ。それをさも重たいもののように扱いたがるから、格差が生じる。なら、平等であることは簡単さ。みんなで地面に這い蹲ればいい」
謳うように杉原はそう言った。
騎士団の人間達は驚き、魔人に何か脅されているのではないかと思ったが、本人と師匠である冬木柊の同意が証明され、その結果として奴隷登録がなされたのだ。
「だからと言って、本当に奴隷になるなんて……」
「人を見下すのはガラじゃない。僕は見上げる側の人間だよ。背は高いけどね。ハッハー」
そんな会話を続けながら四人は街を歩き続けていた。
「まあ、そんなことは良いんですよ。師匠、今これはどこに向かっているんですか?」
「ああ、言ってませんでしたっけ? 服を買いにですよ」
「服ですか?」
「ええ、あなたも四木々流の入り口には入りましたし。五幹に至ってからは、四木々流の衣装が与えられ、正式に四木々流の名を名乗ることが出来ます」
「へえ、そうなんですか。ありがとうございます。でも師匠。結構言い忘れること多くないですか?」
「細かいことを気にするんじゃありません。それと、弥蜘蛛さんたちもそんなぼろ布のままでは何でしょう。きちんとした服は買わなくては」
「え!? いやでも、私達は奴隷なんだよー?」
「杉原だって奴隷です。大丈夫ですよ。代金は以前杉原の捌いたアオソウダイショウを売った金で、まかないますから」
「ああ、そんなこともありましたねぇ」
「なんて言っていたら、着きましたね。ここがその店ですよ」
冬木が立ち止まった場所は、『ユキナのお店 LOVE』と書かれた看板の置かれたアパレルショップだった。
「あの、師匠。大丈夫なんですか? なんか知能指数の低そうなお店ですが」
「ふふふ。大丈夫ですよ。ちょっと変わり者がオーナーですが……」
という会話を杉原と冬木が繰り広げ、ひとみはジト目で看板を眺め、有栖はショーウィンドーの綺麗な振袖に目を奪われていた。
そんな時、
「あっらー? ふーちゃんじゃなーい!! 超久しぶりー!」
という男の裏声とともに店のドアが開け放たれた。
そこにいたのは、杉原より更に大きな男だった。身の丈は2メートルを超え、髪をツーブロックに切り、ぴちぴちのTシャツとホットパンツを着ていた。
この人は多分同性愛者だな、杉原は脳内でそう呟いた。
「お久しぶりです。ユキナさん。頼んでいたものは出来ていますか?」
「もっちろーんよぉ!! あら、あなたがふーちゃんの弟子? やだあ、いい男ね!! ホント、素敵!!」
「そうですね。僕もそう思います」
「アハハハー!! 話も面白いわねぇ。私あなたみたいな人好きよ」
「ハッハー! そう言っていただけると嬉しいですね」
会話しながら、杉原は視数値を発動した。
相川 行南 種族 人間族 34歳 男性
Lv 36 職業 格闘家
「相川さんですか。僕は杉原です。よろしくお願いします」
「何言ってるのよぉ。ユキナさんでいいわぁ。あら、あなたの首輪……」
「ああ、この娘達とお揃いにしただけです。今日はこの二人の服もお願いします」
「……そう、あなたは優しいのね」
「なんのことだか、分かりませんね」
「……アハハー!! いいわ、アタシあなたのこと気に入ったわ。おいで、お店に案内してあげるわ」
そう言うと、ユキナは踵を返し、店に戻っていき冬木もそれに続いた。ひとみもユキナを『視て』、危険はないと判断し、歩き出した。
だが、有栖は動かないため、杉原が有栖に声をかけた。
「あれ? 弥蜘蛛ちゃん? そうしたの? 行くよ」
「え? ああ、分かってるわよ!!」
振袖を眺めていた有栖は慌てて店に入って行った。
「ふむ……」
軽く杉原はその振袖を眺めた。
黒地に色彩鮮やかな花の刺繍が施され、美しい色合いだった。
「綺麗だな」
そう一言だけ呟いて、杉原も店内に入った。
店の中は和洋構わず様々な服が置かれていた。先ほどのような振袖、浴衣、変わったところでは和装メイド服まである。洋服ではワンピース、ドレス、なぜかボンデージファッションまで揃っている。
店は外から見ると広くは見えなかったが、案外奥まで続いているようだ。その分、様々な衣装が置いてある。
メンズ、レディース共にあるが、レディースの方が多いようだ。
「はー、節操無いですね」
「アハハハー! そうねえ。色々集めたもの」
「ここならまあ、色々揃うでしょう。私達四木々流の衣装を委託して作っている数少ない店の一つですよ」
「そうねえ、先に杉原君の服を準備するわ。二人のお嬢さんは好きに見て試着して良いわよ~」
そういうと、ユキナは奥に入って行った。そんな彼の様子を見ながら、杉原は冬木に尋ねた。
「……師匠。ユキナさんって、魔人に偏見ないんですか?」
「彼も彼で、色眼鏡で見てこられましたからね。それにあなたも彼を見てあまり驚きませんでしたね」
「旧時代にはああいう人居ましたし。気にする方がどうかと思いますよ」
「……本当にあなたを弟子にしてよかったですよ」
冬木はしみじみとそう呟いた。
杉原は「買い被りですよ」とだけ応えた。
杉原はユキナを待っている間、ひとみと有栖を見ていた。
有栖は先ほどから興味を示している通り、服を見て顔を綻ばせている。元々、アラクネは裁縫の類が得意な一族なのだ。そのため、服に対する関心も本来は強いのだ。
有栖は嬉しそうに服を見ていたが、杉原の視線を感じると、顔を赤らめ、杉原を睨んでいた。
仕方なく、杉原はひとみのほうを見た。彼女はうろうろと歩きながら服を見ていたが、服よりも部屋の隅に飾ってあったアクセサリーの方に興味を引かれていたようだ。
僕も後で見ようかな、と呟いていた杉原の元にユキナが戻ってきた。
「はいはいはーい。持ってきたわよ。聞いていたサイズで仕立てているけど、試着してくれたらすぐに仕立て直せるから取り敢えず着てみて」
「あ、ありがとうございます」
そのまま試着室を借りて、杉原は着替えた。 着替えるのに多少手間取ったが、何とか着替え終えた。
「着替えましたよ」
「あら、じゃあ見せてみて」
試着室のカーテンを開け、杉原は外に出た。
その衣装は、ピンクのネルシャツの上に黒地に椿、榎、楸、柊の葉を図案化した刺繍が施された法被、黒のスキニーパンツの上に両サイドに深いスリットの入った黒のロングスカートを穿いていた。靴は黒のスウェードの革靴である。
「ごちゃごちゃしてるのでどうかと思ったんスけど、案外動きやすいですね。メンズスカートとか初めて穿きましたけど邪魔にもなりませんし」
「それはそうよぉ。軽く、伸縮性のある生地を使っているもの。それにうちの商品には自然浄化魔法を掛けてあるから、多少の汚れや匂いはへっちゃらよぉ」
自然浄化魔法とは文字通り、勝手に汚れを落としてくれる魔法だ。
自然修復魔法ならば、破けても勝手に直るというかなりの優れものだが、これらの魔法は所有者の魔法を吸い取る。そして自然浄化ならともかく、修復では魔力消費がそれなりに大きいためあまり使われないという特徴がある。
「へえ、便利ですね。サイズもぴったりです」
「そう? よかったわ。体型に関しては、ふーちゃんがデータを送ってくれたら助かったわ」
「データ?」
「ええ、肩幅とか腰周りとか。ふーちゃんが送ってくれたのよ? 知らないの?」
「えーと、ああ、そう言えば教育所に来たとき、体型測られましたね。あれか」
教育所に来た際、勇者は服を用意されるが、その際に測っていたものを冬木がユキナに送っていたのだ。
服の製作には長い時間が掛かるため、冬木が予め頼んでいたのである。
「師匠は仕事速いですね。ところで、師匠たちの姿が見えませんが?」
「ああ、奥で着替えているわよ。ああ、そろそろ終わるわね」
そうして、冬木、有栖、ひとみの三人が揃って出てきた。
冬木は杉原とほとんど変わらないが、シャツが白のブラウスになっている。
シャツは個人の好みで選ばれる。杉原がピンクのシャツを選んだのも彼の好みだ。
有栖は黒地に、鮮やかな花柄の浴衣だった。蜘蛛の胴体部分には同じ柄の布が巻かれている。ショーウィンドーの振袖と似たデザインのものがたまたま浴衣でもあり、振袖より安かったそれを、魔法でアラクネ用に仕立て直したのだ。
この時代でも、服を手作業で作れば時間は掛かるが、作る過程で魔法を掛けておけばした手直しは簡単だ。
様々な種族がいるため、そうした需要に応える必要があるからだ。普通、魔人がこんな店で服を買うことはないが、エルフやドワーフなどは体型がかなり違うため、そうした対策だ。
ひとみの衣装は白のブラウスに、水色の大きなポンチョを羽織り、短パン、黒ニーソ、花の髪飾りというものであった。
「へえ、二人とも可愛いね。師匠はかっこいい系ですかね」
「ふふふ、杉原も似合うじゃあないですか」
「中々いい浴衣ね」
「えへへー。このポンチョすごく気に入ったんだよー」
冬木はいつも通り微笑み、有栖は杉原の眼ももう気にせずニマニマと笑い、ひとみも嬉しそうな表情だった。
「さて、服も手に入れたことですし。これから先のことです」
「ん? ああ、そう言えば最初の目的忘れてました。行くところ何ヶ所か言ってましたね」
「ええそうです。これから冒険者ギルドに行きます。そしていよいよ、……冒険者の始まりです」
そう言って、冬木は微笑んだ。
冒険者としての日々が、始まる。




