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ちっ
子供たちに手を振ってると、小さな舌打ちが聞こえた気がした。
舌打ちって言っていいのか迷うくらいかすかな音。
でも、それが妙に気になって、聞こえた方向をそうっと見る。
すると、道に集まってる観衆の奥、カフェになってる建物の端から鱗のない青い肌がちらりと見えた。青の一族だ。
他のひとかもしれないのに、私にはそのひとが舌打ちした張本人だと思えた。
たぶん、そのひとだけが私たちから隠れるように立っていたからだと思う。
声だって、今まで浮かれた声や歓声は聞いたけど、舌打ちなんて聞かなかった。
だから、祝う気のないひとなんだろう。
私のドレスに反対のひとなんだろうか?
それとも私が気に入らない?
ん?何か光って。
そう思った瞬間、思わず手に持ってたブーケをその舌打ちした青の一族の方に投げる。
「ハルカ?」
私の突然の行動にクルビスさんから困惑した空気が伝わってくる。
まわりも驚きつつも、何かのイベントだと思ったのかブーケの行方を視線で追いかける。
隠れていた青の一族は逃げようとでも思ったのか、路地の奥に引っ込もうとしたけど、その時声が上がった。
「っ。おい。お前っ。変な魔素出して何してやがるっ。」
「ちいっ。」
近くにいた男性が、建物の影にいた青の一族を見とがめて大声を出す。
隠れてた青の一族は今度ははっきり舌打ちして、奥に逃げて行った。
そこまで一瞬で、気がついたらクルビスさんに抱きしめられて庇われていた。
シードさんがその前にいるらしく、太い尻尾が見えていた。何が起こったんだろう。私何した?
「追いますっ。」
「ひとつで行くな!タージャっ!」
「はいっ。」
すぐさま近くにいた隊士さんが観衆を飛び越えて屋根の上に飛び乗って追いかけようとすると、クルビスさんが鋭く命令して、もうひとりが加わり、そのまま追いかけて行った。
「ハルカ。大丈夫か?」
「はい。あの、ブーケ投げちゃいました…。」
「ああ。拾ってもらおう。今のやつ、何しようとしてた?」
クルビスさんが小声で質問する。
周りは今の騒ぎにざわついていて、さっきまでのお祝いムードは無くなっていた。
「舌打ちが聞こえたんです。それで見てみたら、建物の影に隠れてるひとがいて。…青の一族でした。何かが光って、危ないと思って、気がついたらブーケを投げてました。」
私の危機察知能力が久々に仕事をした。
ああいう嫌な感じの時は、咄嗟に何でもいいから投げる癖が付いている。
あー兄ちゃんのお蔭で身に付いたものだ。
…あちこちで騒ぎを起こす兄を持つと妹は苦労するのよ。従兄弟だけど。
「刃物でも持ってたか。…青の一族といったな。シード、リッカに警備を回せるだろうか?」
「あー。どうだろな。お。リリィとキーファが来た。あの二人と一緒に戻ってもらえばいいんじゃねえ?」
「そうだな。」
「クルビス隊長。」
「何事ですか。」
騒ぎを聞きつけてリリィさんとキーファさんがやってくる。
早いなあ。まあ、まだ守備隊から近い所にいたけど。
「リリィ、キーファ、怪しいやつが逃げて、今リカルドとタージャが追跡してる。目撃者は向こうにいるようだ。…それと、逃げたのは青の一族だ。リッカを頼む。」
騒ぎを聞きつけてやってきたリリィさんとキーファさんにクルビスさんが事情を説明し、最後にリッカさんの事を小さく付け加える。
おふたりは厳しい表情で礼を取ると、すぐに道の向こうへ移動した。
咄嗟だったけど、良かったんだろうか。
ううん。あのままだったらすごく怖いことになってたと思う。
さっきの嫌な感じがよみがえる。
思わずギュッとクルビスさんの服をつかむと、ギュッと抱きしめ返された。
暖かい魔素で包まれて、嫌な感じが薄らいでいく。
うん。大丈夫。あれで良かったんだ。
「らぶらぶー。」
「ギュってしてるー。」
すっかり安心した私の耳にかわいらしい声が入ってくる。
ん?この声、足元から聞こえる?




