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「おおっ。これはこれはハルカ様。」
「お待たせしてすみません。着替えていたものですから。」
部屋に入って来た私をクレイさんが満面の笑みで出迎える。
笑顔なんだけど、相変わらず目が笑ってないなあ。結構怖いんだけど。
「いいえ。それ程待ってはおりませぬゆえ、お気になさらず。ですが、出来ればお衣装と合わせた状態で拝見したかったですな。」
「衣装担当の方が直したい所があるとかで、急いで持って帰られたんです。何せ時間が無いものですから。でも、衣装とは色も形もぴったりでしたよ。」
「そうですか。それは良かった。突然お邪魔して申し訳ありません。お衣装はハルカ様の故郷の形だと伺っておりますが、見たこともない形ですのでお話をお聞きしても想像ができませんで、こうして直に見ようと押しかけてしまいました。」
目を軽く細めて口の端を上げながらクレイさんが言う。
苦笑してるつもりなのかなあ。目が笑ってないから怖いだけなんだけど。
どうしてこんな白々しいやり取りをしてるかといえば、メルバさんの「クレイが自白!?今までのあれやこれやをまとめてつかんでやれ大作戦」の一環だからだ。
…ネーミングは私じゃないので突っ込まないように。
それで、とりあえず術にかからない私が1対1でクレイさんと話してみて、怪しいそぶりがあれば尾行するなり捕まえるなりするし、何もなければ今日の所はお引き取り願うというわけ。
約束もしてないのに乗り込んできた時点で怪しいけどね。それも式の3日前なんて時に。
メルバさんも外での調査中にクレイさんがお店にいないのを知って慌てて帰ってきてくれたらしいし、これはエルフの調査が進んだから行動を起こしたんじゃないかっていうのが私とフェラリーデさんとメルバさんの共通した意見だ。
一応、隣の部屋にメルバさんが魔素を抑えて待機してくれているし、フェラリーデさんはことの次第をクルビスさん達に直接知らせに行ってくれている。
通信機だと感づかれる恐れがあるからだって。10階までご苦労様です。
「一応、アクセサリーは持ってきましたけど、つけて見ましょうか?今日の服は式のものと胸元の形が似てますし。」
「それはありがたい。そちらは披露目で着られていたものですな?」
「ええ。これもこちらにない型ですから。」
クレイさんが指摘した通り、私は今トモミさんがお祝いにと作ってくれたピンクのドレスを着ている。
本番のドレスに近い真っ直ぐな胸元と身体にぴったりしたデザインが似ているから参考程度にはなるだろう。
「では、まずネックレスから…。」
クレイさんが箱から出したネックレスを受け取った時、ゾクリと悪寒が走った。
何だろう。さっきは何ともなかったのに、今はこれを着けたくない。
クレイさんが何かしたんだろうか?
「ハルカさま。さあ。『着けて頂けますか?』」
クレイさんの声を聞いた途端、それまで躊躇していた手がネックレスを首に近づける。
しまった。そう思った瞬間、私は全身の力を抜いた。
カシャーン
高い音をたてながらネックレスが床を滑っていく。
目の前のクレイさんが腰を浮かせたけど、私の体勢は脱力したままだ。
「ハルカさまっ?…いや、丁度いいか?」
物々をつぶやきながら、クレイさんがこちらに近寄ってくる。
ぬるりとした赤みを帯びた手が気持ち悪かったけど、引きずられるままにする。
ここまでメルバさんの言った通りになった。
後はこれからだ。
「ふむ。効き過ぎたか。だがいい、当代を助けたその異能、こちらで役に立ってもらう。いくら目が良くてもガキではやはり使いづらい。警戒も厳しくなったしな。お前を連れてしばらく隠れよう。しばらくすれば、ほとぼりも覚める。
…赤の長の時だってそうだった。誰も私がやったなんて思いもしない。私だって異能持ちだというのに。馬鹿どもめ。…兄上はお忙しいのだから、私が動かねば。お手をわずらわせてはいかん。この間は寒くて困ったが、今度は上手くいく。そうすれば………。」
ブツブツと聞こえるかどうかの独り言を言い続けている。
横目でこっそり伺ってる私のことなんか気にもしてないようだ。
でも最後のセリフを聞いた時、ぞくりと震えが走ると共にクレイさんのおかしな所と合わせて妙に納得がいってしまった。
「お父様が褒めて下さる。」クレイさんは確かにそう言っていたのだ。黄の一族の先々代はすでに亡くなっているのに。
今のクレイさんは明らかに常軌を逸している。
赤の長のことや異能がどうこうと普段なら言わなそうなことを口走っている。
「お父様」に関わることが事の発端だろうけど、それ以上はわからない。
今はもう意味のわからないことをずっとブツブツつぶやいている状態だ。
怖いけど、身体の力は抜いたままでいるように気を付ける。
今は気づかれないことが重要だ。
引きずられる腕と床を擦る足が痛いけど、今は我慢。痕が残りませんように。
クレイさんがドアを開けると、赤みを帯びた黄色い手首が白い手に掴まれた。
「そこまでだよ。その子を離しなさい。クレイ。」
声でメルバさんだとわかる。私からはクレイさんの身体が邪魔して白い手しか見えないけれど。
その声はまるで親が子供に言い聞かせるような静かな重みのある声だった。




