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ユリアさんはルシン君の話を聞くのが楽しいらしく、しばらくおしゃべりに興じた。
ユリアさん曰く、ルシン君はドラゴンの里に行くのを嫌がっていて、そのためいつ話を聞いても「大丈夫です。問題ないです。」といった返事しかもらえないらしい。
ルシン君は街中で暮らしている珍しいドラゴンの子供だ。
ドラゴンの一族は魔素がとても多く質も高いため、小さいうちは魔素を抑えられずに周囲を自分の魔素で圧倒し弱らせてしまう場合がある。
だから、ドラゴンの子供は自力で抑えられるようになるまではここドラゴンの里で育てられる。
ルシン君の場合は銀の魔素を持っていることが街中で暮らす理由だった。
ルシン君は生まれた時から同じく銀の魔素を持っていた2人のお兄さんといると非常に魔素が安定したそうだ。
金・銀の魔素持ちは自力で安定させることが出来るまで、周囲に相性の良い者が指導・もしくは抑えにあたることになっていて、ルシェリードさんの判断で兄弟を引き離さない方がいいということになった。
そのため、ルシン君は現在は西地区の実家でお兄さん2人と一緒に暮らしている。
でも、ユリアさんは自分の系譜のドラゴンの子であるルシン君を手元で育てたかったらしく、何度も里へ来ないかと誘っていたらしい。
すると、里へ行ったら戻って来れないと思ったらしく、もともとお手伝いをする子だったけど、自分で何でもやってしまう子供になったのだそうだ。
それをユリアさんは悔いているらしい。
『あの子には返って悪いことをしました。あの年頃ならもっと遊んでいてもいいのですけど、すっかり働き者になってしまって…。』
お仕事でご両親が遠くへ行かれてからは、ルシン君は家事の一切を引き受けている。
100歳で個立ち、こっちでいう成人だから54歳は10歳前後。たしかにまだまだ遊んでいてもいい頃だ。
でも、前に話したときは楽しそうに家のことを教えてくれた。
料理を作ったりするのは好きみたいだし、そう気にしなくてもいいように思う。
「でも、ルシン君お料理とか好きみたいですよ?私のお菓子の話もとても興味を持っていたようですし。」
『そうなのですか?まあ。あの子がお料理を…。』
この口ぶりだとそれも知らなかったんだろう。
ルシン君、もうちょっと叔母さんとお話ししようよ。
まあ、叔母さんといっても正確には大叔母にあたるそうだから、少し遠いように感じているのかもしれない。
ユリアさんはとても可愛がってるみたいだけどなあ。キグスの布も送ってるし。
ルシン君を見付けるきっかけになったキグスの布はユリアさんが送ったものだそうだ。
キグスの布は極細の糸を吐き出すキグスという蜘蛛の糸で織ったもので、一枚の布を織りあげるのに50年はかかるという貴重な布だ。
個立ちのドラゴンはひとり1枚は持ってるらしく、ルシン君も貰った時はとても喜んでくれたのだとか。
その後、里の話をしたら口をきいてくれなくなったらしいけど。
ユリアさんの話にお互いのすれ違いぶりが良くわかる。こういうこと繰り返してたんだろうな…。
ルシン君は久しぶりに生まれたドラゴンの子どもらしいし、仕方ないことなのかもしれない。
『まあ、またキグスの布を送るときに話す機会もあろう。そう考え込むな。大きくなれば里に来ることもあるさ。』
『はい。今はそう思っています。ですが、皆から何故来ないのかといつも聞かれてしまって…。』
ユリアさんも周りにせっつかれていたようだ。
成る程ねえ。せめて顔だけでもって話になりそう。
「それなら、お祖父様が連れて来て、一緒に帰ったらどうですか?それなら無理に引き留められることもないでしょう。異例ですが、銀の魔素を持つ子ならそういうことも出来ませんか?」
『…それもいいかもしれませんね。このまま里離れを起こしてもいけませんし、一度だけでも顔を出させた方がいいかもしれません。』
あまりの話にクルビスさんが提案をし、フィルドさんが賛成をする。
里に来ないということは一族の庇護から外れることになる。狙われたことも含めて、このままでは良くないだろう。
『そうだな…。それが良いかもしれん。よし。その時はハルカのお供にしよう。それだけ懐いているなら一緒に来るだろうしな。』
あれ?巻き込まれた。
まあ、それでルシン君が他のドラゴンと顔を合わせる気になるならいいかな?
「何が「よし」ですか。勝手に決めないで下さいよ。」
『お前も来るだろう?どうせ。』
『いいですね。その時はまた家にも顔を見せにおいで。隊長になってからちっとも寄り付かなくなって。』
あれ?…クルビスさんも巻き込まれた。




