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豆腐ハンバーグを食べた後は、皆さんこれでもかと里自慢の料理を勧めてくれた。
みじん切りにした真っ赤な小松菜もどきと納豆の和え物、黄緑のごぼうのきんぴら、紫のタラコの甘辛煮…。
ものずごい色彩にビビりつつも、限りなく和食な味に感動して厚かましくもおかわりをお願いしてしまった。
それがまたものすごく喜ばれて、最後は真ん中の方に席を移って、あれもこれもと勧められてしまった。
もちろんお味噌汁もあった。…微妙に緑っぽいというか、黒っぽかったけど。
まあ、豆腐が薄い緑色だったから、大豆にあたる豆も緑色なんだと思う。
だから、ミソも緑がかった茶色なんだろう。
香りは完全にミソだし、味は文句なく美味しいから良いんだけどね。
「…口にあったか。」
私が美味しくお味噌汁を頂いていると、いつの間にか前の席にミネオさんが座っていた。
ミネオさんは普段はルシェモモの街で暮らしている。今日のために里帰りしてくれたとメルバさんから聞いていた。
「はい。とても美味しいです。」
あー兄ちゃんのことを知っている世代で、守備隊関係以外では私が初めて出会ったエルフがミネオさんだ。
いつもムッとした表情で店先に座って、その手先から信じられないくらい繊細なレースを生み出しているおじいさんだ。
孫のトモミさんといっしょに服飾のお店を開いていて、今日の私が着ている服はトモミさんの作品で、帯はミネオさんの作品だ。
私がニコニコと返事をすると、ミネオさんがふっと笑った。
あまり表情を変えるところを見たことがないから、とても珍しい物を見た気分だ。
ざわっ
「お、おい。ミネオじいさんが笑ってるぞ?」
「俺、初めて見た。」
「笑えるのね。ミネオさん。」
私が珍しい光景に目を丸くしていたら、周りの方々も同じだったらしくて皆一様にミネオさんを見て驚いている。
…同じ一族の方でも見たことないって、どんだけ?
まあ、ミネオさんって感情を表情に出さないし、頑固な職人って感じだもんね。
実際は可愛い物好きのレース職人だけど。
ミネオさんの腕はルシェモモ一と言われていて、個別注文もひっきりなしにあるらしく、忙しいので里の方には滅多に帰ってこないそうだ。
今回、里帰りしてくれたのは私を一族で迎えるのに賛成してくれたからだとか。嬉しいなあ。
「…アタルも『ミソシル』が好きだった。」
「兄の好物のひとつでしたから。1日1度は飲まないと落ち着かないんだそうです。」
ミネオさんがあー兄ちゃんのことをつぶやいた。
好物だったことを告げると、ミネオさんは懐かしそうに目を細めて頷いていた。
…食べ物の好みまで知ってるなんて、ミネオさん、あー兄ちゃんとそんなに親しかったのかな?
そう言えば、私の顔を見てあー兄ちゃんに似てるって見破ったのミネオさんだけだもんね。
「ミネオさんは、兄と親しかったんですか?」
「…命の恩人だ。親代わりだった。」
お。重っ。予想以上に重たい関係だった。
親代わりって…。それじゃあ、あー兄ちゃん育ての子供ほったらかして帰ってきたの?
「兄はミネオさんがいたのに帰ってきたんですか…。」
何だか納得がいかない。そういう事情があったなら、あー兄ちゃんの性格上帰ってこないはずだ。
他人の面倒を見るなら、半端なことをする人ではないから。
「残ると言ってた。それを帰れと追い出した。」
私の疑問にミネオさんが言葉少なに答えてくれた。
ああ。ミネオさんが背中を押してくれたのか。
あー兄ちゃんなら、それでも残るって言いそうだけど…。
ミネオさんも周りのご年配の方々も笑ってるから、きっと大騒ぎだったんだろう。
「そうですか…。きっと大騒ぎだったんでしょうねえ。」
私がしみじみ言うと、ミネオさんも周囲の方々も笑ったまま頷く。
すごい騒ぎだったんだろうなあ。でも、とても暖かな笑いだ。
愛されてたんだね。あー兄ちゃん。
周りの空気が暖かい。その暖かさに感謝しながら、私も笑った。