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リッカさんは私たちを出迎えに来てくれたのだそうだ。
アクロさんと別れて、大きなお宅に入っていく。
リッカさんはストロベリーピンクの体色とラズベリーピンクの瞳で、楕円形の頭に大きなアーモンド形の瞳がカエルを連想させる女性だ。
服装はいつも可愛くて、今日はアイボリーのドレスワンピースで首元と裾に黄緑で細い蔦の刺繍が施されていて、手首に揃いの蔦のブレスレットを着けていた。
旦那さんのキィさんのために、私のお菓子を習得しようと足蹴く通ってくるうちに仲良くなった。
最初はリビーさんと呼ばせてもらっていたけど、何度か会ううちに親しいひとにだけ呼ばせる「リッカ」という呼び名で呼ぶようになった。
ここで会うとは思わなかったけど、リッカさんは前の赤の一族の長のお孫さんで今の長の従姉妹にあたるそうで、今日は私たちの案内を頼まれたのだとか。
公にはしていないから、親族以外ではスタグノ族でも知られていないらしい。
何だか事情がありそうだけど、プライベートな話だ。
「そうだったんですか。」と無難な返事を返すだけに留めた。
クルビスさんは「すまん。キィが話してると思った。」と謝ってくれたけど、一人だけ知らなかったことにはちょっとムッとした。
魔素でなだめても知りません。会う可能性があるなら、知ってるか聞いてくれてもいいのに。
「ふふっ。相変わらず仲のよろしいこと。でも、許して差し上げて下さいな。これはキィ様がいけませんわ。きっと驚かそうとしたのでしょう。」
はっ。いけない。人前でいちゃついてしまった。
ムッとしたけど、他所様のお宅でやることじゃなかった。
反省。反省。悪いのはキィさんだし。しばらくおやつ抜きにしたらいいよね。
これから会うのは赤の一族の長さまなんだから。気を引き締めなきゃ。
「すみません。」
「あら。よろしいんですのよ。仲睦まじい番の魔素は周囲を幸せにしますもの。」
「まったくだ。素晴らしい魔素に思わず出てきてしまいましたよ。」
曲がった廊下の先から赤い衣装の男性が進み出てきた。
赤レンガ色の体色に赤いルビーのような瞳、赤の一族の特徴だ。
でも、リッカさんがカエルっぽいお顔で尻尾が無いのに対して、このひとはイモリのようなつぶらな瞳と尻尾を持っていた。
今までは、黄の一族はイモリやサンショウウオっぽい印象で、青の一族はカエルっぽい印象のひとが多かった。
赤の一族は違うんだろうか。その辺も勉強しておかないと。
「あら。素直にハルカ様の水菓子につられたとおっしゃればよろしいのに。」
「リッカ。それは言わない約束だろう。」
「そんな約束しておりませんわ。水菓子が楽しみですねと言っただけです。」
リッカさんと赤の一族の男性はポンポンと遠慮のない会話を繰り広げる。
もしかして、この男性が赤の一族の長さまなんだろうか。
「やれやれ。リッカには年々口で勝てなくなる。さあ、立ったままも何ですし、こちらへどうぞ。」
男性の案内で進むと、曲がった廊下を進んだ先に部屋があった。
ドアはもちろん木製だ。スタグノ族ってお金持ちなんだなあ。
「さて、ご挨拶が遅れました。リッカの従兄弟で赤の一族の長を務めておりますリジエリアースと申します。どうぞアースとお呼び下さい。」
部屋に入ると、アースさんが先に名乗って下さった。
やっぱり長さまだったんだ。
それにしても長いお名前だ。お言葉に甘えてアースさんと呼ばせてもらおう。
リッカさんも本名はリルクルビースさんだし、赤の一族は長い名前をつけないといけないのかな?
そのころ、北の守備隊の術士部隊隊長室では。
「…はっ。何だか俺の危機な気がする。」
「今現在危機でしょうが。このボケガエル。この書類、今日までなんですよ!?どうしてこんなに溜め込むんです!」
俺が冴えわたる勘で嫌な予感を感じとったのを、副官のキーファがさらりと流す。
こいつ口が悪くなったよな。昔は「キィ様~。」とかって可愛かったのによ。
「…今何か、余計なこと考えませんでした?」
「いいや?気のせい気のせい。」
俺が否定してもジト目で睨んできやがる。
何だよう。こないだみたいに山積みじゃねえだろ?
「今日中の書類が一抱えもあったらこうなります!」
…ああ。ちいと多いかもな。
こないだは期限が迫ってるやつは無かったからなあ。
まあ、俺が隠してたんだけど。
バレてこのざまだ。とほほ。
「きりきり働くっ。昼までに半分終わらなかったら、ハルカ様のおやつは没収ですっ。」
「ええっ。そんなあ。」
「ほら、手を動かすっ。」
ああ。ダメだ。キーファが鬼婆モードに入った。
こうなったらトイレにも行かせてくんねえんだもんな。
前に俺が逃げたからだけどな。
しゃあねえ。やるか。
にしても、俺の危機って、キーファの鬼婆モードのことだったのか?
わかんねえ。




