8.自動販売機を設けよう。儲けよう。
僕が村をはじめて訪れたときから、地球時間換算でひと月ほど経った。この星には夜がなく、住人たちも時間という感覚をあまり持ち合わせていないので、どうも調子が狂う。
硝子の民は、自分の感覚で好きに生活してる。好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に遊ぶ。気ままあるがままに暮らしているのだ。
今日、僕は村を訪れた。
いつものように何人かの子供たちが家々の間を走り回っている。数人の子供たちが僕の姿を見つけると、駆け寄ってきた。
「粘土の人、来た!」
「つんつん、していい?」
「ぶよぶよ、ぶよぶよ」
子供たちはみな僕を見上げ、好奇心で目が輝いている。彼らは柔らかい僕の体を触りたがるのだ。
(ぶよぶよって……確かに、君たちの硝子のように硬い皮膚に比べたら、ぶよぶよだけど!)
ちなみに僕はどちらかと言うと、痩せているほうである。だから体がぶよぶよと、そう言われたのは初めての経験だった。
この世界の「ヒト」は外見は似ていても、皮膚が硝子質で固い。進化の過程が違うのだ。分かってはいるけれど、僕はなんだか少し落ち込みそうだった。
僕の気持ちも知らず、子供たちの質問は続く。
「どこ、行く?」
「自販機のところだよ」
そう僕はやり遂げた。作り上げた。この世界に自動販売機を。
廃墟で捕れた魚が出てくる自販機を。
僕の所有する『図解 古代・中世の機械技術』の本には、テコの原理を利用した電気を必要としない自動販売機の図面が書いてあったのだ。
その技術を参考にして、必要な部品を廃墟の残骸から探し出したり、村で売っている日用品を代用したりして完成させたのだ。
この世界には貨幣は無いので、代わりに木の実とか鳥などの物々交換で取引がなされる。逆にそれがよかったのかもしれない。
硝子で作られた代金の受け皿を含めた機構は、ある程度の重さがなければ動かないのだ。
それにしても、魔法とは便利である。
僕は魔法の使えないので、シャコウに頼んでやってもらったが、硝子を削ったり穴を開けたりが楽にできるのだ。
「あれ、すごく……おもしろい」
「蝶、魚になった」
「奇跡、奇跡」
子供たちにしてみれば、蝶が箱の中で魚に変化したように思うらしい。
投入口に実や鳥など重さのある物を入れれば、魚が取り出し口に転がり出るだけなのだが。
「今、魚、でない」
「はやく、はやく」
この自動販売機は、スペース上の問題で魚は10匹程度しか入らない。魚がなくなったり、実や鳥の収納場所がいっぱいになったら仕掛けは動かないようにしてある。
この世界に腐るという現象はないので、新鮮な魚と交換の必要はないが、魚の需要はそれなりにあるので、数日に1回、中身の補充をしなくてはならないのだ。
「ぼく、虫、入れて、魚、手に入れる」
僕が自動販売機に魚を補充し終わると、さっそく子供たちは自らの手で捕ったであろう蝶や鳥を使って魚を手に入れる。
「魚、うまうま!」
その必死な様子に、僕はほほえましく思ってしまう。
彼ら硝子の民たちにとって、捕りにくい魚はごちそうらしいのだ。そんなごちそうを手に入れて幸せそうな子供たちの様子に、僕は頬が緩み和んでしまう。
ちなみに取り出し口に持参の瓶を置いて、投入口に蝶なり鳥なりを入れれば、魚の中身が瓶の中にたまる「魚ジュース」の自動販売機も作成した。
魚の殻を割って自販機の中のタンクにためなくてはいけないという手間はかかるが、皆が笑顔になるので良い仕事をしたと思っている。
今までに無い魚の新しい食べ方に硝子の民たちの間で話題になりました、まる。