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器械を、器械をください!―硝子の夢、玻璃の愛―  作者: まいまい@”
弐「機械マニアと硝子の世界」
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5.うつろう貨幣制度。

 僕は村にある商店街にいた。持ってきた魚を売るためである。

 通りに沿って、壺が連なるように建っている。同じ形の建物の入り口には看板の代わりだろうか、鳥や蝶の羽や兜を模した物が目立つように下げられている。建物も人も商品も皆、硝子細工。まるで雑貨屋に来たみたいだ。

 僕は魚と鳥が吊下げられた店を見つけ、中へ入った。


「いらっしゃい!」

 店の物が元気よく言う。


「この魚、売りたいんですけれど」

 僕が魚を見せると、店主が驚きの声を挙げる。


「魚、こんなたくさん……ケィスキーさん、すごいね」


 僕とシャコウが来て数時間も経っていないにもかかわらず、ほぼすべての村人たちは僕のことを知っていた。小さな村の噂の伝達の速さには舌をまく。


「私たち、魚を獲るの大変」


 硝子の民は、魚を獲る事は一苦労らしい。

 実は彼らは水中が少し苦手で、水につかると体内に水がたまって重くなってしまい、最悪その場から動けなくなってしまうこともあるらしい。なので水に入って魚を手つかみでつかまえるのは、最終手段なのだそうだ。

 いつも釣り竿でつりあげているので気力と時間の勝負らしい。


「しかし、『売りたい』とは何ですか」

「えっ?」


 店主は予想外の反応を返してくる。

 話をよくよく聞いてみると、この村では貨幣は使われておらず物々交換が主流であった。硬貨はあるにはあるが、硬貨が使われるのは、今となっては冠婚葬祭の時のみ。儀式的な行事でしか使われなくなった。売買で使うことは時代とともに廃れてしまったらしい。


「シャコウ?」

 聞いていた話と異なっていたので僕はシャコウを見た。


「アタシの時代は普通に使われていたんだけどナァ。黒曜石で出来た石貨が。もしかして、アタシが壊れている(ねている)間に?」

 シャコウはおかしいなぁとばかりに首を傾げ瞳を点滅させている。


「一体、何年寝ていたんだか……」

 僕は呆れるしかなかった。

 しかし考えてみれば石の硬貨は、銅やアルミやニッケルなどの金属と比べると、薄く軽く作るのが難しい。一つ二つならば問題はないかもしれないが、たくさん持つとなるとかなりかさばってしまうだろう。持ち運びに難があり手軽さの欠けた貨幣制度が廃れた理由はわかるような気がした。



「石貨、欲しいか? それなら、寺院、行けば、交換して貰える。……それより、何匹か、魚、交換しないか? 鳥、虫、うまいぞ」

 店主は魚が欲しかった。売り物と交換するように催促する。

 

「もちろん。お願いします」

 僕は売買がしたいのであって、儀式をしたいわけではない。僕は店主の申し出を快く受け、食品をいくつか交換することにした。


「その魚、『いいもの』だ。どれでも、好きなものと交換する」

「じゃあ、この鳥とこの実と交換したいです」 

「これ、おまけ」


 そういって店主が差し出したのは、細やかな細工が美しい蝶の羽であった。


「これ甘い菓子。ぱりぱり、うまいぞ」


「あ、ありがとうございます」


 僕は羽を受け取った。顕微鏡のカバーガラスのように薄くてもろそうな代物だ。

 このくらいの薄さならば、魚のときとは異なり、噛み砕くことはできるだろう。しかし、羽は硝子のように見える。食べたのならば、口の中を怪我してしまいそうだ。

 僕は匂いをかいでみる。桂皮に似た独特の香りがする。

 僕は少しなめてみる。羽は舌に溶けて、やさしい甘みになる。僕は思いきってかじってみる。硬めのせんべいのようにガリリとおいしくいただけた。硝子質であるだけで、食べても問題がなさそうな物のようだ。

 もしかするとあの硝子細工に見える魚も、料理すれば丸ごと全部、おいしく頂けるものなのかもしれない。僕はそう思う。


「この羽は、どこで手に入りますか?」

 何とも言えない噛み心地が癖になってしまった。


「向うの菓子屋で売っている。花びらもうまいぞ」


「いろいろ試してみます。本当にいろいろありがとうございました」

 店主にお礼を言い、僕は店を出た。





「結構、いろんなものと交換できたな」

「そうだね」


 野菜や果物、鳥や昆虫といった物に比べ、入手に手間のかかる魚はそこそこ需要があるらしく、ニコニコと交換してくれた。

 交換の相場などはわからないが、お互いにおおむね納得のいく交換ができたと思う。

 手に入れた品物のほとんどが、鳥や虫といった食料品である。どうせなら、一通り食べてみようと思ったのだ。

 もちろんそれら食料品はすべて硝子のような素材でできている。

 僕がこれらのものを食べる時は、基本的には硝子の殻を金槌で割り中を満たす液体を飲む。

 液体を守る鱗や羽毛の硝子質の殻は、煮ても焼いても、細かく砕いても、僕が食べられるような状態にはなかったのだ。地球でも、果実の皮や鱗や羽毛は、多くの物が食べる物ではなかったので、そこはそう割り切って、諦めることにした。

 実や鳥の中身は、魚と同じで味や匂いは無いが、体にしみわたる感覚が異なる。感覚的なものなので言葉での表現は難しいのだが、果物はさっぱりと満たされ、鳥や魚はほくほくと満たされる。

 昆虫や草花たちを様々に味付けしたお菓子は、栄養をとるためというよりも食感を楽しむための嗜好品だ。


 食べ物の種類が増えることはいいことだ。味や食感が増え食生活が少しだけ充実した。それだけでも僕は村へ来てよかったと僕は思った。



 ちなみにこの世界の住人たちは、硝子でできた魚や鳥を、何の加工もせずに生のまま皮ごとバリバリと食していた。

 僕は、生物学的な違いを思い知らされました、まる。

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