4.硝子の民の硝子の村。
今日は廃墟を抜け少し遠出をして、近くの村へ行こうと僕はそう計画を立てた。
話によると最寄の村は日帰りできる距離にあるらしい。しかしそこそこ遠いようなのでお弁当として魚を数匹と水の準備をする。それに加え、自分の食糧としての魚以外にも予備の魚を数匹、カゴの中へ放り込む。これは村へ行ったら売るためである。シャコウによると貨幣制度があるらしいので、この魚と貨幣とを交換するのだ。廃墟にある物だけでは、生活するには少し物足りない。村で使えそうな日用品や嗜好品があれば、手に入れようと考えたのだ。
「あぁ、太陽がまぶしい!」
天にあいた太陽は黒く、空は不思議な光をたたえ青に染めている。
この世界の太陽は黒く、全くまぶしくないのだが、先ほどまで少し薄暗い工房にいたので外の世界は眩しさにあふれて見えた。
工房は壷の中と言った感じで薄暗く灰色の空間であったが、外に出れば白と青の世界。青々とした美しい空、清らかな水をたたえた池、石灰のような色をした台地、その白い道の先には朽ち果てた建物たちが建ち並んでいる。道に沿うように鮮やかな赤色の結晶や、棒の先に白と褐色の斑様の球体が連なった鉱石が生えている。この鉱物のような物体たちが、この星の植物なのだ。
見た目が奇妙な風景は、異世界にいるのだと言う実感をさらに強固にする。
(それにしても、なんだかアラビアかどこかの宮殿にある魔法の庭園みたいだ)
絵本やアニメと言ったものから刷り込まれる勝手なイメージと言うのか、異世界の雰囲気が漂った異国の風景のように思えてくるのだ。
まぁ、ここは異国ではなく異世界だという事実があるのだけれど。
僕はシャコウと共に出発し廃墟を抜ける。
シャコウの記憶によると、川沿いに行けば最寄の村につくらしい。川の近くに集落が生まれるのは、この星でも同じようだ。水は生命にとって必要不可欠ということだろう。
硝子の原を地球時間で2時間ほど歩く。地平の向うにあからさまに鉱物の植物たちとは異なる集団が見えてきた。あれが目的の村らしい。
その集落は青い空の下で素朴な景色を作り出していた。
道の左右に硝子でできた半円型の家が並んでいる。窓や入り口は、ただ穴が開いているだけの質素なつくりだ。無機質的でありながらも、どこか柔らかい雰囲気のする村であった。
村の往来を、日焼け知らずの美しい肌を持つ人々が歩いていた。彼らの肌はいかにも固そうな硝子でできていた。
シャコウも彼らと同じ硝子の肌を持つが、シャコウはずっと小型で造形も少し異なっている。てっきりシャコウのような土偶的な造形のヒトかと思っていたのだが、どちらかといえば人型の埴輪に近く大まかな形は地球人と大差がない容姿に見えた。
「こんにちは」
僕は第一村人に元気よく話し掛けた。ふっくらと丸みを帯び比較的話し掛けやすそうな雰囲気を漂よわせる彼は、僕の声に答えてくれた。
「こんにちは。おや、あなたは、なんともこの世の物とは思えない奇跡のような体をしていらっしゃる……」
僕は彼らのような硝子の固い肌は持ち合わせていない。この世界においては不可解な者だろう。こういう小さな村では異質は排除されかねない。そうならないためにも第一印象は大切、僕は笑顔をつくり口を開いた。
「僕は奇妙かもしれないですが、決して妖しい者ではないです。この近くに居を構えたのですが、なにぶん一人ではできることが限られるので、……できればこの村の人たちと仲良く交流をしたいと思っています」
僕には作ることができない消耗品や雑貨といった日用品を主に手に入れたいのだ。
「おお、わざわざあいさつに来てくださったのですか。この村は小さいですが良い人たちばかりなので、すぐに仲良くなれますよ。よろしければ村を案内しましょうか?」
「いいんですか?」
「ちょうど散歩の時間なのですよ。ついでなので、お気になさらず」
僕とシャコウは、この親切な第一村人の案内の元、村を歩き出す。
「この村に旅人とは、これは珍しい」
「客人か?」
あまり外から人が訪れることはないのだろうか、それとも僕の外見が珍しいせいだろうか、通りを歩けば人々が声をかけてくる。この村はよそ者に対して排他的ではなく、友好的であるようだ。
「ここは村の中心の広場です」
子供たちが走り回っている。ひなたぼっこを楽しむ人や、井戸端会議にいそしむ人々、そこはのどかな雰囲気が漂う広場であった。
「いい村ですね」
「そう言っていただけると、案内した甲斐があります」
ほのぼのした空気に、すっかり気の緩んだ僕に魔の手が忍び寄る……。
「おわ」
急に脇腹をつつかれ、僕は妙な声を挙げてしまった。
「きゃきゃ~」
「柔らか、へんなの~」
「ぷにぷに~」
振り返ると声をあげて去っていく幼い子供たちがいた。好奇心が旺盛である。
「なんだ子供か」
まぁ、子供のしたことだ。気にしないことにしよう。
「こら、客人になんてことを。……あとで叱っておきます」
申し訳なさそうに言う。
「いえ、お気になさらずに。子供はあのくらいやんちゃな方が、元気があっていいと思いますよ」
子供たちは元気だ。飽きることなく広場で追いかけっこをしている。
その子供駆ける広場の片隅で、老体型のヒトがひとり、うたたねていた。長い繊維質の硝子の髭を携え、腰が曲がっている。子供たちの歓声に目をさまし、辺りを見渡す。
そして、震えだした。
彼は僕の傍らにいるシャコウをじっと見ていた。
「あの御方は……おお! その赤き瞳、その神々しいお姿。あなた様は……言い伝えにある、神の遣い様!」
知識が豊富そうなその老人が恭しくそう言い、ひざを地につけ平伏した。
それを見て広場にいた人々がざわめく。今まで案内してくれた村人も、驚いた様子だ。
「神の遣い、だって!」
「言われてみれば、似ているかもしれない」
「神が、復活なさったのか」
ここは小さな村だ。騒ぎはあっという間に広がっていく。子供たちも「神の遣い~」と言いながら僕らの周りを走り回っている。
「神? 復活?」
「アタシも何のことかわからない」
ざわめく村の様子に僕とシャコウは戸惑うしかなかった。
「とすると、あなた様は神、ですか?」
「神の遣い様と共にあるのだから、神様だろう」
「まるで奇跡のようなお姿だしな」
今度は僕が話題の中心になった。
「えっ? いやいやいや、僕たちは神とか遣いとかではないですよ。そんな者ではなく、僕は普通の……いや、あなたたちとはちょっと性質が違うだけで単なるヒトです。あなたたちと同じヒトです」
この世界において「普通」ではないので、少し回りぐどい言い方になってしまった。
「アタシも神の遣いじゃないヨ。単なる案内人ダヨ」
「だから、そんな……普通にしてください」
「いや、しかし……」
「神がそうおっしゃるのであれば……」
「だから、神じゃないんだって」
彼らの中で、僕らが神であることは確定らしい。僕は否定して何とか、一般人であることをわかってもらおうとしたが、なかなかに難しそうだ。
「彼は神ではありませんよ」
その時、人だかりの向うから凛とした男性の声が聞こえてくる。
あぁ、話がわかりそうな硝子細工、いやヒトがやってきた。
「これは神官長さま」
現れたのは迫力のある装飾を身につけた人物であった。
(これが神官長? 魔王じゃなくて?)
この世界の住人たちが身につけている衣服は布ではなく硝子でできた鎧のようで、それなりの存在感があったのだが、その彼は特に威圧感があった。まるで魔王と言いたくなるような外見なのだ。
燃え盛る炎のような複雑な模様の刻まれた冠を頭に、呪文のような文字が刻まれた朱の襟飾りを首に、様々な色の硝子玉で飾り付けされた鎧を身にまとっていた。重そうな服ではあるが彼はなんと言うこともなく着こなしていた。暁に映えそうな、神々しく迫力のある外見に、思わず畏怖を感じてしまう。
「神は人の姿を取りません。神は有であり、無なのです。世界そのものでいらっしゃる神は遣いを通してのみ、その存在を顕にします。その御仁は神の奇跡によって造られた、同胞なのでしょう」
なんかとんでもない言い方をされているが、この際、神ではないことがわかってもらえればいいや。
「とにかく僕は神官長さまの言うように神ではなくて、ただのヒトです」
僕はここぞとばかりに発言をする。これで誤解は解けそうです。
僕がひとまずほっとしていると、神官長はシャコウの前へ赴き地面に膝をつきかしこまった。
「神の御遣い様、我が村の物がご無礼を。わたくしはケアヒル。この集落で神官長を任されております。言い伝えには、神の遣いはみな空の殻になったと言われていましたが、お会いできて光栄です」
あ、シャコウが神の遣いであることは否定しないんだ。
「アタシは、神の遣いじゃないヨ。アタシは案内するだけだヨ」
もちろんシャコウは否定の言葉を発する。
「ですから、神の元へ案内する物、ですよね」
「神の元になんて、案内できないヨ。ケィスキーからも言ってよ。アタシが単なる町を案内するだけって」
シャコウは懸命に否定し、僕に助けを求めている。僕はシャコウの肩を持とうと口を開きかけたが、そういえば僕はシャコウが何物であるか知らない。廃墟に眠っていた案内用の器械という以上のことを知らないのだ。
もしかすると、あの廃墟は滅ぶ前には神が降臨すると謳われる神殿か何かだったのかもしれない。そこでシャコウのような器械たちが、祈りの場かどこかそういう場所に案内をしていたのかもしれない。
シャコウにしてみれば単に道案内をしていただけだろうが、参拝する人々にとっては神の遣いというのは、間違っていないのかもしれない。
「……いいんじゃない? 神の遣いで。僕もシャコウが神の遣い(道案内的な意味で)のように思えてきた」
「えええ……」
シャコウは裏切られるとは思っても見なかったのだろう、赤いレンズの瞳が晃々と点滅している。
「神の御遣い様はシャコウ様とおっしゃるのですね? そちらはケィスキー様でよろしいのでしょうか?」
ケアヒルは僕とシャコウの会話に出てきた名前を聞き、確認をする。
「いえ、僕は継輔です」
「ケィ、スキ……」
ケアヒルはシャコウと同じように、うまく発音できなかった。
(あぁ、おまえもか!)
僕は少し落胆した。
ケアヒルは何度か発音を試みていたが、結局は正しく発音することはできなかった。
「我々には少し難しい発音のようです。申し訳ないのですがケィスキーとお呼びしても構いませんか?」
シャコウとは異なり、どこがどのように異なっているのか違いはわかっている様子だが、体の方が対応していないようだ。
日本人だって「L」と「R」の違いは慣れるまでは難しい。発音できないものは仕方がないと、僕は頷くしかなかった。
「神の遣いであるシャコウ様はもちろん、ケィスキー様も形は違えど神が造りたもうた同胞。わたくしたちは歓迎します」
ケアヒルはそう言うと、包み込むような低音を奏で始めた。体のどこからその音が出ているのかはわからないが、それは風鈴のように澄んだ音であった。
それに合わせるように他の村人たちも歌い始めた。それぞれに個性ある音階は調和した和音となり、ひとつの音楽が生まれていた。これがこの村の歓迎の風習なのだろう。
こうして僕とシャコウは、村に受け入れられたのだった。
ちなみに、柔らかな肌を持つ僕は「粘土の人」と呼ばれるようになりました、まる。
『アシュヴィン』
サンスクリット語?で 「馬を持つ者(御者)」という意味。