3.廃墟の器械人形。
おそらくここは地球とは別の星。そのことは空に陰る黒い太陽が証明している。
あの太陽は時間が経っても常に同じ場所にあり、そのためこの世界に夜というものは存在しなかった。空はいつまでも抜けるような青い色をして、地上に光を届けていた。
なぜこのような場所に僕はいるのか、空を見上げながら考えてみる。しかし、決定的な答えは導き出せなかった。
解決の糸口さえつかめないことを、いつまでも気にしていても仕方がない。この身に起きた不可思議な現象を受け入れるしかないだろう。
今はここに至った過去の事象よりも、今いるこの場所はどのような有様なのかを知り、これからどうするかを考える方が重要なのだ。
実際問題、僕はいまだにこの廃墟からの脱出はまだできていなかったのである。
最初に選んだ道を誤ったか、ずいぶん廃墟の深い場所に来てしまったようだ。あるいはこの星はすべてが廃墟に覆われていて、脱出をするということ事態が不可能なのかもしれないが。
ここは廃墟ということもあって人の姿は見当たらない。この場所がどこであるか尋ねるにしろ、道を尋ねるにしろ、話をできる人に出会わないのでどうしようもなかった。
この廃墟の存在が示すことは、ここには間違いなく文明があり、知的生命体がいた(もしくは、いる)ということである。しかし今のところ、そのような文化的な生活を営んでいる生物には遭遇していない。
結晶のような草花、硝子細工のような魚や昆虫、この星の生物は地球のものとはずいぶんかけ離れた造形をしている。もしも知的生命体が存在するのならば、それに近しい性質を持っていることは想像に難くない。廃墟にある建物の構造から推察するに、この遺跡を作りあげた者たちは、僕と同じくらいか少し小型になるだろう。
廃墟を脱出できないので、僕は仕方なく廃墟の一角にある比較的損傷の少ない小さな建物を住かとした。
この部屋、天井付近に明かりを取り込むための穴がいくつか開いているだけで、それ以外に窓のようなものは一切なく、まるでひっくり返した壷の中にいるような雰囲気だった。
僕はいくつかの建物を物色し使えそうなものを運び込み、自分の使いやすいように配置し、作業用の机を何とか作り上げた。
その部屋はかつて人が住んでいた住居であったが、僕が住みついたことにより工房と化していた。
廃墟から拾ってきたどう見てもガラクタにしか見えないモノであふれる中に、僕は埋もれていた。
「さてと休憩終わりっと。さっそく作業開始しますか」
僕は工具箱に忍ばせていた愛読書の『図解 古代・中世の機械技術』を閉じた。そして起き上がり、布団代わりにしていたブルーシートを適当に隅へ寄せた。
硝子の床は固くて痛い。僕は工具箱に入っていた大きめのブルーシートを畳1枚分程度まで広げ、散らかるガラクタの合間に何とかつくった空間に敷いていたのだ。
布製の布団に比べると心地良いものではないが、そこそこ厚みがあるので、硝子の床に何も敷かないで横になるよりは幾分かましなのだ。
「誰にも邪魔されないこの環境はなかなかいいね」
ここは人っ子一人見かけることのない廃墟であるが、運がいいことに、水と魚といった食、雨風しのげる住は確保できた。この無機物だらけの廃墟で、当面は生きていけるだろう。
時々、人が恋しくはなるが、しばらくはこの静かな環境を満喫することにした。
「あとは、僕が持ってきたバッテリーをこの子に取り付けて……」
廃墟からの脱出をあきらめた僕は、趣味に走っている。というのも、廃墟をさまよっていると器械らしき物体の残骸がたくさん捨てある場所についたのだ。そこは倉庫だったのか、廃棄場だったのかは不明だが、ソレが何十体と廃棄されていたのだ。
この廃墟は宝の山であった。
その捨てられた器械を、僕は壺人形と名称つけた。
体長はおおよそ50センチ。生まれたての赤子ほどで、硝子に近い質感の外殻をもっている。瓢箪に似た壷のような胴体からは2本づつ手足が生えていた。たとえるならばその形は女型の土偶のような人型の形だった。ただひとつ土偶と異なる点は、赤くて丸いレンズのような大きな瞳が一つ、頭部に輝いているという造形だろう。
しかし、その赤い一つの目も、白い硝子や丸いお腹、短い目の手足といった外見によって、どこかかわいらしく見えてしまう。
その壺人形の内部は精密で、何のためにあるのかわからない部品も多く、僕の技術と知識では完全なる機能の修復は無理だろう。しかし、修理すればバッテリーが切れるまで歩き続ける器械にはなると思われる。
孤独を癒すには少し物足りないが、寂しさを紛らわすにはいい玩具になるだろう。
僕はその構造を知るために、何体もの壺人形を解体した。
廃墟に転がっている壺人形から使えそうな部品を取り出し、それでも足りない部品は適当に手持ちの部品で代用し、修復していた。
相手は硝子質の器械なのだが、一応人型の括りに入る。最初の1体目こそ、解体することに罪悪感に似たものを感じていたが、芸術ともいえる複雑怪奇な構造を目の前にして、そんなものは消し飛んでしまった。
「バッテリーを太陽電池につないでっと……今度こそ、うまくいってくれよ」
僕は21体目の奇跡を信じて、壺人形の充電を開始した。
この空を照らす黒い太陽の光でも太陽電池は発電可能であったことは非常に喜ばしいことであった。電圧計で確認したところ充分に発電していることもわかり、それを知ったときには僕は子踊りした。
しかし、10枚ほどあるとはいえハガキ大の小型太陽電池なので電力を食う工具を使うには力不足である。明かりをつける、モーターを回す、工具のバッテリーを充電するといった、ちょっとしたことなら可能だろうが。
それでも、電気があるのとないのとではできることの幅が異なってくる。
僕は壺人形に外付けしたバッテリーに電気がたまっていくのを確認する。
人形のレンズのような眼に光が徐々に灯り、手足が微かに動き出す。
ここまでなら、今までの壺人形でも到達できた地点だった。しかし、いつまで経っても手足を小さく痙攣させるだけで歩きださなかったのである。
ところが今回は違っていた。無造作ではあるが手足が大きく動いたのである。その硝子の人形は、ぎこちないが生物のように確かに動きだそうとしていた。もう少し電気がたまれば歩き出せそうな動きをし始めたのである。
「……もしかして、成功?」
試行錯誤の末、多少の改造を加え1体の壺人形が甦る!
僕は動き出すその時を心待ちにした。
充電をし始めて十数分、手足を無造作に動かしているだけであった人形に変化があった。突然それは雑音に混じりながら言葉を発したのだ。
「jzjz……こ、ここは……ど、こ……vjj。……アタシは……なお、して……もら、たノカ……gjj」
かわいらしい声が、その人形から発せられた。
「しゃべった……」
人工知能でも搭載しているのだろうか、ずいぶんと精密な器械だなと思っていたら、まさかこれほどのものとは。この廃墟に栄えていた文明は、予想以上に高度だったようだ。
「ごめん、君の体を大分いじってしまった」
手や足といった外装やちょっとした装飾は他の個体から取ったものをくっつけている。この人形からしたら他人であるモノの器官を繋いでいるのだ。人間で言えば死体から比較的きれい場部分のみを繋ぎあわせて脳を移植した状態、気がついたら体が異なっていたという状況である。
しかも、体形や声質から女の子。このちぐはぐの体に対して、何頭の嫌悪感を持ってしまうかもしれない。大丈夫だろうか。
「jzjz……それは、あんまり気にしない。それは、よくあること、だったカラ……vjj。jzjz……vaj、目覚めた直後だから、ノド、調子悪い……vjj」
壺人形は「vaj、vaj、vaj」と発声し調子を整えている。
「vaj、vaj……はじめまして、アタシは登録番号4850‐k。愛称はシャコウ。この町でガイドをしている。よろしくネ。……キミの登録番号は?」
シャコウと名乗る壺人形は、僕の名を尋ねてくる。赤いレンズの瞳は興味深そうに光を帯び僕を見つめている。
「番号っていうのはないけれど、名前は宇治原 継輔だよ」
僕は名前を名乗った。
「ウジャヴァルァケィスキー?」
シャコウは不思議な文字列を発音する。
「う、じ、わ、ら。け、い、す、け」
僕は1音づつ丁寧に発音して、間違いを正そうとした。
「ウ、ジャ、ヴァ、ルァ。ケ、ィ、ス、キー」
ウジャヴァルァ・ケィスキー、何度訂正してもこの発音である。こうなってしまうのである。
(ケィスキーって、どこのロシア人だ!)
僕は空に向かって、そう叫びたくなった。
ちなみに、ガイドをしていたというシャコウのおかげで、この廃墟の構図もわかり、やっと廃墟の外へ行くことが叶ったのでした、まる。
コネタ。
ちなみに主人公の名前「ウジャヴァルァ・ケィスキー」というのは、知り合いの「○原 ○介さん」が外国へ行ったとき、名前をこんなふうに発音されたという逸話から。