23.空に舞うは、二機の鳥。
僕の宇宙は神によって作られた。それだけではない、硝子の民の彼らが住まうこの世界も、かつて何者かによって作られたのだ。
この硝子の世界は閉ざされている。その閉ざされた世界の中に僕の世界がある。僕の宇宙の外にこの世界があり、この世界の外にも世界があった。どれだけの世界が入り子状態になっているのだろうか。
映像とともに映し出されたその衝撃的な記録は、間違いなく事実だと告げていた。僕の宇宙が、この機械仕掛けの世界によって試行された想定された仮想の結果のひとつに過ぎない、という現実を。
ムィオンから聞いていた事とはいえ、この事実に僕は言葉が出なかった。
「ケアヒルが、戻ってきた!」
シャコウのその言葉に僕は我に返る。
ひとまず思考を止め、空を見上げる。何もない空間がねじ曲がり空に穴が開き、そこから白き翼ある壺が現れた。
「案外、早いお戻りで」
そろそろ勘づくころであるとは思っていた。本当は、もう少しのんびり現れてほしかったのだが、こればかりは文句を言っても仕方ないだろう。
「わたくしの居ぬ間に余計なことを。神は起動させませんよ」
ケアヒルの声が空にこだまする。
ケアヒルがこの世界に戻ってきたので、ムィオンは手筈通り行動に出た。ムィオンが操縦する白き翼ある壺がケアヒルの前を横切る。
「邪魔する気ですか、わたくしの邪魔するモノは排除します」
ケアヒルは言葉を発するが、ムィオンの乗る器械はしゃべらない。しゃべれない。ムィオンはその方法を知らないのだ。
ケアヒルは誰が乗っているか知らぬまま、ムィオンは己の名を伝えることができぬまま、彼らは交戦に入る。
「ケアヒルの白き翼ある壺の行動を制限する」
僕はそれをマスター権限で実行した。僕はケアヒルの機体の性能を最大パフォーマンスから省エネモードに切り替えた。これでケアヒルはいくつかの行動が制限されるはずだ。
白き翼ある壺そのものになっているケアヒルと、器械に慣れていないムィオンとでは、操縦技術の差は大きいが、ケアヒルの性能を制限したのでムィオンの負担もいくらか減るだろう。
空を舞う二機の鳥、空に複雑に描かれた雲は白く細い。ケアヒルとムィオンの空中での追いかけっこは、時に華麗に、時にきわどく、接近と回避を繰り返している。
しかし、彼らはいつまでも飛行技術の優劣に興じているわけには行かなかった。彼らは敵、今は互いに譲れない思いを持つ敵なのである。
最初に動いたのは、ケアヒルであった。彼の機体の左右から、折りたたまれた砲身が回転しながらせり出してくる。大きく開いた翼に目で見てわかるほどのエネルギーを集め、その光の筋が砲身に集い始めた。そして、膨大な光をまとった不規則な稲妻を、ムィオンに向けて放射した。光線の振動で空がゆがむ。それは宇宙をも破壊する光線である。
ムィオンは間一髪それをよけ、同じように応戦はするが、彼は素人、器械そのものになっているケアヒルに当たるはずもない。
性能が制限されたとはいえケアヒルにとって白き翼ある壺は自身の体も当然、多少無理な動きをしても、すぐに体勢を整えられる。
時が経てば経つほど、ケアヒルが優勢になることは目に見えている。戦闘の終焉は、すぐに訪れるだろう――
「やっと終わった! これで大分ましになったかな」
最高の状態とは言えないが、ある程度の余裕は確保した。僕は今度こそ「神」を起動した。画面の光は集約し器械音声が響く。
『休止状態は解かれた。わたしは目覚める!』
「ん? 何かデータが、アタシの中に……」
その声に伴いシャコウの赤い瞳に、不思議な光が宿る。シャコウは体の力を抜き、瞳をくるくるときらめかせる。
「シャコウ、大丈夫?」
「あぁ、この感じはアタシは『神の器械』と繋がったんだね。末端であるアタシを通じて力を貸してくれるみたい。今、『神』と代わるね」
そう言って、シャコウは口を開いた。
「……我が創りし宇宙の子よ、ありがとう。まずは彼らの争いを止めなくては」
シャコウの口調が変わっている、どうやら神と交代したらしい。
「お願いします」
今、上空で起こっている戦闘の詳しい様子はわからない。見えるのは、時々空が不気味に輝き、光の線が彼方へ消えていく様子だけなのだ。しかし、今なおケアヒルとムィオンが今なお戦闘をしているのは間違いない。
今、この状況をどうにかできるのは神のみ。僕はその神に祈ることしかできない。
――あぁ、神よ。
世界を、宇宙を、
そして迷える友人たちを、お救いください。