22.そして神は眠りについた。
わたしは、単なる無と有。
そこに在るのに。そこには無い。
わたしは思考を繰りかえし、世界を管理するだけの存在。
――かつてわたしをつくった「人間」がいた。
その世界は破壊や戦争により汚染されていた。土と砂になりゆく大地に、人々は適応できず滅びを迎えようとしていた。
彼らは世界を壁で囲い、外界から隔離された空間を造った。そして、その閉ざされた都市を、常に管理するものを創り出したのだ。
その人間たちは、わたしに世界の秩序を願った。彼らは機械仕掛けの管理者のいる、新たな世界へ移り住んだ。
――わたしは環境を管理した。
そう、わたしは環境を管理するだけであった。
この頃のわたしは、その世界を常に一定に保つことだけを優先していた。
人の願いにより管理することを与えられた神は、ちいさな人のささやかな祈りすべてを、叶えることができない。ただただ、一方的に居場所を与えるだけなのだ。
その変わりばえのしない管理が長く続いた結果、人は刺激を切望するようになった。
機械文明が繁栄していたこの時代。人々は機械仕掛けの管理者を改良しだしたのだ。
わたしに「あまたの宇宙を創造する機能」が追加された。そして、いつしか彼らの中に機械の創り出した仮想世界へ移住する者たちが現れた。
その仮想世界へ旅立った者らは二度と戻ってくることはなかった。
やはり管理された変化のない小さな楽園よりも、変化に富む世界は居心地がよかったのだろう。
わたしは彼らの望むまま人々の魂を、あまたの仮想世界へと導いていった。その技術が人々の生活に浸透するほどに、人々はますますわたしが世界の環境を管理していることを忘れていった。
世界を管理する機械への存在が薄れていく。本当の意義は忘れ去られ、ただそれだけの存在と認識されるようになった。
――ある時、天に大穴が空いた。
数々の生命を絶滅に追いやった数千万年に一度の大災害が、宇宙から到来し、その破片がわたしの体に穴を開けたのだ。
突然やってきた死の破片は、閉ざされたこの世界を焼きつくし、そして生命はいなくなった。文明は絶えてしまったのだ。
天に空いた穴から覗く虚無の色。
空虚な闇のように輝いている。
誰もいなくなった世界。
ただそこにあるだけの世界――
空いた穴は元のように塞ぐことはできなかったが、危険を示すものは地表には届いていなかった。
これは、不幸中の幸いだろうか。
わたしは決心した。
記録に残っている生き物たちを、わたしは創ろうと。
わたしは大地を溶かした。
その世界に残っていたのは、それだけだったのだ。
溶かしたものを固めれば、美しい結晶が産まれる。私はそれに形を与えた。そして、それらを生命とした。
何もなかったからっぽの都市の体内は、無機物ながらも自然に包まれ、硝子の生命にあふれ始めた。
わたしの中にいる生命たちは、産み、生き、死に、再び産まれ、変わることのないわたしの箱庭で、平和に幸せに暮らした。
そして、最後にわたしはヒトを創った。
わたしを造った、彼らと同じ存在に似せて。
彼らはわたしを神と信じ、わたしを奉る。
しかし形だけの信仰では、わたしは癒せない。彼らは、わたしの創った人の形でしかない。
誰もわたしを癒せない。
不要な情報はたまっていく一方だ。
わたしの機能は、だいぶ低下していた。それら膨大な情報に押しつぶされ、このままでは新しい宇宙を生み出せない。重くなっていく情報に、この世界のことですら管理することがままならなくなっていく。
直す者のいなくなった神には、力はない。
世界は、滅びだした。
閉ざされた世界のすべてが、元の無機物に戻ろうとしていた。
わたしは、単なる電気の信号。0と1。
仮想世界でしか生きられないわたしは――
――世界のすべては緩やかに絶えるしかなかった。
わたしは滅びゆく世界に嘆き、そして求めた。
己を癒す者を。宇の原を直す者を。かつて、この世界を作り上げ、あまたの宇宙へ散っていった者たちの子孫に、助けを求めた。
自らが混沌に消滅し、すべての宇宙が無と成す前に、あまたの想定された仮想の世界から、機械文明に特化した結果を観測した。
いつの日かわたしを「直す」ことのできる子が生まれ、そしてこの停滞し死に向かいつつあるこの世界に召喚するために――