20.ひび割れる愛
「……やはり彼は行ってしまったのですね」
やはりムィオンは知っていたのだ。僕が声をかけると、ムィオンは弱い光をたたえた瞳をこちらへ向けた。ただただぼんやりと虚空を見つめ、心ここにあらずといった様子だ。
「ケィスキーさまが直したのは、確かに神の眠る器械です。しかし、ケアヒルさまがしたのは、ヒトが宇宙へ干渉するために使った器械の解放です。それを使えば、ヒトであっても神のように世界の外を観測することも、宇宙を消し去ることも、新たに創ることもできるのです。ケアヒルさまは、いえ、それを知っていた私も同罪ですね。私たちは……何も知らないあなたを騙したのです。すべて打ち明けることで、この罪、償えるとは思いません。しかし、すべて隠さず話します。それが私に課せられたものですから」
ムィオンは許しを乞うように2本の手を顔の前に合わせ、残りの2本の腕を地面につき土下座する。4本の腕があるからこそできる業である。
僕は今まで土下座する人を見た事が無かったが、実際に目の前にすると、こちらまで申し訳ないような気分になってくる。日本人は土下座に弱いと言うが、僕にもその精神が染み付いているようだ。
「ムィオンさん、どうか顔を上げて下さい。……どうして、ケアヒルはあんなことを?」
僕はこの事件で一番知りたかった事の発端、核心ともいえる理由を尋ねると、ムィオンは重い口を開いた。
「私達はいつもこの世界の摂理について語り合っていました。私たちは生まれ、その瞬間に消滅の運命に向かっていく。永遠に変わることのない循環です。命を生み出し、死へと向かう、神の力……」
ムィオンの瞳には、ケアヒルとの記憶を思い出すかのように遠い光を宿していた。
神。
この宇宙の始まりから存在し、変わることがない存在。
人は生まれた瞬間から変わっていく、数多の運命を作り続け、最期は宇宙に溶ける。
生とは何か、死とは何か、創造とは何か、存在とは何か。
死の決められた消滅の定め、逃れられない存在意義。
「私たちは何のために世界にあるのでしょうか? ケアヒルさまは……彼は変わることのないこの世界の宿命から逃れ、己の存在理由を……見つけたかったのかも知れません」
彼の夢。
止めるべきだった、彼の夢。
ひび割れ、砕けてしまいそうなほど、若く妖しい輝きを魅せる誘惑。
「昔から彼は知的で優秀な子でした。私の最初の生徒ということもあり、愛すべきかわいい我が子のようなものと言うのでしょうか、特に大切でした。
我々だけでは、器械の修理はできません。あなたがこの世界に現れるまでは夢物語、決して叶うことのない幻想だったのです。しかし、あなたは現れてしまった。彼のいるこの時代に。理性的な彼のことです、あの夢語りは心に秘め、神の復活に尽くすと信じたかった。
私は……ケアヒルさまが、もしも己の願望を優先してしまった場合、あなたを利用し何をしようとしていたのか、分かっていました。私はあなたに忠告することもできたでしょう。しかし、それでも私は彼を信じたかった……」
これが――
残された私に科せられた、罰。
永遠に背負う、罪。
「彼を止めましょう……結果、彼を割ることになっても……」