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器械を、器械をください!―硝子の夢、玻璃の愛―  作者: まいまい@”
肆「閉ざされた壷の中に世界がある」
17/26

17.宇宙の情報量(エントロピー)

 神殿は静寂に包まれていた。天井には無数の穴が開いており、まるで木々から漏れる光のように差し込んでいる。地上に映る影は不思議な模様を描いていた。

 光の(とばり)が美しい神殿、もう少しゆっくりと観光していたかったのだが、程ほどにしておく。

 今は、神殿を観光しに来たわけではない。本来の目的は神を癒す(なおす)ことなのだから。


 長く続く通路には、規則正しく照明がついていた。硝子質の壁も相まって、どこか機械的(メカニカル)な雰囲気を漂わせていた。


 長い通路の奥の扉を開くと熱気があふれてきた。壁や天井一面に無数の硝子管が敷き詰められており、部屋の中央に並べられた壺に集約している。管は10本や20本といった数ではない、百を超えていそうな多さである。管の終着点にある壺は暗い液体(ひかり)が入り不思議な輝きを見せ低い音を立てている。

 まるで工場か何かの中にいるようであった。機械のない世界においてこの風景は違和感を覚える。


「ここは?」

「うん。ちょっとまってネ、この部屋の情報を検索しているカラ。記録、覚えて(のこって)いるといいナ」

 シャコウは赤い瞳を点滅させながら、情報を探している。


「あった、あった。残っていたヨ。ええと、ここはすべての宇宙を保管している場所だってサ」

 シャコウはそう説明する。

「宇宙を保管?」

 宇宙というのは、あの広くて広大な宇宙だろうか。僕は疑問に思う。

「うん。壺の中にシミュレーションした宇宙の情報を記録しているミタイ」


「それでは、これが神が創りし宇宙が満たされている聖なる器なのですね!」

 ケアヒルは今もなお情報を注ぎ続ける壷をじっと見ている。神官であるケアヒルにしてみたら、神の偉業そのものを目にしたことになる。その興奮の気持ちは僕にも分からないでもなかった。


「そうダヨ。……宇宙の情報(データ)はエネルギーを持っていて、情報はたくさん流れるから、とても熱くなるノ」

「確かに、この部屋はちょっと熱いですね」

 ケアヒルはそう言った。

 彼らは硝子だけれど、熱さは感じるということに驚きを隠しつつ、同意をする。


「で、観測し終わって役目を終えた宇宙は、冷たい石のようになって崩れちゃうんだってサ。アタシにわかるのはこれくらいダネ」

 シャコウは簡単に説明する。


「壺の中にある宇宙……閉ざされた宇宙、冷たくなる宇宙の死?」

 僕はシャコウの説明を聞いて、あることを思い出していた。


 熱を持ったエネルギーにあふれる閉ざされた宇宙。我々の住む宇宙が「閉じた宇宙」ならば、宇宙は最終的に絶対零度に向かう熱的死に達するという説がある。宇宙の状態量(エントロピー)が最大となったとき、宇宙は死を迎えるというものである。

 この部屋にある壷。あの中身が本当に宇宙なのだとしたら――壷に入った閉じた宇宙に、熱を持った情報は蓄積していき、そして、最期は石のように冷えて死んでしまう――熱的死、宇宙の死因。


 もしもこれが本当に宇宙の姿であるならば、科学者たちが頭を悩ませている宇宙の形、法則、未来の姿、それらの謎の答えにつながるかもしれない素材がここにあるのだ。

 僕が宇宙物理学者か何かであれば、もっと色々理解し、悟ることもあるのだろうが、学生時代にほんの少しかじったくらいの知識では、それ以上の真理を求めようもない。


「ここは、とんでもない世界なのかもしれないな」

 僕は、ただただ驚嘆するしかなかった。



「ここは単なる情報の保管庫、アタシらが目指す器械はこの奥にあるヨ。ここは熱いし早く移動しようヨ」

「なんだか、シャコウが案内人みたいだ」

「……アタシ、本職は案内人なんだケド」

「そうだったね」

 すっかり忘れていたよ。


 シャコウの案内の元たどり着いたのは、広い空間であった。壁には一面、()が描かれている。それは文字のようにも見え、何かの絵のようにも見えた。

 巨大な空間にたたずむ気配は、太古の昔に作られたとは思えないほど傷ひとつなかった。


「すばらしい。この部屋は言い伝えの通りです! そして、あれが神の眠る祭壇(きかい)なのです」

 ケアヒルは3本の細い指で外を指し示す。彼が指さす先には台座があった。その台座に円形の硝子板が設置してある。円盤には、赤い色の三角形が描かれており、その三角形の中央には青く大きな結晶が埋め込まれていた。それはいかにも起動スイッチですといった風貌である。


「本当にすばらしい。この目で本物を見る機会に恵まれるとは……」

 硝子の民たちの表情は読み辛いのだが、ケアヒルがもしも人間なら、顔が興奮で赤くなっていたかもしれない。しかし、彼は硝子なので、顔色が変わったようにはみえなかった。

 それでも、目は口ほどにものを言うという格言どおり、目の様子を見れば、なんとなくわかるような気もしてくるのだ。


「これを修理すれば、神が復活するんだね……」

「はい。我々に神を癒す方法は伝わらなかったのですが、神をこの地に降臨させる儀式(パスワード)は、わたくしたち神官の間に伝承として残っています。しかし、何よりも修理ができるケィスキーさまにかかっているのです」

 ケアヒルは僕の手をとり力強く握り締めて、神復活の健闘を祈る。


「精いっぱい、がんばります」

 僕にどこまでできるかわからないが、やってみようと思う。

「頼みましたよ」

 ケアヒルは、「くくっ」と妖しく笑う。


(……やっぱり立ち振る舞いが、魔王だなぁ)

 僕は苦笑いを浮かべながら、小さくつぶやいた。


「まぁ、とにかくやってみよう」

 僕は神を復活させるために祭壇へと向かった。

 僕はケアヒルからもらった箱を開ける。中には鍵が入っていた。

 これはいわば、メンテナンスをするための、すべてを開く鍵。安全と安心を維持するために選ばれた技術者だけが持つことができる鍵。


「ここか」

 隠された鍵穴を探し出し、神の器械の内部を覗きこむ。複雑に組み合わさった配線の美しい基盤がそこにはあった。

 使われているのが主に硝子なだけで、この世界にかつてあった器械文明は非常に進んでいたのかもしれないなと、僕はそう思った。





 ちなみに、ケアヒルはというと僕の邪魔をしない配慮か、それとも趣味に走るためか、壁画や部屋の装飾品など、ひとつひとつを吟味していました、まる。

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