2話 「いやいや、もはやそれ耳栓じゃないから」
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ワースは他のメンバーと連絡を取り合い、とりあえず今日は一緒に帝都の街を回ることにした。
「なぁ、報酬はもう見たか?」
「まだだ」
「なら歩きながらでいいから見といた方がいいぞ」
「そうか」
ワースはノアからアドバイスをもらい、システムメニューからお知らせの欄に新しく追加された『レイドイベント報酬』の欄をタップする。
『レイドイベント報酬』
・基本報酬……100000c
・追加報酬……総与ダメージランキング:ランキング外
総被ダメージランキング:ランキング外
総消費MPランキング:12位 →金剛十フィート棒(軽)+50000c
・特別報酬……以下より一つ選択
武器攻撃系『棒術』→杖『黒亀の霊杖』
魔法攻撃系『土属性魔法』→スクロール『大地の震撃』
魔法支援系『魂術』→スクロール『霊魂奪衣』
特殊系『テイムマスター』→卵『可能性の卵』
魔法技術系『魔力操作』→アクセサリー『魔の瞳』
「うむ……」
ワースは特別報酬の欄に示されたいくつかの選択肢に呻き声を上げた。まさかこんなに選択肢があるとは思ってなかったからだ。せいぜい2,3個の中から選ぶだけかなと思っていただけに、どれを選ぶか安易に決めるのは危険だと感じた。
「見たか。俺も結構選択肢出てるんだよね。『大剣』で結構良さげな武器が出てるしさ、はたまた『召喚』で『精霊の手解き』なんていうものもあったりしてさ」
「あぁ、俺も『棒術』で杖が出たり魔法でも面白そうな魔法が合ったりするな。後、卵……」
「卵、あぁテイム系だな。俺のも出てるな。説明読むと、ペットが孵る卵なんだよな。まったくどれも魅力すぎて選べないな」
「そうだな……そうだ、テトラはどうだったか?」
ワースはすぐ前方を歩くテトラへ話し掛ける。
「ん。私は武器を選んだ」
「え、もう選んだのか!?」
「うん。他のはぱっとしなかったから……ちょっと卵には興味があったけど」
「あーテトラちゃんはたしか『テイム』系持ってたもんね」
ワース達の会話にニャルラが首を突っ込んできた。ニャルラの手にはいつの間にか買ってきたタレ付焼き鳥串が握られていた。
「俺はほぼ1択だったからな」
「やっぱり武器か。すでに良い2振りの剣を持っているのにこれ以上ってか」
「んや。もう追加報酬でコイツが手に入ったからな。特別報酬は『音』から『特級耳栓』っていうのをだな、もらったよ。ほら、付けているんだぜ」
「「えっ……」」
追加報酬で手に入れた黒々とした鞘に入った剣を掲げながらもうすでに嵌めている耳栓を見せるニャルラを見ながら、ノアと聞き耳を立てていた子音が思わず声を上げる。追加報酬で実用に耐えうる新たな剣を手に入れたことも去ることながら(追加報酬で自分に合った武器が当たることは珍しく大概オークションに流したり他のプレーヤーと物々交換したりするのが普通である)、レアアイテム揃いの特別報酬で『特級耳栓』なんていう如何にも地雷アイテム(名ばかりで大した効果がないアイテムのこと。またはその名の通り自爆するもののこと)を手に入れたことに驚いたのだった。
「いやいや、そうは言うけどな。この『特級耳栓』ってば凄いんだぜ。無駄の音はカットして必要な音だけ聞こえるようにしてくれるし、その上聞きたいと思った音を鮮明に聞こえるようにしてくれるんだ。しかも、今までに聞いた音を再生できたり、摘みを捻れば範囲は小さいけどソナー見たく音波放てたりするんだぜ」
「「いやいや、もはやそれ耳栓じゃないから」」
ニャルラの耳栓に思わずツッコミを入れるノアと子音。
「なるほど。そうならその耳栓を選んだのもわかるな」
「だろ。選んだ時はそんな機能あるなんて知らなかったけどな。なんとなく選んだら当たりだったぜ」
少し感心したようにコメントするワースにドヤ顔しながら答えるニャルラを見て、他のメンバー達はなんともいえない気分になった。
「で、他のみんなは何選んだんだ?」
そんなワースの言葉にマリンやあるふぁは当然といった表情で答える。
「私は素材にしたよ。やっぱり鍛冶がやりたいからね。これで上等な業物が打てるってもんよ」
「もちろん私は卵だよ。テイム持ちならもはやこれ一択じゃないかな」
アカネはむむむと悩んだ表情で報酬画面を見ている。
「うむむ、この鎌もいいっすけど、こっちの『冒険者ノート』の方も惹かれる……あ、こっちのドレスとかどんな感じかな。うむむむ……」
「悩むのもまぁ報酬選ぶのの醍醐味だよね」
「子音はどうなのにしたっすか」
「んとね。僕は回復系のスクロールにするか、支援系のスクロールにするか迷っているんだよね。どっちも捨てがたくって。アカネはどうなの?」
「それなんっすけど……これと、」
悩んでいるアカネへ子音が手助けするように話を聞いている。
そんな二人を見ながらワースは顎もとに手を当てる。
「どうした? 何か悩んでいるのか?」
「あぁ、それなんだが……」
「ワースってテイム系持ってるんだから卵が選択肢にあるでしょ。だったらそれにすれば?」
「それなんだが……」
「あーもしかして魂術だっけか、それの方で良いのが出てるんじゃない?」
「それな……」
「なるほど。数を増やすか、それとも力を増やすかってところか。それでワースは悩んでいるんだな」
「……」
「そっか。でもさ、案外武器で琴線に触れるのがあったんじゃない?」
「私は素材一択だったけど、確かに武器で面白そうなのがあったんだよね」
「たしかに武器かー」
「……」
ノアとあるふぁ、マリンが善意で自分の悩みを解決しようとしてくれているのはわかるが、最後まで自分の話を聞いてほしいとワースは思った。
「ごほん」
「あ、ごめんごめん」
「で、ワースは何で悩んでいるの?」
「それなんだが、あるふぁ。テイム系の報酬の卵ってたぶんランダムだよな」
「そうじゃない? 卵って普通何が生まれてくるかわからないし、私がもらった卵にも全然何が孵るか説明ないし」
「そっか……」
「何が孵るかわからないことで何があるんだ?」
「それはだな、まず俺がどういう人間かみんなはわかっているよな」
ワースの唐突の質問に一同は首を傾げる。
「……真面目?」
「意外と責任感ある?」
「優しいっすね、とにかく」
「亀が好きすぎる……」
「そう、それだよ」
「えっと……」
「俺は亀が好きすぎるんだ、そう亀以外のペットに興味が示せないほどに」
「……なるほど、そういうこと」
「え、テトラはわかったの?」
「うん。……亀が好きすぎるから、もし卵から亀じゃないペットが出てきたら」
「あ」
「そうだ。もし卵から孵るのが亀じゃなかったら、と思うとだな」
「もったいないな」
「せっかくのペットですしね……」
「でもさ、亀じゃないと決まった訳じゃないでしょ」
「そうだよ、亀が生まれてくるかもしれないだろ」
「まぁ亀じゃなかったら私が代わりのものと引き換えてあげるし、卵を選んだら?」
「みんな……」
ワースはメンバーたちの言葉に自分の心がほわっと暖かいものが湧き出てくる気がした。
「じゃあ、卵にするよ」
「それがいいよ、ね」
「あぁ」
「亀が生まれてくるといいっすね」
「ワースのことだから何があっても亀が生まれてくるんじゃないか」
「はは、違いない」
ワースは特別報酬の欄から『可能性の卵』をタップし、『特別報酬はこれにしますか?』のメッセージに迷うことなくYESを押す。するとワースの手にほわほわと光が集まり、卵がワースの手の中に収まる。
「これが……」
ワースは『可能性の卵』を抱きかかえ、思わず呟く。
「元気に孵れよ」
ワースは気が付いていない。ワースの称号『亀テイマー』の真の効果を。亀のテイム率を上げるだけ、そんな効果だけがこの称号に秘められた力ではない。
ワースが抱いている卵は小さくびくりと脈動する。
そこに宿る生命はワースに抱かれ、着実に孵る準備を始めていた。
「で、俺たちはどこへ向かってるんだ?」
「え、適当に回ってるだけ、なんだよね?」
「……なぜ疑問形?」
「こほの串カツ屋はふぁたりふぁな」
「ほら、食べながらしゃべらない」
「せっかくの新しい場所なんだし、街を見て回ってるってことでいいじゃない」
「目的地は、そうですね、まだ見ぬ何かってことですかね」
「それいいっすね」
ワース達は特に目的もなく帝都の街をぶらぶらと歩く。目的もなくただ解放された街並みを楽しんだ。
そして、一行はいつの間にかに街の隅の方まで足を進めていた。




