32話 コンクルージョンエンド
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黒盾の召喚した巨人とプレーヤーたちがその命をかけてぶつかり合う。
ある巨人の棍棒がプレーヤーたちを薙ぎ払い、勢いが少し遅くなった所で待ち構えていたプレーヤーの盾にがつんと阻まれ動きを止める。その隙間を縫うように身軽なプレーヤーが棍棒を足場に駆け登り、巨人の頭部へ刃を突き立てる。
別のところでは、前進してくる巨人に向かって燃え盛る紅蓮の炎が何度も何度も飛び、炎が巨人の肉体を焼き、その手に持っていた棍棒はすでに灰となっていた。それでも巨人の歩みは止まらず、攻撃するプレーヤーたちはじりじりと後退し、逃げ遅れたプレーヤーはその巨人の足に踏まれ無残にも塵となって消えた。
巨人の周りには討ち漏らしたモンスター達がうようよと彷徨き、近づくプレーヤーへ攻撃を行っている。巨人はそんな足元で纏わり付くモンスター達に目をくれることなくプレーヤー達へ棍棒や拳を振るう。全ては召喚主である黒盾の意志に赴くのみ。主の障害となる敵を排除する、ただその1点に限られた。そのために自分のみを犠牲にしても任務を遂行する、それが巨人に与えられた使命だった。
黒盾は召喚した4体の巨人が想定通りに動いていることに少し安堵し、それまで座っていた椅子に手を当てた。黒盾のシミ一つない白磁のような手が黒を基調とした金銀の装飾の付いた椅子を掴み、次の瞬間椅子は中から力に耐えかねるかのように破裂した。それを黒盾は無表情な顔でそれを見つめ、手の中に残った黒い光を手のひらで握り直し、それを勢いよく握り潰した。黒盾の体が一瞬どす黒い光、いや光というより煙といった方が適当だろうか、に包まれ黒盾は顔に笑みを浮かべた。それは嬉しいことがあったときの喜びの笑みではなく、目の前の虫けらを虐殺する暗い悦びの笑みだった。
「行けええええ!」
「うおおおおお!」
プレーヤー達が果敢にも巨人と立ち向かう中、黒盾は動いた。フリルの付いた華美な服の袖を棚引かせ、小さく言葉を紡ぎプレーヤー達の前に躍り出る。
「『圧潰黒墜』」
黒盾はざばっと手を振り下ろす。手の動きに合わせて服の袖ががさりと音を立て、黒い靄が先頭にいたプレーヤー達の頭上に立ち昇った。次の瞬間、巨人やモンスターと直接相対していたプレーヤー達は頭上から押し潰されるほどの重圧を受け地面に突っ伏した。体を持ち上げようにもみしみしと音を立て体が痛み、HPががりがりと削れていくのが見えた。痛みに関して調節されているはずであるが、地面に突っ伏す誰もが今までゲームの中で感じたことの無い痛みを感じた。体が重い何かに押し潰され、そのままぺしゃんこになってしまいそうな予感を感じさせた。HPが少なかったプレーヤーは押し潰されるような重圧に耐え切れずすでに消滅し、HPが残っているプレーヤーにしても大方をこの黒盾の“一撃”で削り取られてしまった。
時間にして30秒ほどもなかったが、直接身に受けたプレーヤーには永劫にも感じられた黒盾の魔法。効果範囲から逃れた中衛・後衛のプレーヤーは黒盾が動くとすぐに行動を変更し、攻撃対象を黒盾に定めた。魔法職のプレーヤーが様々な魔法を飛ばすが、黒盾にぶつかる寸前に何かに遮られるようにして消滅していった。これは黒盾が展開した障壁によるものだった。それでもいくつかの魔法はその障壁を乗り越え黒盾に当たるものの、HPゲージは目に見えて削れるわけではなかった。
ワースはいきなり動き出した黒盾に奥歯を噛み締めた。予想はしていたもののまさかここまで強力な全体攻撃をしてくるとは思わなかった。配下の者を召喚する敵は召喚する能力に力を取られて攻撃及び防御は弱いというのが相場である。そうであるのに、この黒盾は何も寄せぬ防御力とこちらの手を止めるだけの力を持った上で尚且つモンスターを召喚できるのだ。レイドボスだからと言ってしまえばそれでお終いだが、それでもその強さは異常だった。最終日にそれがわかるとはある意味皮肉なものだ。ここで無様に敗退すればそれでお終いになる。だからこそここで乗り越えなければならない。
「みんな、大丈夫か?」
ワースが声を掛けると、近くにいたミドリがきゅーと鳴き、テトラがこくんと頷く。
「範囲に入ってたけど、ぎりぎりだったし、ワースの付与術があったから大したことなかった。だけど……」
テトラが示す先には、プレーヤー達が無様にも地面に突っ伏す姿があった。継続的なダメージを与えるだけでなく『硬直』の状態異常を与える黒盾の攻撃を喰らったプレーヤー達は痛みと状態異常に地面に伏すばかりだった。その中にはニャルラやアカネ、マリンやノアも含まれていた。彼らもまた抵抗できずに地面に倒れていた。
テトラは効果範囲から逃れたワースと違い、ほんの少し先で戦っていたため黒盾の攻撃の影響を受けた。だがテトラは、ワースが施した『亀の御守り』によって大ダメージを伴う黒盾の攻撃を無効化したのだった。おかげでテトラは他のプレーヤー同様に地面に伏すことなく、自由に動けた。ワースも狙って付与術を掛けた訳ではなく、まさしく幸運の賜物だった。テトラはワースの前に陣取るミドリの隣に立ち、どうするか思案する。どうにも近付けばまだ効果を示している黒盾の攻撃の餌食に遭うだろう。といえどもテトラには遠距離攻撃の手段がなくこのままでは打つ手がなかった。
「ワース、大丈夫かい?」
「あるふぁ、そっちはどうだ?」
「あぁ、離れてたから問題なかった。さて、どうする?」
「そうだな……」
前衛が軒並み倒れているのを尻目にあるふぁはワースの許に現れた。隣には子音もいた。
「今は迂闊に近づけないし……」
「とにかくあの攻撃の手が止まらないことには……」
ワースは遠く手を振り下ろしたまま動きを止めたままの黒盾を睨んだ。黒盾の攻撃と同時に巨人やモンスターは前進を止めている。これはおそらく黒盾の攻撃の巻き添えにならないためであろう。敵の誰もが黒盾の攻撃の影響を受けずぴんぴんとしていた。幸いなのは敵の中に遠距離攻撃の手段を持たなかったことだろう。もしそうであれば前衛が地面に伏している間に遠距離からの攻撃によりプレーヤー達は一層混乱に包まれただろう。
と、そうこうしている間に状況は変化した。
黒盾の攻撃により地面に伏したプレーヤーの一人が状態異常を治すスキルを使い、なんとか自由を得て黒盾に特攻していった。いくつか状態異常を治すスキルはあるが、そのほとんどが僧侶系の魔法に属する。だがしかし、僧侶系でなくとも使えるスキルがあり、このプレーヤーの場合は『気合い』と呼ばれる自分自身に掛かったステータス変化をランダムにキャンセルさせるものだった。例え状態異常であろうとも、付与術であろうとも自分に掛かったものならばランダムに消してしまえるこのスキルは、戦士系の中で数少ない状態異常を治せるスキルだ。それを使って立ち上がった真紅に染まる大剣を背負った『剣術士』は疾走し、黒盾へ大剣を振り下ろす。
がきんと鈍い音を立てて黒盾の腕と大剣がぶつかり合う。ダメージ的には大したことの無い攻撃だったが、黒盾の意識は目の前の『剣術士』へ移り、攻撃の手が止まる。黒盾の拘束が解け、地面に伏していたプレーヤー達は次々と立ち上がった。最初に乗り越え黒盾に剣を突きつけた『剣術士』は黒盾の堅牢な防御を前にして再び剣を叩き付ける。
「チャンスか」
「そうだね、ほら子音。あそこで頑張ってる前衛たちを回復させに行こう。子音のことは私が守るからさ」
「あ、え、ちょっと、待ってよ~」
あるふぁは子音を連れて前衛たちの支援に向かって行った。
「さて、俺たちも行くか」
「うん……もう総攻撃で十分倒せる」
「だな、とりあえず『堅牢障壁』」
身近にいる仲間たちの防御力を上げる付与術を使い、ワースは拳をきゅっと握り締めた。
「行くぞ」
「うん」
「きゅー」
「ぎゃーお」
「っばぁぐぅ」
ワースとテトラ、ミドリにどろろ、そしてべのむんは黒盾へ向かって疾走した。
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そして。
「これで止めだぁあああああああああ!」
「終ーわーれーええええええええええ!」
プレーヤー達は剣や槍、はたまた斧を黒盾の矮躯に叩き付ける。周りにはすでに巨人やアンデッドモンスターの姿はない。ただそこには黒盾一人がプレーヤー達の猛攻を凌いでいた。黒盾は不可視の障壁に覆われた腕を振るい、プレーヤー達の攻撃を受け止め受け流していた。それでもダメージは着実に蓄積して、3本もあったHPバーが今ではあとちょっとを残すばかりとなった。
「う、くぅ……」
黒盾は印を組み魔法を発動させる。
「滅潰黒震」
黒盾を中心に地面が揺れる。周りの地面がぼこぼこと隆起と沈降を起こし、大きな地割れを作る。周囲のプレーヤーは立っていられずに思わず屈むしかなかった。
そんな中、後方から白い光がプレーヤー達を包み込み、2刀の剣を携えた黒衣の『剣術士』が宙を舞う。
「『蒼墜火=弐撃』!」
漆黒の剣と青色の剣が蒼白いオーラを纏い、目にも留まらぬ速さで左右から袈裟切りに交差する。交差点にいた黒盾は魔法を放った直後のためその攻撃を受け止めることができずその身で剣撃を受けた。どごっと鈍い音が鳴り響き、黒盾は自動展開された障壁ごと仰け反った。その様子に2刀流の『剣術士』はにやりと笑みを浮かべた。
「『影結い』」
黒盾が仰け反ると同時にどこからともなく現れたこれまた黒衣の『忍』が、黒盾の背中目掛けて忍刀を突き刺す。障壁に阻まれるものの忍刀から黒い影が伸びて黒盾の体を縛り付ける。黒盾は攻撃してきた『忍』を振り向くことができず仰け反ったままの姿勢で動きが取れなくなった。
「チャンスをありがとう! 『炎拳滅祭』!」
拘束され動けなくなった黒盾へ、飛び上がった『獣戦士(ビーストウォ―リア)』が拳を爛々と赤く燃え上がらせながら黒盾へ幾度となく叩き付ける。ごすごすと音を立てながら拳は黒盾を抉り、HPを削り取る。
黒盾は抵抗するものの拘束をなかなか抜け出せない。殴り続けていた『獣戦士(ビーストウォ―リア)』は黒盾がもがき突き出した脚に股間を蹴られ脇に逃げ、そこへ新たに控えていた『海賊』が裂帛の勢いでレイピアで突き付ける。
黒盾のHPはプレーヤー達の猛ラッシュの前にがりがりと削れ、そして僅かばかり残っていたHPも完全に尽きた。
「が、ぁ…………!!!」
黒盾の動きは完全に止まり、ぽろぽろと先端から光の粒子となって消えていく。
「あ……私は……これで……」
黒盾の体に纏わりついていた黒い靄が薄れ、黒盾の眉間から皺が消える。
「客人たちよ……我を解放してくれて……礼を言うぞ……」
黒盾は安堵の表情を浮かべそう告げた。
「これで……安らかに……眠れる……」
そして黒盾の全身は光に包まれ、消滅した。
そこにはもう何も残されていなかった。
『マスター黒盾の消滅を確認。当機エボルフォレストタートルの活動を停止します』
『エボルフォレストタートルのHP残量が0になりました。おめでとうございます、エボルフォレストタートルを無事倒しました。60秒後に転送を開始します』
『エボルフォレストタートルの討伐を確認。……これで帝都北門開放されました。北門攻略したプレーヤーには後で報酬が送られます』
『転送開始。転送ポイントは帝都内北門前です』
『長きにわたる戦い、お疲れ様でした』
………
……
…




