31話 サポートワース
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戦いはプレーヤー達に有利に進んでいた。昨日の戦闘と比べれば、圧倒的にプレーヤーの数が多く敵モンスターの傾向をつかんだ装備・アイテムの準備が整っており、その上今日が最終日だという焦燥感がプレーヤー達のやる気を引き出していた。部屋中を埋め尽くすほど召喚されたモンスターを部屋の中程まで押し退け、空いた空間で前衛中衛後衛と編隊を組みながらモンスター達へ攻撃を加えていった。対するモンスター達がアンデッド系が多いため光属性ないしはプリースト系の神聖魔法の効きが良く、さくさくと群がるモンスター達を駆逐できている。ゾンビやレイスなどは大した攻撃力を持たず、尚且つそれこそ一撃与えれば倒せてしまえるほど(実際は何撃か与える必要があるが連撃できるスキルであれば一回で倒せてしまうほど)である。だがしかし、ちらほらと見かける黒甲冑の鎧騎士のモンスター:ブラックサクリファイスドナイトや何体も一気にモンスターを駆逐するプレーヤーへ忍び寄り強烈な一撃を喰らわせてくるのっぺらぼうで不気味な人影モンスター:ドッペルシャドウといったユニークモンスターは、さすがこの特殊な環境にいるだけあってプレーヤーが何人掛かりで攻撃してようやく撃退できる強敵だ。そんなモンスター達を相手にし、ようやくその数を減らし始めているところだった。
「そっちはどう?」
「お、テトラか。こっちは順調だ、そっちは?」
「ユニークを一体倒してきた。雑魚は、どれくらいだろ。ちょっと疲れたからしばらくこっちで戦うことにする。後は他のプレーヤーに任せることにする」
「そっか、頑張ってるんだな。っと、切れかかっている付与術があるな。掛けておくよ」
「ありがと。周りのモンスターは私も担当するから」
ワースは今詠唱し終えた魂術『魂活性化』をどろろに施し、すぐさま杖で地面をぽんと突いてテトラに施す付与術の詠唱に入った。ワースは自動的に発動する『魔力循環』に加え、特定のリズムで杖で地面を突くことによって発動する『魂力円環』によって度重なる魔法行使で消費する魔力を回復していっていた。それにも限界があるので何度も魔力回復ポーションを呑んでいたが、それでも攻撃魔法を使わず攻撃のほとんどを仲間に任せ自分はひたすら支援に回っていたため回復アイテムの消費を抑えられていた。本来MPの自動回復には座ったり瞑想するなど戦闘行為を止める必要があるが、メリット『魔力操作』や『魂術』に属するスキル達によって他のプレーヤーと掛け離れたMP自動回復を実現できていた。
「『破壊力増加』に、これもおまけだ! 『亀の御守り』!」
どす黒いオーラが一瞬テトラの武器を包んだかと思えば、今度はライムグリーンの光がぽわぁとテトラの全身を包み込んだ。
「これは?」
「あぁ、テトラがこっちで戦うっていただろ。だからちょっと試してみようと思ってね」
ワースは一旦魔法詠唱の手を休めてテトラを見詰める。
特殊付与術『亀の御守り』は分類されている通りかなり特殊な魔法だ。特殊付与術は特殊魔法の一つで、特殊な条件をクリアすることによって使えるようになるものである。この『亀の御守り』はなぜワースが使えるかは正確なところ分かっていないが、その効果は以下の通りだ。
『亀の御守り』
特殊付与術。ワース自身、またはワースと関わりの深いプレーヤーにしか掛けることのできない。この付与術は対象の付与術可能枠を取らないが、複数の対象に掛けることはできない。
対象がワースのペット:ミドリの近くで戦闘を行う場合に300秒間、以下の効果を発動。
① 対象の防御力と状態異常耐性を50%上昇させる。
② HPの半分を超えるようなダメージを受ける場合に一回のみ、その攻撃を無効化する。
③ ミドリにガードしてもらった場合、ガード判定を上昇させる。これは対象とミドリの距離が近いほど効果が上がる。
ミドリの近くで戦う限り、いやミドリと共に戦うことでより死ににくくなる付与術をテトラに掛けた。その内容は簡潔に説明し、テトラはこくんと頷いた。
「ありがと、ワース。これでちょっと無理しても大丈夫そう」
「そんな無理するほど頑張らなくてもいいんじゃないかな」
「頑張る、その身が果てるまで」
「いやいや、ほどほど頑張ってくれればいいさ。テトラの機動力で敵を撹乱できてるから、さ」
ワースはなぜテトラがむすっとした顔をしたのか理解できなかった。ワースはそのまま前方のモンスターの掃討をテトラに任せて、周囲の状況を把握し、共に戦うプレーヤー達へ惜しみなく支援魔法を掛け続ける作業へ没頭した。
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黒盾の召喚したモンスター達の大群がプレーヤー達の猛攻によって数を減らし、あと少しで全滅できるというところで黒盾が動いた。それまで椅子に座り召喚した僕が戦う姿をただ見守っているだけだったが、いきなり立ち上がり頭上に見覚えのあるバーが3本浮かび上がった。それはHPバーで、つまりそれは黒盾がラスボスとして動き始めたことを意味していた。
『我と我の僕を守る盾となれ、巨兵召喚』
黒盾がそう厳かに告げると黒盾の近く4ヵ所の地面に魔法陣が浮かび上がり、黒光りする肌を露わにした天井まで体が届きそうな巨体を誇る人型モンスターが4体現れた。ブラックサモンタイタンと名の付いた巨人は目の前の足元に群がるプレーヤー達を睥睨し、腰蓑に括り付けてあったその巨体に見合うだけの巨大な棍棒を振り上げて突進した。
突然のモンスター召喚にプレーヤー達の中で軽い動揺が走った。もうすぐ終わりかと思ったところへの介入はゲームで言えばよくある話であるが、実際に目の前でやられると状況を読み込めなくなる。
「全体、下がれえええええ!」
誰が叫んだかはわからないが、その言葉に動揺のあまり動きを止めてしまったプレーヤーの硬直を解いた。しかし、4体の巨人の動きは予想よりも速く、運悪く蹴飛ばされ棍棒に叩き付けられたプレーヤー達がいた。そのプレーヤー達は攻撃を受け止めることができずただ何が起きたか理解もできないまま消滅した。
「ここでこんなでかぶつを投入するとはな」
「きゅー」
「あぁ、無理はするなよ、ミドリ」
ワースはきゅっと杖を握り直し、新たな魔法を紡ぎ始める。攻撃は他のプレーヤーがする、だからワースはその攻撃が敵によりよく効く様に、当たるように手助けするだけだ。
「『広域回避成功率上昇』、発動」
ワースは杖をさっと振るって淡いライトブルーに光る付与術のエフェクトフラッシュを振り払い、次の詠唱に移る。
「うおおおおおお!」
「『エクスストリーム』ぅうううううう!」
「『フレイムスフィア』、行け!」
プレーヤー達が体勢を立て直し、迫り来る4体の巨人へ向けて攻撃を開始する。それを見ながら、ワースは続けざまに付与術を施す。
「『広域武器攻撃上昇』、っと。どろろにもこいつを……『主人の応援』」
ワースは隣で泥の槍を巨人へ射出するどろろの甲羅に手を当てスキルを発動させる。メリット『テイムマスター』のスキルツリーに属する『主人の応援』は、ペットの能力を一時的に底上げさせる。どろろはワースの支援を受けてぎゃおと力強い鳴き声をあげて体をもぞもぞと揺らす。
「ぎゃおぎゃお」
「おお、頑張ってくれよ」
「ぐば! ぐばば!」
「あぁはいはい、べのむんもね」
ワースは背中に引っ付いてせがむべのむんにも同じスキルを施してあげた。
「……きゅー」
「なんだ、ミドリもか」
「きゅ、きゅきゅぅ」
「わかったわかった。仲間外れは嫌だもんな。ほら」
「きゅ~」
甲羅にぺたりと手を当てて力を注ぎ込むようにスキルを施し、亀達が体に力が漲っていくのがワースにはわかった。
「よし、とにかく今日で終わりなんだからな。ここで終わりにならないように頑張るぞ」
「きゅー!」
「ぎゃおっ!」
「ぐべー」
ワースは亀達の様子に頬を緩め、すぐさま表情を引き締めた。戦いはまだ終わっていない、だからワースは戦いのために杖を振るう。




