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亀が好きすぎる魔法使い  作者: ひかるこうら
第3章 Imperial Capital
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29話 タートルセブンス

 ■■■


 そして、夜が明けた。

 西暦2037年2月14日。奇しくもこの日は世間では親しい人愛おしい人に贈り物をするバレンタインという行事があり、人々はどこか落ち着きなくばたばたとしていた。女の子が憧れの先輩にチョコを作ったり、友達のためにお店でチョコを選んだり。はたまたチョコレートだと苦手な人もいるから代わりにクッキーをチョイスしてみたり。今も昔もバレンタインという行事の騒がしさは変わらない。


 今流行りのVRMMO『Merit and Monster Online』でもバレンタインイベントはレイドイベントの裏で秘かに展開されていた。街の売店ではチョコレートが並び、街の装飾がハートやチョコレートに準じたものに変わっていた。前日まで何事もなかったのに、わずか夜中の何時間かの時間でアップデートを終わらせた運営の手腕は素晴らしいとしか言えないだろう。

 街はバレンタインで騒がしくなる中、帝都門ではレイドイベント第1弾の最終日に突入するのだった。




 ■■■


「いやはや、さすがゲームと言ったところかなんというか。亀にも普通にチョコがあげれるとはな……」


 ワースは始まりの街にてショップで買ってきたチョコレートのお菓子を手にしながらそう嘯く。本来なら砂糖を使ったチョコレート菓子は亀にあげるとすぐに調子悪くなるためあげられないのだが、そこはゲームであるためフードの一種として食べさせることができる。現実世界のものと大差なく再現された丸い円柱型の口にポンと放り込めるようなチョコレートは甘くそしてほのかに苦みを感じる。他にも甘さ控えめのビターチョコや逆にミルクたっぷりの甘いミルクチョコがある。MMOではどんなに食事を取ろうがただ食べ物を食べた感覚を感じるだけで現実世界ではその感覚が薄れるため、お菓子は食べても太らずその後も食欲は元通りということで好んで食べる人が多い。元々プレーヤー達の中でも売店でもチョコレートはある程度扱われていたが、このバレンタインに合わせて作れるチョコレートの種類が一気に増えたそうだ。


「きゅーきゅー」

「がおがー」

「ぐばー」


 ワースの前ではペットである亀達が早く早くと言わんばかりに体を乗り出しワースの手元のチョコを欲しがっている。ワースの元で様々なものを食してきた亀達の舌は肥えていて生半可なものではそこまで喜びはしないのだが、チョコはその舌に合ったそうだ。脚をじたばたさせてねだるミドリ。甲羅をゆさゆさと揺らしうずうずと物欲しげな視線を向けるどろろ。ミドリやどろろよりも軽い体をワースに預けよじ登ろうとしてチョコを欲しがるべのむん。それぞれの可愛さが際立っていて、ワースは思わず苦笑する。そこまで欲しがらなくてもちゃんとあげるというのに、ワースはそう思いながら目の前の亀達に再びチョコを差し出す。ショップで売っていたチョコ何種類かを買ってきたため数には余裕がある。ワース自身はあまりチョコレートが好きではないが、亀達がこんなに喜んでくれるならいいやと思うワースだった。



「あ、ワース。こんなところにいた」

「おう、テトラか」


 始まりの街の中央広場の隅にあるベンチで亀と戯れていたワースの前に偶然テトラが姿を現した。


「チョコ上げてるの?」

「あぁ、そうだよ。ほら、まだまだあるからそんなに焦るなよ」


 ワースは亀達にチョコを上げながらテトラを見上げる。

 テトラの今の装備は戦闘用の忍者服ではなく、街中用のおしゃれな服装だった。黒地に金と赤の糸が綺麗な花鳥風月を描きこまれた振袖を纏い、足には振袖に合った黒塗りの高下駄を、濡れ羽色の髪には朱色の簪が挿さっていた。


「……あの」

「ん、どうした?」

「こ、これ……」


 テトラが唐突に取り出したものは綺麗にラッピングされた箱だった。


「これって……?」

「義理チョコ。いつもお世話になっているから」

「あぁ、ありがとな」


 ワースはテトラからもらったチョコレートの入った箱をいそいそとアイテムストレージに放り込もうとするとテトラがじっと見つめてきた。


「えっと……」

「……」

「えーと、何かあったか?」

「食べてほしい」

「え?」

「今ここで食べてほしい」


 テトラの言葉にワースは一瞬何を言われたか理解できなかった。


「今、ここで?」

「うん」

「わかったよ……」


 あまりチョコレートが好きではないがせっかくもらったものだし後でゆっくりいただこうと思っていたワースはしぶしぶ箱を開ける。中には包み紙に包まれたこじんまりとした立方体型のチョコレートが3つほど入っていた。そのチョコは滑らかなこげ茶色で上には金粉が少々振りかけられていた。


「それじゃあ頂きます」

「……ん、どうぞ」


 ワースはチョコをぱくりと口に放る。口の中でチョコはとろりと溶け、ほろ苦いカカオと少し入れられたミルクのほどよい甘さが混じり合い、あまり甘いものが好きではないワースにとってちょうどよいものになっていた。ビターチョコでもちょっとと思っていたワースはそのチョコのおいしさに感心する。


「おいしいぞ」

「そう……それは良かった」


 テトラは口元を緩ませてかすかに笑みを浮かべる。

 ワースはテトラの様子に気に掛けることの無いまま残りのチョコをぱくぱくと食べ終える。チョコは甘いだけではないのかと妙なところで感動したワースはふと疑問に思う。


「で、これはどこで買ったんだ? 後でちょっと買ってみたいんだが……」

「え……えと……」


 テトラは手を胸元に押し当ててもじもじとしたまま言葉に詰まる。何と答えようか悩んでいたテトラの前に、向こう側からやってきたあるふぁが声を掛けてきた。


「やほーどうしたのかなー?」

「おう、あるふぁか。今テトラからチョコをもらってたんだよ」

「チョコ!?」

「ぎ、義理だよ……」

「へぇー あぁ、そうそう私からも、ほら」


 あるふぁの手には綺麗な小袋が握られていて、それがワースに突き出された。


「これも?」

「そうさね、これはワースの分。ほら、食べてみてよ」

「はいはいっと」


 あるふぁから手渡された小袋を受け取り中に入っていた球状のチョコを摘み取り口に入れる。テトラが持ってきたチョコと違い、こちらは一般的なミルクチョコレートで甘さがワースにはちょっときつかった。


「うーん、あんまり甘いのは苦手なんだよな」

「あ、そうか。ごめんね、なんか悪いことしちゃって」

「いやいや、もらっている側がこんなこと言って悪かったな」

「今度は甘くないのを作っておくよ」

「お、これって買ったんじゃなくてあるふぁが作ったのか?」

「うんうん、そうだよ。控えメリットに『料理』入れてるからね」

「そうか、ありがとな」

「いえいえ」


 あるふぁは未だにもじもじとしているテトラに軽くウィンクをする。







 それから少しして、場所を移したワース達は最終調整を行っていた。

 本日はバレンタインであると共に、レイドイベント1段階目の最終日。ここでエボニーフォレストタートルを倒しきれなければこれまで頑張ってきた努力が無駄になる。

 そうならないためにも、ワース達は気合を入れるのだった。



 そして1時間後。


 帝都の守護門の扉がぎぎぎと音を立てながら開かれ、プレーヤー達は決戦の地へ転移していく。


 戦いの始まりだ。





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