27話 コンタクトエネミー
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「おーい、べのむーん。どーこだー」
穴の中へ落ちていったベのむんを探すワース。穴は真下に向かって伸びていて、壁にはご丁寧にも梯子が付いている。端々からかなり昔のものとわかるが、幸いにもすぐにも壊れそうなものではなく、ワースは安心しながら下へ降りる。べのむんはいきなり足場を失い真っ逆さまに落ちていったが、べのむんは体重が軽く鋭い爪を持っているため穴の底に激突しているなんていう惨状には至っていないだろう。現にべのむんのステータス画面を展開しているが、HPは1割も減っていないことがわかる。
ワースはそろそろと梯子を伝って穴の中を降りる。穴には苔が生えていて、昔祖父母の住んでいた家の近くの枯れ井戸の中に下りてみた話を思い出した。その枯れ井戸は壁に梯子がついていてその上井戸の名残らしく上からは桶の付いたロープが垂れ下がっていた。壁のあちこちに苔がへばり付いており、そこにはわずかな水が溜まっていた。この水溜りにはイモリだとか虫だとかがいて、ワースはよくそこで遊んでいた。
ふとそんなことを思い出しながら、ワースは梯子を降りやがて底にたどり着く。穴の底は予想していたよりも上にも横にも広がっていて、その広さは東京ドームの大きさほどだった。広大な広間で、辺りを見渡したワースは少し離れたところに目的のものを見つけた。
「べのむん!」
「ぐ、ぐばぁっ!」
ワースを見つけて飛び付いて来たべのむんをワースはひしと抱きしめる。喜びの再会だった。
ところ代わって、『エボニーフォレストマウンテン』頂上。
ワースが穴の中に入り、テトラとポッドは他のプレーヤー達に連絡を取り、メンバーを揃えてから穴の中に突入した。穴の中は狭く、プレーヤー達は一列に並んで順序良く梯子を降りる。テトラは列の先頭で梯子を降りながら、周囲の警戒を行う。まさかと思うがモンスターが出現するかもしれないというのと真っ先にワースを見つけたいという思いがあった。魔法職のワースが一人の状態でモンスターの大群に襲われたらひとたまりもない。だからこそ、早く合流すべきだと考えていた。
梯子を降りて行き、テトラの『索敵』の範囲内に二つの反応が入った。ワースとベのむんだ。テトラはばっと梯子から手を離し自由落下に身を任せ、『軽業』と『立体機動』の併用により猫のように軽やかに地面に降り立った。
「ワース!」
「おっ、来たか。待ってたぞ」
「……まったく、もう」
逸早くワースと合流したテトラの後をぞろぞろと他のプレーヤー達が梯子を降り切って広間にやって着た。
「いやはやびっくりしたんだぜ」
「まぁペットが穴に落ちちゃったんじゃあ仕方ねぇかな」
「でも、危ないからやめときなよ」
「ははは……すいませんでした」
他のプレーヤー達から話しかけられてワースは申し訳なさそうに言葉を返す。自分が暴走してしまったことに皆を巻き込む形になって恥じる気持ちがそこにあった。
広間にたどり着いて軽く準備を整え直した一行は、その広間を後にその先に潜む何かを求めて探索を開始した。
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「結構広いな……」
「あぁ、俺もそう思った」
ワースは隣にいるノアとそんな言葉を交わしながら先遣隊の進む通りに道を歩く。山に登るときと同じようにいつどこでモンスターに襲撃されてもいいように、先頭に『索敵』の使える斥候職、間に魔法職や回復職を挿みながらその周りを武器攻撃職を背馳して一丸となって進んでいく。ワースは団体の中央辺りに配置され同じように配置されたノアと共にこの大きな広間がいくつも連なっているこの場所の感想を言い合う。穴に入ってからここまでモンスターの襲撃はなく、テトラ達斥候職の『索敵』にもモンスターの反応は見受けられなかった。
この広間には外縁部分にずらりと燭台が設置されてあり、その蝋燭にはちろちろと炎が灯してあった。仄かに薄暗い広間は四方に扉がついており、その先にもまた同じような広間が広がっていた。この場所はダンジョン扱いとなっていて通常ではミニマップが表示されないが、『索敵』ではミニマップ機能が使用でき、それで東西南北の確認ができないとあっという間に迷ってしまいそうな迷路だった。『索敵』のレベルが高ければ他の広間との位置関係がマップに表示され、明らかに高レベル『索敵』を持つ斥候職なしには進めない仕様になっていた。どこの広間も同じ形をしていて気を抜けば迷いかねない中、今自分たちがどこにいるのか確認しながらの慎重な行軍だった。
「こりゃ迷ってしまいそうだ。どこもおんなじだもんな」
「一応天井の紋様が全部違うからそれを見れば元の場所に戻ったかわかるけど、やっぱり『索敵』がないときついね。これでも『索敵』レベル上げてきたつもりだけど、精々この広間の方角がわかる程度だし」
「テトラほどになると通ってきた部屋の位置関係がわかるんだっけか」
「そうみたいだね。そのおかげでなんとか進めているけど、肝心の目的の場所がどこにあるんだかね」
「順当に考えれば真ん中にあるんだが、入って着た場所が真ん中だからな。たぶん端にでも階段があるんじゃないか」
「もう一階層下ってわけか。たしかにそれはありえそうだね」
「これでまだまだ下にありますよって言われたら困るな」
「もう6日目だっていうのにこんな迷宮を歩かせられて……本当運営は何を考えているんだか」
「はは、まぁありがたいことにまだモンスターが出て来ないのはありがたいな」
「これから出てくるかもよ」
ワースとノアがそんなことを話していると、前を歩いている斥候職から伝達があった。
「この先モンスター反応あり。数は50以上、モンスターハウスの可能性ありだそうだ」
軽く準備を整え直したワース達は扉をバンと開け放ち中に突入する。
扉から散開し、武器を構え魔法詠唱し、いつでも攻撃できる状態のワース達の前に、50体を超えるアンデッドモンスターが出迎える。
ある者はぼろぼろの布きれを纏い、手には使い古した錆びついた斧を携え、腐りきった腕を高らかに振り上げる。
ある者はすっぽりと布を被り、ふわふわと浮き上がりながら、透き通っている体をまるで準備体操するかのようにぶんぶん動かす。
ある者はナイスバディな体を惜しげもなく晒し、その体中の筋肉を盛り上げ、肉体美を見せるかのように腕を捻り腰を突き出す。
ゾンビやレイス、筋肉お化けなどといったアンデッドモンスター達が一斉にワース達へ襲い掛かってきた。ちなみに筋肉お化けとは筋肉に目覚め筋肉を崇拝し筋肉を研究し続けた猛者が無念の死を迎えた結果出来上がるモンスターのことである。なぜこんなモンスターがいるのか、運営にもわからない。
「相手はアンデッドだ! 光魔法で一掃しろ!」
「こっちに光属性付与頼む!」
アンデッドモンスターは基本的に闇属性であり、光属性に弱い。また回復魔法を掛けられると逆にダメージを受けるという性質を持っている。そのため、回復職は範囲型の回復魔法を使うと味方を癒し敵を痛めつけるなんてことができる。
「ノア、俺は前に出る」
「お、おう」
「行くぞ! 『魂昇天』!」
ワースは前に躍り出て対アンデット用の魔法を行使する。『魂解放』とは『魂士』専用メリット『魂術』と『送還士』専用メリット『送還術』でしか取得できない魔法で、自分よりレベルの低いアンデッドモンスターを問答無用で消し去る。厳密には最大HP分のダメージを防御を無視して強制的に与えるため、状態異常耐性だとか特殊魔法耐性といった耐性に阻害されることはない。故に対アンデッド魔法として最高峰のものとなっている。難点としていえばアンデッドにしか効かないということだが、この場では問題ない。
杖で指し示したレイスがその魔法を受けて光に包まれて昇天する。ワースは次のモンスターに狙いを定め、杖を振るった。
戦闘開始から15分後。ワース達は広間にいる全てのモンスターを倒し終えた。
すると広間の中央が水色の光を放ち、転移陣が浮かび上がる。モンスターハウスを処理し終えたことで道が開けたということは明白だった。ワース達は損耗具合を確かめ、少しの休憩を挟んでこの転移陣に乗り込む。ぱっと風景は切り替わり、それまでと違った雰囲気の広間に転移した。壁一面には何かのレリーフが刻まれており、燭台は凝ったデザインで、明らかにそれまでのものとは一線を画す重厚な雰囲気を醸し出していた。
広間の先には大きく盾のレリーフが描かれた黒々とした扉がワース達を待ち構えていた。
「あれって、もしかしてだけど……」
「あの扉の雰囲気的にこれはきたんじゃないか」
「『索敵』が弾かれる……」
プレーヤー達は思い思いに感想や事実を述べ、やがてそれは一つの結論に達する。
この先がボス部屋である、と。
戦闘準備を整えたワース達は扉を重々しく開く。ぎぎぎと重々しい音が鳴り響き、扉の先の広間の様子が目の当たりになる。
どこか小奇麗な広間。壁一面に先ほどの広間同様のレリーフが描かれ、広間の中央には黒い物体が……
いや、物体ではなかった。それは人だった。しかも少女。黒いドレスを身に纏い、漆黒の髪を垂らしてこちらに背を向けて椅子に座り込んでいた。
ワース達は一歩その少女へ近づくと、少女はゆるりと動き椅子を降りてこちらを向いた。少女の目はどこか虚ろで、病的なまでの肌の白さと、黒い髪や服のコントラストが少女の不思議な妖艶さに拍車をかけていた。
少女は口元を軽く歪ませ、言葉を放つ。
『侵入者たちよ、我はエボニーフォレストタートルの主。名を黒盾。我が舟に侵入した罰を今ここで与えてやろう』
その言葉と共に、少女:黒盾の周りから影がもぞりと動き出し、地面から次々とモンスターが現れる。道中で何度も戦闘になったエボルタートル、モンスターハウスで待ち構えていたアンデッドモンスターに加え、黒い影のような甲冑騎士に黒々としたとぐろを巻く蛇などが召喚された。
「おお! 行くぞおおお!」
「うりゃあああああああ!」
「ひゃっふうううううう!」
ワース達は武器を構え、鬨の声を上げ戦いの幕を切った。




