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亀が好きすぎる魔法使い  作者: ひかるこうら
第3章 Imperial Capital
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24話 カミングフィア

 ■■■


『ケ、ケケケ』


 その化け物はそう言葉を発した。テトラの『索敵』から逃れて接近し、いきなり影から姿を現しマリンを無残にも切り裂いた化け物を前にワース達は驚愕・憎悪・恐怖を表情に浮かべ武器を手に取った。


「な、なんなんだ、コイツは……!」

「わからない。名前しか判別できないっ!」


 テトラは目の前の黒い物体の情報を得ようとするものの何かに弾かれるようにして名前しかわからないことに焦りを覚えた。


『むてこち むてこち かわきに おやは』


 黒い影はぬるっと蠢き、べちょべちょと湿った音を立てて形を成していく。木の枝のように曲がりくねった角、骨ばって垂れ下がる翼、鷲の嘴のように大きく鋭い爪。それらは全て黒の一色に塗りつぶされ、形状(フォルム)(カラー)が相まって一層禍々しい雰囲気を醸し出していた。まさしくその姿はドラゴンだった。


 ワースは湧き上がってくる恐怖を噛み締めながら、今何をすべきか頭を巡らせた。


「皆落ち着け。相手が何だろうと、いつも通りに」

「お、おう」

「……わかったわ」

「それで、ワース。どうするんだ」

「決まっているだろう、できることは。戦い、隙があるなら撤退。倒せるなら、それでいい」


 ワースは杖をどんと地面に突き刺し、力強く言葉を放った。




『ケケ、かわきに やはちつら』


 黒き化け物の『Edge to take along with (道連れの刃)』は嗤う、けたけたと。


「行くぞ!」


 戦慄に打ち震えながらもワース達は武器を構えて飛び掛かる、蛮勇にも。



 テトラが投げつけた苦無をその化け物は虫を払うように撥ね退け、上から飛び上がったアカネが撃ち出した鎌鼬を翼で弾き飛ばす。そして、下から抉りこむように2本の剣を切り上げるニャルラを爪で受け止めた。


 続いて、あるふぁが鞭を振るうものの難なく躱し、ワースが放った岩弾を尻尾で薙ぎ払った。ノアが召喚獣を用いて頭上から落とした水塊さえも爪で切り裂かれた。どこに目玉があるのか、全ての攻撃を見切りそれらを無効化できる力を持つ『Edge to take along with (道連れの刃)』は間違いなくワース達の手に負えない化け物だった。


 ワースは理解した、これは倒せないと。

 ゲームであるにもかかわらず生命(いのち)の危機を感じてしまった。マリンと同じように殺されてしまうのではないかと。


 怖い、怖い、怖い。

 久しく感じなかった感情がワースを揺さぶる。


 どうする、どうする。


 その言葉が頭の中をぐるぐると回り続ける。



 ついさっきマリンがあの化け物に殺される瞬間がフラッシュバックする。自分もまた、あのように頭から真っ二つに切り裂かれるのではないか。それとも首をすぱんと切り落とされてしまうのか。


 考えるだけで、怖い。


 でも、このままでは自分だけでなく他のみんなまでやられてしまう。


 いくらゲームとはいえ、死亡するのは怖い。それ以上にあの化け物に殺されるのはもっと怖い。


 小さい時に見た名探偵の出るアニメに登場する黒づくめで表現される犯人に恐怖を抱いた。あれは犯人が何なのかわからないからこそ怖いのだ。目に見えるものではなく見えないからこそ怖い。目に見えていてもそれが何かわからないからこそ怖い。

 そして今、何より仮初とはいえ自分の命が刈り取られようとしていることが怖い。




 恐怖に足がすくみそうになるが、固まる足を必死に叱咤しなんとか動かしてワースは『Edge to take along with (道連れの刃)』から距離を取った。あれが何かはわからない。設定されたボスなのか、それとも何か違うものなのかそんなものはわからない。ただ一つ分かるのは、あれがワース達を狩る側であること。だからこそ、ワース達は抗わなければならない。


「一魔法使いが地の神の力を借りて魂の叫びを叩き付ける。地割り来たれ、全てを飲み込む紅蓮の怒り。唸れ! 叫べ! 大地の怒りを! ここに刻め『ティアリングアップクラック』!!」


 ワースは杖を地面に叩き付ける。口頭詠唱によって発動を開始した魔法が事象を改変する。ふかふかとした腐葉土で形成された大地がひび割れ、地面からぐつぐつと溶岩を噴き出しながら地割れを起こす。ワース達をも巻き込む地割れがまっすぐ『Edge to take along with (道連れの刃)』へ向かって走り、その体を飲み込んでいく。翼を広げ、逃げようとするドラゴンを地割りは地面を隆起させて捕えていく。


 しかし、『Edge to take along with (道連れの刃)』は無理やりに地面を叩き付けワースの渾身の魔法を無力化する。翼が、体が、ドロドロに溶けてすべての束縛を抜け出しワース達の頭上へ飛び上がる。



『めるずゅ をろん なりおれさなひ きにをあ にろびをろn……!』


 ケタケタと再び嗤うその化け物は突然動きを停止した。翼は不格好な形で静止し、時が止まったかのようだった。


『にぬん……………! アjkl;lkgfdsdんbvcdちゅいkンbv!!!』


 ひび割れた声を上げる『Edge to take along with (道連れの刃)』は体がどろりと粘土のように溶け出し、ぽとりと地面に落ちて消えた。

 ワース達に安堵と疑問と、そして恐怖を与えて。








 ■■■


 あれからワース達はマリンを失ったまま探索を続け、エボニーフォレストタートルの深部へ行けると思われる洞窟を発見した。中に入ろうとしたが、侵入者を拒むように『エボルタートルナイト』を始めとする軍団が現れ、戦闘になった。消耗していたのと、その数が前回よりも3倍以上であったためワース達は敗北した。謎のドラゴンとの戦闘によって恐怖を刻み込まれたのも敗北の一因にあったかもしれない。


 ワースは神殿に赴きマリンと合流を果たし、十分な休息をとるようにパーティメンバーに告げた。その後、今回の探索の結果を総大将であるサクラの元へメールにて伝え、そのまま何をすることもなくログアウトした。そのままミドリ・どろろ・ベのむん達と戯れる気にならなかった。





「ふぅ」


 武旗(たけはた)真価(しんか)はヘルメット状の『ドリームイン』を外し、ため息をついた。緊張が解けたのか、真価は『ドリームイン』を胸に抱えたままぼっとした。何を考えている訳でないが、なんとなく何もする気が起きなかった。


 真価が小さい頃に、けして大きくない山と呼べるか微妙な山に一人で登った時に感じたことがある空虚感。

 うっかり足を滑らせ、山道から下に何メートルか滑落した時のこと。足を痛めうずくまるしかできない状況で、上から吹き降ろす山の風を浴びながら底知れない恐怖を抱いた。何が怖いわけでなかった。人通りが少ない山ではなくちょっと待っていれば誰かが助けに来てくれた。現に足を滑らせてから30分もしないうちに山に来ていたおじいさんに助けられた。

 その時に、真価は漠然とした恐怖を身に刻んだ。


 今回目の前に恐怖という名の化け物が現れた時、ふとそんな昔のことを思い出した。

 今から思えばなんだ大したことのない話。

 だけれど、なぜかその時のことが忘れられない。



「あれはなんだったんだろうな……」


 闇の中に蠢く闇。山で足を滑らせたときに見たものだ。以来、暗闇がちょっぴり怖くなった。


「恐怖、か」


 大きくなってからは久しく感じて来なかった感情。世界がどういうものか大体わかってきて、全くわからないものなんてないと思っていた。わからなくてもなんかしらかの説明はつく。そう思ってきた。だけど、


「……わからないものってあるんだよな」


 なぜ、あんなものをMMOは設定したのか。


「まさか、あんなのと戦わないといけないかもしれないんだよな」


 もしも、またあれと戦う羽目になったら。

 そしたら、今度は。


「……倒す。だって、ゲームだもんな」


 マリンがいきなり殺されて気が動転していたのかもしれない。自分がゲームという枠組みを超えて殺されるのではないかと錯覚したのは。


「大丈夫、俺は生きている。だから、大丈夫」


 ワースはのそりと体を起こし、真っ暗な部屋の明かりとつける。いきなり照明がついてびっくりする亀達がいるケースに近づき、ただぼんやり眺める真価。


「うぅーっと。なんだか、疲れた。どうしようかな、明日の課題全部やり終えたっけ」


 真価は頭をぽりぽり掻きながら亀のいるケースから離れて机に向かった。


「あーあ、一個やってなかった。……まぁ、いいか、明日で。どうせ、この講義の先生ゆるいし。もう寝るか」




 大きく伸びをした真価は部屋の電気を消して布団に潜り込む。図らずとも仮想の世界で出会ってしまった一抹の恐怖を心の奥に押し込めて。




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