23話 アハードオブタートル
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一番先に攻撃を仕掛けたのは彼我の距離が近かったテトラだった。
じりじりと近づいて来たモンスター達‐頭に白いバンダナを巻き重厚な甲羅を見せつける『エボルタートルナイト』と名の付いた亀‐の目の前に走り込み、その勢いのままスライディングするようにしゃがみ込んで体勢を低くし、モンスターと接触する瞬間に急ブレーキをかけ足を勢い良く蹴り上げモンスターをひっくり返すようにしてそのままバク転し、サマーソルトキックを決めた。本来モンスターを巻き込んでバク転をするなんて体勢を崩すだけがオチだが、そこはメリット『軽業』のスキル『サマーソルトキック』による行動補正のおかげである。この『サマーソルトキック』は敵を蹴り付けた際に、敵を強制的に後退させスタンさせるという極悪な性能がついている。現にテトラに『サマーソルトキック』を喰らったエボルタートルナイトは後ろを巻き込んでスタン状態に陥っている。
華麗に『サマーソルトキック』を決めたテトラに続き、ニャルラが手に2刀構えながらモンスターが多くいるところを狙って勢いよく切り掛かって行った。
「ぅううううううらあああああああああああああああ‼ 『トライグルスタブ』ぅううう!」
ニャルラは左右に持つ剣を逆手に持った状態で大きく足を踏切って軽やかにジャンプし、飛び上がるニャルラを見上げたエボルタートルナイトの頭上に着地すると同時に剣を突き刺した。2本の剣に頭を貫かれたエボルタートルナイトはぴくりと動きをしただけですぐにその体をガラスが砕け散るように軽やかに爆散させた。クリティカルポイントである頭に勢いよく剣を突き刺せば、さすがに耐久があるエボルタートルナイトとはいえ一撃で葬り去ることができた。
「ほらよっと! 『ファスシネイトシールド』!」
「ディノは私の援護ね。それにっと、『グレイプ二ル』!」
マリンが目の前にいるモンスター達に盾を振りかざし、注意を引き付け切れなかったモンスター達をあるふぁが鞭を振るいヘイトを管理していく。その間にアカネは風魔法で高く飛んでいき、ノアは召喚獣を召喚しさらに精霊を呼び出していく。ワースは大地属性魔法を詠唱し、べのむんはワースの支援を受けながらモンスターにヒット&ウェイの特攻を仕掛けていく。子音はパーティ全体に目を配り、誰かがダメージを喰らえばそれに見合っただけの回復魔法を施していく。
対するエボルタートル達はナイトを前で組み合い、後方にウィザードが魔法を詠唱し、合間を縫うようにスレイヴが機敏な動きでワース達に襲い掛かってくる。どうやらナイトは白いバンダナを頭につけているが、ウィザードは青い三角帽子を、スレイヴは首元に黒い首輪を嵌めているようだった。名前の通りナイトは重厚な甲羅を背負った騎士で、盾こそ持っていないが防御力に長けていて任務に忠実そうな亀だった。ウィザードはナイトと違い線の細そうな肉体だが二足歩行によって空いた手に木を切り出して作ったと思しき無骨な杖が握られていてなんだか狡賢そうな笑みを貼り付けている亀だった。そして、スレイヴは名前の通り奴隷なのか、目に生気はなくただただ与えられた命令に従っているだけのようで、機械的な動きで爪を振り回してくる亀だった。なぜこの亀達がこの場所で襲い掛かってくるのか、その理由はゲーム製作者にしかわからないものだったが、ワースにはこの亀達が自分の意志で襲い掛かってきているのではなく何か大きな存在に無理やり動かされているように思えた。
目についたワース達を指定されたアルゴリズムを元にただ機械的にその命を散らさんとばかりに襲い掛かってくるモンスターを相手に、ワース達はパーティを分断されて各個撃破された前回の敗北の二の舞にならないように気を付けながら戦った。ニャルラは決して突出しすぎずマリンやあるふぁがタゲを取ったままでいられるよう攻撃を合わせ、テトラは後方のウィザードを狙いながらもワース達から援護が届かない程度まで離れてないように飛び道具を交えながら攻撃を加えていった。
「アカネ、戻って!」
「了解っす」
ワースはあるふぁとマリンやノア達に守られながらパーティ全体のバフ状況に目を光らせ、その中でも直接切り込んでいくテトラ・ニャルラ・アカネには『付与術』だけでなくより効果の高い『魂術』の支援魔法を掛けている。
「『遅延処理』『ソウルアシスト=マナセット』『詠唱強化付与』!」
「さすがっすね。仕事が早いっす」
「ほら、行ってこい」
「はいはーいっと」
事前に詠唱済ませた『魂術』とたった今詠唱し終えた付与術を同時にアカネに掛けたワースは、アカネを送り出しながら次の『魂術』の詠唱に入る。ついでに同時並行で詠唱に入れる『口頭詠唱』でもって牽制用の土属性魔法を編み上げていく。
隣の子音は必死に回復魔法を詠唱していく。回復職は子音だけしかいないため、ワース達8人のHPを一人で管理していることになる。守られながら魔法詠唱に努めるワースと子音、それに自身の回復は自分自身で補えるノアを除いて、そこにべのむんやティラのペットを加えるとなかなか大変な数になる。特に攻撃を押さえるマリンとあるふぁの消耗が激しい。切り込んでいくテトラやニャルラ、アカネはHPが半分切れば戻って回復に専念できるが、この二人に関しては自分で回復している暇がない。そのため、子音はがりがりと削れていくマリンとあるふぁのHPを見ながら必死に回復魔法を詠唱していた。
「地を粉々に砕け! 『アースシェイカー』!」
「ちょっと、あるふぁ! こっちにまで衝撃来るじゃない、全くもう」
「あーごめんごめん」
あるふぁはじりじりと鈍重な肉体を押し付けてくるナイトに業を煮やし、鞭を大きく振り上げ地面に勢いよく叩き付ける『アースシェイカー』を使った。スキルの恩恵を受けた鞭は地面に大きく穴を開け、辺り一帯の地面を揺らしてモンスター達を混乱状態に陥らせた。しかし、それだけに周りにいた混乱状態に陥らなかったモンスターの注意を惹き、さらに隣にいたマリンは『アースシェイカー』の衝撃にダメージこそないものの、体勢を崩してしまった。
「『アクアカーテン』。全く範囲型スキルは味方にも影響が出ることを理解してくださいよ」
「ほんとごめんよ……」
「ありがとう、ノア」
ノアはマリンの前に水でできた壁を作り出して体勢を戻す時間を作る。それが終わるとすぐさま襲い掛かってくるモンスターに攻撃を加えて押し戻しているペットのしずくに魔法を飛ばす。
「制限解除。『エーデルウィンド』!」
ワース達の方へナイトが押し寄せる中、ワースに支援魔法を掛けてもらったアカネはナイト達の頭上を飛び越えて背後に周り全力全開で風魔法を発動させる。範囲型拘束系風魔法『エーデルウィンド』。アカネを中心に巨大な竜巻を発生させ周囲にいるモンスター達を竜巻に閉じ込めて継続ダメージを与える魔法。自分自身は竜巻が消えるまで移動できないものの、竜巻は周りのモンスターを巻き上げ身動きを取らせない。
「やりぃ、アカネ。よし、喰らえ! 『ダークワールウィンド』!」
ニャルラは両手の剣を重ね合わせて腰だめに構える。剣は黒いオーラを放ち、それはすぐに剣を包み込み、一気に抜き出せば黒いオーラは旋風となってアカネの『エーデルウィンド』に拘束されたモンスターの体を切り裂いた。
「このまま、攻め込め。そうすれば、俺たちは勝てる」
ワースの言葉に一同は頷いた。
戦いはそれから1時間に及んだ。一体一体の耐久が高い上に数が多いため、倒し切るのに時間がかかった。それでもなんとかパーティメンバーが全員揃った状態でエボルタートルを倒すことができた。
「ふぅ、テトラ、周囲にもういないね」
「……うん、いない」
「それじゃあ、みんなお疲れ様。少し休憩しよう」
ワースは労いの言葉をパーティメンバーに掛ける。皆疲れているが、その場にへたり込む者はいなかった。さすがに敵がまだいる状況で気を抜けるほど、間抜けではなかった。ワースは地上にいるプレーヤー達の状況を確認しながらこれからの行動に関して確認を行っていた。ノアはペットのしずくと召喚獣のぽるんを撫で回し、テトラは周囲の警戒を続ける。マリンは自身の武器と防具のチェックを行い、あるふぁはディノにペットフードを与え機嫌を取っていた。アカネはアキレス腱を伸ばすストレッチを行って体をクーリングさせ、ニャルラは剣を眺めながら屈伸していた。子音は先ほどの戦闘が応えたのか、杖を支えにため息をついて目を閉じていた。肉体的な疲労はゲームだからこそ感じることはなかったが、何より精神的な疲労が重くのしかかっていた。
そして、それは唐突に現れた。
黒い影がそっと忍び寄り、ぬぷりと黒い薄っぺらな刃が地面から現れた。
無差別に狙ったものか、それとも誰かが標的だったのか。
たまたまPOPしただけなのか、それとも気をわずかに抜いたところを狙ったのか。
その刃は地面から勢いよく突き上げ、その上にいたプレーヤーを真っ二つに切り裂いた。
鎧なんて関係ないかのように、容易く紙のようにずっぱりと。
斬られたプレーヤーは何が起きたのか実感することなく切り裂かれた。
声も出ず、血も出ず、ただただ無慈悲にスライスされただけ。
「なっ! いつの間に!」
真っ先に動いたのは周囲を警戒していたテトラ。いきなりモンスター反応が起きたことと、ざくりと耳障りな音が聞こえたことにより飛び跳ねるようにその方向を見た。
次に動いたのは切り裂かれたプレーヤーの近くにいたワースだった。唐突に訪れた嫌な予感に、その方向を見てみれば残酷な光景が目の前に映し出されていた。
そして、他のプレーヤー達も異変に気づき、その方向を見て愕然とする。
なぜだ。なぜなんだ。
テトラの『索敵』はプレーヤースキルも相まって最高水準のものだ。それを掻い潜ってモンスターが現れるはずがない、そんな油断を裏切る光景がそこにあった。
「マリンさん!!!」
無残にも二つに切り裂かれたマリンはガラスの如く砕け散り、そこに残されたのは黒い影だった。
『Edge to take along with (道連れの刃)』
なぜか識別名が英語で書かれた謎のモンスターがそこにいた。




