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亀が好きすぎる魔法使い  作者: ひかるこうら
第3章 Imperial Capital
85/114

22話 タートルフィフス

 ■■■


 レイドイベントが始まって5日目。


 ワースは今始まりの街にあるマリンの工房にいた。


 カーンカーン ボッシュ

  ガーンカーン ジュッ ボッフゥ

   カーンカンカーン キーンッ



「ふっ、こんな感じかな。そっちはどうかな、アカネちゃん」

「あー、だいたいできたかな……ってところっすよ」


 マリンは作業場の一角にある炉に差し入れていた剣を抜き出しハンマーで叩き、追加素材が馴染んでいることを確認しながら隣で作業しているアカネに声を掛けた。アカネは机に座り、メリット『細工』を駆使して黒々として生命の力強さを感じさせる杖に刻印を施していた。刻印とは魔力に反応し、様々な効果を発揮するもので、今アカネが施しているものは杖を媒介として発動される魔法の発動速度を速める効果がある。


「……これで、っと。はい、ワースさん。できたっす」

「お、もうできたのか」


 ワースはアカネから杖を受け取りステータスを確認する。

 この杖はワースが使っている『アースクドトレントロッド』を強化したもので、昨日エボニーフォレストタートルの甲羅の上で採取したタートルエボニーという樹を使ってマリンが強化し、そこにアカネが刻印を施したという訳だ。名前も強化に伴い『アークスドエボニーロッド マリンカスタムver.5.01(アカネの刻印付)』と変化した。全体をタートルエボニーの樹皮で覆い、さらに追加でどろろの甲羅の棘を使い、杖自体の耐久・攻撃力が強化された。そこにアカネが刻印を刻みより一層強力な武器がワースの手元に渡されたのだった。


「昨日の今日で本当に悪かったな」

「いやいや、こうして武器を強化していくことは楽しいから問題ないよ」

「私も、細工のレベル上げができるんで大丈夫っす」

「そうか」

「……あとは、こうしてっと。ほら、ニャルラ」


 マリンは剣の歪みを一頻り叩き直したところで、部屋の隅で待ちくたびれていたニャルラを呼ぶ。


「出来たんだな」


 ニャルラは心底嬉しそうに剣を受け取りその刃を眺める。

 ニャルラもまたタートルエボニーの樹皮を使って剣を強化してもらった。樹皮で金属の剣を強化するというのは考えれば変であるが、そこはゲームである。ニャルラの『ブラッドブラッキー』は一層黒々としてさすがレイドボスの体にあった素材で強化されているだけの風格を漂わせていた。


「元々耐久値もだいぶ減っていたし、ちょうどよかったねぇ」

「へへ、いい剣だな」

「喜んでもらえて何よりだよ」


 ニャルラの子供のような喜びように、マリンは毎度のことながら達成感を感じていた。



「さてさて、それじゃあ強化はこれぐらいにしてみんなの武器の調整に入ろうか。どうせ昨日のでだいぶ耐久値も来てるでしょ」

「悪いな、マリン」

「私は楽しいからなんてことないさ、ほらほら早く武器を出しなさいな」


 マリンは嬉々として他のメンバーから武器を受け取る。

 『亀が好きすぎる魔法使いと愉快な仲間たち』の専属鍛冶屋としてマリンは嬉々として自分の仕事に取り組むのだった。









 ■■■


 帝都門攻略5日目、北門。

 相も変わらずやる気に満ち溢れたプレーヤー達は転移が終わった瞬間にすでに駆け出していた。

 エボニーフォレストタートルのHPロックが外れたことがシステムアナウンスされ、ようやくエボニーフォレストタートルに攻撃が与えられる。そうやって前回の最後エボニーフォレストタートルの猛攻にプレーヤー達は力尽きたが、HPもMPもアイテムも全快した今なら思う存分攻撃できる、そう思いプレーヤー達は敵の前に殺到した。


 ワース達は今回もエボニーフォレストタートルの甲羅の上に行くことに決め、味方の魔法攻撃に巻き込まれないよう背後からよじ登っていった。


 エボニーフォレストタートルの甲羅の上はそれなりの高さがあり見晴らしがいい。地上にいるプレーヤー達がもぞもぞと塊になって盛んに武器を振っている様子が窺える。遠くで魔法使い系のプレーヤー達が魔法を飛ばし、それが花火のように空に舞い飛んでいる光景も目にすることができた。





「さて、俺たちは何をするかというと」

「ここの探索だろう?」

「まぁ、そうなんだけどさ」

「それで、昨日途中までしか行けなかった山頂を目指すのか」

「あぁ」


 昨日ワース達は『南玄室の墓守』を倒した後、他の玄室を探すべく南玄室を後にして他の玄室を探しに森の中を歩いた。玄室は南がある以上他の東西北においてもあると考えられた。そこはワース達以外のプレーヤー達に任せ、ワース達は中央にそびえ立つ山に狙いを定め探索を行った。


 何のヒントも見せない探索は他のプレーヤー達が東西南北の玄室を攻略し終えた瞬間に変化を見せた。斜面に差し掛かり、空を仰げないほど鬱蒼とした森の中で、蠢く影が動き始めたのだった。何体ものエボニーフォレストタートルをそのまま縮小した姿のモンスターが何体も、いや何十体も姿を現し襲い掛かってきた。周囲を警戒していたワース達は突然現れたモンスターにすぐに戦闘態勢に入り、襲い掛かるモンスターに武器を向けた。しかし、多勢に無勢、さらに地の利を生かされワース達はモンスターの大群を倒しきることができずHPが0になっていった。


 そして、今日。

 再びエボニーフォレストタートルの(しもべ)ともいえるモンスターの大群との戦闘に勝利することができるよう準備をし、その上まだ探索できていないエリアである中央の山を目指してワース達は行進した。





「おそらくまたあれらに出会うことになるんだろうな」

「何かを守るガーディアンみたいな感じだったからね。真ん中の山を目指せば自ずと出会うことになるだろうよ」

「そのためにも急ピッチで準備を済ませたわけだし、勝ってその奥を見ないことには、ね」



 先頭を歩くテトラは背負っている忍刀の鞘を揺らしながら無言のまま持ち前の集中力を生かして全力で周囲を警戒する。テトラは昨日までの装備に手を加え、防御力と高めるべく忍び服の下に鎖帷子を着込んでいる。普段は機動力が阻害されると言って着ていなかったが、今回相手をするのがけして俊敏とは言えない亀である以上必要以上の俊敏さよりも防御力を求めた方がいいということだった。武器に関してはそれまでと変わらないものを装備しているが、万が一武器が壊れることを考えて予備の武器をいつもより多めにアイテムボックスの中に放り込んでいた。さらにいつもは武器を腰に下げているため一つしか腰ポーチを装備していないが、今回は右と左に二つ装備してその中に毒薬や投擲武器を入れていた。

 ニャルラやマリン、あるふぁに魔法職のワースと子音は昨日同様装備に変更はなかった。相手が誰であろうと装備に手を加える必要がない面子である。

 一方で、テトラ同様にノアやアカネは装備を変更していた。

 ノアはいつもの水龍が描かれた水色の羽織ではなく、より攻撃に特化した性質を持つ蒼色のかすり柄の羽織を着こんでいた。背中にはいつもより一回りスリムな、翡翠色の刃の大剣が背負われていた。普段メインで使っている大剣は一撃必殺を狙ったもので、今回メインに据えた大剣は普段はサブで使っている小回りの利いた攻撃にも支援にもどちらにも使える水属性を強化するものだ。これも敵となるモンスターに合わせた結果だ。

 アカネは武器はいつもと同じものだが、いつものパールピンクのコート&ライトブルーのミニスカートといった出で立ちではなく、薄く透き通るような黄緑色と水色のストライプ柄の上着に中は純白のシャツを着込み、下は紺色のプリーツスカートにシャツと色を合わせた白のオーバニーだった。これは補助として使っている風魔法の発動を良くする装備だった。メリット『立体機動』を持っているテトラほどではないが、風を撃ち出して擬似的に立体機動を行える点を前面に押し出した装備に整えていた。




 テトラとアカネを先頭に周囲を警戒しながらエボニーフォレストタートルの背中の山を登り始めるワース達。黒檀をモデルにしたタートルエボニーが鬱蒼と生える森の中を切り払うようにして、ただひたすらに木々の合間から見える空へ突き出た岩の塊を目指して足を進める。





「しっかしねぇー こういう森の中ってゲームの中でしか入ったないねぇ」

「まぁ、そうだろうな。ここ十何年かで森が減っているからな。都会と呼ばれるところじゃもう残っていないだろ」

「うんうん、家の辺りって昔は森だったらしいんだけど切り開いて町になったんだってさ」

「私も小さい頃は近くに森があったんだよね。よくそこで遊んだりしたな。だけど再開発の煽り受けてもうなくなっちゃったんだよね」

「マリンさんの小さい頃っていったいいつなんだろ……」


 ニャルラのぽろりといった言葉にマリンはぎろりとニャルラヘ顔を向けた。


「おい、ニャルラ? 私はまだ二十代前半なんだけど」

「え……えぇ!? そうだったんだ、ほー」

「君はいったい私をいくつだと思ってたのかなーおねーさんそこのところ知りたいなー」

「痛いいたいイタイ(>_<)! そのアイアンクロー刺さってる食い込んでる割れちゃう」

「私のことを馬鹿にした代償なんだから静かにしてなさいな」

「ちょ、誰か助けて、あ、ぐぁ、アッー」



 ニャルラの顔をがっちりアイアンクローをかましたマリンはそのままニャルラの体を引き摺りながら歩いた。他のメンバーは何事もなかったことにした。女性の年齢に触れたニャルラが悪いということで見解が一致した結果だった。




「そうそう、俺の家の近くにはここまで鬱蒼としたのじゃないけどそこそこ大きな森があるぞ」

「それって、岸根公園のところのっすよね」

「そうそう、公園だけど奥の方にこういう深めの森があるんだよ」

「岸根公園ってあれか、溜め池だったところにクサガメが大量繁殖した場所だったよな。あぁ、あそこはたしかに森だな」

「森ってなんかいいよな。なんか日常からすっぱり離れた気分になれる」

「そのまま帰れなくなる森もあるけどな。例えば富士の樹海とか」

「それは……うん、まぁそうだね」

「ちょっと、そんな冗談止めてよ。ここって森っていうか樹海って感じじゃない」

「そして誰もいなくなった、という結果だけは避けたいね。前回の反省を生かして」

「樹海だと足場が悪くてよく穴とか開いていたりするもんだけど、っとそこに穴が開いているか。うん、これはやっぱり森というより樹海だな」

「そ、そそそっそれってて樹海ってことはゆ、ゆうれいとかで、でででるのかなあああ」

「子音よ、落ち着きなさいな」

「昨日倒した墓守も結局幽霊だったよな」

「で、でたたああああああああ」

「出てない、何も出てないから! これ、ワース。あんまり子音を怖がらせないで」

「といってもな。思ったこと言っているだけだし」

「だからー」


 ぎゃーぎゃーワース達が騒いでいる中、一人索敵に集中するテトラが手を上げて静止を示す。


「静かに。索敵圏内に50の反応。誤魔化しが入っていて対象の情報がないけど、間違いなく昨日のと同じ」

「そうか。なら、戦闘準備だな」


 ワースの指示にメンバーはそれぞれ武器を取り出し、ワースと子音が支援魔法をパーティ全体に施していく。慣れた手つきでものの1分もしないうちに準備が終わり、一行は無言のまま足取りたしかにちょうど木々が開けた場所へ足を進めた。






「……ん。来た!」

 テトラがそう呟いた瞬間、周囲に広がる木々が一斉にがさりと音を立てる。ざざっと下草を掻き分ける音がして、昨日ワース達と戦ったモンスターがその姿を露わにした。エボニーフォレストタートルと同様にごつごつとした黒光りする体にこんもりと土が乗る甲羅を背負い、ぐばっと口を開き鋭い牙を剥き出しにしている。大きさはべのむんと同じくらいの小さめのサイズだが、それが50体以上もそこにいる。それぞれが連携を組んで襲い掛かってくるため前回はあえなく敗北してしまった。


 しかし、今回のワース達は違う。対策を練り、着実に相手の数を減らし被害を最小にして勝利を掴む準備を整えてあるのだから。




「行くぞ!」

「「「おう!!」」」


 じりじりと距離を詰めてくるモンスター達を前にしてワースが掛け声をあげ、それに合わせて他のメンバーたちが動き出した。





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