19話 カタコーム
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「おおおおおおおおおおーん」
まるで戦いの合図を上げるかのようにエボニーフォレストタートルは高らかに吼える。
プレーヤー達は転送が行われ地が足に着くと同時にエボニーフォレストタートルへ駆け出した。それぞれが己の位置を目指して陣形を組む。4日目となる今日はもうその動きは慣れたもので一瞬の乱れもなく移動は行われた。
「らぁああああああ!」
移動が終わったプレーヤーから攻撃は始まっていて、早くもその巨体に向けて武器を振るう者もすでにいた。
「いっくぞおおおおおおおおおおおおおお!」
「『ぺネレイトアシスト』、からの『デスパイクスピア』ぁああああ!」
「ガッハハハ! 『イグニスハンマー』!」
「おいおい、ちょっとせっつきすぎなんじゃないんか」
「そんなことないって」
「ほら、そっちだ!」
「攻撃来るぞ!」
「ちょ、待ってって。あぁスキル使っちゃったよぉおお……」
エボニーフォレストタートルの前に陣取り攻撃を加えていくプレーヤー達目掛けて、甲羅の上から大きな岩が何十にも転がり落ちてきた。それぞれが防御態勢に入る中、運悪くモーションの長いスキルを発動してしまい防御姿勢に入れない哀れなプレーヤーは、頭上の巨岩を見詰めながら自分の体が勝手に動くのを呪った。
「はぁああああああああ!」
「うらああああああああ!」
若干甲高めの声と地の底から響くような声が入り混じりながらプレーヤー達に直撃しそうな岩が粉砕された。
「ふぅ、これで大丈夫かな」
「ガハハハ、こんなこったぁ大丈夫だろ」
飛び上がって岩を破壊した、身の丈ほどの大楯を構えた漆黒の鎧に身を包んだ女性と革製の簡素な服を着た暑苦しそうな男はそれぞれ軽い身のこなしで地面に降り立つ。
「いやーすげー」
「さすがpicapicaさんですね」
「ボゲットさんホントに生産職なんですか?」
「いやはや俺たちも頑張らないとな」
「本当すみません、僕がついモーションの長いの使ってしまったばかりに」
「お前も気を付けろよ、まったく」
「何度でも守りますよ、ほら前を向いて」
大楯と片手槍を使いこなす『槍騎士』のpicapicaは手を振って気にしていないことを示しながら目の前のエボニーフォレストタートルに目をやり槍を振るう。
「細けぇ事、気にすんな! 行くぞ!」
ボゲットは手製の巨大なハンマーを軽々と振り回し足踏みするエボニーフォレストタートルの脚目掛けてスキルを発動させていく。
「とにかく怯ませていくぞ!」
「「「おおおおお!!!」」」
一方で、エボニーフォレストタートルから少し離れた場所では。
「……霧で狙いが定まらない、か」
『強弓士』のNocturneはそう言って嘆息した。
エボニーフォレストタートルの甲羅にある山にちょうど覆い隠すように深い霧が立ち込められていた。本来ならその形状を視認しながら構造上弱い場所を狙ってクロスボウで矢を放つつもりだったが、こうも霧が立ち込めているとなると別の方法に切り替える必要があると考えた。
「直接乗り込む、か……」
Nocturneはそう考えるとすぐに行動に移すべく移動を開始した。エボニーフォレストタートルの甲羅の上へ行くことを山登りと考えればそれに合わせた道具はいつも持っている。ペットのレイダーウルフ、Chiotを連れて十分いけると感じていた。
「ねぇ、あの甲羅の上に行くのだにぃ?」
「……何か用?」
さっさとエボニーフォレストタートルへ甲羅の上へ上れるポイントへ移動するNocturneに一人の少女が声を掛けた。
「いや、わたしも連れて行ってほしいなって思ったんだにぃ」
「……その喋り方、うざい」
「これは口癖だにぃ。仕方ないだにぃ……で、お願いできるだにぃ?」
そうイノセントはNocturneに頼み込んだ。
「……嫌よ。そんなの」
「いやいや、そんなこと言わないでってだにぃ。お願いします、だにぃ」
「ねぇ、その喋り方、わざとそうしてるでしょ」
「そそそ、そんなことないよ、だにぃ」
「ほら」
「いやいやいや、そんなことないんだにぃ。別に事務所の方針とか、そんなことないんだにぃ」
「…………」
「……」
「…………はぁ、仕方ないわね。いいわ、手助けしてあげる。だけど、登るのは自力でよ」
「あはは、ありがとうだにぃ」
ぺこりと頭を下げるイノセント。それに少し戸惑いを見せるNocturne。
「あ、あのカニンヘェンもお願いしていいかなだにぃ?」
「また何か!?」
どうにもこの二人の相性は良くないようだ。
そして、別の場所では。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「そんな、急がなくたって、大丈夫、じゃないか?」
「知らん、とにかくどこよりも早く、甲羅に乗るんだぁあああああああああああ!!」
「……ワース、急ぎすぎ。というより焦りすぎ」
ワース達一行はエボニーフォレストタートルの後ろに向けて爆走していた。前回と同じ場所からトライするつもりだった。
逸早く甲羅の上に行きたいワースにノアとテトラが隣と後ろからツッコミを入れる。
「ぶいぶーい、行くぞー!」
「なんでお姉ちゃん、そんな元気なの?」
「いやだって、テンション上がるじゃない」
「……はぁ」
あるふぁの陽気な様子に弟子音は少し不安げなため息をついていた。
「やっぱり、ごつごつと、するぅ、うえぅえ」
「男なんだから我慢しなさんな」
「よく、これで乗れてるなぁ!」
ニャルラは前回前々回と同様にマリンのシェリーに乗りながらその乗り心地の悪さを吐露する。それをマリンは快活そうに笑い飛ばしていた。
「どろろちゃん、頑張ってっす」
「ばうー」
「ぎゃおーぎゃぎゃお」
どろろに乗るアカネとべのむんは至極快適そうにどろろに応援の声を掛ける。
そうこうしながら一行は前回と同じポイントへたどり着いた。
「さて、作戦はさっき話した通りだ。いいな?」
ワースの言葉にメンバー全員が頷く。
「さぁ、行くぞ!」
まず、先にワースとノアが前回同様にエボニーフォレストタートルの甲羅の上へ上っていく。ワースはミドリに乗ってあるところまで飛び上がりそこから自分だけ『ソウルロープ』を使ってロッククライミングしていく。ノアはしずくに乗ったまま、岸壁を器用に駆け上がり、時には飛び上がって甲羅の縁を目指して登っていく。
そして登り切った二人の後に、自力で登れるテトラがレイの力を借りてなんとか甲羅の上に登りきる。その後に続くようにしてあるふぁと子音がアルファのペット達の力を使ってひょいひょい登ってくる。
ワースを運び終えたミドリは今度はニャルラを乗せて飛び上がり、そのまま上からワースが『ソウルロープ』使ってニャルラを引き上げた。マリンも同じようにしてシェリーから飛び上がって上から引き揚げてもらうことで甲羅の上にたどり着いた。
最後にアカネは風魔法を地面に撃ち放って飛び上がり、べのむんを背中に張り付けたまま無事にエボニーフォレストタートルの甲羅の上に登り切った。
全員無事に登り切れたことを確認して、ワースは地上にいるミドリとどろろを『CLOSE』した。同様にマリンとあるふぁも自身のペットを仕舞った。
「さて、俺たちが昨日行ったところへリベンジに行こうか」
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黒檀森亀甲羅上、南玄室内にて。
石造りの小屋の昨日板を剥がした床の下にある階段からその中に入ったワース達は、埃臭い石室の中を歩いていた。
「なんか出そうだね」
「そんな感じがする」
「……幽霊なんていない」
「まぁ、ゲームだもんね。いるとしたらアンデッド系のモンスターかな」
「でも、ほんと何か出そうな雰囲気だよね」
「死の匂い、っていうかそんな感じが滲み出てるよな」
「そういや、『インベイジョンカタコンベ』っていうゲームあるじゃん」
「あぁ、ゲンホーっていうところから出てるVRホラーゲームだっけ」
「そうそう、それでやったところと似てるんだよね」
「まぁ確かに。ここは墓だもんな」
「よくVRホラーなんてやれるよね……」
「いや、妙にリアリティあって面白いじゃん」
「さっき高いところ怖いよーって言っていた人とは思えないわ」
「うるせ、それとこれは違うんだよ」
「はいはい」
「もう少しで、着くぞ」
そんな話をしながら一行は問題の部屋の前までたどり着く。
「この先にボスモンスター『南玄室の墓守』がいる。準備はいいかい?」
「「「おう」」」
「ちゃんと回復アイテムの用意は大丈夫だね」
「「「うん」」」
「作戦はさっき言った通りだ。特にニャルラと子音、お前らが要だぞ」
「OKOK、任せろ」
「了解です」
「よし、それじゃ……」
ワースは部屋の中央に置かれた棺桶に近づいた。
すると途端に、黒い煙が棺桶の上に収束し、1つの形を作り出す。鎌を背負った黒ローブに身を包む二足歩行の亀の姿へ変わった。
「やぁ、昨日はどうも。また懲りずにやって来たという訳か。いやいや、今日はずいぶんとお仲間をお連れになったようで。これはこれは丁重にもてなさないとなりませんね。それでは提供させていただきましょうか、死という恐怖を、君たちへ」
『南玄室の墓守』と『亀が好きすぎる魔法使いと愉快な仲間たち』の戦いが幕を切って落とされた。
 




