18話 タートルフォース
しばらく更新停止していて申し訳ありませんでした。
今日から再開です。
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「なぁるほどねぇ……」
ミリーは自身の真っ黄色なサングラスに手を当てながらワースの語った話の内容を脳裏で整理する。
「北門レイドボスの甲羅の上には実は秘密の場所がありましたと、そういう訳だね」
「えぇ。そこで見たモンスターの名前は『南玄室の墓守』」
「ふむ。考えるに、玄室は東西南北にあると見ていいね。そして、モンスターの名前が墓守ねぇ。たしかに玄室ということとなるとそうねぇ、そこに遺体なりなんなりが置かれていると考えられるねぇ」
「棺桶はありました。おそらくそこに何かあるんでしょうね」
ワースは手元のコーヒーの入ったカップのふちをくるくると指で撫で付けながら昨日の出来事を思い浮かべる。脳裏には鮮明な映像が浮かび上がり、そこで何があったかワースは客観的に把握しようと思い浮かべる。どこか昨日一日だけのことでないように感じるのは、昨日のエボニーフォレストタートルの甲羅の上であった出来事があまりに濃密だったからだろう。
「さて、昨日君に言われた通り該当するものを調べておいたよ。本来僕の仕事じゃないから、なじみの人にも頼んで調べた結果だ」
「早速ありがとうございます」
ワースはミリーが手元の鞄から取り出した紙の束を受け取り中に目を通し始めた。昨日エボニーフォレストタートルの甲羅の上で『南玄室の墓守』と戦い見事敗北し始まりの街に戻った後、すぐにミリーとの面会の旨を伝えると共に依頼のメールを送っていた。ある情報を調べてほしい、と。
「……よくこんなのまで調べましたね」
「これはちょうど運が良かったんですよ。ユリレシア古墳群の調査が進み、そこで使われている古代語がちょうどある程度解読されたということでしたからね。この古代語って奴はどうやら解析した人に言わせれば英語と漢字を混ぜこぜにしたような言語らしいよ。文法は英語に似ていて文字は漢字みたいな複雑な文字だったらしいね。下手にめんどくさい文字じゃなかったから解析ができたなんてことを誇らしげに言ってたなぁ」
「そ、そうですか。それはそうと、これは……」
「どれ? あぁ、これはその解読された文字を読める部分だけまとめた奴だね。どうにも帝都の辺りのことを記述してあるのが多いみたいだね。やっぱり位置関係が近いからなのかね」
紙には日本語として訳された文章が決して多くはないもののある程度の長さが羅列してあった。
「……『黒き艇、それは終わりと始まりを運ぶもの』
『それは死を乗せ、大地を走る』
『それは夢を運び、海を越える』
『それは、**の意志に従い、その意味を果たす』か」
「ほう、その一節が気になったんだね。ふむ、僕にはなんてことない伝承にしか見えないけど、君にはどう見えるんだい?」
「……この黒き艇がエボニーフォレストタートルのことだと思うんですよね」
「ほう、それはなんとも。しかし、それはただ黒という共通項があるだけじゃないか?」
「『彼の船は怨念を連れるべく、その姿は山の如し』
『彼の船は怨念に取り込まれるのを防ぐべく、四方に防人を乗せる』
『彼の防人、その職務を果たすべくその身を貼り付け』
『外より来る敵に備え、内より這い寄る混沌に備え』
『その命を船に捧げる』
……これを見るとかなり近いと思うんですよね。エボニーフォレストタートルを船とすると、それが山というのもそうですし、その背中に『墓守』がいたことも同じですしね」
「なるほど、しかしそれだけではないのだろう? 君がそう思う理由は他にあるはずじゃないのかい? もしよかったらそれを教えてくれないかい? 今の君、凄い興味があるんだよね」
「……エボニーフォレストタートルと戦った時に、たまたま顔の近くに行った時があったんですよね。その時に、何か違和感を感じたんですよ」
「違和感? それはどういった類のかい?」
「なんとも言葉にはしにくいんですけど。ほら、このゲームの中ってすごいリアリティーに富んでいるじゃないですか、それこそ現実そっくりに。特にモンスターが、ですが」
「そうだね。どれにしたってこのゲーム自体がもう一つの現実しか感じられないけど、その中でもたしかにモンスターは凄いよね。グラフィックもそうだけど、何より動きがすごい」
「動きだけじゃないですよ、それこそ生きているかのようですよ。例えば、ペットのミドリはちゃんと俺のことを見ているんですよね。目がちゃんと見ているだけじゃなくて、えっと、そのなんて言ったらいいんでしょうね」
「そのミドリちゃんは君のことを心で見ている、といった感じかい」
「そうです。ミドリだけじゃなくて、他のペットやモンスターもそうですね、魂が宿っている感じがします」
「ほう、それは面白い言い方だ。生きているじゃなくて、魂が宿っていると」
「えぇ。ただそこで生きているというよりは意思を持って存在している、という感じがします」
「そうか」
「それで、エボニーフォレストタートルの目を見たんですけど……」
「けど?」
「なんだか心ここにあらずというか、そもそも生きている感じがしませんでした。一応目玉はちゃんとぎょろりと動いているんですが、それでも機械的な感じがして」
「それが君の感じた違和感なんだね?」
「えぇ。亀らしくて亀じゃない。特に背中に乗った時に強く思いましたよ。亀という形はしているけど、そもそも生き物じゃない」
「ほう、それがさっきのことに繋がるのか」
「黒き船という記述がエボニーフォレストタートルのことを指していて、船は比喩ではなくそのものだ……」
「ははは、荒唐無稽な話だけれど面白い。」
ミリーはぽんと柏手を打ち、テーブルの上にあるコーヒーカップを手に取り一口コーヒーを啜る。
それに合わせてワースも自分のコーヒーカップに手を伸ばす。
「ふむ、そうなるとエボニーフォレストタートルの背中には船としての何かがあると仮定できるね。ワース君が見た『玄室の墓守』を防人だと仮定すれば、その先には怨念たる何かがあると考えられる」
「俺もそう思います。たぶんその辺りがエボニーフォレストタートルのHPが減らなくなった原因に関わるんじゃないかと思いますよ」
そう、ワースとノアがエボニーフォレストタートルの背中に侵入し『南玄室の墓守』と戦っている頃、地上では一つの問題が起きていた。四方を守護していた大木を無事に倒し終えようやく本体に攻撃を行い始めた時、エボニーフォレストタートルは移動することなくその場に立ち尽くしただ地響きや落石を行ってくるだけだった。これ幸いとプレーヤー達は寄って集って攻撃した。武器を振るう者、魔法を撃つ者、はたまた爆弾を仕掛け盛大に爆発させる者までいた。
この日始め4本目の中ほどまで減っていたHPバーは猛攻の末、5本目が尽きるところまでやってきた。
しかし、ここで問題が発生した。
一鳴き、エボニーフォレストタートルが吼えるとそれを合図のようにきっかり6本目に突入するHPバーは微動だにしなくなった。
それが半分まで来たからなのか、吼えたからなのかそれは不明だがどんなに攻撃を与えてもエボニーフォレストタートルは微動だにせず、HPバーも動きもしなかった。
「ふむ、その仮定を元にもう少し調査を進めてみるよ」
「お願いします」
ワースはミリーに深く感謝しながら、今日どのように動くか考えを走らせた。
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帝都門攻略4日目、北門。
前日と同様にプレーヤー達は門へ集合し、エボニーフォレストタートルと再戦できるのを今か今かと待ち続けていた。
「ワース、今日はみんなで背中に乗るということでいいんだね」
「あぁ。攻略のカギは背中にあると思ってる」
「そうか、まぁ昨日のアレ見ればね……」
「前回はそれどころじゃなかったけど、そこに何かあるならさ、できればみんなで行きたいよな」
「ふ、そこがワースのいいところだよ」
ワースとノアが話しているところへ、ニャルラが口を出した。
「しかしだな、ワースとノアは昨日の通りでいいだろうけど、他の面子、特に俺とかはどうやって背中に乗ればいいんだ?」
「それはミドリとどろろに任せる。どちらにせよ、ミドリとどろろは一緒に背中に行けないからな」
ワースはエボニーフォレストタートルの背中に行くにあたって、ミドリとどろろは連れていけないと感じていた。昨日の登った感触でミドリとどろろの重量では無理やり引き上げるにしても無理があると考えていた。さしあたって、ミドリとどろろは地上からメンバーを背中へ押し上げてその後はペットのCLOSE機能を使って戦線脱退させることにした。召喚獣のように出したり仕舞ったりできるこのCLOSE機能はこのレイドボス戦では一度仕舞うとその日の戦闘では再びOPENすることはできない。下手にマスターたるワースより先にミドリとどろろが死亡してしまうとペットから外れてしまうかもしれないのでこうするしかなかった。
「私はレイに掴まって乗る。そのために道具持ってきた」
テトラは体を固定するロープと金具をレイに括り付けながらそう言った。本来人を掴んで空を飛ぶには向いていないレイだが、テトラ自身の『軽業』『立体機動』などの身体強化系メリットによるジャンプを上手く使いながら一緒に背中に乗ることならできるのだ。
「私と子音はこいつらが上手くやってくれる、はず」
「ちょっと不安だよ……」
あるふぁは自分のペット達に背中に送り届ける役目を任せていた。
「まぁ、私はミドリとどろろにお願いすることになるね」
「ちょっと空に上げてくれば風魔法でなんとかするっす」
マリンとアカネは朗らかに笑いながらこれから行われるだろう人間大砲のような打ち上げを少し楽しみにしていた。
「そ、そうか……うん、わかってたさ。いやしかしだな……俺、ちょっと高いところ苦手なんだよね」
「男ならそれくらい我慢しな」
ちょっと困った顔を見せるニャルラの背中をマリンはばしんばしんとその力強い腕で叩く。
昨日ワースがエボニーフォレストタートルの背中に乗ったことにそれを見ていたプレーヤー達は自分も真似しようと準備を整えていた。昨日終盤でHPが減らなくなったことに、地上から攻撃しても意味がないと感じたプレーヤーは背中に乗れるならそこに突破口があると信じその方法を模索していく。
指揮官サクラは情報を収拾しながら作戦を練る。その情報の中にはワースとノアが見たものも含まれている。それが突破口なのか、それとも地上で何かできるのでないか、その両面から攻めることにした。全てはこの北門を攻略するため。エボニーフォレストタートルを倒すため。
「さて、探索のお時間だ」
ワースはローブをはためかせながらこれから起こるだろう光景に期待と憂慮の入り混じった思いを抱えながら目の前を見据えた。
そして、転移が始まった。
戦いが始まる……‼
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