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亀が好きすぎる魔法使い  作者: ひかるこうら
第3章 Imperial Capital
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17話 オンザタートルシェル

 ■■■


 ワースとノアはペットを連れてエボニーフォレストタートルの甲羅の上に広がる山岳地帯を歩く。

 エボニーフォレストタートルの背中は、中央に大きく聳える山があり、その周りに緩やかな傾斜がかった黒い大地があった。山を覆うように深緑の葉を深々と生い茂らせる黒褐色の木が、まるでエボニーフォレストタートルを守る“鎧”のようにぎっしりと植わっていた。


 木が天に枝を張り巡らせられてできた道を、ワース達は辺りを探るようにどこへ行くともなく足を進めた。


「下から見た時は木しか見えなかったけど、結構ごつごつした岩場だな。よく木が生えてるもんだ」


 ノアはところどころにある大きな岩に足を取られられないようにおっかなびっくりしながら歩きながらそんな言葉をつぶやく。


「こういうのはわりかしよくあるぞ。大きな岩ばかりの山でも岩の隙間から芽を出してそれが森になることは多いぞ。地面がふかふかとしてるのはそこがトレッキングコースになっている山ぐらいだろうな。それにしてもこの木は黒檀か。もっともこれはゲームだからまるっきりそれとは違うだろうが、黒檀なんて今時なかなかお目にかかれるものじゃないぞ」


 ワースは至るところに生える木の樹皮を触りながらそう言う。黒檀を日本で見ることは難しい。黒檀は熱帯性であり、育ちが遅いという特性があるため日本では一部の場所にしか植樹していない。まず日本の山には生えていない。その上、その美しさから乱獲が進み伐採の規制が為されているためなかなかお目にかかることはない。


「ワースってそんなことまで知ってるのか」

「当たり前だろ、これくらい。って、俺のことどう思ってるんだよ」

「亀狂い」

「ぐぬぬ……否定しきれないが、俺は亀のことにしか興味がないってわけじゃないぞ」

「えっ?」


 その言葉にノアは思わずワースの顔を2度見した。それにつられるようにしずくやべのむんもワースの顔をじっと見た。


「おい、その疑問符は。基本的に動物植物全般には興味があるかな。こう見えても山には何度も登ってその生態系を観察とかしてるんだぞ」

「へぇーそうだったんだ。てっきり亀にしか興味がないのかと。他には?」

「うぅーん。このゲームをやるようになってからはVR技術に興味を持ったぞ」

「へぇ、なんか意外だな」

「……ちょっと心外だぞ」


 ノアはワースのことを少し見直した。まっすぐで歪みないが、ちょっとその方向性が間違っているように見せた青年が、いろいろなことに興味を示しているということがなんだか微笑ましく思えた。


「他には何かないのか? 例えば、恋愛とか」

「レンアイ? ナニソレ?」

「……」

「いや、恋愛か。あんまり考えたことないな。誰かを好きになるっているのがよくわからなくてな。亀を愛するってことなら十二分によくわかるんだが、それが人となるとな」

「ワース……」

「俺にはどうも恋愛はわからない。かわいいとかはわかるんだけど、そこから先がわからないんだよ。だってさ、別に誰かを好きにならなくったって生殖活動はできるだろ? 互いの生殖器をくっつけてしばらくすれば雌の卵子に精子が侵入して受精卵となる、それだけだろ? はたしてそれだけに悩む必要があるんだい?」



 ワースの言葉にノアは確信した。

 こいつ、ダメだ。はやく何とかしないと……


「だから俺にはわからないんだよね……」

「ワース、恋愛と男女の営みは違うんだ」

「へ、違うの?」

「まぁ、全部が違う訳じゃないけど、分けて考えるんだ、そこは」

「ふーん、それじゃあどういうこと?」

「……といってもだな、っと前見ろ」

「あれは……」


 エボニーフォレストタートルの甲羅の上を歩き続けたワース達の目の前に、それまでの風景とは異なった雰囲気を漂わせる石造りの小屋がそこにあった。



挿絵(By みてみん)






 ■■■


 物は試しと石造りの小屋に入ってみたワース達。

 丸みを帯びた花崗岩の小石を積み上げて作り上げたその小屋は約6畳ぐらいの大きさでワースとノア、べのむんとしずくが入っただけですぐにきつきつになってしまった。


「ちょっと狭い」

「だね。なんなんだろうね、この建物は」

「ぅぐばぁあ」

「くーん」


 扉もなく、ただ空気を入れる窓がポコポコ開いている他に何もない一部屋だけの小屋だった。特に壁に何か仕掛けられている様子はなく、なぜこの小屋がこんな場所にあるのか、疑問でしかなかった。


「見たところ何もないな。山小屋にしてはこの石造りが気になる……」

「こういうのって大概壁に何か仕掛けがあったりするもんだけど」

「壁には何もないな」

「うん、そうだね。……うーん。もしかしたら床に何かあるかもよ」

「そうか、それじゃあ、一旦出よう」


 きつきつで床を調べることができない、ということで小屋から出るワース達。べのむんとしずくを外に待たせ、ワースとノアの二人が小屋の床を調べに中に入った。

 床は綺麗な大理石が土まみれになってそこにあった。一面が磨かれ、一見すると何もない。

 しかし、よく調べていくと床は取り外し可能な板となっていて、ゆっくりその板を取り外すと板の下には下へ続く階段があった。


「あった……」

「階段か、降りようか」

「そうだね」


 二人はそれぞれのペットを連れて新たに見つかった階段を降りた。

 薄暗く視界がすぐに閉ざされる階段の途中途中にはなぜか火の灯った蝋燭が階段を照らし、その下をワース達は恐る恐る階下を目指して行進を続けた。








 そして。


「うぁ……ここが下の階か」

「思ったより狭いけど、これはなんだ?」

「なんか陰気臭いんだけど……幽霊でも出そう?」

「……なんかお墓の中と似てるな」


 先ほどの小屋の中よりも広いが、相変わらず狭苦しい印象を与える埃臭い石室の中へ階段は続いていた。階段をようやっと降りた二人は辺りを見渡し、その部屋が暗闇の奥まで続いているのを見た。


「これを進むんだね」

「そうだな」


 せいぜい人が3人並んだらいっぱいいっぱいになりそうな通路をノアとしずくを先頭に、その後ろをワースとべのむんが辺りを警戒するように歩いた。この先に何が待ち受けてもすぐに対応できるように警戒を続けながらの行進となる。


 その行進は、しばらくして終わりとなる。行き止まりへたどり着いたからだ。

 通路を抜けてたどり着いた先は一つの部屋だった。中央に蓋の閉まった大きな器が置かれた異様な雰囲気を漂わせる部屋だった。VR世界において雰囲気とは本来なら数値化されるものではないと感じるが、実際のところちょっと意味合いは変わるが見た時の“重さ”を感じることはできる。これはその対象の情報量によるもので、見ることによって対象の情報を読み取ろうと行った時に取得する情報量の多さに人間はどこか“重い”と感じることがある。“重い”というのは時として違和感であり、時として威圧感である。現実でもなんだか得体のしれない感じを醸し出すものというのは大いに存在する。それはいわゆる第六感、ないしは経験則がそう感じさせているため、VR世界のそれとは原理は違う。しかし、その結果は同じもので。ワース達はその目の前の器、いや棺桶をしばらくまんじりと見つめるしかできなかった。その棺桶が発する威圧感に体を動かすことはおろか視線を動かすことさえかなわなかった。


(これは、なんだか危ない物だな……)


 杖を握る力を強くしてようやっと足を踏みしめるワース。

 背中の大剣の柄に伸ばした手をグーパーとにぎにぎし、体をゆっくりと動かすノア。

 主人をただ見つめ、来る敵へ爪を研ぐべのむんとしずく。




 二人と二匹はこくんと頷き合い、その棺桶へ近づいた。




 そして。





「やぁ、ようこそ。我が守護領域(テリトリー)へ。我が名は『南玄室の墓守』。けしてこれを触らせるわけにはいかない。君たちはこれから我が名において排除される」



 棺桶まで後一歩ということろで、棺桶の上に真っ黒い影が現れ、そんな言葉を呟いた。

 見ればその影は一人の男で、顔はごつごつとした爬虫類のような、いやまさしく亀の顔をしていた。手には洗練されたシンプルな漆黒の鎌が握られ、黒いローブと相まって、墓守というよりも死神というのが正しそうに見える。







「予想していなかったわけじゃないけどここでボス戦か。レベルは、俺たちより5ぐらい上だけど、この数なら何とかなるよね!」


 ワースと共にぽんと後ろへ跳び下がったノアは、背中の大剣を慣れた手つきで抜き放ち、もう片方の手をぱちりと鳴らし召喚獣ぽるんを呼び出す。


「さぁ行くぞ、ぽるん、しずく」

「ふぃーん」

「わおーんっ!」


 ノアは大剣を掲げ、水属性魔法を詠唱しながら敵の挙動に注目する。後衛のワースのことを考えて、突っ込むより敵の攻撃に合わせて返しを放つことを選択するノア。敵の『南玄室の墓守』は予想通りワース達目掛けて鎌を振り上げながら突進してくる。その速度は予想よりも速い。


 魔法の発動が間に合わず未だ詠唱状態であるノアは、その場から動くことなく大剣を振り回し鎌の一撃を受け止める。詠唱状態は足を動かさなければ解除されない。それ故に足を動かさずに大剣を操り魔法を放つ、召喚術と大剣を同時に操る事を選んだノアが真っ先に手に入れた技術だった。


「『スラッシュ』!」

「『アインクラッシュ』!」


 大剣と鎌がぶつかり合い、両方の刃が生み出したエネルギーは衝撃波となって辺りへ散らされる。

 ノアは食いつくように大剣を振るい、『南玄室の墓守』の鎌を刃を合わせる。


「接続:『妖精剣ニンフ』」


 『召喚術』と『大剣』の融合魔法。それが『妖精剣ニンフ』。妖精を己の武器の中に召喚し、その力を振るうことのできる魔法。武器の適合率によるものの、大きく武器の耐久値を削るため連発は効かないが、妖精を大剣に降ろして大技を容易に振るえるのは強力だった。


「行くぞ!」


 ノアは水を帯びた大剣を力強く構えなおし、今度は床を強く蹴って『南玄室の墓守』へ切り掛かった。





 後方にいるワースはノアと『南玄室の墓守』が大剣と鎌を交えるのを見ながら魔法の詠唱状態に入る。ここで選択するのは……


「『オーバーコンセントレーション』」


 パーティ全体へかかる『魂術』。この魔法は近接攻撃の命中補正・クリティカル補正・最低攻撃力の上昇などを発生させる。


 それはちゃんとノアやしずくにもかかったようで、先ほどより動きが良くなっていた。より攻撃が当たりやすいおかげで大胆な動きが可能になった、ということだろう。


 ノア達の攻撃が激しくなかなか後方から攻撃を撃ち出せないと感じたワースは次に発動する魔法を選択。ついでに何かあった時のために攻撃魔法を『口頭詠唱』と『予約詠唱』を併用し、合言葉(ショートカット)を使用して簡単に発動できるように土属性魔法『マテリアルインパクト』をストックしておき、本命の援護魔法をパーティ全体にかかるように発動させる。


「『ソウルアクティビティ』」


 魂の活性化、というそのままの魔法は白い光を伴ってワースだけでなくノア達の体へ降り注ぐ。

 一定時間の間、HPの継続回復・状態異常耐性強化・行動不能系状態異常の反射・ステータスの上昇などを起こす。ステータスの上昇により攻撃力が底上げされ、尚且つHPの継続回復によりダメージを減らせる。行動不能系状態異常は本来の状態異常耐性強化では防げるものではないため、この組み合わせによりほぼすべての状態異常を防げるといっても過言ではない。とはいえあくまで状態異常耐性の強化のためまるっきりの無効化ではないのがポイントだが、それでもパーティメンバー全員に同じ効果を与えることができるこの魔法は支援系として優秀である。


 ワースは前衛はノアに任せたまま、今度は『南玄室の墓守』にデバフを掛けようと杖を振るった。






 戦いは30分にも及んだ。

 ノアが大剣を振るい、時に召喚術を飛ばす。召喚獣は己の主人に従いて魔法を解き放ち、ペットは同じく主人に従いて己の力の十全を振るい牙と爪を曝け出す。

 ワースは支援魔法を飛ばしながら、己も敵の目の前へ赴き強化された杖を縦横無尽に振るう。ペットはそんな主人を援護するように射撃・トラップを用いて敵を攻め立てる。



 『南玄室の墓守』は鎌を振るいながら時折、手を突き出してそこから吹雪を吹き出しこちらを凍り付かせてきた。その他にも足技にも優れ、体勢を崩してもそのまま強烈な蹴りを繰り出してくる様は我武者羅というのがふさわしかった。



 互いの攻撃を交わし、一進一退の攻防を繰り広げる。

 それがふとした瞬間に崩れた。


 初めはワースの杖の動きが鈍ったところだった。

 MPが減り、どのタイミングで回復しようかと思考を巡らせた隙を狙って、『南玄室の墓守』がきつい蹴りを放ち、ワースの体は吹き飛んだ。追撃を仕掛けようとする『南玄室の墓守』の動きを止めようとノアが回復もままならないまま大剣を振るい、どんどんと体力を削られた。蹴り飛ばされたワースはなんとか少し残ったHPを回復しようとアイテムストレージを見るものの、すでに自分の分の回復アイテムが尽きていると事に気付いた。


 そこからは二人はあえなく『南玄室の墓守』の攻撃を受け切れずあえなく敗北した。


 消えていく周囲の光景を見ながら、ワースはどこか『南玄室の墓守』の表情が陰っていることに気付いた。

 しかしすぐに視界は真っ白に染まった。





 次に目を覚ました時には、すでにそこは始まりの街の神殿だった。










 ■■■


 帝都門攻略4日目。


 ワースはまだ約束の時間に間に合うように指定された場所へ急いだ。

 昨晩ログアウトする前に、ある人へ依頼のメールを送り、今朝確認してみればちゃんと返事があった。現在ワースはそのメールに指定されていた場所へその人と待ち合わせをしていたのだった。



 喫茶店『くらむぼん』。

 どこかレトロな雰囲気を醸し出したその喫茶店で、その男はすでに席に座って待っていた。


「やぁやぁやぁ。久しぶりだねぇ、ワース君。メールでのやり取りは何度かしたけど、こうして会うのはいつぶりだろうねぇ。僕は君とこうして会えるのを楽しみにしていたよ。なんていったって君の瞳には輝きがある。ゲームの中だからそんなの一緒じゃないかっていう無粋な話は結構だよ。僕にはわかるんだよ、君にはまだ測りきれない何かがあるってね。僕は君のことを買っているんだ、僕がこうして興味を持つ人はそう多くないから誇っていいことだよ。なんていったって人材運用・調査・社会的制裁・話術となんでもござれのミリーさんが保証するんだからねっ♪」



 そう、そこに待っていたのはミリアルド・フラミンゴヘルメット、通称桃髪ミリーだった。ピンクブロンドの髪と眼が特徴のバイセクシャルな人間好きな彼に、ワースはある依頼をしていたのだった。


「お久しぶりです、ミリーさん」

「いやいや、そんなかしこまらないでよ。まだ時間はたぁっぷりあるでしょ。ほらほら、席について席について。えっとワース君はたしかコーヒーを飲むよね。マスター、ブレンド1杯、お願い」



 なんやかんや言われながらミリーの前に座るワース。

 近況を話し、コーヒーが来るまでの間話を弾ませるミリーにワースは毎度のことながらたじたじになっていた。嫌いなわけでないがなんとなくこの話し上手に圧倒されていた。




 一段落して、ワースは話を切り出した。


「それで、例の件ですが……」

「うん、そうだね。その話をしようか」


 キリッと仕事モードに入ったミリーにワースは昨日の話をした。







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