15話 タートルサード
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結果から言えば、10本ある内の4本目の半分のところで北門攻略組のプレーヤー達は全滅してしまった。
何が悪かったかと言えばそれは単なる消耗による限界だったと言えよう。さすがにエボニーフォレストタートルの強大な体力を一気に減らす限界がここだったというだけだ。プレーヤー達はよく戦った。刻々と変化する戦況を、1回目の反省を生かしながら一気に攻勢をかけた。
エボニーフォレストタートルの召喚した4本の大木はそれぞれ独立して動き、周りのプレーヤー達に根っこを地面から突き出したり枝を鞭のように振り回したりして攻撃してきた。真正面から受ければ例え防御力の高いプレーヤーとは言えども防御できずに生身で受けてしまえばそのHPを容易に吹き飛ばしてしまえるほどの一撃を秘めた攻撃が上からも下からもと縦横無尽に振るわれ、プレーヤー達はその攻撃を躱しながら本体の大木へ武器を振るった。大木に囲まれるようにして中央に陣取るエボニーフォレストタートルは、四方に召喚した大木の守りのおかげでプレーヤー達を近寄せず、自身にダメージを与えるのはせいぜい遠距離武器を持つ中衛と魔法攻撃する後衛プレーヤーだけだった。とはいえ、その攻撃のほとんどは大木が自身の身を使って防いでしまうので、実質的にエボニーフォレストタートルには被害がいかなかった。ただでさえ堅く膨大なHPを持つエボニーフォレストタートルが、盾のような大木を召喚し身を守っているため、より一層エボニーフォレストタートルを倒すのが難しくなったと言えよう。いかにして大木をすり抜けてエボニーフォレストタートルに攻撃するかが重要になるだろう。
エボニーフォレストタートルの尻尾のエボニーフォレストスネークの攻略は今回の戦いを通して攻撃方法とタイミングを体で理解し、大体の糸口が掴めていた。おそらくエボニーフォレストタートルへの攻略もエボニーフォレストスネークの突破が鍵になるだろうというのがその場にいたプレーヤー達の見解だった。
これでようやく2日が終わり、そして今日3日目を迎える。
この段階ですでにエボニーフォレストタートルの3割5分のHPを減らすことが出来たのは、早いのか遅いのか。それは現時点ではまだわからない。さすがレイドボスというだけあって刻々とフォーメーションを変えていきプレーヤー達を苦しめるあたり、運営の本気を感じることができるだろう。
現段階でどの門の攻略が一番進んでいるかは、そのレイドボスの性質がそれぞれ違うので単純比較することができない。
北門の他に、東門ではラピスラズリブルードラゴンのHPバー6本の内2本が削れたところで姿形と攻撃方法が変化し、それまでより一層過激になった雨のように降り注ぐ水弾にあえなく全滅した。
西門では、シルバーライトニングタイガーは8本あるHPバーの内2本まで削りきったところで『地縛咆哮』を放ち、全身に雷撃を纏った。雷撃を纏った状態だと、接触した時に雷属性ダメージに麻痺が付与され、シルバーライトニングタイガーの動きがそれまでより速くなり、プレーヤー達はその動きに慣れることができず全滅してしまった。
南門では、ヴァーミリオンフェニックスの第2形態に苦戦し、全体火炎攻撃や旋風攻撃によりじりじりとプレーヤー達の数が削られて前衛を剥がされた中衛・後衛プレーヤー達は攻撃の手を休めて回避に専念するという状態になり、結果3本ある内2本は削り切った。とはいえ、この3本を削り切ったとしても再び復活を遂げることを考えると予断は許さない状態だ。
この先どうのような戦いを見せていくのか。
プレーヤー達は胸に期待と戦意を抱いて3日目を迎えた。
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「ほら、お食べ」
「きゅー」
「がおー」
「ぐばあ」
プレキャビーにある小さな野原で、ワースは自身のペットである亀達と戯れていた。
ワースの手にはオレンジ色のスティック状のお菓子が握られていた。これはハートフルスティックといって、ペットにあげるためのお菓子である。好感度が上昇したり、中には能力を上昇させる効果のあるものまである。ワースはこれを始まりの街南東にあるグリムマーレでたくさん買ってきており、その中でも今日のハートフルスティックは人参に似たほのかに甘い味が好評のマンドラキャロ味だった。
ペットにはプレーヤーと違い空腹度が設定されており、定期的に食べ物を食べないと空腹で動けなくなり、最終的にはペットから外れて野生化してしまう。そうならないように一日一回ワースはログインするとすぐに亀達に専用のフードを与えている。ミドリには栄養調整食品ベジタブルミール(緑)を、どろろは同じくベジタブルミール(茶)を、べのむんはポイズンゲート産の泥団子(通常では投げつけた敵を毒状態にさせる道具として売られている)を与えている。
一日一回の食事で空腹度的に満足な亀達だが、ワースは亀と戯れるためにお菓子をちょくちょくあげていた。現実世界ならお菓子のあげすぎは肥満や食事をとらない原因になり、また糞量の増加や食べなかったお菓子によって居住区域が汚くなり、体調の不調から病気を起こす原因になるので、なかなかお菓子をあげることが難しい。元々亀用に作られたフードというのは栄養面で完全であり、本来ならお菓子はいらないのだ。亀に限らず犬猫などのペットにも同じことが言える。しかし、ここはゲームであるのでそんな心配は無用だった。だからこそ、ワースはお菓子を何かにつけて亀達にあげていた。
「ほらほら、がっつくんじゃないぞ」
「きゅきゅーきゅぃきゅぅ」
「がお、ぎゃぎゃお」
「ぐ、ぐ……ぐばあ~」
ワースからハートフルスティック(マンドラキャロ味)をもらおうと、亀達は身を乗り出してワースの体に張り付いた。
ワースは一本ずつ亀達の口元にスティックを差し出して食べさせた。亀達はそれぞれ美味しそうな表情を浮かべて、体全体で喜びを表現した。
「こら、そんなに強く体をこすりつけてくるなって。嬉しいけど、ちょっと重いぞ」
「きゅぅ……」
「ぎゃぅ?」
「ぐ、ぐばぅ// ……(つーん」
いつの間にかすり寄ってワースにしがみついている亀達にそう声を掛けると、ミドリは申し訳なさそうに体をどかし、どろろは首を傾げ、べのむんはそそくさと体を離しそっぽ向いた。
こうして見ていると、亀達にはそれぞれ個性があるとワースは思った。
ミドリは甘えん坊で、こっちの言っていることを完全に理解しているようなしっかりさん。
どろろはおとぼけな、それでいてやるときはちゃんとやる頑張り屋。
べのむんは普段はそっけない態度を取るけど、たまに甘えてくるツンデレさん。
現実世界のようにちゃんと個性があるんだな、とワースはこのゲームの凄さに頭の片隅で感心していた。頭の片隅、というのは頭の大部分は目の前の亀達を愛でることに勤しんでいた。
「ほらほら、次のお菓子を出そう。今度はシーパエリアで採れたスプリングシュリンプの団子だぞ」
「きゅ、きゅきゅー!」
「ぎゃ、ぎゃがおー」
「……ぅ、ぐば」
ワースがアイテムストレージからピンク色の団子をいくつか取り出すと、亀達は喜びの声を上げながら飛び付いてきた。このスプリングシュリンプの身を解して捏ね上げた団子は亀達の好物なのだ。
ワースは亀達に圧し掛かられながら、この一時を楽しんだ。
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そして、3回目の北門攻略が始まった。
エボニーフォレストタートルが鎮座する広場へ転送されたプレーヤー達は一斉にそれぞれの役割に適した場所へ移動を始めた。
中央に鎮座するエボニーフォレストタートルはそんなプレーヤー達を余所に、自身を守るように四方に召喚した大木に力を注ぎ込み動きを活性化させる。主の力を受けた大木は邪魔者から主を守るように幹を張り出し、先端の鋭利な根を柵のように一面の地面から生やした。
盾を持った前衛プレーヤーは盾を掲げたまま大木へ接近し、振るわれる枝の一撃に合わせて盾スキルを発動させ攻撃を受け切る。盾を構えたプレーヤーを盾に攻撃特化のプレーヤーが素早い身のこなしで攻撃を受け止めた瞬間に大木へ接近し根元に陣取り武器を一心不乱に振るう。大木に与えられたHPバーは1本だけで、前回のダメージを残している。とはいえ、4本の大木が互いのHPを回復させ合っている状態なため、ほぼ同時に4本の大木を倒すことが必要不可欠だった。ただこれを削り切ればエボニーフォレストタートルへの道が開かれるに違いなかった。だからこそ、いかに速く大木のHPを削り切るかが正面からぶつかった攻撃特化プレーヤーの課題だった。
弓矢や銃を扱う中衛プレーヤーは大木をすり抜けるようにして直接エボニーフォレストタートルへ攻撃を与えようとするものの、予想通り大木が邪魔してきてなかなか有効打が与えられなかった。大木へ攻撃しようにも動物型でない大木にはこういった攻撃はなかなかダメージを与えられないゆえに、成果を上げられなかった。大木が切り開かれエボニーフォレストタートルへの道ができれば、というのが中衛プレーヤーの心情だった。
魔法を使う後衛は、大木にはセオリー通り火属性・焔属性の魔法を、エボニーフォレストタートルへはその他の魔法をぶつけるべく詠唱を開始する。メリット『詠唱』の口頭詠唱が使えるプレーヤーの中には口頭詠唱と通常詠唱の二つを行い、より短時間で効果が出せるよう魔法を大木へぶっぱなす者もいた。
ワース達『亀が好きすぎる魔法使いと愉快な仲間たち』はというと前回同様にエボニーフォレストタートルの背後へ回り、エボニーフォレストスネークを相手取っての戦闘を繰り広げた。
「『ハイブースト』からの『大旋風・雪風』!」
ワースは付与術を自身に掛けながら杖を大きく振りかぶり、飛び込んできたエボニーフォレストスネークの頭目掛けて力強くスイングする。風を纏いながら轟音を鳴り響かせた一撃は、牙を向けてきたエボニーフォレストスネークの脳天をたしかに捉え、向かってくる向きを左へ大きく変えた。大きく向きを変えさせられたエボニーフォレストスネークに他のプレーヤー達が武器を振るい、そのHPをがりがりと削っていく。
「どろろ、行け!」
「ぎゃおー」
どろろは自身の甲羅から槍を打ち出し、エボニーフォレストスネークの体に突き刺さる。
「うおおおおおお!」
「らああああああ!」
ワース達の他のプレーヤー達も残り少ないエボニーフォレストスネークのHPを削り切ろうと武器を振るい、魔法を唱える。
それがどのくらい続いただろうか。
誰かの武器が飛び出してきたエボニーフォレストスネークの首元に刺さり、ぴしりと音を立ててエボニーフォレストスネークの動きが止まった。
見ればHPバーが赤いドットが残っておらず全てグレーになっていた。
エボニーフォレストスネークの体はガラス細工のようにぴしりぴしりとひび割れていき、そしてついにパリンと音を立てて消滅した。
ワースはふと周りを見渡す。
依然としてエボニーフォレストタートルを囲むようにして大木がそびえ立つが、ちょうどエボニーフォレストスネークがいた位置がぽっかりと開いている。上手くいけば、後ろからエボニーフォレストタートルの背中に乗れるかもしれない。
そう考えたワースは、さっそくミドリの背中に乗ってエボニーフォレストタートルへ接近した。




