14話 タートルセカンド
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夜が終わり、日が昇る。プレーヤー達はそれぞれ日常に戻り、それぞれ学業なり仕事なり励む。そして、夜には再びプレーヤー達は非日常へ集まり楽しみを謳歌することになる。
真価はいつも通り大学へ行き、講義を受ける。それが真価にとっての日常だからこそ、講義を休むことはなかった。
本日の講義は『線形代数』と『力学』に、『科学技術政策論』と『日本における動物生態学』というラインナップだった。初めの2つは必修科目で、後の2つは選択科目でこちらの方は別に出席しなくても問題なかったが、真価は真面目に講義を受けた。いくら早くMMOをプレイしたいという思いがあっても、ゲームのために日常を崩すということはしたくないと考えていた。……本日4限目の『日本における動物生態学』の講義で爬虫類系の生態についてやるからではなかった。
本日の講義を受け終えた真価は最後の授業で一緒だった荒谷遊馬と共に帰りの電車に乗った。
「武旗はさ、昨日どうだった?」
「どうだったと言われても……たしか荒谷は東門だっけ?」
「あぁ。あの青竜は凄かったぜ。優雅に空を舞っている姿がなんともかっこよかったな。でもってさすがレイドボスなだけあって攻撃が一々ダイナミックだし、一撃喰らえば大概死ぬし」
「なるほど。まぁ、大体は一緒かな。こっちも」
と真価は昨日の光景を思い出す。
「…………」
「おい、武旗?」
「……ふひぃ」
「はぁ?」
「あのごつごつとしたフォルム! 背中の大山から繰り出す落石! 全てをかみ砕けそうな頑丈な顎! どれ一つとっても素晴らしかった。アァ、あの亀をテイムしたいテイムしたいテイムしたい……でもたしかレイドボスってテイムできないんだろォ?」
「お、おおぅ。そうだな、レイドボスに限らないけど、ボスはテイムできないっていうのが当たり前だな。そもそもボス級のモンスターをテイムしてしまったらゲームバランス崩れるだろ? ネトゲなんていうのは基本的にプレーヤーに平等なんだよ。課金要素があるから一概にそう言えないけどな。チートなんてあったらすぐに人はそのゲームから離れて行ってしまうから、運営はそう言うのを作らないようにしているんだよ」
「なるほど」
「まぁ、MMOはどうだかわかんないけどな。なにせ初のVRMMOなんだし、競争相手はいないわけだからな」
「荒谷でもわからないか」
「そりゃあ、運営でもない人間がレイドボスをテイムできるかどうかなんてわかるわけないだろ。でも、まぁ絶対とは言わないがほとんどありえないから期待はするな」
「了解」
「それに、お前はレイドボスをテイムしなくても亀には困ってないだろ」
「まぁ、それを言われると何とも反論できないんだが」
「はは、ペットを3体も持っている奴なんてプレーヤー眺めたって1%もいないんだからな。そこは誇ってもいいだろうな」
「まぁな。でも、あのエボニーフォレストタートルたんはぜひとも触って楽しみたいんだよな……」
「その気持ちわからんでもないがな……ほどほどにしておけよ。お前のペット達が嫉妬するぞ」
「うーん、そうだな……ほどほど適度にしておくよ」
「それが一番だ」
二人がなんだかんだ他愛もない話をしている間、電車は真価たちの降りる駅へ走り続けた。
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「事前に伝えた通りの作戦で行く。者ども、準備はいいか!」
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
「それでは、行くぞおおおおおおお!!!」
北門攻略組のプレーヤー達は指揮官サクラの呼びかけに雄たけびを返事としながら北門の中へ入る。再びエボニーフォレストタートルと戦うために、プレーヤー達は勇猛果敢に中に入っていった。
全員が中の空間に入ったところで、闘技場の中央にエボニーフォレストタートルが姿を現す。その姿は初日のものと同じく、見る者を威圧し恐れ戦貸せるだけの迫力を持っていた。巨大な山を背負った亀がこちらをゆっくりと見つめ、牙をむき出しにして威嚇した。よく見ればその体には小さな傷がいくつもついている。これは初日の戦いで負った傷だ。体力は初日に戦ったままだということを暗に示していた。
プレーヤー達はエボニーフォレストタートルが姿を現すと同時に、陣形を取っていく。盾を持って動きを止める前衛はエボニーフォレストタートルの進行方向に位置取り、近接武器を持ってダメージを与えていく前衛は周囲に散らばるようにしてエボニーフォレストタートルを囲む。前衛のすぐ後ろに多いくらいの回復職と控えを配置し前回のような緊急事態に備える。前衛から少し離れたところで、弓や銃といった遠距離武器を構えた中衛がいくつかグループを作って照準を合わせ息を整える。前回の反応よりわかった一斉に一か所を攻撃することによってよりダメージを与えやすいという観察結果より、射撃部隊を作り一斉に一点を目指して攻撃することになっていた。狙うは頭部。動いているため狙いが定まらないが一番わかりやすく目つぶし効果を狙える場所だった。亀という性質上、頭は弱いのは間違いなかった。魔法攻撃を主とする後衛は前回同様魔法の一斉掃射を行うべく準備を整える。遠距離武器と違って魔法は一点を狙った攻撃が難しいため、大量の魔法を絨毯爆撃のように放つのが有効だと考えられた。
エボニーフォレストタートルは地響きを立てながら悠々と脚を踏み出す。盾を持った前衛の一団が盾を掲げながらスキルを発動させ、エボニーフォレストタートルの動きを鈍らせていく。
その隙を狙うようにして前面に集まっている黒い鎧と双剣を持った集団『黒牙団』というクランが一斉に双剣による乱舞を仕掛けた。『黒牙団』とは人数こそ多くはないもののメンバー全員が双剣を扱い、トレードマークとして黒い鎧を着用しているクランだ。『黒牙団』と同じく集まっていたメンバー全員がハンマー使いのクラン『墜ち星』や、北門攻略組の中で結成された太刀使いの集団『斬月』など戦闘特化型の一団が一斉にエボニーフォレストタートルを狙って連撃を浴びかせる。いくら強靭な脚とはいえ動きが鈍っている状況ではなかなか踏み出すことができず、こちらからすれば攻撃する的となる。ここぞとばかりに彼らは武器を振るった。
一方、ワースはというと。
「うおおおおおおおおおおお!」
「きゅうううううううううう!」
ミドリに乗ってエボニーフォレストタートルの周りを絶賛爆走だった。隣にはアイスニードルウルフのしずくに乗ったノアや、オーシャングラムシェルのシェリーに乗ったマリンとニャルラ、フレイムリザードマンのディノに乗ったあるふぁと子音、ピートニードタスのどろろに乗ったアカネとべのむん、そしてあるふぁのペット達がいた。ワースの背中にはテトラが座っており、『亀が好きすぎる魔法使いと愉快な仲間たち』のメンバー全員がペットの助けを受けながらエボニーフォレストタートルの背後を目指して爆走していた。
エボニーフォレストタートルの背後に回ったワース達は目の前に鎮座する巨大な蛇を見上げた。玄武をモデルにしているとされるエボニーフォレストタートルの尻尾は、尾と尾を繋げ合わせるようにしてこちらに顔を向ける蛇がくっついていた。全身を強靭な漆黒の鱗で包み込み、黒く塗れた瞳がプレーヤー達を冷たく睥睨しながらくねくねと全身を蠢かせていた。
エボニーフォレストスネークと固有名を持つ蛇は本体のエボニーフォレストタートルのHPバーが1本消えた時に現れたという。正確に言えば1本削れた瞬間に目覚めた。エボニーフォレストタートルにしがみつく様にしながら地上にいるプレーヤー達に体を伸ばして噛み付き攻撃をしてきて、なんとこの蛇は魔法攻撃を完全に無効化する。放たれた魔法が体表の鱗に触れるや否や消滅し、HPはまったく削れていなかった。故にこの蛇に通用するのは物理攻撃やスキルだけとなる。
ワース達はこの蛇:エボニーフォレストスネークと戦おうと決めていた。
「行くぞ!」
エボニーフォレストタートルの新たな攻略を見出すため、またとりあえず亀を攻撃する前に別のところを攻撃しようじゃないかと考えたため、どちらとも言えない心境だったワースが決めた作戦に、『亀が好きすぎる魔法使いと愉快な仲間たち』のメンバーは賛同してくれた。
だからこそ。
「『ソウルブースト』!」
ワースはミドリの甲羅の上に乗りながら杖をエボニーフォレストスネークへ突き出した。
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同じくエボニーフォレストスネークを攻略することを考えたプレーヤー達と協力して、ワース達はエボニーフォレストスネークへ立ち向かっていく。
エボニーフォレストスネークの攻撃方法は大きく分けて2つ。体を伸ばしてからの噛み付き攻撃と、体を鞭のように振り払う攻撃だ。噛み付き攻撃と一口に言っても上から飛び上がってくるように牙を剥けてきたり、地面を這うようにして体を伸ばして噛み付いてきたりと様々なバリエーションに富んだ攻撃を仕掛けてきた。そこにエボニーフォレストタートルの地響き攻撃や落石攻撃が重ねられるため、集中力のいる戦いとなった。
「らぁああああ!」
プレーヤーの一人目掛けて牙をむき出しにしながら飛び掛かってきたエボニーフォレストスネークの胴体に目掛けてニャルラが双剣を振るう。それに追従するように他のプレーヤーの武器を振るう。
「『ソウルブースト』」
ワースは『魂術』の自己強化スキルを使って移動速度を上げる。
『ソウルブースト』はHP・MPを消費して自身のSTR・AGIを上昇させるスキルだ。これにより魔法職であるワースにも武器職に近い行動力を得ることができる。
ワースはそのままエボニーフォレストスネークの首元に走り寄り杖を突き出す。
「『レジェンドスピア』」
伝説となった杖使いの男が繰り出したとされる神速の如き杖捌きがワースの手で再現され、空気を切り裂くようにして突き出された杖はエボニーフォレストスネークの首に刺さりわずかながら突き刺さる感覚をワースに与えた。
エボニーフォレストスネークは攻撃を受けながらも狙った哀れなプレーヤーの防具に噛み付き、防具の上からプレーヤーのHPをがりがりと削った。
「『タイダルウェーブグレンデ』!」
巨大な水塊を大剣に纏わせたノアが飛び掛かるようにして大剣をまっすぐ振り下ろす。エボニーフォレストスネークは器用にも胴体をくねらせてその攻撃を避けようと体を引くが、巨大な水塊を纏っているがため大剣の直撃が外れても纏った水塊が地面に叩き付けられてさながら津波のようにエボニーフォレストスネークの胴体に衝撃を与えた。
その他のプレーヤーも危険を顧みず、出来る間に多くダメージを与えようとスキルを発動させて武器を振りかぶった。
エボニーフォレストスネークに着実にダメージを蓄積できているとプレーヤー達は感じた。
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そうやって、どれくらいが経っただろうか。
ちょうどエボニーフォレストタートルのHPバーの3本目が尽きようとする頃だろうか。
ワース達が率先して攻撃しているエボニーフォレストスネークに疲労が見えた頃だろうか。
ちょうどその頃。
エボニーフォレストタートルは大きく息を吸い込んだ。
その様子を見て、プレーヤー達は一斉に攻撃の手を止め、次の行動に備えて防御姿勢を取った。
次の瞬間、エボニーフォレストタートルの口から強烈な『地縛咆哮』が放たれた。辺り一帯にいるプレーヤー達はびりびりと体が振動するのを感じながらそれが終わる瞬間を待ち続けた。
前回、『地縛咆哮』によって壊滅への引き金を引かれてしまった反省を生かして、その兆候が見えたら防御姿勢を取るという指示をプレーヤー達に出されていた。故に、プレーヤー達は一斉に防御姿勢を取り、前回のように行動不能にならないように対策を取った。
エボニーフォレストタートルは一頻り『地縛咆哮』を叫び、その後に脚を踏み鳴らしながら甲羅を揺すった。甲羅と同化するようにそびえ立つ山に生える木々が鳴き喚き、次の瞬間プレーヤー達のいる空間のいたるところから木々が生え始めた。
「うおおおおおおおおおおァおおおおおおおおおおァアアアアアア!!」
何かを誇示するようにエボニーフォレストタートルは吠え、それに共鳴するように至るところに生える木々がざわめく。同時に大地が揺れ、地割れを起こしながら巨木が次々と立ち上がっていく。
エボニーフォレストタートルの四方に巨木が立ち並び、よく見ればその巨木にHPバーが1本ずつ表示されていた。
「なんてこったい……」
誰が呟いたというわけではないが、この場にいるプレーヤー達はほぼ同じ気持ちだった。
新たに現れた巨木に驚いているわけでない。
目の前で繰り広げられた天変地異の規模の大きさに驚きと根源的な恐怖を感じていた。
硬いだけのただの亀、なんてこの様子を見てしまったら口が裂けても言えない。
まさしく自然の神と言っても過言ではない、そう感じていたプレーヤー達も少なくない。
驚き慄きながらも、プレーヤー達が今何をすべきか考え、行動に移した。
目の前に生える巨木を倒し、依然として荘厳な雰囲気を漂わせる大亀を倒す。
プレーヤー達は武器を持ち、果敢に立ち向かった。




