閑話 バックグランドドリーム
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見渡す限り一面を白で統一された、電子機器が満載の巨大な部屋で、何人もの人たちがそれぞれ目の前にある画面を見ながら為すべき仕事に従事していた。
「こちらコードN。魔力の減少と障壁の弛緩を確認。問題はありません」
「こちらコードS。第1段階から第2段階へシフトを確認。特に問題ありません」
「こちらコードE。魔力の活性化が見られましたが、総量は減少を確認。これといった問題はありません」
「こちらコードW。魔力の減少を確認。また、行動能力の低下が確認されました。他に問題はありません」
あちこちから上がる報告の言葉に、中央の席に座る白衣の女性は厳かに言葉を紡いだ。
「ご苦労。――引き続き監視を」
「「「はっ」」」
その白衣の女性は自分の言葉に周りの研究員たちが一様に了解の意を上げるのを聞きながら、ふぅ、と軽くため息をついた。
「まったく、楽じゃない仕事よね」
背中まで垂れる髪をゴムで縛っただけで、白衣をだらしなく羽織っただけのその女性は一人ごちる。
彼女は今まで人の心というものについて様々な研究をしてきた。人の心とはどんなものなのか、人体には直接的には存在しない心はどのような働きをするか、どういった状況で人の心は変動するのか。哲学的なことから生理的なものまでありとあらゆる研究を続けてきたが、なかなか明確にこれといったものを見出すことができなかった。そんな中、彼女はある時一つの存在にたどり着く。
それは魂。宗教においてはその存在を信じられていたが、科学的観点から見ればその存在を半ば否定されていた魂。彼女はその存在を観測してしまった。それは人の心の在り方を示すとともにこの世界の裏側の存在を示唆するものだった。
彼女は魂の存在を知るとともにそこまで導いてくれた人たちと共に一つの組織を立ち上げる。その名はエレクトリック・ウィザード。科学と魔法という、ある種相反するものを合わせたその名前は、これからやることの意味を示していた。この組織を立ち上げ、魂の研究を進めようとした。
しかし、そこには問題があった。それはデータの圧倒的な少なさだった。魂は人それぞれでどれ一つ同じ物はない。それ故に目的のデータを手に入れるためにはより多くの魂を観察する必要があった。しかし、そう簡単に魂を観察することはできない。専用の機械に繋いで常にモニタリングすることなんて通常の手段ではなかなかできないことだ。それがより多くの人となると、国家的なバックアップなしにはまったくもって不可能だった。
エレクトリック・ウィザードを立ち上げるのと同じく、彼女は一つの機械を作り上げる。異空間を作り上げ、その空間で活動できる器を用意し、それと魂を交信させる機械。それが『ドリームイン』だ。傍から見ればゲーム機にしか見えないが、その実態は異空間との交信を可能にする夢のような道具。それ故に他のVRゲーム機器とは比較にならないスペックを叩き出せる。これをゲーム機として扱い、多くの人に被験させる。それが彼女の狙いだった。
「―――これはゲームであっても遊びではない……か」
彼女は学生時代に流行った小説の一節を口ずさむ。一人の天才が作り上げたVRMMOを主題にした小説で、その天才が言ったとさせるセリフ。彼女はその言葉がまさに真をついていると感じていた。まさしく自分が、自分たちが作り上げたゲームは、ゲームであるが遊びではない。異空間を作り出しそこに器を用意しているだけで、そこで繰り広げられる世界は一つの現実だ。
たしかにHPという設定された体力が0になれば、その肉体を散らすものの神殿で復活する。そう設定してあるがために現実ではないと思えるが、実際には魂が一度死の瀬戸際を体験している。もっとも魂が死ねば肉体はそれに伴って死を迎えることはわかっているため、魂を復活させるのだが。魂が復活すると言うと大層なことだと思うが、ただ死ぬ直前の魂を器から退避させているだけだ。退避させた魂は臨死体験をし、神殿で再び再構成された器と交信させる。これは電子的な交信を行っていることだからこそできることだ。
まだ実質的な被害は見受けられていないが、それは表面化されていないだけで内面には影響を与えているかもしれない。そこらへんはまだ研究途中である。その延長線上で彼女はまた魂に外部から働きかけた結果影響が出るかについても研究を進めている。これに関しては一定の研究結果を出すことに成功した。
研究を進めていく中でエレクトリック・ウィザードのメンバーたちは、魂と同じ舞台に存在する、魂とは異なる存在を知ることとなる。この存在は別の世界からやってきて、この世界にある魂や魂が生み出した意思を喰らう存在を。
ある人はその存在をこう呼んだ。鬼、と。
「コードN。指定範囲から抜け出そうとしています! 周囲の封印が緩くなってます!」
「コードS。封印が解けかかってます! このままでは現界しかねません!」
モニタリングしていた研究員が声を上げる。
「ポイントT-Nに一人、ポイントT-Sに二人配置しなさい」
「「はっ」」
彼女の言葉に研究員は作業に取り掛かる。
異空間に押しとどめた鬼をプレーヤー達が扱いやすいように御する。それがここにいる面子の仕事内容だ。
彼らは今日も研究と作業に追われる。
今日も、明日も、きっとこれからも。
MMOというゲームを作り出してしまったからこその責務だ。
「やれやれ、私も仕事しますかね」
彼女はそう言って自分の仕事、そしてその後に控える研究に向かった。
今日も世界は平和である。
人知れず動く人たちのおかげで。
「読者諸君は、すでに実はゲームではなくて異空間へ接続されていたということに気付いていると思う。しかし作者の撹乱ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、『亀が好きすぎる魔法使い』の本来の仕様である」
お後はよろしいようで。
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