13話 ファーストナイト
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『帝都攻略』レイドイベント初日は無事に終わりを告げた。
それぞれ東西南北の門においてボスに対して、まずまずの結果を得ることができた。さすがは初のレイドボスということもあって、完璧な戦いを繰り広げることはできなかった。
北門ではエボニーフォレストタートルの巨大さに圧倒され、その巨体から繰り出されるダイナミックな攻撃に気圧された。
南門ではヴァーミリオンフェニックスの優雅さに魅了され、飛行能力や復活能力に予想を超えた力を見せつけられた。
一方で東門では、ラピスラズリブルードラゴンのヴァーミリオンフェニックスとは違った美しさに魅了され、空を雄大に舞い踊りながら繰り出される多彩な水や氷を使った魔法攻撃に耐え切れなかった。
西門ではシルバーライトニングタイガーの俊敏な動きに追い切れず、繰り出される爪や牙、それに加え全身から迸る電撃の連撃に追いつくことは叶わなかった。
レイドボスと戦って手に入れた情報を整理し、明日も続く門攻略に向けて作戦を練るべく、それぞれ攻略する門ごとにプレーヤー達は集まるのだった。
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北門攻略メンバー達が情報交換しそれを纏める場所として、始まりの街北門近くにある酒場や広場をいくつも借りて行うことにした。北門攻略に参加したプレーヤー1万人の内、この反省会兼交流会に参加するのは半分の5千人だった。いくら半分とはいえこの人数ではなかなか集まるのが大変なためいくつか場所を分けて集まることになった。
ワース達『亀が好きすぎる魔法使いと愉快な仲間たち』は全員この集まりに参加した。
始まりの街北部に位置する酒場『ショコラモンブラン』。酒場というのに人気メニューがモンブランという少し変わったお店だ。このお店に置いてあるモンブランは何十種類にも及ぶ。プレーンや抹茶、チョコレートなどといった普通の味もあれば、ミカンとレモンを混ぜこぜにしたような果実クッシュのモンブランや、はたまたシャインシャークを使ったモンブランなんてものまで置いてある。現実の世界でも味わえるものに加え、このMMOの中でしか味わえないものも楽しめるというのが人気の秘訣だ。
このMMOにおいて、味覚は現実とあまり遜色がないほどまで再現されている。甘い辛いといった味の刺激だけでなく、柑橘系を食べた時のじゅわっと染み渡る芳醇な香りや爽やかな酸味が入り混じった味のような複雑な味まで良く再現されている。一部の食ベ物や料理には効果に差はあれどステータス変動効果がある。これを目当てに食事をとるプレーヤーもいるが、ほとんどのプレーヤーは楽しむために食事をとる。ここでしか味わえない味を楽しむのだ。プレーヤーの中にはMMO内でお菓子を食べ漁る人もいる。こうなると現実にまで影響が出てしまうと思えるが、不思議なことに現実世界にログアウトするとまるで夢でも見ていたかのようにすっと食欲が戻ってくるという。
それはさておき。この『ショコラモンブラン』はモンブランが美味しいお店であるが、当然その他のメニューも充実している。マリネサラダや焼き鳥といった簡単な料理に加え、飲み物は様々な果実を使ったジュースやサワー、ワインやビールといったものまで置いてある。補足だが、このMMOではお酒を飲むとたまに『酔い』という状態異常になる。これは現実世界の酔いとよく似たもので感覚の鈍化・視界の不鮮明化・眠気などが襲い掛かってくる。もっともこの状態異常の時に街から出ることができなくなり、戦闘になることはない以上そこまで警戒するものではなく、プレーヤー達はお酒を楽しんでいる。もちろんお酒は18歳からである。(この時代において成人は18歳からとなっており、それに合わせてお酒は18歳からとなっている。タバコは全面禁止になっている世の中である。)
さっそく『ショコラモンブラン』に集まったプレーヤー達は各々がメニューを頼んで歓談を交わし楽しんでいた。
「はぁ、まぁなんだかんだ初日お疲れ様でした」
「「「お疲れ様」」」
ワース達が囲むテーブルでは、ワースが音頭を取り宴が始まった。他のテーブルでもそれぞれ同じクランで宴は始まっており、ざわざわとした喧騒の中ワース達は目の前のモンブランや料理に手を付け始めた。
「いやぁ、あの大亀はびっくりしたねぇ」
「うんうん、あんなに大きいなんてね。想像していたよりもずっと大きかったよね」
「……ビルよりも大きかった」
「そうっすね。私もびっくりしたっす」
「それにしてもこれ美味しいねぇ」
「あ、ちょっとあるふぁのモンブランおいしそうじゃないか。ちょっと分けてよ」
「はい、どうぞ」
「うぅーうまい。この濃厚なクリームがなんとも堪らんな」
「さすが姐さんといったところっすね。いい食べっぷりっすね」
「……マリン。そっちもちょっとちょうだい」
女子たちはぱくぱくもぐもぐと頼んであったモンブランを頬張る。
「くぅーひと仕事した後のビールはうめぇな」
「おい、おっさんかよ」
「僕はお酒飲めませんからねーどんな感じなんですかね」
「お酒は人それぞれだからな。美味しいと思う人はそうだろうし、あんまりと思う人だっているからな」
「ワースさんは?」
「俺はあまり飲めないからな。まぁ、サワーとかなら飲めるけどな」
「おいおい、サワーなんてただのジュースじゃねえか。やっぱり酒って言ったら焼酎や日本酒だな」
「なぁ、ニャルラ。君は一体いくつなんだい?」
「そんな野暮なこと聞くなよ。ぴっちぴちの18歳だぜ」
「「えっ」」
「なんだその声は!」
男たちは男たちでお酒を嗜んでいた。
「また会いましたね」
ワース達のいるテーブルへ何人かの女性たちがやってきた。
「フロイランさん! ということはシルバレの方々ですか」
「えぇ。シルバーバレット第2隊のメンバーです」
恭しくお辞儀するフロイランの後ろにはふみりん・ロゼッタ・マヤ・いつき・アメリアの5人がいた。
「戦闘前にも会いましたが、こうして会えるなんて縁ですね」
「そうですね」
「一杯どうですか」
「いえ、私はあまりお酒が飲めないので。フロイランさんはどうですか?」
「では、頂きますわ」
近くの椅子に腰を下ろしたフロイランとワースはとりあえず飲み物をそれぞれ飲みながら真面目にそれぞれの戦果をネタに話をし始める。
「あんたの黒炎刀はどうだったんだい? 血はいっぱい吸えたかい?」
「そっちのブラッドブラッキーだったっけ、も血を啜り尽くせたの?」
「へ、そんなの……あったりまえだろ」
「私もそうよ……」
「くふふっ」
「ぬふふっ」
「「ふふふふふ……!!」」
「また変な声出してる……」
「子音も混ざれ」
「え、えええええっ!!」
ニャルラとマヤは戦闘前にもやっていた中二病ごっこを再びやり始め、子音まで巻き込もうとしていた。
「ねぇ、そっちのモンブランちょこっとちょうだい。これを少しあげるから」
「それはいいっすけど……その毒々しい色のモンブランはちょっと」
「……だったら私が食べてみたい。いい?」
「もちろんだよ。はい」
「……もぐもぐ。……うん、悪くない。ただちょっと独特な味」
「だよねーだいたいなんでアメリアはこんな味なんて頼んだの?」
「面白そうだから。ロゼッタだって食べてみたいと思うでしょ」
「いやいや。あ、ノアさんのそのモンブランを少しいただいてもいいですか」
「あぁ、いいよ。代わりにそっちのもくれるかな」
「はい、どうぞ」
「すみません、ルコの実を一皿とこのワインと同じのをもう一本お願いしますー」
「姐さん、飲みすぎないようにね」
「うーい」
他のメンバーはそれぞれ料理やモンブランを食べ楽しんでいた。
「戦ってみてですけれど、エボニーフォレストタートルはどう思いましたか」
「そうね、まず思ったことはとにかく大きくて硬いということですね。フロイランさんは?」
「私もそう思いました。何よりあんな大きさのモンスターは初めて戦いましたし、攻撃してもほとんど怯む様子を見せない。さすがはレイドボスといったところでしょうか。たしかに地響き攻撃や落石攻撃など攻撃の方も注意のいるものがありましたが、何より注意すべきはその図体とHPですね」
「そうですね。いかにしてあの膨大なHPを削るか、でしょうね。たしか今日一日で1本の半分でしたっけ。正直後6日で残り9本半はきついですよね」
「だからこそ、いかにして期限内に削りきる戦術が必要になってくる、と指揮官のサクラさんがおっしゃってましたね。あとで北門攻略組全体に作戦内容が公表されるでしょうが、かなり難しいと思います。普通に攻撃していたのではタイムオーバーになりそうです」
「となると普通じゃない攻撃が必要となるわけですよね。例えば、甲羅に乗って攻撃するとか、ですかね」
「それは面白そうですね。そう、たしかワースさんはエボニーフォレストタートルの顔に張り付いたとか」
「あはは……まぁ、張り付いたと言えば貼り付けたというか。正直テンション上がっていて何やったかあまり覚えていないんですよね」
「ふふふ。亀が好きすぎる、とはよく言ったものですね」
「いやはや、恥ずかしい」
「たしかに甲羅に乗るのはアリですね。明日やってみようかしら」
「ははは、難しいとは思いますよ。まず接近するのが一苦労ですね」
「そうですね」
そんなこんな話に花を咲かせている中、夜は更けていく。
明日もあるレイドボス攻略に向けて、プレーヤー達は情報交換と考察を行いながらこの祭りを楽しんでいた。
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ワース達が始まりの街北門近くにある酒場で交流会を行っているとちょうど同じ頃。
レイドボス南門攻略組も同じように、始まりの街南門近くの酒場や料理店、広場を使って交流会を行っていた。
「とりあえず今日はお疲れ様でした。また明日から頑張りましょう。では、かんぱーい」
「「「かんぱーい!」」」
メイはオレンジ色のジュースが入った銀色の杯を掲げて乾杯の音頭を取った。
同じテーブルに座る『五色の乙女』南門攻略組前衛メンバーはメイに合わせて杯を掲げた。
「みんなよく頑張ったね」
「それもメイさんのおかげですよ」
「そうですよ、はい。メイさん、これをどうぞ」
「あ、うん。ありがと」
注文していたケーキを取り分けたもにゅというプレーヤーがメイに皿ごと手渡した。もにゅは双剣を使う『剣術士』に成り立てな、ショッキングピンクのショートツインテールをぴょこんぴょこんと跳ねさせるのが特徴な元気な女の子だ。本人の話ではまだ14歳だそうで、レベルが低いときからなんだかんだ面倒見てきたメイにとって妹的存在だ。
もにゅから受け取ったケーキはピンクとレモン色のソースが掛かったショートケーキだった。メイはそれを器用にフォークで一口サイズに切り分けて口に運んだ。
「うん、美味しい。ほら、もにゅも食べなさい」
メイは同じようにフォークでケーキを一口サイズに切り分けもにゅの口元に運んだ。
「はい。うぅーん、おいしい……」
「ほら、みんなも楽しみなさい」
「はーい」
「へ-い」
メンバーたちはそれぞれ返事をしながら目の前のケーキや料理に手を付けた。『闘士』のクレイと『暗殺者』のリリムはそれぞれ仲良さそうに食べ合っている。『槍使い』のかおりんや『司祭』のみかんも料理を突いていた。
「そういえば、メイさんっていくつなんですか? こういうのってなかなか聞いたことなかったんで」
料理をつまみながら唐突にかおりんはメイに質問してきた。メイの雰囲気上どうしてもこういったリアルに対する質問はしにくく、こういった場で無ければ質問できなかったであろう。
「え、私はこう見えてもまだ15よ」
「えっえええ! メイさん15なんですか!?」
「そうだったのですかーてっきりもっと上かと」
「私の一個上じゃないですか」
「私達と同じだね、メイさん」
「そ、そうなんだ。私達ってことはかおりんもみかんも?」
「そうだよー」
「へぇ、もしかしたら同じ学校だったりして」
「はは、そんな偶然なんてないよー」
「は、あははは、マサカ―」
(やばい、まさか同じ学校で尚且つ同じクラスで、その上友達だなんてそんなこと言えないよ……)
メイは冷や汗を流しながら手元のケーキを頬張った。
「えっと、どこの学校か聞いてみたいんだけどー」
「かおりん、それはちょっとマナー違反だよ」
「そうだよね~はは」
(みかん、グッジョブ。なんとかかおりんを抑えてくれたおかげでリアル割れはなさそうだけど……)
メイはなんかの拍子で二人にリアル割れしたらと思うと足がプルプルしてきた。
メイはそもそもなぜ二人は見ればわかるようなメイキングにしたのか、ふと気になったが、すぐにめんどくさかったからだと答えを出した。内心のどきどきを抑えながら、メイはクラン幹部らしい風格を漂わせて、年に合わないお姉さんらしさを発揮しながらこの交流会を乗り切った。
「今更、身バレなんて恥ずかしくてできないよね」
メイはそう一人ごちた。
夜の街は華やかな音を立て、あっという間に時間が過ぎ去っていく。
プレーヤー達は日常を過ごし、そして夜には再びこの非日常に集い、ボスを倒すべく力を示すのだった。




